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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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ヤクザな男達

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 陽が昇り多少暖かくなった頃、手に入れた武器の山を前に祝杯を交わす面々が居た。場所は少々大きめの一軒家で、人数は強面の男達が三十人以上は居る。

 その面々の中で一際目立つ片目の男が焼酎をらっぱ飲みしており、その男の傍にはこれまた強面で屈強そうな男二人が座していた。


「おうおう。この武器を使って、今度はアメ公相手にどう暴れてやろうかね」


「親分、やはりここは直接叩くのが手っ取り早いのでは?」


「馬鹿野郎。手を組んだ名無しやケンゴウを無視出来る訳ねぇじゃねぇか。それとも何か、俺にそんな恥知らずな真似をしろと言いてぇのか?」


「信用出来るとは思えませんぜ。何せ名前を名のらない奴と、アメ公の血が流れる奴ですし」


 竜武会の頭である勝二郎へ忠告する強面の部下に、勝二郎はそれこそ般若の様な表情で怒鳴る。


「馬鹿野郎! 確かに半分はアメ公の血が流れているだろうが、もう半分は立派な日本人の血が流れてんだよ! それによ、アイツの魂は間違いなく大和のそれだ!」


 武器の山を中心にして祝杯を上げていた面々が、怒髪天を衝く勢いの勝二郎が怒鳴った事で静寂が訪れてしまう。本気で怒っているからこそ、その言葉には誰もが畏怖してしまう力があった。


「次にそんな詰まらねぇ事を言いやがったら、テメェの利き腕を切り落とすぞ!」


「も、申し訳ありやせん」


「ふん。見た目で人を判断するんじゃねぇ。あのケンゴウって奴は、間違いなく武士(もののふ)だ。それも飛びっ切りの武士よ。そして名無しの権兵衛とやらも、ケンゴウに負けず劣らずの武士。

 寛二(かんじ)、ちゃんと相手の心を見るように気を付けてねぇと死ぬぜ?」


「は、はい!」


 自分の言葉が確かに部下に届いたと確信した勝二郎は、ここで一転してニヤリと笑んだ。理解したならばそれで良し、という事なのだろう。

 その証拠に、静寂に支配されていたこの場が嘘の様に楽し気な雰囲気へと一変する。誰もが自分達の群れのボスが機嫌を戻したと悟ったのだと察せられ、それ故に緊張の糸が切れたのだと思えた。群れのボスを普段から良く見ている証だと断言出来る部下達には、余程に勝二郎の教育が行き届いているのだろうと感心させられる。

 ともあれ、そうやって機嫌が戻った勝二郎へと、寛二は抱いていた疑問を口にする。


「親分、それじゃあ名無しの権兵衛とやらの提案を無条件で飲むんですか?」


「おうよ。どんな意味があるのかは知らねぇが、名無しが言う通りに常呂川(ところがわ)の中流で待つ」


「何があるって言うんです?」


「さぁな。アメ公と売国奴連中を一斉に潰す算段があるって言ってたからよ、常呂川に行って待ってりゃあ何かあるんだろうよ。

 ククク、楽しみでしょうがねぇぜ」


 常呂川周辺に防人の一族を裏切った者達が拠点を置いている場所があるという訳ではないのだが、実のところ何故か名無しの権兵衛は常呂川を指定して待機してくれと勝二郎に伝えていた。その意図は勿論、ケンゴウですら理解していない。名無しの権兵衛だけが脳内で描いた絵図であるだけに、その真意を知る者は現在誰も居ないのだ。

 それを無条件に聞き入れた勝二郎という人物は、名無しの権兵衛に負けず劣らずの掴み所の無い性格なのだと察せられる。普通なら理由の一つくらい尋ねる筈なのだから、どれだけ勝二郎が突拍子も無い人物なのかを物語っていると言っても過言では無いだろう。

 それに対して寛二はと言えば、本当に大丈夫なのだろうかと本気で心配していた。それは自身の身を案じての考えではなく、自分の親である勝二郎を心底心配しているからであった。

 小さな頃から気分で暴れ回る糞餓鬼であった寛二は、それこそ勝二郎に出会うまでは只のチンピラ同然で、いつ野垂れ死んでもおかしくない生活を送っていた。そしてそんな生活を送る中で寛二自身でも忘れもしない十八歳を迎えた年に、自分と同じ様なチンピラと酔った末の喧嘩になって包丁で刺される。その時、偶々通り掛かった勝二郎に助けられ、今日へと続く事になる訳なのだが、それ故に寛二が勝二郎へと向けるその想いは非常に強いのだ。例え自分の身を呈してでも護りたい対象であり、生きる意味や生きる術を教えてくれた親でもあり、自分よりも一秒でも長く生きていて欲しいと願っている大切な存在なのである。

 そんな風に勝二郎を想っているのは他にも居て、それが勝二郎の部下達全員になると言っても過言では無い。そしてそれが、勝二郎がトップに立つ竜武会の最大の強みであった。


「あれだ、テメェらは常呂川周辺を完全に制圧しとけよ。何があるのか分からねぇが、その分、何があっても問題ねぇようにしとかなきゃならねぇからな」


「へ、へい。準備させときやす」


「おう。しっかし、何で態々殺し方を指定して来たんだろうな?」


「えっと、確か頭を撃ち抜けってやつでしたか?」


「そう、それよ。首を斬り落とすか撃ち抜けって言われてもよ、心臓ぶち抜けば死ぬじゃねぇか」


「確かに変な注文ですね。親分の言う通り、心臓を撃ち抜いたりすれば、いや、それどころか内臓の一つや二つ傷付ければ死ぬと思うんですがね」


「だよな。何で頭部にそこまで注意を払うのか分かんねぇんだよ。

 ま、そうしろって言われりゃその通りにするが」


 不老不死の事は明智氏郷との約束もあり、そこは秘匿していたからこそ勝二郎には伝えられていないのだろうが、こればっかりは仕方ないと言えるだろう。不老不死の事は口外しないというのが不老の力を得る約束の一つなのだから、名無しの権兵衛が口に出来る精一杯の事だったのだと察せられる。

 しかし中途半端に注意された方からしたら、それはもう不可思議な事でしかないと言えた。彼らの言葉通り、人間は臓器一つが損傷するだけで致命的と言えるのだし、それを態々殺し方の指定までするとあっては疑問を抱いたとて不思議な事ではない。


「一応、全員に注意しとけよ。頭を撃ち抜くか斬り落とせってよ」


「へい。それは既に周知してますが、もう一度言っておきます」


「なら問題ねぇな」


 満足気に大きく頷いた勝二郎は、らっぱ飲みで焼酎をゴクゴクと一気に胃へと流し込む。そしてコンテナ船を襲って得られた戦利品であるトンプソンを一つ手にすると、それを手早く解体してみせた。

 バラバラになった部品一つ一つを吟味するかの様に、勝二郎は真剣な表情と鋭い目でチェックする。時には唸り、時には感心しつつ、暫くそうして数々の部品を眺めていたかと思えば、再び組み立てたトンプソンを構えた。


「ふむ、悪かねぇな。銃の重心が前にあるからよ、これなら連射してもそれ程には銃身が跳ね上がる事はねぇだろう。アメ公の癖に中々良い銃を造りやがるぜ」


 少し悔しそうに銃の感想を呟いた勝二郎は、トンプソンを畳の上に置いてその代わりに焼酎の瓶を手に取ると、やけ酒の如く飲み下す。

 戦争で日本が大敗した事を頭では理解していても、どうしても心では認めたくない。まだ俺は“参った”何てしていない。そう心の中で毎日叫んでいるのだろう。無論、やけ酒を口にしている現在でもだ。

 しかし頭では冷静に負けた事実を認識しているし、国力や技術力などの殆どで日本が勝てる戦争ではなかったのだとも、やはり認識していた。それ故に少しでも今の日本の為にと、そう考えて武器を手に無法者のアメリカ人を相手に暴れている。そしてそれは本土の兄弟分達も同様で、だからこそ独り孤独に戦っているのではないのだと勇気を出して立ち向かっていけるのだ。

 だが、ここのところ北海道でもかなり白人が目立つ様になってきた事をただ苛立つのではなく不気味に思っていた勝二郎としては、正直に言えば不安でしかなかった。軍人特有の雰囲気を出す分かり易い奴は兎も角として、明らかに軍人ではないが一般人とも違う者達は気味が悪い存在で、どう対処したものか判然としなかったのである。

 そんな時に名無しの権兵衛やらケンゴウやらと知り合えた事は、勝二郎にとって価千金の出来事であった。子分達に調べさせてCIA諜報員だとかマフィアだとかは判明していたが、何が目的でこの北海道に足を踏み入れているのかが分からなかったからである。勿論、名無しの権兵衛は不老不死という核心に至る部分については秘匿してボカしているのだが、それでも大まかに話を聞かされた勝二郎からしたら非常に有り難かった。


「ま、それはそうと、売国奴の連中の足取りは掴めたのかい?」


「すいやせん。名無しとやらが言う通り、小樽の酒場で銃撃があったのは確認したんですが、その売国奴って奴らの足取りがまだ分かんないんす。アメ公なら目立つので分かり易いんすけど、同じ日本人だと目立ちませんし」


「おい、同じ日本人じゃねぇぞ。この日本を売った屑だ。アメ公と手を組んで悪さしている段階で、もう日本人じゃねぇんだよ」


「そ、そうでした。申し訳ねぇ、二度と間違えやせん」


「おう、気ぃ付けろよ。売国奴と同じ日本人だなんて考えたくもねぇからよ。

 しかし売国奴連中の足取りが分かんねぇとなるとよ、困っちまうやな。名無しに言われた事を出来ねぇぜ」


 実に困ったと、最後にそう言葉を呟き物憂げに俯く勝二郎。本当に困っている感じで、悩んでいる素振りにしか見えない。

 それを見て寛二は、訝しげな様子で問う。


「何か頼まれたんすか?」


「あぁ。逃げられたコンテナ船が一隻あるだろ?」


「へい。片方が襲われていると分かった途端、速攻で逃げて行く様には驚きやしたね。あの逃げ足は中々でしたよ。

 それで、それが何か?」


「その逃げた船の行き先を調べてくれって頼まれたんだよ。理由は、一人足りともこの日本から逃がさない為らしい」


 寛二は勝二郎の言葉を耳にして、思わず感心したかの様な表情を浮かべた。それは名無しの権兵衛の本気度を理解したからで、事ここに至って漸く名無しの権兵衛を認めたのだ。


「ま、逃げられると困る事情でもあるんだろうよ。その理由は聞いてねぇが、恐らく中途半端に撤退されてしまうと、再びこの北海道に諜報員が来るかもしんねぇと睨んでんだろうな。

 名無しの奴は、よっぽどこの北海道に諜報員が来るのが嫌って事だ。それは俺と同じ考えだからよ、出来る限り協力しときたいんだが、肝心の船の行き先が分かんねぇと何も出来やしねぇ」


 腕を組んだ後に顎を擦る勝二郎は、心底困った様子で苦笑した。

 それを見て寛二は、何か妙案でも思い付いたかの様に明るい笑みでもって言葉を発する。


「親分、もしかするとコンテナ船の行方が分かるかもしれません」


「本当か?!」


「へい。ただし、売国奴の足取りは後回しになっちまいますが」


「それは気にせんでも良い! それで、どうするんだ?!」


 敬愛する親分に期待されていると確信した寛二は、それはもう自信満々でいて嬉しげに説明を始める。


「コンテナ船の船員を調べていた時の事なんすけど、奴らの一人がクシロって単語を連呼してたんすよ。そのクシロってのを妙に言い難そうにしてたんで記憶に残ってたんすけど、あれって釧路港の事なんじゃねぇかと今にして気が付いたんす」


「クックックッ、クハハハハ! 出来(でか)した、寛二!!」


「やっぱり親分もそう思いますよね?」


「あぁ、まず間違いねぇ!」


「へへへ。そんじゃ早速釧路港に行って来ましょうか?」


「いや、全員で行くぞ! どうせ名無しに伝えても始末するのは互いに同じ考えなんだからよ、確認する必要はねぇ。見付け次第、アメ公どもを殲滅するぞ!」


 勝二郎がそう言うなり、勢い良く立ち上がった。そして祝杯を上げていた面々に事情を話すと、手に入れたばかりの戦利品をトラックに詰め込み、意気揚々と出発する。

 目的地は釧路の港。成さねばならぬ事は皆殺し。

 竜武会の一行は、剣呑な雰囲気を漂わせつつ移動を開始した。その先に居るであろう者達には、死神と同義の存在であろう。そしてその死神達との邂逅の後には、本物の死神と出会う事になるのは間違いない。

名無しの権兵衛「ヤクザって、やっぱ怖いな」

ケンゴウ「そうか?アメリカの裏社会に比べたらマシだと思うぞ?」

名無しの権兵衛「アメリカの治安って大丈夫な訳?」

ケンゴウ「まぁ、警察も腐っていたりするのが結構当たり前だったりするしな。だからあまり良いとは言えんが、その分、自分達の身は自分達で守る考えが主流であり、それだからこそ問題無いと言えば問題無いな」

名無しの権兵衛「アメリカってヤバいな。色んな意味で」

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