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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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敵勢力の規模 その一

「あらら? 此処は何処? 私は誰?」


 目覚めての第一声にお馬鹿な発言をしたのは、まだ少し酒臭い名無しの権兵衛である。タダ酒という事で目一杯に飲んだ反動で、少々の二日酔いになっているらしい。

 胃がムカつくという事は無さそうではあるが、少し頭痛がするらしく額を抑えながら起き上がる。そして自身が寝ていた部屋を見回して何かに気付いたのか、まるで勝手知ったる場所であるかの様な素振りで、傍にあった箪笥の中身を取り出した。

 白い紙が折り畳まれた物を手に取った名無しの権兵衛は、その中身を躊躇無く口に含む。


「ん〜、苦いの嫌、苦いの嫌。苦過ぎ〜」


 顔にこれでもかと皺を寄せてそう呟く名無しの権兵衛は、慣れた手つきでお茶を入れ口を濯ぐ。

 実はこの寝室、防人の一族の洞窟へと来て、不老の力を得た後に名無しの権兵衛が生活していた場所なのだ。それ故に、目覚めてからその事実に気付いたからこそ、二日酔いに効く薬の保管場所を思い出して口にしたのである。そうでなければ、薬かどうか分からない物を口に入れたりする程に無謀な事はしない。

 良薬口に苦しと言うが、その苦い物を口にしたという事実だけで治った気になったらしく、名無しの権兵衛は二日酔いが幾分楽になったかの如く自然な表情を浮かべてホッと息を吐く。

 そうして普段の調子を復活させた直後、懐から煙草を取り出し口に咥えると、流れ作業の様にマッチで火を点けつつリビングスペースへと移動する。

 するとそこには、相棒であるケンゴウが不機嫌そうにお茶を飲んでいた。


「よぉ、相棒」


「貴様は寝過ぎだ。昨日、会話の途中で寝入ってから十一時間だぞ」


 会話の途中、そう言われて首を傾げる名無しの権兵衛。恐らく記憶があやふやで、覚えているのかもしれないが簡単に思い出せないのだろう。

 酔っていたのだからある意味仕方ないとも思えるが、しかしケンゴウは許しはしない。


「おい、何なんだその仕草は? まさか忘れておるなどとは言わんよな?」


「あ〜、へへへ………何か悪ぃな。約束でもしてたっけ?」


「まさか全部忘れているのか?! おい、どうなんだ?!」


「いや、全部忘れてるのかと聞かれてもよ、何をどこからどこまでの範囲で言ってる訳? そこを言ってくれねぇと、こっちとしちゃあ返答しづらいんだけっど」


 苛つくものの一理あると認めたケンゴウは、一旦火照った脳を冷まさせる様に頭を左右に振るうと、渋面で言葉を紡ぎ始める。


「ならば答えてやる。まずは敵の拠点を発見した事はどうだ? 次に、敵拠点での破壊工作や妨害工作をした事は?」


「いやぁ、それは勿論覚えてっぞ。って言うか、別に忘れてる事とかはねぇんだけど?」


「はぁ? じゃあ私が尋ねた意味も分かる筈なのに、何故惚ける必要があるのだ?!」


 今一噛み合わぬ会話に、困惑の表情で名無しの権兵衛の胸ぐらを意識せず掴んでしまうケンゴウ。表情と仕草が合っていないが、それは恐らく名無しの権兵衛のせいなのであって致し方無いものなのかもしれないと思えた。

 だが、突然胸ぐらを掴まれた方は非常に困ってしまうものであり、その表情と仕草がチグハグなケンゴウに動揺してしまう。


「ちょちょ、ちょい待ち! 情緒不安定過ぎなんじゃねぇ?!」


 落ち着かせる為にあの手この手でケンゴウへと語り掛ける名無しの権兵衛だが、そんな名無しの権兵衛をまるで宇宙人でも相手にしているかの様に困惑の表情を浮かべたまま、胸ぐらを掴む手の力を決して緩めないケンゴウ。最早両者共に困惑と混乱の極みに達しており、はっきり言ってこの場を収める事は不可能に思えてしまう。

 だがそんな状況において、救世主とも言っても過言ではない人物が登場する。


「仲が良いのは分かったわ、少し妬けちゃうくらいにね。それで、何をどうしたっていうの?」


 何が何やら理解出来ない様子ではあるが、それでも月夜からしたらじゃれ合っているとしか見えず、微笑ましいものを見たかの様な笑みでもって声を掛けた。

 すると、是非助けて下さいと言わんばかりに、それはもう必死な様子で首だけを月夜に向けて名無しの権兵衛が叫ぶ。


「コイツがちょっと情緒不安定過ぎなんだよ! もう訳が分かんねぇんだってば!」


「違うだろ! 貴様が惚けるからだ!」


「いぃや、それは違うね! 表情と仕草が合ってねぇから、こっちは恐怖しか感じねぇっつうの!」


 確かに表情と仕草がチグハグなケンゴウには恐怖を感じてしまうのは理解出来るが、そうさせた名無しの権兵衛が何よりも悪いと言えるだろう。

 両者の言い分を耳にした月夜は、鈴が鳴る様な笑い声を響かせる。


「ウフフフ、アハハハ。ホントに面白い二人ね」


 月夜が辛抱堪らんと言わんばかりに笑うと、少なからず冷静さを取り戻したのか、ケンゴウは名無しの権兵衛の胸ぐらを掴んでいた手の力を知らず知らず緩めた。

 その瞬間を逃さない名無しの権兵衛ではなく、ケンゴウの手を振りほどくと一気に距離を取る。

 そうして自由になれば、ホッと胸を撫で下ろしつつ口を開く。


「全く。俺はお前が突然昨日の事を忘れているのかって聞くから、何か約束とかしてたかと尋ねたんじゃねぇか。なのに、急に困ったような表情で胸ぐら掴んでくるもんだから、マシで焦っちまったぜ」


「はぁ? ちょっと待て……。ならばただ単純に、何かを約束した覚えは無かったが、実は自分が覚えてないだけで、何らかの約束でもしていたのかと勘違いしただけだって言いたい訳か?」


「そうそう、そう言いたいの! なのに俺の話を聞きもせずに暴走するもんだから、此方としちゃ困った以外に言いようがねぇってもんだ」


 大きな溜め息を吐いて、それなら最初からそう言えば良いだろうと言いたげにケンゴウは呆れた表情を浮かべた。しかしその一方で、それを言わせて貰えなかった名無しの権兵衛はケンゴウの表情を見て、俺こそが見せるべき表情だろうと思いコメカミ付近に青筋を浮かべる。

 ともあれ、そんな二人にクスクスと笑い声を浴びせつつ、月夜は昨日途中で止まった会話の続きを自然な様子で促す。


「それで、CIAから奪った金細工で嫌がらせをするとか言っていたけど、それは何をするのかしら?」


 そう、これこそケンゴウが尋ねたかった事だ。いや、これを最初に本人は尋ねたつもりだったと言った方が正しいだろう。それ故に、ケンゴウは表情を一変させると真剣な表情を浮かべて耳を傾ける。


「滅茶苦茶簡単な嫌がらせなんだけっども、敵拠点の最寄りの町に住む者達全員を移住させるんだ。対価はCIAの金細工で」


「なるほどね。つまり、私達お得意の監視の目を配置するって事なのね?」


「そうだ。そうして普段は監視するだけに留め、CIAがどれだけ力を注いで不老不死の事を調べているのかを確かめる。ドイツが調査していたから念の為にという程度なのか、はたまた本気で不老不死を信じていてその力を得ようと考えているのか。………それで此方の動きが決まるからな」


「分かったわ。確かに敵の勢力を把握してないと危険だものね」


 実動部隊の裏切り者達の勢力がどれだけの人数なのかは明智氏郷や月夜なら正確に把握しているが、CIAの勢力は別であり人数を把握してなどいない。これが一番の問題なのだ。敵の勢力やその動きがはっきりしていないと、どう対処すれば良いのかが分からなくなるからである。

 そこで名無しの権兵衛が考え出した作戦は、単純明快であるが確かに効果的で効率的なものであった。敵拠点の最寄りの町で住人を入れ替え監視していれば、裏切りの実動部隊に接触するCIAの動向どころか人数も把握出来る可能性が高い。上手く事が運べば、CIAがどれだけ本気を出しているのかも分かる筈だ。


「私はその作戦を明智様に伝えてくるわね。十中八九、明智様ならその作戦を採用するでしょうから、誰を送り込むのかも考えておくわ」


「おう、その辺は任せるぜ」


 ニコリと微笑みを見せてその場を後にする月夜の背を見送ると、ケンゴウが感心しているのか馬鹿にしているのか分からない口調で言葉を投げ掛ける。


「貴様は馬鹿ではないが、普段の素行で損をするタイプだと見た。本当に貴様は馬鹿だな」


「お前………そりゃ貶してんの? それとも誉めてんの?」


 どちらにも受け取れる言葉に、名無しの権兵衛は怪訝そうな表情で尋ねるが、ケンゴウは肩を竦めるだけで何も言わない。好きに受け取れと、そんな風に思える仕草だった。

 それを見た名無しの権兵衛は、胸ぐらを掴まれた際に地面へと落とした煙草に代わって新たな煙草を懐から取り出し口に咥えマッチで火を点けると、心底納得いかないと言いたげな表情で息を吐く。そしてその思いを伝えようと口を開くが、それを態と遮る様にケンゴウが言葉を発する。


「さて、当座の方針は決まった訳だ。しかし、私と名無しは身動き出来んというのが決定したな」


 少々納得いかない部分があれど、これからの行動については話し合う必要があった為、名無しの権兵衛は気を取り直してケンゴウの意見に向き合う態勢に入った。

 だが、それにしてもケンゴウの意見の真意が分からなかったらしく、名無しの権兵衛は直ぐ様に疑問を口にする。


「ぅん? 何でだっちゅうの?」


「何でって、それは敵勢力の把握が出来なければ動きようが無かろう」


「いや、俺達は俺達で動けば良いだろ。防人は防人、俺達は俺達で独自の動きをする事によって敵を撹乱すれば良い」


「ふむ。……なら、どう動くつもりだ?」


「ニシシシ。そりゃ勿論、別のアプローチを仕掛けるさ」


 別のアプローチという事は、これまでとは異なるものと判断出来る。それは理解出来るものの、何をするのか皆目見当もつかないケンゴウは首を傾げるしかない。

 それを察したのか、名無しの権兵衛はニヤリと笑みを浮かべて説明し始める。


「現在確認しているCIA諜報員の数は六人だ。小樽の街で見たのはバイト感覚で雇われた者や軍人ばかりだったが、流石にCIAが本気にしろ本気じゃないにしろ少な過ぎると思わねぇか? とするなら、当然俺達が把握してないだけで今も活動している者達がこの北海道の何処かに居る筈だ」


「一理ある。確かに、諜報員の人数が少な過ぎるからな。それで貴様は、何をどうするつもりなのだ?」


「そりゃ探すさ。と言っても、目星も無く行動するのは好きじゃねぇ。だからある程度の予測を立てて動くつもりなんだけどよ、そこで重要なのが港だと俺は睨んでる。アメリカでは軍とCIAの関係は最悪だからな、軍が使用しているルートとは別のルートで日本に来ていると考えた方が無難だ」


「ふむ。それでCIAが船で日本に入って来ており、故に港だと?」


「あぁ。軍は主に飛行機で日本の東京に入って来てる。だったら、CIAなら船で直接北海道に来ていてもおかしくないと思うんだよ。

 そんな訳で、俺とお前の二人で港へと聞き込みに行こうと思うんだが、どうだ?」


「良いだろう。そこまで考えて動くのならば無駄になるとは思えんからな」


 これで何を目的に動くべきかが決定した訳だが、しかし実のところ名無しの権兵衛としては不安な事が一点存在していた。それは勿論、CIAの事である。

 もしもCIAが本気で不老不死を信じており、その力を得ようと画策し多大な戦力を動かしていた場合には、純粋な数の面で太刀打ち出来ないと理解していたからであった。そしてその不安を払拭する為に、CIAの動向を一番注意していたのである。

 ともあれ、今はまず港の調査だ。それをしっかり熟さなければ、その先をどうこうなどと考えるだけ無駄というもの。名無しの権兵衛はそう考え、肺に取り入れた煙草の煙を一気に吐き出した。

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