敵勢力の規模 その四
サブタイトルは割りと適当なので、その内に変更するかもしれません。
では、本編をどうぞ!
ワッショイワッショイ└(゜∀゜└) (┘゜∀゜)┘
張り込み中に作戦を変更して買い出しへとわざわざ隣町まで移動した名無しの権兵衛を他所に、留守番を頼まれているケンゴウはホテルの部屋で未だに監視を続けていた。
二隻のコンテナ船の船員は相も変わらず決して船からは降りず、今も船内や船上に居る。恐らく船を降りるなと厳命されているのだろうが、そのせいで名無しの権兵衛とケンゴウからしたら大迷惑だ。しかも隣町とこの港町の距離を考えると、恐らく名無しの権兵衛が帰って来るまでには四時間から五時間以上は掛かると思われるが、その後に船員との遣り取りが終えるまでを考慮すると八時間以上はこのまま留守番という事になるだろう。
長時間をこの部屋で過ごさなければならないのだと、そう改めて考えたケンゴウは大きく溜め息を吐く。名無しの権兵衛とは違って、張り込みなどという類いが大嫌いなケンゴウにとっては拷問にも等しい時間となるのだから、溜め息を吐いてしまうのも無理からぬ事と思えた。
そうして暫くの間、ボーッと眺める様に一応の監視を続けていたケンゴウだったが、その表情が一変する出来事が発生し、思わず二隻のコンテナ船を見詰めるその目が剣呑なものへと変わる。
「何だ? 防人の一族なのか?」
もう陽が落ちて二時間程になるのだが、夜空に浮かぶ月のお陰で幾分か見通しは悪くない。その中であって、ケンゴウの視線の先では二十人程の武装した者達がコンテナ船へと慎重な足取りで接近していた。
それを見て防人の一族かと瞬時に考えたケンゴウだったが、それにしては手に持つ武器が貧相だと気付き、防人の一族ではないと思い直す。しかしそれならば、何者達であろうかと思案した。
だが、思い浮かぶ組織が存在しない。少なくとも、ケンゴウが知る組織が関係しているとは思えなかったのだ。
とするのなら、それ以外の勢力と考えるのが妥当だろう。裏切り者達でもなく、防人の一族でもない、第三の勢力である。いや、名無しの権兵衛やケンゴウが第三勢力だとするならば、第四の勢力だと考えるべきかもしれない。
ともあれ、その第四勢力の者達は、二隻のコンテナ船の内一隻に音も立てずに侵入していく。鉤爪が付いているロープを振り回し、コンテナ船の手摺に引っ掛けると、それを伝って登り侵入していく者達。その姿は海賊を彷彿とさせる。或いは、盗賊と言った感じだ。
手に持つ武器は貧相であったが、素早い動きと統一された動きによってコンテナ船の中へと侵入を果たした者達は、当然ケンゴウからは見えなくなってしまう。それを歯痒そうにして部屋の窓から見詰める中、銃声が港町に数度響き渡った。
「クソッ! 何がどうなっているのだ!」
恐らく船内で繰り広げられているのだろう激しい戦闘に、状況が見えないケンゴウは苛立ちを露にした。そして居ても立っても居られなくなり、ケンゴウは窓を開くとそこから躊躇なく飛び降りる。
三階の部屋から飛び降りるのだから、当然そのまま着地すれば骨が無事で済む筈がない。それ故にケンゴウは、窓と地面の丁度真ん中でホテルの外壁を蹴る事により、落下速度を半分以下に減少させ無事に着地を決めてしまう。
武術を身に付けているからなのか、はたまた単純に運動神経や空間把握能力に優れているからのか、そのどれかは判然としないが、見事に着地を決めたケンゴウはコンテナ船に向かって勢い良く駆け出した。
と、その瞬間、再び港町に発砲音が木霊する。一発や二発ではなく、連続しての発砲音であった。
それを耳にして更に足へと力を込め駆けるケンゴウは、内心で何が起きているのかを考える。
(この発砲音は、侵入した者達の持つ武器ではないな。どう考えても拳銃の音ではない。とすると、船員が侵入者に向けて発砲したと考えられるが、ただの船員が機関銃の類いを持っているとは思えん。やはり船員はCIA諜報員なのか?)
この状況で出来る限りの予測を立てつつ駆けるケンゴウは、必死に走り続けてコンテナ船へと辿り着く。そして侵入者がやったのと同じ様に、手摺から垂れ下がるロープを手に取って登り始める。
その間にも、乾いた音が何度も木霊していた。船内の戦闘は相当激しいものとなっている様で、次第に人間の悲鳴がケンゴウの耳に入る。
「アメ公から奪える物は全部奪え! ただし、武器を集中的に奪えよ!」
侵入者と思わしき者の声が響き渡る中、ケンゴウは手摺を乗り越え船へと侵入を果たす。そしてケンゴウが見たのは、月光に照らされる船上で咲く桜の花だった。
指揮を取っているのだろうその男の背中に、見事な桜の彫り物が輝いて見える。船上では雪がそこそこ積もっていて夜空に浮かぶ月が照らす中、その桜は恐ろしくなる程に映えていた。
それに感心して、思わず動きを止めてしまうケンゴウ。しかし背中をケンゴウに向けていた男が背後へと視線をチラリと向けた瞬間、ケンゴウは知らず知らずの内に大きく飛び退いた。そして何故自分が飛び退いたのかを認識し、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ほう。指弾とは珍しい技を使うな」
獰猛な笑みを浮かべるケンゴウの頬には、血が滴っていた。桜の彫り物をした男が、何かを指で弾き攻撃して来たのだろう。
素直な感想を獰猛な笑みで呟いたケンゴウに、男は怪訝な表情を浮かべ口を開く。
「流暢な日本語を話すアメ公だな。しかも指弾を知ってるってのは驚きだ。
お前、本当にアメ公か?」
「アメリカ生まれのアメリカ育ちではあるが、日本人強制収容所に入れられて後、個人としてこの日本に来たので国籍は強制的に日本人になっているだろう」
アメリカ生まれのアメリカ育ちで国籍はアメリカであったとしても、この時代のアメリカ政府の日系人への差別によって、日系人が日本へと出国する場合には強制的に国籍を剥奪される場合が多かったと言われている。もしアメリカ国籍を維持したまま日本に出国したいのならば、アメリカ軍人になって任務として日本に出国するしかなかったのである。
それを考慮すると、ケンゴウの国籍は元々日本とアメリカの二つを持っていた事になるので、アメリカ国籍が強制的に剥奪された結果日本国籍のみになる訳だ。つまり、厳密には今のケンゴウは日本人という事になるだろう。
その詳しい事情をこの時代の日本の一般人が知る由も無いので、当然ケンゴウの説明だけでは十全に理解出来なかったらしく、男は眉間に深い皺を寄せて沈黙してしまう。
「ふむ。まぁ、日本から出た事が無い日本人には分からんだろう」
「お前はアメ公じゃねぇって事か? それともアメ公なのか?」
「父は日本人で、母はアメリカ人だ。それ故に国籍は日本とアメリカの二つを持っていたのだが、日系人に向けての差別が酷く、その結果今は日本国籍だけを持っている」
「つまり、お前は日本人って事かい。金髪の日本人ってのは初めて見たぜ」
男にとっては日本人か日本人ではないのかだけが問題だったらしく、ケンゴウの説明を聞くなり微笑みを浮かべた。その笑みはまるで、友に見せて浮かべる微笑みの様に優しく見える。
「そんな事より、貴様らは何者だ? この船を襲った理由を聞かせて貰おう」
「何でそんな事が知りたい? この船の船員じゃねぇんだろ?」
「私はこの船の船員がアメリカ政府の犬かどうかが知りたかったのだ。その為、仲間と色々考えて策を講じていたのだが、貴様達のお陰で御破算となった」
「あ〜、そりゃ悪い事しちまったな。そんじゃ教えてやるよ。
まずこの船の船員は、一部を除いたらアメリカ政府の犬じゃねぇって事。犬を運ぶだけが仕事で、積み荷は犬の持ち物らしい。そんで積み荷の中身は武器が中心らしく、その殆どが機関銃だそうだ」
男の話を全て信じて良いのかは疑問であるが、もし全部が真実ならば、CIAはそれほど本気で調査に乗り出していないのではと考えられる。本気で不老不死を信じて、あまつさえその力を我が物にしようと画策しているのなら、余りにも日本に送り込む戦力が少な過ぎると思えるからだ。
ともあれ、男の話を全て素直に信じていない様子のケンゴウは、更に男へと問いを投げ掛ける。
「何故そこまで詳しい話を知っている? 貴様達は何者だ?」
「クハハハ! 随分と質問が多い奴だ。ま、聞きたいってのなら聞かせてやっても構わんがな。同じ日本人同士、今は協力してアメ公を叩き出すのが肝要だしよ」
「叩き出す?」
「あぁ、そうだ。東京に居る兄弟分から聞いたんだが、コイツらアメ公は日本人を相手に好き勝手し過ぎなんだよ。まるで奴隷を相手にするかのように、一発ヤりたくなりゃ適当な女を拐って犯すし、金が欲しけりゃ目につく奴を痛め付けて奪う。
東京では酷い有り様らしいじゃねぇか。ま、兄弟分がそういう屑は始末しているらしいんだがよ。しかし、ここのところこの辺でもアメ公が目立つようになっちまいやがったから、東京のようになる前に始末しちまおうって訳だ。
で、質問は何だった? ……あぁ、そうそう。俺達が何者かっつう質問だったな」
「いや、もう良い。兄弟分という言い方で充分理解出来た」
ケンゴウは男の兄弟分という言い方から察して、十中八九ヤクザなのだろう事は容易に想像出来た。東京でひたすら武術を極めんと修行していたケンゴウでさえ、ヤクザとアメリカ人との間で起こる争いを耳にしていたのだから当然である。
第二次世界大戦後、警察機構などの組織が一時的に機能不全へと陥った際、瓦礫の中や墜落した戦闘機の残骸から機関銃などの武器を入手したヤクザが、警察に代わって無法を為す白人を相手に大暴れして治安維持をしつつ力の無い者達を守っていた。意外に思われるかもしれないが、これは紛れもない事実である。
余談となるが、この時代のヤクザが行った数々の所業が理由となり、ヤクザは必要悪という価値観が生まれる事となる。だからこそ、世間様に堂々と反社会勢力が看板を掲げて活動するという少し外国から見たら不可思議な現象を生む事になるのだ。
「質問は終わりかい?」
「あぁ。充分だ」
「そりゃ良かった。それじゃあ情報料として、アメ公を叩き潰す手伝いを頼みたい」
「その必要があるのか?」
桜の刺青を背中に刻む男とケンゴウが会話をしている中で、既に銃撃は終わっていた。少なくとも、この数十秒の間にはもう一発の銃撃音も響き渡っていない。それ故のケンゴウの発言であり、何よりの根拠であった。
刺青の男は、ケンゴウに言われて初めて船内で銃撃音がやんでいるのに気付いたらしく、耳に手を当ててニヤリと笑んだ。
「おっと、もう終わってたようだ。もう一隻は……ま、当然逃げるよな」
刺青の男は配下の者達が船を制圧した事を理解した後、隣に停泊していたコンテナ船へチラリと視線を向けるものの、そちらは既に逃亡を始めていた。二隻の内の一隻で激しい銃撃音が響いていれば、当然一時的にであっても陸から離れる選択を取るのは必定である。そしてもうどうにも出来ないと分かれば完全に撤退すれば良いのだから、接岸したままという選択を取る訳がない。
逃げ去って行く船の姿を見詰めながら、刺青の男は意外にも笑ってケンゴウへと話し掛ける。
「ハッハッハッ! 片方には逃げられたが、まぁ、もう片方の一隻は奪えたし、その積み荷は全部手に入ったんだから万々歳って事にしとくか!
で、あんたの名は? 何でアメリカの犬を探っているのか聞いても良いかい?」
名と目的を問われたケンゴウは、暫し答えて良いものかと逡巡するものの、CIAとは関係無い人間だというのは理解しているのだから問題無いだろうと考え、不老不死や防人の一族関係を除いて口にし始める。
「……名はケンゴウ。探っている理由は、この北海道へと現在来日しているCIA諜報員達の全てを始末する為。それと、その諜報員達と手を組んだ日本人も同様に始末するつもりだ」
「クハハハ! 何だよ、おい。俺と目的は似たようなもんじゃねぇかい。気に入ったぜ! 大いに気に入った! そのアメ公と手を結んだっていう売国奴を始末するのも最高じゃねぇかい!
ククク、あんたは一人で行動してる訳じゃねぇんだろう? 仲間に会わせてくれるなら手を貸すが、どうする? 丁度アメ公の武器を手に入れたばかりだしな、大暴れ出来るぜ?」
心底機嫌良さげに笑いながら告げた男に、ケンゴウは少し考える素振りを見せた。実際、まだ出会って数分の男を信じられるかと問われれば、誰もが完全には信じられないと答えるだろうと思われるのだから仕方ない。それに、恐らくは相棒である名無しの権兵衛の事も考えているのだろう。
だが提案を断った後にCIA諜報員や裏切り者達との戦いで彼らヤクザ組織の横槍が入る可能性も考えられると思い至り、提案を受けた事で生じる損得を計算して損をする事が無いとの結論を出すと、ケンゴウは頷いて言外に提案を受ける事を示したのだった。
ケンゴウ「何奴っ!?」
???「へっ! 面白い奴だな、一緒に暴れようぜ!」
その頃の名無しの権兵衛「あ、これも買ってこう。おぉ!? 新製品のテレビじゃねぇか! 前の型式より画面が拳一個分デカくなってんじゃねぇかよ! これも買っておこう! おぉ!? 味噌ラーメンの良い匂いじゃねぇか! ちょっと味見して行くか!」
計画が御破算となった事を知らず、買い物兼寄り道中。