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名無しの権兵衛  作者: 蘇我栄一郎
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人斬りの本性

「ふざけるな! 今が好機だと言うからやった結果だろうが!」


「そうだ! 我々はアンタの指示通りに動いたんだぞ!」


「あんな強い奴が居るなんて聞いてねぇよ!」


 酒場“桃太郎”の地下室を襲撃した者達が顔を真っ赤にして叫ぶその場所は、名無しの権兵衛やケンゴウ達が居る所とは段違いに狭い洞窟内であった。

 松明でもって辛うじて洞窟内に居る互いの顔が認識出来るくらいの明るさの中、防人の一族を裏切った者達が憤怒の表情で叫び続ける。


「襲撃の時、アンタらは此処に居たから分からないんだよ!」


「何が好機の時だよ! 一番最悪な時に襲撃しちまったんじゃねぇか!」


「あんな化物が居るって知ってたら、絶対オレなら襲撃するのを早めていたぜ! アンタらの指示ははっきり言って最悪そのものだ!」


 彼ら裏切り者達が怒りに叫ぶ理由は、絶対無二の好機だと言われて襲撃した結果が、化物だとしか思えない男によって軽々と逆に制圧された事であった。不死とは言え、首を斬り落とされたりすれば当然死ぬのだから、もしケンゴウに殺意があったとしたら彼ら裏切り者達は全員死んでいただろう。それ故に怒り、計画を立てた二人へと怒鳴っているのだ。

 しかし怒鳴られている方は、断片的な襲撃結果の情報しか聞いておらず、何が何やら意味が分からないと言いたげに眉間に皺を寄せ沈黙するばかりであった。

 するとその姿が余計に癇に障り、裏切り者達の怒声は更にヒートアップしていく。


「アンタらが行けと言った! だがあの時あの地下室には、とんでもねぇ化物が居た! こうやってオレ達が生きてられるのは、ただの幸運だ! 本来なら、アンタらの指示で死んでたんだよ! 分かるか?! オレの言っている事は伝わってるか?!

 はっきり言うぜ、アンタらの指示は最低だ!」


 怒りに任せた端的な言葉によって、本当に多少だがその時の様子が僅かに裏切り者達の首領二人に漸く伝わる。しかし本当に端的なものであり、襲撃の際にあった出来事の全てを理解したとは言い難い。

 だが、首領にはそれで充分だった。別に仲良し小好しで手を取り合って組織を運営するつもりなど微塵も無いし、組織を奪ったら自分達の都合の良い様に使いたいだけで、部下も恐怖によって支配すれば良かったのだから別段全ての事情を加味した結果の報告など無くとも困らない。

 だからこそ裏切りの首領二人の内の一人が冷淡な笑みを浮かべ、まるで塵芥を前にしたかの様な目を怒鳴る者達に向ける。


「そうか。つまりお前らは、自分達より強い相手が居て手も足も出ず、簡単にあしらわれてしまった。そしてその原因は強い敵が居たのにも関わらず、襲撃の指示を出したわし達だと言いたいんだな?」


「それ意外に何があるってんだよ! どう考えても襲撃する場面が悪かったとしか言えねぇだろうが!」


「ヒヒヒ。どんなに強い敵が現れようとも、死に辛い身体を持つお前らなら互いに連携して戦えば問題無かろうに。それを言うに事欠いて、わし達が全て悪いなどと。

 クックックッ、ヒァーハッハッハッ! 無能の吐く言葉は心底面白くて、わしは好きで好きで堪らん! 余りにも面白過ぎて、今すぐにでも皆殺しにしたくなるわい!」


 強烈な程に凶悪な笑みを浮かべた男の名は、蔵人(くらんど)。防人の一族に入ってからは組織の意向に合わせてそれらしく振る舞っていたが、本来の性格は粗雑で乱暴そのもの。こうやって防人の一族を裏切るにあたり、部下を裏切りの仲間に引きずり込んでいるところを鑑みれば、最低な人間だというのはすぐに理解出来るだろう。

 それに対してもう一人の裏切りの首領である鷹藤(たかぶじ)は、蔵人とは違って冷静な一面を持っている様で、まるでガキ大将に諭す様な口調で淡々と口を開く。


「待て、見せしめとして殺すのは三人くらいにしておいた方が良い。予め仲間にならないであろう実働部隊の者達は始末してしまったし、もう気軽に動かせる人材が少ないからな」


「チッ。……仕方ねぇなぁ。CIAとやらの組織に対して一応それなりの人員を回さにゃならんし、不老不死の秘術が眠る場所を探す人員も必要だしで、面倒臭い事ばかりだわい」


「分かったのならそこの五月蝿い馬鹿どもの内の三人だけを見せしめに殺して、残りは人数の足りない所に配置しておいてくれ」


 人を人として認識しておらず、まるで虫や畜生を前にしたかの如く告げた鷹藤は、蔵人から視線を外して洞窟奥へと移動し始めた。

 するとその直後、蔵人が獰猛な笑みを携えて腰に差していた刀を抜き、同じ裏切り者である部下の一人を一切の躊躇無く斬る。上段から振り下ろさせれる刀の剣速は250キロを越えるものであり、その一撃によって部下の男は袈裟斬りに一刀両断されてしまう。


「な、仲間を斬るなんて狂ってやがる!」


「正気じゃねぇ!」


 臓腑を撒き散らして地面へと崩れ落ちた仲間を見た面々は、それはもう恐怖に凍りついたかの様な表情で叫んだ。確かに仲間を斬るなど狂っているとしか思えないのだから、彼らの叫びは正論であると言えるだろう。

 だがその言葉を耳にした蔵人は、それこそ心底楽しそうに粘ついた笑みを浮かべながら否定的な言葉を告げる。


「なぁに訳分からん事を言っとるんじゃ。こんなに楽しい事をしておって、狂っておったら勿体無いじゃろうが」


 蔵人の発言と粘つく笑みに、背筋をゾッとさせ慄く面々。狂人と言い表して間違いないだろう人物を前にして、誰も彼もが身体を硬直させてしまう。

 動物としての本能が理解してしまったのだ。この目の前の男には、絶対に勝てないのだと。

 そうして身を強張らせた事が原因で、何の抵抗も出来ずに易々と新たに三人が首を断ち斬られてしまい地面へと崩れ落ちる。真っ赤な華を咲かせ、生を終える最後の瞬間を華やかに飾るかの様に。

 しかし狂人は、死に行く者の最後の瞬間など気にしないとばかりに、間の抜けた声を洞窟内に響かせる。


「あ、しもうた。見せしめにするのは三人だけじゃったな」


 頬を人差し指で掻きながら、全く悪びれた様子も見せずにそう呟いた蔵人は、しかし次の瞬間には再び粘つく笑みを浮かべると刀を上段に構える。


「こうなったら一人多くても二人多くても構わんわい。全員死んどけ」


 そこからは目も当てられない最悪の光景が繰り広げられる事になる。不死となった事で簡単には死なないのが原因となり、そして蔵人自体が敢えてそうしているらしく、わざと致命傷を避けてすぐに死なない様に注意しながら痛めつけ始めたのだ。

 酷いと一言で済ませるのも無理な程の所業により、ざく斬りにされた肉塊が地面に散乱し、その上に立って高笑いする蔵人の表情はまさに狂人であった。


「ヒヒヒヒッ! まっこと世の中は面白くて面白くて堪らん! のう、お前もそう思うじゃろ?」


 満面の笑みで蔵人にそう尋ねられたのは、一連の残酷ショーを目の当たりにしていた実働部隊の隊長で、名前は八助(はちすけ)

 頬を盛大に引き攣らせながら、然れど蔵人の機嫌を損ねない様に意識しつつ、八助は敢えて大きく頷く事で頬の痙攣を悟られぬ様にしながら口を開く。


「左様で。……ですが、この後始末をする我々は全く楽しくありませんな。蔵人様ばかり暴れておって、我らは全然暴れられておりませんので」


 本当は好き好んで殺しなどしたくはないし、蔵人と会話をしたくもない。しかしそれを悟られれば、自分も目の前で肉塊にされた者達の後を追う事になるのは必然。それ故に敢えて好戦的でいて、蔵人に対して少し苦言を呈する事でへりくだった者とは違うという姿を装う八助。

 それが功を奏したのか、蔵人は再び心底面白そうに笑うと刀に付着していた血糊を払って納刀する。


「ヒャハハハッ! すまぬすまぬ、許せ八助。お前の分も残しておけば良かったのう」


「せめて一人くらいは残していただかねば」


「ヒヒヒヒッ! すまぬと言うとるのに、ほんに厳しい奴じゃ。次はお前の分も残すでな、それで勘弁してくれ。ヒヒヒヒッ!」


「分かりました。では、その時を楽しみに待っておりますので、是非お忘れのないようお願いします」


「うむうむ。わしだけが楽しんでおってはイカンからのう。これも上に立つ者の大事な役目の一つじゃな」


 蔵人は八助が本音で喋っているのだと本気で思っているらしく、自分と同様の人斬り仲間なのだと認識すると共に、だからこそ機嫌良く笑いながら鷹藤が進んだ方向へと移動し始めた。

 その蔵人の背を見送った八助は、見るも無残な姿となった死体の数々を前に身震い一つして溜め息を吐く。正直に言って心底気に入らないと言いたげな表情を浮かべるが、その反面蔵人の恐ろしさには身震いを禁じ得ない様子だ。


「狂人め。……何故明智様はアイツらを我ら実働部隊の長としたのだ。どう考えても人選ミスだろう」


 此処に居ない人物を脳裏に愚痴を呟くと、八助は死体の処理を行う為に部下を呼びに行く。もう二度とこんな事が無い様にと願いながら。

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