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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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背中を任せられる男 その二

「ドイツだよ。ド、イ、ツ」


「ドイツに別の思惑が? しかし、ドイツも苦しい立場だったのは明白だ。確かに戦闘では連戦連勝だったドイツだが、その状況で別の思惑を持って同盟を築き、その同盟でもって別の国に侵攻するなどという余裕は微塵も無い筈」


 1930年代のドイツは、確かに強かった。四十年代始めまでの結果だけを見るならば、首都であるパリを占領してフランスに勝っているし、強かったと言い切って良いだろう。

 しかしその内情はというと、食料面や資金面などズタボロで、とても別の思惑で同盟を結ぶ余裕など無かったと考えられる。実際、ドイツ国民の中には飢餓で死ぬ者も珍しくない程にドイツの国力は疲弊していたのだから。

 それ故にケンゴウは、信じられないと言いたげに首を左右に振りつつ感想を口にしたのだが、それを名無しの権兵衛がチッチッと舌打ちを何度も連続させながら人差し指を左右に振るう事でケンゴウの現実的な感想を否定する。


「ドイツ政府の戦略とかはこの際関係無いんだよ。戦争とは別の思惑って説明しただろ? つまり、政府の戦略だとかの全く関与しない部分で、日本と同盟を結ぶ事に大きな意味があった秘密部隊が存在したんだ」


「秘密部隊……?」


「そうだ、秘密の研究機関とでも言い換えても良いだろうな。その秘密部隊のトップに位置する人物の名は、不明。部隊員の人数も部隊の名も、何もかもが一切不明の謎だらけの組織。

 だが、その組織の目的だけは掴めた。奴らは世界中の特殊な力を持つ者や、何かしらの特殊な力を持つ過去の遺物なんかを収集していたらしい。分かり易く言うと、超能力だとか未知の物質で出来た超パワーを持つ何かって感じの物や人を集めてたんだそうだ」


「はぁ?」


 何やら世界の裏事情へと迫っているかの様な心境だったケンゴウにとっては、突然話の進む方向が嘘臭いものに変化したとしか感じられず、知らず知らず間の抜けた反応をしてしまった。事ここに至るまでの話にはそこそこの信憑性があったが、流石に特殊なホニャララだとか言われれば誰でも同じ反応になると思えるだけに、ケンゴウの少し滑稽な反応も致し方ないと思える。

 しかし、そんな反応を思わず取ってしまった張本人からしたら、自身の間抜けさに苛立ちが募り始めるのも無理からぬ事。武人として常在戦場を旨に常日頃から鍛練に励むケンゴウならではの怒りであり、詰まらぬ話を持って来た名無しの権兵衛への怒りという二重の意味での苛立ちだった。

 話の内容からしてもう馬鹿にされているとしか思えず、ケンゴウは自身が修得した武術固有の構えを取る。脳内に浮かぶのは、目の前の阿呆を直ぐ様排除し、間の抜けた反応をしてしまった自分の心を鍛え直したいという欲求が沸々と湧いて来るだけだ。

 そんなケンゴウの変化を見て悟った名無しの権兵衛は、それはもう焦った様子で大きく背後へと一歩後退し、両手を前に突き出して必死に弁明し始める。


「おいおいおいおい、ちょい待ち! タンマタンマ!」


「聞く耳持たん! 詰まらぬ話だったら命を貰うと言った筈だ!」


「それは俺の話を全部聞いた後ならっちゅう結論だった筈だろ!」


「グッ……いや、やはり聞く耳持たん! 真面目に貴様の話を聞いた私が馬鹿だった! 何が特殊な力だ?! そんな不可思議な力など存在せん!」


 ケンゴウはもう問答無用とばかりに、名無しの権兵衛の懐深くへと瞬間移動したかの如く凄まじい速度で間合いを詰め、鳩尾を狙って強烈無比な肘打ちを放つ。殆どゼロ距離からの肘打ちであるからして、当然その攻撃は決まったと思えるものだった。

 だがしかし、その肘打ちを放った張本人ですら驚く程の軽やかで俊足の足捌きにより、確実に決まったと思えた攻撃は空を切った。


「あっぶねぇーー! 今の攻撃を食らってたら、絶対胃が破裂してっぞ!」


「貴様っ……気配を完全に消す手腕といい、今の一撃を避けた技術といい、何者だ?! どんな流派を身に付けた?!」


 最早完全に戦闘スイッチが入っていたらしいケンゴウではあったのだが、予想外にも思える名無しの権兵衛の見事な体捌きに驚き、思わず戦闘を中断して尋ねてしまう。きっと一撃で仕留めるつもりだったのだろうし、それをものの見事に避けられればこそ、こうやって尋ねるくらいには多少冷静になれたのだろうと察せられる。

 そんなケンゴウの疑問を受けて、名無しの権兵衛はしてやったりと言った感じでニヤリと笑む。


「別に固定の流派っつうのは無いぜ。将来を見据えて色々準備してたからな、広く浅く色々な武術を齧ってる。拳闘(ボクシング)や柔術や柔道、他には相撲だったり合気道だったり……後は日本拳法とかだな。

 ま、強いて何流かと言われれば、無手勝流って感じだ」


「自己流だと言い切るか。いいだろう。相手にとって不足無し!」


 様々な流派の武術を習い、その上で無手勝流と言いのけた名無しの権兵衛に、それはもう獰猛な笑みを携えて応えるケンゴウ。武術を極めたいとその一心で努力し続ける彼からしたら、一度に多くの流派の技を見れる貴重な経験となるので、先程までの苛立ちなど吹き飛んでしまったようだ。

 それに相反して名無しの権兵衛はと言うと、ギラギラと瞳を輝かせるケンゴウにドン引きしつつ、再び両手を前面に突き出して精一杯に叫ぶ。


「待て待て待て、ちょっと待とうか! 話を聞けっつうの!

 いいか、よく考えろよ。一つの国が、何の根拠も無く不可思議な力を持つ人や物を探し求めると本当に思うのか? そんな事に莫大な予算を費やすとマジで思うのか? ドイツは馬鹿な独裁者によって動く国だったが、そこまで馬鹿な国だと思うか?」


「…………」


 目の前に立つ名無しの権兵衛を強者だと認めた今、ケンゴウの精神は苛立ちも無く至って冷静だ。強者を相手に冷静でいられない武人などただの猪と変わりないと言えるだけに、ここはやはり流石と言うべき部分である。

 それ故にこそ、ケンゴウは名無しの権兵衛の言葉を耳にして一理あると思ってしまい、戦闘へと切り替えていた思考が通常状態へと再び移行した。

 そして構えを解いたケンゴウは、眉間に深い皺を寄せて無言となり、それをもって話の続きを促す。


「フゥ〜………マジでビビったぜぇ〜。寿命が三年ぐらいは縮んだかもな」


「御託は要らん! さっさと話をしろ!」


 一理あるとは認めたものの、得難い戦闘の経験が出来るかもしれない今となっては、早く話の続きを聞きたくて仕方がなかったらしく、大きな声で話の先を催促した。

 詰まらぬ話であれば、様々な流派を渡り歩いた目の前の男と死合えるのだから、どちらにせよ無駄にはならない。いや、闘えるのなら寧ろ最高だ。

 そう内心で考えながら話の続きを催促したケンゴウであったが、それに対して名無しの権兵衛から当然のツッコミが入る。


「そんじゃあ攻撃しないでくれると助かるんだけっど?」


 ほぼ真顔でのツッコミだった。自分に落ち度は無いと確信しているからこその真顔である。


「う、五月蝿い! 超能力だとか変な事を貴様が唐突に言い始めるからだ!」


 確かにケンゴウの言葉も間違いではないが、真面目に話していた側の名無しの権兵衛からしたら堪ったものではない。調べた結果の入手した事実を、順序立てて説明しているに過ぎないのだから、その話の途中で致命の攻撃を仕掛けて来られると弁明のしようも無いのだ。

 だからこそ大きく溜め息を吐いた名無しの権兵衛は、ちょっと予想よりケンゴウ=コンスタンティンという人物は扱い辛いと認識を改め、また話の途中で攻撃されたら困ると考えると、互いの距離を大きく取った。

 そしてこれなら大丈夫だろうと身の安全を確保した上で、強制的に中断させられた話の続きをし始める。


「まぁ嘘臭く感じるのは分かるが、しかしドイツ軍の一部の研究機関では大真面目に超能力だとかを研究してたらしいんだよ。念じるだけで物体を操る念動力とか、未来を予知する能力だとか、そういう類いの人間を探し集めて研究し、スーパーソルジャーとして戦争に投入しようと考えていたんだろう。勿論、超常的な過去の遺物とかも同様の目的でな。

 その結果、その類いの物や人は本当に見つかっていたらしいぞ。数は非常に少なかったらしいし、スプーン一個を少しだけ空中に浮かせられる程度の超能力者しか見付からなかったらしいがな」


「それは本当の話なのか?! 私にはとても信じられないが……」


 馬鹿馬鹿しい類いの話であるが、それでも本物を見付けていたとなれば話は大きく変わってくる。歴史的な大発見とも言えるだろうし、人間社会においてのこれまでの認識が揺るぎかねない発見でもあるだろう。


「あぁ、気持ちは分かるぜ。スプーン一個を少しだけ空中に浮かせられるだけの力だとしても、そりゃスゲェと思うのが普通だしよ」


「……それが真実だとして、その話を何故貴様の様な男が知り得た? 国のトップシークレットでもおかしくない情報だと思うが?」


 核心を突くケンゴウの言葉に、名無しの権兵衛は得意気に胸を張った。次いで親指を使用して自身の鼻をピンッと弾くと、懐から愛飲している銘柄のHopeの煙草を取り出して口に咥えマッチで火を点ける。

 深く深く、煙草の煙で肺が一杯になるまで吸い込むと、吸った分を全て吐き出す名無しの権兵衛が自慢気に語り始める。


「将来を見据えて戦闘技術を広く浅く身に付けたんだが、別に用心棒として稼ぎたいとか考えている訳じゃないんだ。何せ、俺の本職は泥棒でね。その本職に必要なのが情報って訳だ。つまり、超一流の泥棒である俺は、仕事に関係する情報入手の腕も超一流って事」


「ふん。仕事とはコソ泥の類いだったか」


 泥棒と聞いて呆れるケンゴウは、それこそ内心では落胆していた。名無しの権兵衛を見る限りでは、そこそこの武術家であると思えるだけに、その落胆も非常に大きかったのだ。

 だが、そんな泥棒と現在話ている内容がどう関わるのか未だに予測出来ないケンゴウは、話の腰を折る事はしなかった。彼も純粋に、名無しの権兵衛がする話の続きが気になっていたのだ。

 ケンゴウは表情を変えぬ様に努めている為、その内心の変化を容易に察する事は出来ないのだが、それでも発言から自身がどう認識されているのかを察した名無しの権兵衛は、苦笑しつつ口を開く。


「ま、そういう事。だが最初に言ったが、今回の仕事にはお前も食い付く良い話があるっつうのは大マジだぜ?」


「……いいだろう。先ずは聞くだけ聞いてやる」


 ケンゴウの態度と言葉を耳にして、名無しの権兵衛は満足した様子で大きく頷いた。呆れられているのだろうが、それでも話を聞いて貰えるのならば問題無いと、そう考えているのだろう。

 再び煙草の煙で肺を一杯にした後、名無しの権兵衛は淡々とした口調で語り始める。


「超能力者や過去の不思議な遺物を研究するドイツ軍の秘密部隊は、日本とイタリアとの三国同盟の調印の後、堂々と日本へと入国している。そして入国後、奴らの向かった先は北海道だった」


「では、そこに超常的な何かがあると?」


「あぁ、そういう事になるな。しかし、超能力者だとか不思議な過去の遺物って訳じゃねぇんだ。

 ここで日本生まれじゃないお前の為に、俺から歴史の授業をしてやろう」


 またかと、そう言いたげなケンゴウは渋面を浮かべた。回りくどい説明もそうだが、半分は日本人の血が流れているのだから、そんな自分には必要無いと思っているからこその態度である。


「父から日本についての歴史は学んでいる。アメリカでの父の仕事は教師だったからな、日本人並みとは言わないがそれなりには学んだ。貴様から教えて貰う必要は無い」


「まぁたそういう事を言う。俺が今から教えるのは、普通の歴史の授業とは全くの別物だぜ?」


 肩を竦めて話す名無しの権兵衛に、ケンゴウは盛大な溜め息を吐きつつも仕方なく頷く。

 すると、ニヤッと笑う名無しの権兵衛が楽しそうに説明を始める。


「時は西暦六百年頃、天皇へとある品物が献上された。それは誰の目から見ても珍妙な物だったそうで、人間の上半身で出来た魚だったらしい」


「……人魚の事か?」


「そう、今でいうところの人魚だ。これは公式な文献にも残っている事実で、大マジな話になる。

 この人魚っつうのは世界各国で様々な伝説として残っているが、この日本に残る人魚伝説は世界の何処を調べ比べても異質なものとなる伝説ばかりで、国が残した公式な文献にも人魚の話は数多く残っているんだよ。

 古来から日本人における人魚っつう認識は、単なる想像上の産物や船乗りの与太話などではなく、己の目で見て触れる事すらある海の現実だったんだ。漁師たちはそれを日常生活の中の通常の出来事であるとして受け入れる始末で、16〜19世紀にかけては特に奇異な出来事とはみなされなかった程だ。

 まぁ、この昭和に生きる俺達からしたら眉唾の類いではあるが、昔の日本人からしたら人魚が陸揚げされても『ふ〜ん。だから?』って感じだったぐらいには常の出来事だったらしい」


「本気で言ってるのか?」


「マジもマジ、大マジだ。国の公式の文献にも残ってるって説明したろ?

 最も最近の例を幾つか挙げるなら、今から二十六年前の1929年にも人魚の発見報告がある。場所は高知県宿毛で、漁師が人間の上半身で出来た魚の様な生き物を捕らえたらしいんだが、惜しくも網を破って逃げられてしまったらしい。他にも第二次世界大戦中に、日本の領海、特に沖縄の温かい海域で多くの目撃談が報告されてる。……因みに、日本海軍が人魚を銃殺したという記録すらあるくらいだぜ?」


「……分かった。仮に人魚が事実存在するとして、それが?」


「人魚の目撃報告ってのは、意外な程に多い。そしてその人魚には、とある伝説が付き纏う。“人魚の血肉を口にした者は、不老不死となる”って伝説がな」


 事ここに至って、漸く話の根幹に辿り着いた瞬間、ケンゴウの目は大きく開かれその表情のまま硬直した。

 それを見て名無しの権兵衛は、ニヤリと口角を持ち上げ、ケンゴウが強烈な程にこの話に食い付いたのを確信する。


「ニシシシ。お前が絶対に興味を持つって宣言したのは間違い無かっただろう?」


「……あぁ、悔しいがそれは認めよう。しかし、何故不老不死に興味を持つと思った?」


「武を極めるのに、どれだけの年月が必要だ? 十年か、二十年か? そんなに短い期間で武を極められるものなのか?

 いやいや、そんな訳ねぇよな。世の中の武器が進化すれば、当然それに合わせて武術も進化する。なら、武道の終わりなど存在しないと言っても過言じゃない。

 となりゃ、永遠に武を極め続けられる不老不死っつう力には、武を極めようと努力し続けているお前なら興味を持つ筈だと確信していた。そしてそんなお前だからこそ、俺はこうして仲間になってくれと誘ってるんだ」


 武術を極める道というのは、非常に困難な終わり無き道である。時代と共に生活の利便性が向上する事と同じく、戦闘という分野も大きく変じるものなのだ。そういう時代の変化が起きれば、当然武術そのものも形を変えるのが当たり前となり、たった百年違えば百年前の武術と百年後の武術は大きく異なるものとなるのは必然。

 名無しの権兵衛の言葉は真実、武という道に終わりが無い事を証明するには短い言葉ではあってもそれなりの重みを持っていたと言い切れるものだろう。

 だからこそ、ケンゴウは名無しの権兵衛の言葉に内心で同意し、それを理解していた名無しの権兵衛を少し感心する。

 だが、それで何故自分の力が必要になるのかとケンゴウは疑問にも思う。何故ならもうドイツは降伏しており、第二次世界大戦が終わってから十年が経つのだから、敵対勢力など存在せず自由に人魚の血肉を得ようと探すなりすれば良いからだ。

 そんなケンゴウの疑問は表情に表れていたらしく、名無しの権兵衛は得意気にその疑問の答えを口にし始める。


「超一流の泥棒が、超一流の武術家を仲間に加えたい理由。それは、ドイツの秘密部隊が密かに不老不死の力を得ようとしていたのを知ったアメリカのCIAに対抗する為。そしてそのCIAに対抗するだけじゃなく出し抜く為に、お前の力が重要になると俺は睨んでいる訳だ」


「CIAだと?!」


「あぁ、そうだ。奴らCIAは、既に北海道で活動している。奴らも不老不死の力が本気で欲しいんだろう。……或いは、本気で不老不死を信じている訳じゃないが、ドイツが根拠も無く調べていた訳じゃなく何かしらの根拠があるからだろうと考え、一応調べておこうとかそんな感じだろうな。

 どうだ? 俺に協力する気はないか?」


 煙草の煙を吐き出しながら告げた名無しの権兵衛に、ケンゴウは初めてうっすらとだが確かに笑みを浮かべて頷いた。

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