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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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酔っ払い

 名無しの権兵衛が調査という名目の破壊工作をしている頃、漸くケンゴウが目覚めていた。名無しの権兵衛が目覚めてから五日後の事であった。

 不老、或いは不死の力を得る際、筒の中に入って液体に浸かっていれば食欲などは一切沸かないが、その反動なのか力を得た後は食欲が増す。それは名無しの権兵衛が敵の食料庫で暴食していた事を思い返せば明らかな事実だ。

 その例に漏れる事もなく、ケンゴウは目覚めてから出される食事をどんどん胃袋へと詰め込んでいた。一日で目覚めた名無しの権兵衛とは違ってその何倍も不老の力を得るのに時間を要したのが理由なのか、名無しの権兵衛と比べても遥かな量を食べていたのである。


「すまない。まだ食べ足りないようだ」


「貴方は名無しとは違って、眠っていた時間が長かったのですから気にしないで下さい。それより、同じもので良かったのですか?」


「あぁ。今は食欲を満たせられるのなら何でも構わない」


「分かりました。少々お待ち下さい」


 名無しの権兵衛に接する時とは違って、どこか壁を感じさせる対応の月夜。ケンゴウと二人での会話というものが少なかったからか、或いは名無しの権兵衛が口説いていたからなのかは不明だが、少し距離感がある様に感じられるのは間違いないだろう。

 だがそれでも月夜はケンゴウの為にと足早に料理を運び、ケンゴウが満腹感を得られるまでそれは続いた。そして食後のお茶で腹休めしている頃合いになった時、ふとケンゴウの脳裏に相棒の居場所についての疑問が浮かぶ。


「あ〜、度々すまないんだが、今名無しが何処に居るのか分からないか?」


「裏切り者達の動向調査をする為、先ずはCIAの諜報員を探すと明智様に告げて行ったようですよ。ですので、何処に向かったのかは分かりませんね」


「動向調査? 裏切り者達の巣を探るつもり、という事だろうか?」


「裏切り者達が何処に潜伏しているかは我々も分かりませんので、CIA諜報員を見付けて尾行するつもりのようです。そうすれば貴方が仰る通り、裏切り者達の巣が分かるのではと考えたのだと思われます」


「なるほど。抜け目の無い奴の事だ、既に巣を見付けておるやもしれんな」


 顎に手を当てボソリと呟かれたケンゴウの言葉を耳にした月夜は、クスリと笑った。


「どうした? 何かおかしな事でも言ったか?」


 唐突に月夜が笑ったのを見て、ケンゴウは不思議に思ったのか自然と疑問を口にした。

 すると月夜は首を左右に振ってそれを否定し、しかしそれでもクスクスと笑いつつ口を開く。


「いえ、そうではありません。正反対の性格に思えて、結構互いに認め合っているのだなと、そう思うとおかしくなって。フフフ」


 自分は武術家で、名無しの権兵衛は泥棒。確かに似ていないが、欲深いところなんかは意外と似ていると思えるのだが、と首を傾げつつ思うケンゴウ。

 するとその仕草が月夜のツボに嵌まったらしく、またクスクスと笑い始めてしまう。


「ウフフフ。名無しに貴方との出会いと仲間になるまでを聞いていたんですが、それを第三者の私が聞いた限りだと一時的に手を組んだとしか思えなかったのです。でも、御二人は意外と合っているのかもしれませんよ」


「私と名無しが? ゾッとしない話だ」


「アハハハハ。いえいえ、お似合いですよ。それはもう間違いなく」


 断言する月夜に心底嫌そうな表情を隠しもせずに浮かべるケンゴウだったが、しかし内心ではそれなりに思うところがあったらしく、実は少しだけ納得もしていた。不老不死という力を得る為、一時的に手を組んだつもりだったが、こうやって北海道に来て人斬りと死合う貴重な機会が得られた事もあり、その影響でこの仕事が終わった後も手を組んだままでも良いかもしれないと考えていたのだと察せられる。

 ともあれ、そう考えていた事を第三者に指摘されたとあっては少々気恥ずかしい為、ケンゴウは決して肯定しない。


「アイツが頭を下げるなら考えてやらん事もない。しかしな━━」


 渋面を浮かべながら自身の考えを告げていた途中の言葉は、洞窟内に響く奇妙な笑い声に遮られてしまった。

 本当に奇妙で、そして奇妙過ぎて、思わずこの笑い声は自分にしか聞こえていないのではなかろうかと首を傾げるケンゴウ。


「すまない。今のは私にしか聞こえなかった幻聴か? それとも━━」


 怪訝な表情で月夜に尋ねるケンゴウの言葉は、再び洞窟内に響く奇妙な笑い声に遮られてしまう。しかし今度はそれで確信したのか、ケンゴウはどこかホッとした様子で溜め息を吐く。


「どうやら馬鹿が帰って来たようだな」


「ウフフ。どうやらそのようですね」


 ニョホホホホ、ニョホホホホ、ニョホ、ニョホ、ニョホホホホと、実に奇妙で頭のネジが緩んでいるのではと疑問に思わざるを得ない笑い声を響かせながら、颯爽と姿を現したのはケンゴウの相棒であった。

 一人はホッとしつつも呆れ、もう一人は嬉しそうにクスクス笑いつつ、その奇妙な笑い声の主を迎える。


「やぁやぁ、麗しの月夜ちゃ〜ん。色々と情報を得ぇて来ぃたよ〜!」


 姿を現すなり、両手を目一杯に広げて満面の笑みでもってそう告げた名無しの権兵衛は、テーブルを挟んで月夜の向かいに座る人物を見て更に笑みを深くする。


「おやおやぁ、漸くのお目覚めですか〜? 俺っちはお前が中々目覚めなかったから、暇で暇で仕方なかったんだぜぇ。まぁそのお陰で、敵の拠点を見付けられたんだけっどよぉ」


「貴様、その妙なテンションの高さはどうした? 酒でも飲んでいるのではなかろうな?」


 相棒である名無しの権兵衛が無事に生還してホッとしたのも束の間、異常なテンションに少し苛立ちを覚えたケンゴウは刺を感じさせる声音で問うた。

 すると空気が読めているのかいないのか、それは分からないが異常なテンションを維持したまま名無しの権兵衛は口を開く。


「正解正解、大正解! いやぁ、敵の拠点に侵入したらよ、結構な量の高級酒があったんだ。で、食料もたんまりあるもんだから、食って飲んでした後はファイアーって感じでよ。いやぁ、お前にも見せたかったぜ」


「意味が分からん。食って飲んでというのは辛うじて分かったが……いや、敵の拠点に侵入しておいて飲食する貴様の神経は疑うが、それは兎も角、盗み食いや盗み飲みをしたのは理解した。しかし、ファイアーとは何だ? 何をしたのだ?」


「あららら、分かんなかった?」


「分からんから聞いておるのだ!」


 何をしたのかと尋ねられた名無しの権兵衛は、心底不思議そうに目を真ん丸にして首を傾げる。本当に伝わっていない事に疑問を抱いたのだろうが、酔っぱらいがその仕草をしているのかと考えると腹が立つ仕草であった。

 だからこそケンゴウは知らず知らず声を荒げてしまうのだが、それを目にして耳にしてさえも名無しの権兵衛の口調や仕草は治らない。


「ケンちゃん、怒っちゃやぁよ。ちゃんと説明しますからぁ、そんなに怒っちゃ、メッ、だよ、メッ!」


 自称二十五歳の男がやる仕草と発言とは思えないそれを目にして、流石のケンゴウも限界に達したらしく椅子から立ち上がって言い募る。


「この酔っぱらいが! 貴様の目をほじくり出してやろうか!」


「キャ〜、ケンちゃんが怖いのぉ! たっけてぇ月ちゃ〜ん」


 ナヨナヨした仕草で月夜に抱き付く名無しの権兵衛の姿は、はっきり言って腹立たしいものであった。それ故にケンゴウの怒りはヒートアップする。ケンちゃんなどという呼び方も尚更にケンゴウの癇に触るのだ。

 だが一方で、抱き付かれた月夜はどこか嬉しそうに名無しの権兵衛を優しく抱き返すと、話の先を促す様な言葉を投げ掛ける。


「はいはい。冗談はその辺にして、ファイアーって何をしたのかしら?」


「あっれぇ〜、気になっちゃう感じ? どうしても知りたいって感じ?」


「そうね。どうしても聞きたいわ」


 月夜の言葉を耳にした名無しの権兵衛は、それはもう自慢気に鼻を鳴らすと月夜との抱擁を解いて口を開く。


「姉御、御報告いたしやす! 敵の食料庫を火の海にさせていただきやしたであります(そうろう)! それと敵の武器庫やCIA諜報員の武器を、弾詰まりするようにしたりアイアンサイトを鑢で削ったり撃針を抜いたり、他には手榴弾の雷管を抜いたりしましたで(そうろう)!」


「ちょ、ちょっと待て! 貴様は敵の動向調査に向かった筈ではなかったのか?!」


「あらあら、貴方は調査じゃなくて破壊工作と妨害工作もしちゃったという訳なのね? 随分楽しんだみたいじゃない」


 心底呆れた表情を浮かべる者と、報告を聞いて面白そうに感想を呟く者。二つに分かれたその反応を見て、名無しの権兵衛は満足そうにドヤ顔で大袈裟に首を縦に振るった。

 月夜としては正直名無しの権兵衛に惚れている節があるのだから、この反応は頷ける。しかしこの場合での最も適切な反応は、ケンゴウの反応であるのは間違いない。寧ろ、ケンゴウの反応こそが普通のものであると言えるくらいには常識的なそれであった。


「あ、それと……何だっけ?」


「まだ何かあるのか?!」


「えぇと、何かした記憶があるんだけっどもよ……。俺、何かしたんだっけ?」


「私が知るか! それを聞いているのは私の方だ!」


 月夜がクスクスと笑う中で、ケンゴウ一人がまともな反応で酔っぱらいである名無しの権兵衛へと対応していると、ハッとした様子で何やら思い出したのかニンマリと笑みを浮かべる名無しの権兵衛。

 それを見たケンゴウは、知らず知らず嫌そうな表情を浮かべてしまう。しかし何をしたのかを聞いておかねば、後々困るかもしれないと思い直し耳を傾ける。


「CIA諜報員のトラックにさぁ、物々交換用の金細工が沢山積んであったからよぉ、それ全部貰って来たんだった。だからよぉ、それを使って嫌がらせしようかなって思ってたんだよ」


 段々眠くなってきたのか、名無しの権兵衛の口調は少しずつ遅くなっている。この様子であれば、恐らく数分もすれば夢の中へと旅立つのは間違いないだろう。

 だからこそなのだろうが、眠ってしまう前に嫌がらせとやらの話を聞きたいケンゴウは説明を急がせる。


「金細工を奪ったのは、貴様が骨の髄まで泥棒なのを知っているから別に何も言わん。しかし、その奪った金細工でどんな嫌がらせを考えているのかは聞かせろ」


「どうしよっかなぁ〜」


「貴様………いいか、寝たら叩き起こすからな」


「聞きたいのぉ〜? それとも聞きたくないのぉ〜? どっちなのぉ〜?」


 最早限界なのか、名無しの権兵衛の口調は牛歩もかくやと言った感じだ。しかもそれだけではなく、目もトロンとさせていて眠り始める前兆がこれでもかと見える。

 それで焦ったのか、ケンゴウは怒りを一旦押し込めて「聞かせろ」と再び言い募った。しかしそこで名無しの権兵衛は月夜に抱き付く形で意識を喪失し、完全に眠り始めてしまう。


「どれだけ飲んだのかしら? ウフフフ。とても満足したような寝顔ね」


 名無しの権兵衛の寝顔を見て、微笑みを浮かべてそう感想を呟く月夜の一方で、般若の仮面を被ったかの様な形相で拳を握るケンゴウ。

 だが酔っぱらい相手に本当に叩き起こすつもりはないらしく、ケンゴウは大きな溜め息を吐く事で怒りを鎮めるのだった。

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