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隠された青の象徴  作者: 河野 遥
1. レブの警護隊
3/75

3


 エルドと別れたレオは町の最南端の門に隣接する翼竜の発着場に来ていた。


 この島への渡航手段は翼竜か船の二通りだけだったが、どこの国もほとんど翼竜に頼っているものだった。


 広い発着場内には十二頭の竜がいつでも羽根を休められるように円形の広場が整備されていて、さらにすぐその脇では旅の行商人がその場で簡単な店を構えられるようになっていた。


 広場に入ってすぐにレオは顔なじみの商人を見つける。見知った顔が二人並んで座っていた。


「やあ、久しぶりだな。最近芋はあんまり採れないんだってな」

 片方の若い商人が笑顔でのんびりと声をかけてきた。人懐っこそうに振り上げたその手は浅黒く、水色の瞳をしている。

 

 彼は西大陸の砂国のタムダラからやってくる。いつもレブ島を経由して東大陸へと抜けていくのだった。


 並んで座っている小太りの男は笑みを浮かべていた。やはり浅黒い顔に灰色の瞳をしていたが、 彼はもともと東大陸の人間で、ルーフガレーナ国の出身と聞いている。


 肌の色は同じでも見た目からして人種が異なる二人はそれぞれ大きな布を広げ、東大陸と西大陸から仕入れてきた果物や肉を並べていた。


 にこにこと笑みを浮かべる商人達に、レオがぼやくように言った。


「今日は二人ともいたんだ。あんまり採れないって分かってるならちょっと高めに引き取って欲しいよ」

 それを聞いて二人の商人が笑った。


「そうしてやりたいが、今年は大陸の気候も安定しないんだ。全体的に食物の価格が高騰しててさ」

「仕入れを高くしても、売値をいきなり吊り上げるわけにはいかないからな」

 ルーフガーナの商人が細い目をさらに細めた。


「つまり無理ってこと?」

「ちょっと難しい相談だな」

 レオの渋い顔に笑って、歳若い商人が付け足した。

「多少は色をつけるよ」


 二人の商人は半分ずつペタ芋とサザの実を分け合って、各々懐から銀貨を取り出すとレオに手渡した。


 通貨には二通りあってそれぞれの国内でしか通用しないものもあるが、商人が手渡してくれるのはほぼどこの国でも通用する共通通貨だった。

 レブでも主にこの硬貨が用いられている。言った通りいつもより三枚多く銅貨を足してくれていた。


「金を貯めてるのか」

 若い商人が何気なく聞いた。レオに養ってくれる親がいないことを彼らは知らない。単なる小遣い稼ぎと思っているのかも知れなかった。


「そのうちタムダラに行くんだ。俺も翼竜に乗れるようになりたいからさ」

 レオが得意気に言う。見栄を張ってあえて冬越えの準備をしているとは言わなかった。


「そうか。タムダラは竜もいっぱいいるからなあ」

 自身の乗ってきた竜を見上げながら、タムダラの商人が頷いた。


「今度竜騎兵の情報を持ってきてやるよ。多分人を集めてるからさ」

「本当? 頼むよ。この島じゃ全然情報が入って来ないからさ」

 そう言うレオの口調はいかにも嫌気がさしている音を含んでいた。


 がんばれよと励ましの言葉をいただいて、レオは来た道を馬に跨ってレブの中心部へと戻っていった。この後はすぐに商店に行かなければならない。


 馬の背に揺られながらレオは布袋に入れた硬化を覗き込んだ。


 タムダラでは十二歳になれば兵士に加わることが出来るのだという。タムダラに限らずレオくらいの歳で兵士になれる国は多かった。レブの警護隊への初参加年齢は十六歳と破格に遅い。それだけではなく、隊員に加わる為の条件も意外と厳しかった。


 人通りの増えてきた通りを抜けながら、レオは今日も警護隊の任に就いているだろうエルドの事を考えた。


 エルドは一足先に警護隊に入隊したが、実は特別望んで入ったわけではない事をレオは知っている。


 共に暮らすようになって三年が経つが、彼の人となりこそ分かるようになったものの、それ以外についてはまだ知らない事が多いように思う。


 エルドは大人達から剣術の腕を買われているのだという。

 そういった噂話は耳に入ってくるのだが、実際にどれだけ剣術に長けているのかを未だにはっきりとは知らない。


 彼が町の行事である魔狩り祭で魔物退治に加わっている所を見たことがあるが、この町での魔物退治は単独では行われないためエルドの実力を知る機会にはならなかった。


 レオは剣術修練場に通う修練者の一人だったが、エルドを誘ってもいつも気乗りしない顔を見せた。そうして今日まで一度も修練場に連れ出せた試しがなかった。


 いずれタムダラに行くならばエルドを連れて行きたいと思っている。当然ながらエルドはうんとは言わないだろうが、置いて行く気にもなれないのだ。


 そう思った所でロゼの存在を思い出した。

 日ごろから何を考えているのか分からないあのロゼが、果たして大人しく付いて来るだろうか。


 置いて行っても一人で生活していくのは到底無理だろう。そうなるとタムダラに行くのはまだまだ先になりそうだ。


 息をついて布袋をしまうと商店の前で馬を止めて地に降りた。

 脇道を奥に行くと厩舎がある。

 ひとり悶々と考えながらそこに馬を牽いていった。





 昼の鐘を聞いたエルドは、訓練に参加するため一旦待機小屋を引き上げて警護隊の詰め所に戻った。

 途中で購入した昼食を手早く摂るとすぐに訓練場所に向かう。


 訓練は町の中央広場に隣接する小さめの広場で行われる予定だった。

 中央広場は石で舗装されているが、訓練を行うそこは土がむき出しの公園のようなものだった。


 エルドがその広場に行くと昼の隊長のサダと同僚の警護隊員が十人程集まっていた。


「今日はこれだけか。少ないな」

 サダが顔ぶれを見渡した。

「投鎖と網をやろうかと思ってたんだがこれじゃ出来ないな。仕方ない、いつもの鍛錬一通りと走り込んでから剣と槍だ」


「えー」と隊員達の間から不満の声が上がった。


「えーじゃない。黒帯を貰ってからも修練場に通っている者がどれだけいるんだ。さあ、始めて」


 隊員達が揃って並ぶと言われた通りに従った。

 警護隊の隊員になるために一番重要な条件は、剣術修練場で最も上位の黒い帯を戴くことだった。

 剣術の基礎が出来ていれば昇格はそれほど難しくはないのだが、それでも黒い帯を貰える人数は一年を通じてそんなに多くはなかった。


 腕立て、腹筋など基本的な鍛錬を終えた隊員達は、ひたすら走り込みを行った。

 実はこれは警護隊では意外と重要視されている。というのは、獣あがりの魔物を追いかける苦労が並大抵ではないからだ。


 若い同僚が汗を拭うエルドに小声で声を掛けた。


「エルドは黒帯を貰ってないんだろ」

「うん、実は。修練場に通ってなかったから」

「修練場の師範に剣の腕を見込まれてたんだって? どこで習ったんだ? お前の剣術がすごいらしいって噂はみんな知っているんだけどな」

「俺はそんな話をされるほど強いわけじゃないよ」


 苦笑してエルドはそうとだけ言うと、それ以上は話す気が無いのか再び全力の走り込みに戻った。


 何度も繰り返し走って隊員達が疲労を見せる頃、やっと次の剣術と槍術の訓練の指示が入った。


 詰め所の脇の小屋から持ってこられた防具類や木で出来た剣と槍が籠に入れられていた。その中から木剣を選びながら、エルドは記憶に残る昔の修練場を思い返していた。


 最近修練場には行っていないが、かつては通っていたこともあるし、そこでは木剣も使っていたものだった。


 この島に来たばかりの八歳の頃で、お婆さんがまだ健在だった時。

 お婆さんに連れられて、初めてレブの町に来た際に立ち寄ったのが剣術修練場だった。


 その時のエルドは単純に興味があって来ただけだった。だが、折角だからと師範は修練者の登録をすると最も初心者である白い帯をエルドに渡した。


 この時の師範は単に徒弟を増やそうとしただけかもしれない。その時に、素質を見極めるためにと木剣も手渡したのだ。


 師範は少し指導を加えたところで、すぐにエルドが剣術を習得している事を悟った。

 試しにと中級くらいである年上の橙の帯の者と試合を組ませたのだが、勝負はエルドの勝利であっという間についた。


 それで師範はさらに年上の黒い帯の者と組ませたのだが、またしても勝負は一瞬でついたのだった。

 エルドの突きが自分より体の大きい相手をいとも簡単に跳ね飛ばしたのだ。


 当時からエルドは体が小さく力もそんなに強い方では無かった。だが相手の力を逃がし自分の力を最大限に発揮できる技量と速さを持っていた。


 その剣は修練場に来ていた全員を驚かせた。

 こんなに鋭い剣技を見せるものは島にはいなかったのだ。そして、それは師範においても同じだった。


 エルドに期待を抱いた師範は、まだ幼さの残る彼に道場での修練を強制しなかった。


「ここで教えるような事はもう習得しておるようだな。修練に来るのは構わないが、お前の剣術はここで教えているのとは違う流派みたいだし、中途半端に曲げない方がよさそうだ。今はその剣術をただ磨きなさい」


 父から剣術を教え込まれて育ったエルドは独自の訓練法まで仕込まれていた。それで彼は今日まで剣術の腕を落とさないようにたった一人で努力を続けてきていた。


 だがエルド自身、剣の腕が維持できているのか本当は自信が無かった。

 自信は無いがわざわざ試すような事をする気にもなれなかった。それはひとえに人前で剣を合わせるのが嫌だったからだ。


 隊員達は若干名が槍を手に取っていたが、剣を手にした者の方が多かった。

 槍術は修練場でも教えられる者がいない。そのためここでも槍に関しては基本動作以上の訓練は行われなかった。

 大抵の警護隊員は剣術を得意としており、エルドにおいてもそれは例外では無かった。


「エルド、俺と組もうぜ」

 声を掛けられ振り返ると、先ほど話をした隊員がいた。

 エルドは思考を断ち切ると頷いてすぐに剣を構えた。


 隊員達はエルドの剣術の噂をどこかでかは聞いて知っている。だが、それを目にする機会が無いためその噂がどこまで本当なのかを知らない。


 それで、興味半分に剣を合わせようと声をかけてくる者もいる。

 さっきの話からすれば、この男もそうした一人なのかもしれない。


 だが訓練で行われる模擬試合はサダからの剣の指導の要素が強い事もあって、エルドは相手に合わせるだけで本気で打ち合う事はしなかった。

 それで結局、噂だけが隊員の間で一人歩きしてしまうのだった。


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