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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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罠だろうが何だろうが知った事じゃない その一

 雪が人の身長よりも高く降り積もるのは、何も北海道では珍しい事ではない。寧ろ毎年の事であり、そうでなければ逆に不思議なくらいであると言っても過言ではなかろう。

 そんな厳しい環境でいて、足場が踏み固まれていない所は更に厳しい現実が存在する。積もった雪の上を歩こうとすれば、足が沈むどころか頭まで雪に埋もれるのは当然だったりするのだ。要は、何の策もなく出歩くのは自殺行為に等しいと言える訳である。

 しかしその厳しい場所であっても、普通に出歩く事を可能とする代物が存在した。それが昔から存在する雪国の知恵の結晶とも言える(かんじき)である。それを履けば積もりに積もった雪の上であろうとも、決して沈み込む事もなく歩けるのだ。

 それを証明するかの様に、橇を履いた名無しの権兵衛とケンゴウの二人が、山に積もった雪の上を一心不乱に歩き続けていた。一歩足を進めると白い吐息を吐き、ザクッザクッと小気味の良い足音を響かせ山の斜面を登り続けている。

 二人が目的地としているのは山の頂上で、その頂上を越えた先の麓には裏切り者達が巣にしている仮の拠点があった。月夜と三葉が囚われている洞窟の事だ。

 囚われた二人を釣り餌にして、防備を固めて助けに来た人間を捕らえようと画策しているのは明白である。拷問して情報を得ようとしているのだろうし、その情報源は多いに越した事はないのだからまず間違いなく罠であると考えられた。

 そんな所に真正面から乗り込むのは危険に過ぎるというもので、それならば天然の要塞と化している山側から侵入しようと考えたのである。正面よりも発見される確率が少ないと考えての策で、逆転の発想と言えば簡単だが、それを容易く思い付く名無しの権兵衛は流石であった。

 そしてその為の秘策も準備万端で、山を静かに、更には素早く降りる方法も用意しており、その秘策の代物を二人ともに手にして山を登っている。


「しっかし、お前もスキーを嗜んでるとは思わなかったぜ」


「私だとてスキーぐらいはする。寧ろ、日本人でスキーを知っている貴様の方に驚かされるぐらいだ。

 それは兎も角、貴様のそれは何だ? とてもスキー板には見えんぞ」


「スキー板を二人分揃えようとしたんだが、生憎一人分しかなくってよ。そんで仕方なくこれを代用したっつう訳」


 ケンゴウが手に持っているのは、スキーでお馴染みの板二枚で、名無しの権兵衛が手に持っているのはスキー板三枚分はあろうかという大きさの板一枚であった。足に装着する板が二枚あるのがスキーの代名詞であるからして、一枚ではスキーとは言えない。

 だが名無しの権兵衛は、妙に自信ありげに、手に持つ大きな板を掲げて見せる。


「ちょちょいのちょいって感じで造ってみたんだが、これが意外に良いんだよ」


「それで滑るのはやめておいた方が良いと思うぞ。方向転換が出来んだろ」


「そりゃスキーの滑り方だったらっちゅう話だ。この板で滑る時は、身体全体を使って方向転換すりゃ問題ねぇよ」


「……とてもそうは思えんが、まぁ貴様が言うのだから実際そうなのだろうな」


 知り合ってまだ短い間ではあっても、それなりに信頼関係が構築されている事がケンゴウの今の発言で良く分かる。名無しの権兵衛がおかしな行動を取っている様に見えても、そこには意味があるのだろうと考える相棒への信頼が確かに生まれているのだ。

 しかしそうは言っても、それでも余りに変な行動が過ぎたら流石に注意するのだろうが、しかし最低限の信頼関係はバッチリと言った具合だと察せられる。


「お、あれが頂上じゃねぇか?」


「うむ。どうやらそのようだな」


「そんじゃ作戦の最終確認だ」


「……必要あるのか?」


「ぅん? まぁ、必要ねぇっちゃ必要ねぇな。ニシシシ」


 作戦は単純明快で、山の頂上から一気に滑り降りて洞窟へと侵入、その後は目につく奴を片っ端から殺す。そして囚われた見張り要員と月夜を救出したら、そこから一目散に逃げる。これが名無しの権兵衛が立てた作戦であった。

 これでは確かに作戦の確認が必要とは思えず、ケンゴウの言葉には素直に頷けるというものだ。何せ、余りにも簡素な作戦であるからだ。

 しかしそれはケンゴウの立場なら、という注釈が付く。それはつまり、名無しの権兵衛はそれ以上に色々とやる事があるという意味だ。山の頂上に着いたケンゴウがスキー板を履いている間、名無しの権兵衛が何やら色々忙しなく動き回っているのがその証左である。

 そんな名無しの権兵衛が何をしているのかと言えば、背負っていたリュックから何かが入った木箱を取り出すと、その木箱を雪の中に埋めるという謎の行動であった。そしてその行動は都合三回は繰り返され、満足した様子の名無しの権兵衛は漸く一枚だけの板を装着し始める。

 スキー板というのは、通常右足に一枚の板を装着すれば、もう一方の左足にはもう一枚の板を装着するという感じで、一本の足にスキー板が一枚必要になる。しかし名無しの権兵衛が用意していた板には、一枚の板に左右の足を装着する場所が備え付けられていた。

 自作であるからして当然かもしれないが、名無しの権兵衛はそれを器用に装着すると、これまた器用に一枚の板で立ち上がる。そして既に準備を終わらせていたケンゴウを視野に入れると、目で合図を送った。


「うむ。それでは手筈通り、私は貴様の後を追うようにして滑る」


「おう。滑っている最中で目につく奴は俺に任せろ。撃ち漏らさず確実に始末するからよ」


「別に撃ち漏らしても構わんぞ。私もそれなりには銃の扱いに自信があるからな」


「お前が銃を使えるってのは調べた時に知ってたんだけっど、武術家が銃を使うって変な感じだよなぁ」


「別に変ではあるまい。徒手空拳に銃を組み合わせた戦闘技術も当然生み出されているのだ。それは私の流派以外でも同じだぞ」


「いや、それは分かってんだけどよ……。どうもな、武術家っつうと素手っちゅう先入観があってよ」


「その先入観は危険だ。戦闘の際に身を滅ぼす事になりかねん」


「お、おう。そ、そうだな」


 いつぞやに二度あった名無しの権兵衛の反応に、思わずケンゴウは額に青筋を浮かべて反論しようとするが、ここで反論すれば名無しの権兵衛の思惑通りだと思い直し、冷静さを装い白い吐息を漏らす。

 それに対して名無しの権兵衛はと言えば、乗ってこなかったケンゴウ相手に寂しそうに舌打ちした。コミュニケーションの一つのつもりなのだろうが、ケンゴウからしたらこれ以上そのコントに付き合うつもりは無い様だ。

 そうして軽く受け流す事に成功したケンゴウは、それこそ勝ち誇ったかの如くドヤ顔で山の麓へと視線を移した。その姿は実に晴れ晴れとした様子で、完全な勝利に酔いしれている様に見えた。


「ググッ……そなたも成長したようじゃな」


「ふん。貴様の馬鹿話にいつまでも引っ掛かると思うなよ」


「チッ。しゃあねぇな。そんじゃ行くぜ?」


「いつでも構わん」


 互いに軽口を言い合いつつ、名無しの権兵衛は懐からモーゼルC96という名称の銃を取り出し構えると、身体を山の斜面に合わせる様にして傾け、勢い良く一気に山を滑り始めた。

 冷たく肌を刺す様な風を身体全身で切り裂き、一枚の板で奇妙な程にスイスイと山を滑り降りる名無しの権兵衛。勿論、その背を追う様にしてケンゴウも滑り降りている。

 一枚板で上手い具合に滑るのものだと、そう内心で感心するケンゴウも見事な動きで名無しの権兵衛の滑った跡を寸分違わぬ様子で滑り続け、軈て山の中腹まで辿り着いた二人の目に映ったのは、拠点防衛の任に就いているのであろう三人の男達だった。

 それを見て瞬時に悟った名無しの権兵衛は、モーゼルC96を構えて照準を三人の内一人の脳天に合わせると、躊躇なくその引き金を引く。そして一発の弾丸が着弾する以前に、二発目、三発目をそれぞれ一発ずつ残りの男達二人の脳天に向けて発砲。

 山々に乾いた音が都合三度鳴り響くと、拠点周辺のパトロール中だったと思わしき三人の男達は、頭部から血飛沫を上げつつ真っ白い雪を紅く染め、静かに事切れる。

 名無しの権兵衛と対象までの距離は実に五十メートルはあった筈なのだが、山を滑っている最中に一発も外さず仕留めたその射撃能力の高さは異常とも思えるものだった。それこそ名無しの権兵衛の後方を滑るケンゴウでさえ驚愕する程で、あれは真似出来ないと見る者に思わせる所業であったと言えるだろう。

 ともあれ、そうしている間にもどんどん山を滑り降りていく二人。麓の洞窟が近付くにつれてパトロールしている者達の数が徐々に増えてくるが、その者達は勿論、名無しの権兵衛の神業としか思えない射撃によって次々に排除される。

 射撃音が一度響けば一人の頭部が弾け、真っ赤な花を咲かして散っていく。それが何度も何度も何度も絶え間なく続き、山の斜面を遠くから見れば、所々に美しく紅い花が白い雪原に映えて見える。

 だが、流石に何度も発砲音が響けば敵もただ立って佇んでいる訳もなく、身を低くして銃撃に備える者もチラホラと現れる始めた。そうなると中々当たらなくなるのが普通であるが、しかしそれでも尚、名無しの権兵衛の射撃から逃れる事は出来ず、不死の弱点とも言える脳を的確に銃弾によって破壊され、不死の兵士達は悉く散ってしまう。


「そろそろだぞ!」


「分かった! では此処からは私が先に行く!」


「任せたぜ!」


 今まで名無しの権兵衛が先頭を進みその後方にケンゴウが位置していたのだが、ここでその位置関係は真逆へと変化した。その理由は、後百メートルも進めば洞窟入り口の真上へと到達するからである。

 名無しの権兵衛が態勢を変える事で急激にブレーキを掛け、それによって盛大に雪が舞う中、ケンゴウが前へ颯爽と躍り出た。そしてそのまま洞窟入り口の真上へと到達し、入り口で門番のように警備していた二人の男の丁度中間に着地すると、既にスキー板はケンゴウの足から外れており、直ぐ様に徒手空拳での攻撃に移る。

 先ずは右側に居る男の喉へと右肘で打ち込み、咳き込み始める男を放置すると左側の男の両目を目潰しによって確実に潰し、今度は再び右側の男を標的にして首を軽々とへし折り、最後には左側の男の首を同じ様に折る。まるで流れる様な連続した攻撃で、警備の男達二人は二秒も経たぬ短い時間で殺されてしまう。

 その直後、ケンゴウの目の前に名無しの権兵衛が着地し、ケンゴウの手練れた手腕に感嘆の声を漏らす。


「うっひゃ〜、こりゃスゲェ」


「ふん。これぐらいは出来んと貴様の相棒は務まらんだろう」


「ニシシシ。そりゃ俺の腕を認めてくれたって認識で良いのかな?」


「あぁ。先程の射撃は、正直言って私には逆立ちしても真似出来んと認めよう」


「手放しでお前が誉めるたぁね。こりゃ槍でも降りそうだ」


「出来ぬ事を出来ると言う程に愚かではないのでな。それより、ここからは援護を頼むぞ」


「おうよ。だが、前は任せたぜ」


「うむ。任された」


 互いに短い言葉での遣り取りを終えると、ケンゴウが堂々とした足取りで先頭に立ち洞窟へと侵入して行く。幸い洞窟の位置的に発砲音は中に聞こえていないと察せられるので、ケンゴウが得意とする白兵戦の舞台となるのは明白である。

 ここからは銃撃戦が主となるのではなく、音を立てずにどれだけ静かに敵を排除しつつ見張り要員の三葉や月夜を助けられるのかが重要となるだろう。そう、無音暗殺術(サイレントキリング)がなによりも必須となる技術であり、この状況ではそれが独壇場となるのだ。

 殺し殺されるという場面ではなく、一方的な虐殺となるのでろうと察せられる状況で、ケンゴウは松明やランタンの灯りを必要とせずに摺り足で歩を進める。灯りを必要としないのは、名無しの権兵衛から事前に洞窟内の状況を事細かく聞いていたからで、それ故に灯り無しでも一切の問題なく進めているのだ。そして摺り足で歩く理由は、出来る限り足音を発生させない為で、敵に接近を気付かれにくくしているのである。

 そうして洞窟内を百五十メートル程進んだところで、ランタンの灯りが上下に揺れながら少しずつ此方の方向へと来ているのに気付き、ケンゴウはピタリと足を止めた。そして足下を何やら手探りで探しているかと思えば、小石を手に取りそれをランタンの灯りの向こう側へと投擲する。

 カツッカカンッと、小石が洞窟内の壁や地面にぶつかり、音が木霊した。すると、ランタンの灯りは大きく後ろへと揺れ動く。

 ケンゴウはそれを見て背後に視線を向けているのだろうと察し、瞬く間に間合いを詰め、ランタンを持つ男の背後から首に腕を回して裸締めでもって気絶させる事に成功する。しかしそれで終わりではなく、そのまま気管と共に舌骨を潰し完全に殺害して見せた。


「このまま進むつもりだが、問題あるか?」


「いぃや、全く問題ねぇぜ」


「了解した」


 再び摺り足で進み始めたケンゴウの背を眺めながら進みつつ、名無しの権兵衛はケンゴウを相棒に決めた過去の自分を内心で誉める。コイツ以上に相応しい相棒は存在しないと、そう改めて思ったのだ。

ケンゴウ「何そのスキー板? てか、スキー板じゃねぇよ最早」

名無しの権兵衛「名付けて、スキーボード! 或いは、ボードスキー!」

ケンゴウ「………ダサいし、英語にしただけじゃん( ̄▽ ̄;)」



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