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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
14/36

調査という名の妨害工作

 名無しの権兵衛が目覚めてから三日後、未だに相棒であるケンゴウは筒の中で液体に全身を沈めていた。それはつまり、まだ不老の力を得ていないという証左であり、まだまだ暇な時間を持て余さなければならないという事である。

 そうなると一人で行動していれば後で怒られかねない名無しの権兵衛としては、暇を持て余して四六時中をボケーと呆けているしかなかった。動くのはトイレに行く時と食事中のみ、或いは月夜と会話する時ぐらいのもので、それ以外では本当に動く気配すら無かったくらいだ。

 月夜との会話だけは心の距離を縮める事に集中出来ているので、そこそこに楽しめる時間であったのは名無しの権兵衛も否定しない。しかしながら、月夜は月夜で当然仕事があるし、四六時中を共に過ごせる訳でも無く、そうするとボケた老人の様に一日の殆どを過ごすしかなかったのである。

 だが、目覚めてからずっとマトモに動かないというのも流石に限界へと達したらしく、貧乏揺すりが最早貧乏揺すりの次元を超えた瞬間、名無しの権兵衛が居住区スペースの一角にある月夜の住居から勢い良く飛び出し、意味不明な叫び声と共に全力で駆け出す。

 そうして名無しの権兵衛が辿り着いた場所は、船を模した様な金属の塊が複数ある所で、今やその場所は無数の機関銃などが並び立つ要塞と化していた。そしてそれはまだ途中であるらしく、更なる要塞化の為に明智氏郷が陣頭指揮を取っている真っ最中でもあった。

 その明智氏郷を視界に捉えると、名無しの権兵衛は相手の都合など関係無いとばかりに躊躇なく声を掛ける。


「よぉ、明智さん。暇で暇で堪んねぇから、こっちから裏切り者達の集団に仕掛けねぇか? 或いは、向こうの動向を調べる為に俺が動くってのもありかと思うんだけっど、その辺どう思う?」


 突然背後から声を掛けられたものの、明智氏郷は特に驚く事もなく背後へと振り向き、名無しの権兵衛を視界に入れた。驚く事が無かったのは、意味不明で言語化不可能な叫び声を事前に耳にしているので当然であるが、そんな叫び声を聞いていながら冷静でいるのは凄いの一言である。

 コイツは頭がおかしくなったのか、とか、他にも疑問に思う部分がありそうなものではあるが、然りとて明智氏郷は至極冷静そうに見えた。

 しかし唐突な提案を耳にして、少し小難しい表情を浮かべる。名無しの権兵衛の奇行には一切動揺しないものの、唐突な提案には動揺したらしい。

 そうして暫し思案した後、明智氏郷は小さく頷いた。


「……敵勢力の人数が不明な状況で仕掛けるというのは時期尚早だと思うが、貴殿が敵勢力の動向を調査するというのは賛成だ。しかし、どちらを調べるつもりなのだ?」


「裏切り者達は地下に潜ってるだろうし、そうなるとCIAになるだろうな。奴らが地下に潜ろうと考えていたとしても、白人ってのはこの国ではどうしても目立つ特徴だろ? となりゃ、奴らを見付けて行動を見張ってりゃあ、自然と裏切り者達の動きも分かるんじゃねぇかと思うんだけっど」


 地下での襲撃の際、裏切り者達はトンプソンを全員が装備していた。米軍の横流し品という可能性も充分にあるだろうが、しかしCIAがタイミング良く独自の勢力として行動し、今回の事に絡んでいるとは考えられない為、そうすると裏切り者達とCIAが手を結んだと考えるのが自然というものだ。

 それを既に全員が理解しており、当然名無しの権兵衛とケンゴウも同様であった。

 しかし、手を結んだとてそれがどこまで深い協力関係かは分からないのだから、余り意識し過ぎるのも問題であり、意識し過ぎたが故に足下を掬われるという事態になるのは笑えない。

 だからこそ、名無しの権兵衛が提案する敵勢力の調査は必須であり、安全面を考えた時には何よりも重要なのだ。


「CIAを追っていれば、自然と裏切り者達へと繋がるという訳か。……一石二鳥だな。

 しかし、二兎を追う者は一兎をも得ず、という事にならぬと良いが」


「おっとっと。もしかしてもしかすっと、俺が失敗するとでも思ってんのか? 尾行も張り込みもお手のもんだぜ?」


「いや、貴殿の実力を疑っている訳ではないのだ。心配なのはCIAがどれだけの人数を送り込んでいるのかによっては、どんなに腕が良い者でも………と、そんな風に考えていたのだ」


「なっるほどなぁ。だが、そこんとこは心配要らねぇぜ。やるとなったら細心の注意を払ってやるのが俺の流儀だからよ」


「流儀ときたか。……ふむ、そこまで自信があるというのなら、全面的に貴殿に任せよう。

 あ、そうそう。それは兎も角、行く前にコレを渡しておこう」


 明智氏郷が懐から取り出して差し出したのは、何の変哲もない煙草を四箱だった。銘柄はHOPEで、名無しの権兵衛の愛飲している物だ。

 それを見て悟った名無しの権兵衛は、笑みを浮かべて受け取ると、一箱を手に残して他は懐へと大事そうに仕舞い込む。そして手に残しておいた一箱を開けて一本を口に咥えると、新たに明智氏郷がマッチ箱を手渡してきたのでそれを使用して火を点ける。

 HOPE独特の香りが鼻腔を擽り、煙が肺を満たす。名無しの権兵衛にとっては至福の時間である。

 至極機嫌良さそうに口角を上げる名無しの権兵衛が、数度満足そうに頷いた。


「やっぱHOPEじゃねぇとな。これを一本でも吸っちまえば、他のじゃ満足出来ねぇんだよ。

 シシシシ。そんじゃ俺は行ってくっから、何かあったら人を寄越してくれっと助かる」


「うむ、承知した。気を付けて行かれよ」


「おうさ」


 ニカッと快活な笑みを浮かべた名無しの権兵衛は、その笑顔を最後に会話をやめ、そのまま洞窟内を寄り道せずに真っ直ぐ外へと出る。そして外に出るなり止めてあったトラックに乗り込むと、朝日に眩しそうに目を細めながら早速エンジンを掛けて移動し始めた。

 向かう目的地は、CIAの人員を最後に見た小樽。しかし勿論、最後に見たというだけであり、既に移動して小樽には居ないだろう事は予測済みだ。

 だが、何かしらの痕跡が残っている筈だと名無しの権兵衛は睨んでいたのである。CIAの者達が裏切り者達と一緒に行動しているとしても、或いは独自に拠点を築いて行動しているとしても、そのどちらにしても動けば痕跡が残るのは必然。その必然を探す為に、名無しの権兵衛は小樽を目指して出発したのだ。

 しかし、必然を探したくとも自然が簡単には了承してくれないらしく、積もりに積もって三メートル近くなった積雪に阻まれ、中々簡単には先に進めない。辛うじて轍の様な痕跡があるくらいの道の上には三メートルの積雪があり、それが故に何処が道で何処が道ではないのかが中々見分けがつかないのだ。

 通常ならその時点で諦めるだろう。今日は移動するにしては辛いので、数日ぐらい時間を開けて再度挑もうと、普通ならそう思う筈だ。

 だが、ここ数日をじっと動かずに居た名無しの権兵衛にとっては、中途半端に引き返すという選択肢が存在しない。まるで、後退のネジが無くなった猪である。文字通りの猪突猛進と言ったところだ。

 それ故に、道が無いのなら作ってしまえば良いと、そんな風に言いたげに乱暴に突き進むのだった。その姿はトラック野郎ではなく、ブルドーザー野郎である。

 そうやってトラックをブルドーザーの代わりの様に使用して無理矢理進めていると、夕闇に支配される頃合いに小さな町へと辿り着く。人口数百人程度だろうその町には、当然この寒さなのだから人の姿は一切見られない。

 だがそんな状況の町中にあってさえも、家々の窓からは生活を感じさせる灯りが漏れており、そのお陰で無機質な町並みという印象は受けない。

 そんな町中を名無しの権兵衛の運転するトラックは進んで行き、そして唐突に停止する。別に店の前でトラックが止まったとか、或いはガソリンの補充だとか、そういう理由で止まった訳でもなく、寧ろ何故こんな場所にトラックを止める必要があるのかと疑問に思う様な場所であった。

 だが、名無しの権兵衛は何かに興味が惹かれた様子で、頻りに道路沿いに並び駐車してある車へと視線を忙しなく向けている。


「CIAって言っても、こりゃ馬鹿の類いかもしれねぇな。ナンバーも変えずにそのまま車を使うかね、普通」


 どうやら小樽の街中で見たらしいナンバーのトラックが、たまたま立ち寄ったこの町で目に入ったから止まった様だ。

 だが、それが何故CIA諜報員が使用しているトラックなのか、それをどうやって判別したのかは謎である。事実、名無しの権兵衛とケンゴウの二人は、小樽の街中でCIA諜報員を探して彷徨いていた時には徒歩の者しか注意しておらず、乗り物に注意を向けてはいなかった筈だ。

 その事実を踏まえて考えれてみれば、誰もが名無しの権兵衛に疑問を持つだろうし、きっとケンゴウが此処に居たらそんな風に疑問に思い尋ねていたのは間違いないだろう。

 しかしながら、簡単に見分ける方法があったのだ。それもCIAを阿呆かと思う程に仕様もない理由であった。

 それは名無しの権兵衛が発言していたナンバーに理由があり、何故なのかCIAはアメリカ本国から輸送したトラックをそのまま使用しているからであった。しかも名無しの権兵衛の言葉通り、ナンバーを日本向けに変更しないどころかアメリカで取得したナンバーをそのまま使用する怠慢であり、小樽においても目立つ事この上なかったのである。ただでさえ外国の車は目につき易いのに、ナンバーも外国の物であれば怪しんでくださいと言ってる様なものだ。

 小樽で最初にそれを見た時は、CIAから協力依頼でも受けた軍人が使用しているのかもと考えていた名無しの権兵衛だったが、流石に小樽からこんなに遠い所まで情報収集には来ないと思えるし、何よりCIAは既に防人の一族を裏切った者達と手を組んでいると考えられるのだから、軍人が未だに北海道を彷徨いているとは思えない。

 となると、道路沿いに止められている目前のトラックの所有者が、CIA諜報員だと考えるのが妥当だろう。軍人とCIAの仲の悪さを知っていれば、尚更そう断言出来る話だ。

 それと言うのも、この時代のCIAは非常に嫌われている組織であり、同じ政府の組織と言えども軍関係者からはネズミの如く毛嫌いされているのである。しかも、それは民衆からでさえも同様の価値観でもって毛嫌いされていて、コウモリや犬などという侮蔑の意味を込められた敬称で呼ばれているのだ。

 その事を知っていれば、流石に軍関係者が何時までもCIAに全面協力しているとは思えない。名無しの権兵衛の推理は、中々に鋭いものであったと言わざるを得ないだろう。


「ほんじゃまぁ、馬鹿どもの調査開始としますかね」


 ニヤリと笑みを深くする名無しの権兵衛は、自身が運転しているトラックを目立たない場所に移動させ始めた。そして名無しの権兵衛が停車させたのは、CIAのトラックが目視出来るギリギリの距離であり、向こうからは目立たない様に数台のトラックが並ぶ場所を選んで止め、エンジンもしっかりと切る。

 まず間違いなく決して怪しまれない位置で、名無しの権兵衛がその事に満足すると、CIAが使用しているトラックに抜き足差し足で接近する。そして周囲へと頻りに視線を向けた後、誰にも見られていない事を確認して荷台に躊躇なく乗り込んだ。


「おいおい、滅茶苦茶武器が多いじゃねぇかよ。さては、手を組む裏切り者達への支援物資か?」


 荷台に載せられている品々を早速とばかりに手にすると、一つ一つ丁寧に検分し始め、呆れた様に小さく呟く。その言葉通り、確かに荷台には沢山の武器があった。

 一つの木箱に所狭しと並べられた銃が納められたそれは、目につく限りで言うならば十箱はある。勿論、その銃の他にも沢山の物資があった。


「重さ五キロの自重で重心は安定してるし、やっぱトンプソンは良い銃だなぁ。……良し。もしもの時の為に弾詰まりをして貰おうかね」


 性能の良い銃を手にした名無しの権兵衛は、その銃で狙われた時を想像して細工をし始める。しかもそれは一丁だけに限った話ではなく、全ての銃に関しての話だ。

 慣れた手つきでパパッと細工を施し、ニンマリと笑みを浮かべて次の品物へと手を伸ばし、それを幾度も幾度も繰り返して同じ作業を飽きずに笑みすら浮かべて熟していく。

 そうして全ての銃に細工を施した後、次に目をつけたのは手榴弾が山積みになっている木箱であった。


「これはどうすっかなぁ……。全部の雷管を抜いとけば良いか?」


 手榴弾の起爆には絶対に必要不可欠な雷管を、名無しの権兵衛は躊躇なく外し始めた。視界に映る手榴弾の数は全部で六十個程になるが、それを慣れた手つきで瞬く間に処理してのける。

 何処で重火器の仕組みを習ったのかは定かではないが、これではもう悪魔の所業だと言わざるを得ない。しかも弾詰まりの細工を施した銃が目に入った際、それだけだと中途半端だと判断したらしい名無しの権兵衛が、再びトンプソンを手に取って今度は撃針を抜き始める始末。


「ニョホホホホ。これでもう撃てまいよ。もし撃針が無い事に気付けたとしても、弾詰まりするように全てのカートリッジには細工してるし、これで万全だぜ。シッシッシッ」


 悪魔の所業に悪魔の微笑みを浮かべる名無しの権兵衛が次に目をつけたのは、金時計や金の腕輪などの金細工だった。何故金細工があるのかと言えば、恐らく戦後の日本で物々交換をするとなったら、物々交換に対して不便ではない物を持ち込んでいたのだろうと察せられる。

 それを目にした名無しの権兵衛は、泥棒の面目躍如と言った感じで躊躇無くそれらの神々しい黄金を奪い始め、ポケットにこれでもかと詰め込む。そしてポケットに入りきらない金細工は、適当な大きさの木箱に移して自身のトラックへと全て移す始末であった。

 きっとケンゴウがこの場に居たのなら、調査ではなかったのかと、そう疑問を投げ掛けていただろう。何せ、これでは妨害工作である。決して動向調査とは言えない。

 そうして調査とは程遠い所業をして満足した笑みと少々の汗を流した名無しの権兵衛は、宿を探し始めた。目的は勿論、CIA諜報員を探し出し、その動向を掴む為である。

 だがしかし、ここで誤算が生じてしまう。それと言うのも、宿らしき看板が無いのだ。雪のせいで見えないとかの類いではなく、本当にこの町には宿が存在しない様なのだ。

 これには流石の名無しの権兵衛も困り果てた。そもそも宿が始めから存在しないのだから、どうする事も出来ない。

 しかし困り果てたところで、ふと疑問が浮かぶ。宿が無いのなら、奴らはどうしているのだろうかと、そう疑問が芽生えたのだ。


「さぶさぶ……う〜さぶい! それにしても宿がねぇって事は、民家にでも泊まってんのか? しっかし、戦後間もない日本人が親切に泊めてくれるもんかね? 幾ら金細工を積まれても、そうそう都合良く泊めてくれるとは思えねぇんだが………。いや、米軍の横流し品を期待してアメリカ軍人に媚びを売る商人も居るし、金細工を見せられたら泊める奴も居るかもしんねぇな」


 この時代、東京などの米軍が駐留している場所では、やりたい放題に振る舞う米軍に反米感情を抱く民衆とは違って、商人が米軍の一部と繋がって荒稼ぎしている者も少なくなかった。因みに、後の二十一世紀で全国チェーン店となるスーパーの社長や会長などがその筆頭である。

 それを考慮するならば、確かに名無しの権兵衛の推理は的外れとも言い難い。いや寧ろ、的を射ていると言っても過言ではなかろう。


「だがそうなると一軒一軒調べるってのは目立つし……。朝になるのを待つしかねぇかな、こりゃ」


 朝まで待つしかないと覚悟した名無しの権兵衛だが、真冬の北海道で外気温に晒されながら待つというのは自殺行為のそれでしかない。十中八九、その先には死が待っている事だろう。

 だが幸いにして、朝日が昇るまでは残り一時間を切っていた。そうとなれば、トラックの中で待つくらいは問題無い。

 そう考えたのだろう名無しの権兵衛は、自身のトラックに乗り込むとじっとその時を待った。暖気していれば目立つだろうと考え、エンジンは切っての待ちの姿勢である。

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