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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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聞いてないよぉ〜

「ちょ、ちょっと! 何で突然任務終了になるんですか?! それに何より、そもそも貴方達は誰ですか?!」


 ケンゴウが八助を伴って戻って来た瞬間、八助が心底不満げに疑問を口にした。名無しの権兵衛を含めて初対面になるのだが、初めましてなどの挨拶一つすら皆無で、ただただ困惑しているのが伝わって来る様子だ。

 その理由も非常に良く分かる。スパイとして危険な場所に身を置いていたくらいの人物なのだから、自分の仕事にはそれなりの 誇りを持っているのだろうし、それが任務途中で突然終了と言われれば納得出来なくて当然であると言えるからだ。

 しかし尋ねられた方の名無しの権兵衛としては、理由を伝えたんじゃなかったのかと、そう言いたげに目でケンゴウに問うしかなかった。事実、その為にケンゴウは死体を運んでいる八助に接触したのだし、全ての説明を終えていると思ったとて不思議ではない。

 そんな目を相棒から向けられて、ケンゴウは大きな溜め息を吐きつつ、至極面倒臭そうに渋々口を開く。


「それは明智氏郷に直接聞け、と言いたいところだが、一応の説明はしておく。そうでなければ、任務途中で突然終了と言われても納得出来んだろうからな」


「えぇ、聞かせて下さい。ですが、それで納得出来なかったら、いくら明智様の指示でも簡単には受け入れられませんよ」


 誇りがあるからこその強い決意を感じさせる八助の目を見て、ケンゴウは面倒だと思い眉間に皺を寄せた。この様な人間は良い仕事をする反面、頑固な者が多い事を知っていたからの反応である。

 しかしこれから襲撃するに際して、八助が説明に満足出来ず、その結果襲撃を一緒にやると言い出したりすれば、目も当てられない結末を迎えるのは火を見るより明らかで、そうである以上は満足して貰える説明をしなければならない。その理由は八助の立ち居振る舞いを見ていれば分かるのだが、武術の匂いが薄いからである。

 そう、薄いのだ。そうである以上、役不足の八助を連れていれば危険極まりない。

 危険が迫った時、その時々にその都度助けていれば、きっとその内に取り返しも出来ない大失敗をしてしまうだろう事は素人にも分かる事。

 そう考えたケンゴウは、言葉を選びながら適切な説明を一旦脳裏に浮かべ、それで問題無いかを確認した後に語り始める。


「当初、この横に立つ名無しの権兵衛の計画では、裏切り者達への包囲網を徐々に狭め、最後には一網打尽にする予定だった。これは明智氏郷も同意見であり、それ故にその作戦通りに事を進めていたのだが、それを急遽変更したのが昨日の話になる。

 何故計画を変更したのか、その理由の発端は月夜が捕まったからだ」


「月夜様が? しかし捕まっていた月夜様は、同じく捕まっていた三葉と共に、拷問で何も喋る事無く一族の手の者によって救出された筈ですよ?」


「その救出したのが、隣に立つ名無しと私になる」


「貴方達だったのですか?! ……そうだったんですか。それにつきましては、心から感謝申し上げます。

 しかし、情報が漏れる事無く救出出来たのに、何故突然計画変更を? 何も問題無いように思われるのですが………」


「いや、問題大有りだ。特に、月夜を本気で口説いていた名無しにとってはな」


「は?」


 説明の途中で、月夜を口説いていたと聞かされた八助は、それはもう呆けた様に名無しの権兵衛へと視線を移した。真面目な話をしていただけはあって、その途中で色恋沙汰の話を聞かされれば誰でもこうなると思えるだけに、彼のこの反応は致し方無い。

 しかし、これは計画を急遽変更した大きな理由となるのだから、ケンゴウは真剣な表情を崩さず、そのまま言葉を続ける。


「八助とやら、貴様は月夜の状態を知っているのか?」


「い、いえ、全く知りません。拷問はCIAの連中が行っていたので、迂闊に近付く事も出来なかったので」


「ふむ、ならば今教えよう。三葉という名の者は、二週間から三週間は痣が残るぐらいで問題無い。命に別状は無いし、後遺症も勿論無い。

 だが月夜は、片目が潰されていた。しかも三葉以上にダメージが酷く、今は意識不明の重体。もし目が覚めたとしても、もしかしたら脳に障害が残る可能性もある」


「月夜様が!?」


「そうだ。そのせいでこの男がぶちギレた。私から見ても、互いに惹かれ合っていただけに、この男はそれこそ本気でぶちギレている。

 ……私は自分で言うのも何なのだが、武術の達人の領域へと足を踏み入れた人間だ。はっきり言って、その辺の武術を齧った程度の者達なら、一度に十人や二十人を相手にしても皆殺しに出来る自信がある。しかも無傷でな。

 だが、そんな私でも今の名無しを相手にしたら、負ける可能性がある。それ程にこの男は怒りの頂点へと達してしまっているのだ。

 だからこそ、急遽計画を変更した。そうせざるを得なかったのだ。理由は単純で、名無しを抑えられんと悟ったからに他ならない。

 そしてその変更して新たに立てた作戦は、目につく裏切り者達はその都度殲滅という作戦とも言えない稚拙なものだが、裏切り者達の数が少ないのだから不可能ではないと判断し、現状に至る訳だ」


 武術の達人やらの所は、最早八助の耳には入っていない様子で、月夜の容態の悪さに終始呆然としている様に見える。

 その一方で名無しの権兵衛はと言うと、ケンゴウの言葉に心底嘘臭いと言いたげな表情を浮かべて苦い顔をしていた。それも当然と言えば当然で、何故ならケンゴウが本気を出せば、今の感覚が鋭敏化している名無しの権兵衛だとしても、殆ど何も出来ない内に叩きのめされるのがオチだからである。

 武術の道は険しく、その道の終わりなど決して見えない。それどころか、恐らく道の終わりを目にした者など歴史上一人として居ないだろう。

 そんな道をひたすら進むケンゴウが、達人の領域に片足を踏み入れたばかりの名無しの権兵衛に負けるなど有り得ない。天と地がひっくり返っても有り得ない事である。


「……理由は分かりました。お怒りになるのももっともです。

 ですが、そもそも貴方達はいったい?」


「私の名はケンゴウ=コンスタンティン。こいつの名は私も知らん。親しい者からは名無しの権兵衛と呼ばれているらしいから、私もそう呼んでいる」


「は、はぁ………。ケンゴウ殿と、な、名無しの権兵衛殿、ですね?」


「うむ」


「それで、貴方達は何者なのですか? 防人の一族でない事は分かります。これでも防人の一族になってから長い時を生きてきたので」


「その説明をし始めると長くなるのでな、それは明智氏郷から直接聞くと良い。

 それは兎も角、折角なのだし洞窟の中の様子を教えてくれ。情報が有って困る事は無いからな」


 相手を丸め込めた事に確信を得たケンゴウは、それはもう話の内容を無理矢理変え、敵の様子を尋ねた。

 すると八助は、その突然の話題変更に気付く事無く、素直に洞窟内の様子を話始める。


「地底湖の手前で警戒の人数を増やしているくらいで、実働部隊にはそれ以外で変わりありません。十五人が警備にあたっているだけです。

 ただ、CIAの連中が何やら忙しなく動き回っていまして、コンテナ船がどうたらと言って港に行きました。態とだと思うのですが、英語混じりで話されると何を言っているのかイマイチ分からなくてですね、申し訳ありません」


「コンテナ船? 名無し」


「あぁ、先ずそうだろうな」


 何やら二人だけが理解しているのを感じて、八助が怪訝そうな表情を浮かべた。

 しかし二人はそれに気付いていながら答える事も無く、そのまま会話を続ける。


「どうする? お前だけ港に行っても構わんぞ。此処は私だけでも制圧する自信はあるしな」


「いや、一緒に行動するべきだと思うぜ。鷹藤や蔵人の実力が分かんねぇしよ。勿論、お前の実力を疑ってる訳じゃねぇが、想定以上の実力があって、最悪の状況でその二人を相手にしなきゃならねぇかもしれねぇからな」


「ふむ、一理あるな。ならば先に港へ行くか?」


「あぁ、そうしてくれっと助かる。月夜を拷問した糞野郎を殺さねぇと落ち着かねぇしよ」


 ふむ、と頷き少し思案したケンゴウは、八助へと視線を移した。


「八助、CIAの連中とやらは全員が港へ向かったのか?」


「いえ、四人だけです。二人は洞窟内に残ってますね」


「月夜を拷問した者が誰か分かるか?」


「申し訳ありません。月夜様と三葉が拷問されていた時、鷹藤と蔵人に呼ばれていたので分かりません。それに、二人が拷問を受けたと知ったのは貴方達二人が救出した後でしたので」


「ふむ。それなら、二メートルを越える体格の男は分かるか?」


「それなら分かります。名前は知りませんが、そんな体格の男は一人だけでしたので、嫌でも覚えてますよ。

 港に行った四人の内の一人ですね、その男は」


 月夜を救出した際に拷問部屋に居たのは、拷問を受けていた月夜と三葉以外には一人だけで、それが二メートルを越える体格の茶髪の男だった。

 それ故に二人の認識では、月夜と三葉に拷問したのはその茶髪の男であり、だからこそ名無しの権兵衛が真っ先に抹殺リストに記した人物である。

 しかし本当はもう一人、地獄の猟犬(ブラックドック)と呼ばれる組織を束ねるリーダー各の男が月夜を執拗に拷問していたのだが、それを知る由も無い二人は行き先を決定し、互いに頷き合う。


「港に決定だな。それで良いか?」


「おう。俺が殺るが、それは良いよな?」


「構わん。一対一でやれるように、私が他の奴らを受け持ってやる」


「助かる。俺はお前と違って何人も一緒に相手出来ねぇし、一対一になれるなら有り難い」


「良し。なら、八助は此処に残って、暫くしたら来るヤクザ者に待機しといてくれと伝えてくれるか?」


 話し合いが一方的に進むと、唐突に出たヤクザの存在に、八助は思わずポカンと呆けた。何故ここでヤクザの存在が出て来るのかと、そう言いたいが、それを問う事すら忘れてしまう程に呆然としている。

 ヤクザとの同盟を結んだ事を知らないのは、潜入スパイとして活動していた八助にとっては仕方ない。寧ろ、知っている方が不自然な事であるからして、当然の反応だと言える訳だ。

 ともあれ、そんな八助を見て苦笑するケンゴウだったが、敢えて説明せずに再度同じ問答をした。

 すると八助は、若干の戸惑いは依然として残るものの確かに頷く。そしてその後はどう動けば良いのかを八助が尋ね、それについては監視の目の拠点に行けとケンゴウが言い、会話は終わる。

 そうして、名無しの権兵衛とケンゴウの二人は既にコンテナ船が移動した後の港へと向かうのだった。

八助「ちょっとちょっと! 聞いてないよぉ〜。全く、これっぽっちも聞いてないよぉ〜! ヤクザやら計画変更やら、どうなってんの!?」

ケンゴウ&名無し「スゲェ混乱してるな。どっかのお笑い芸人みたいになってんぞ」

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