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隠された青の象徴  作者: 河野 遥
1. レブの警護隊
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 エルド達が住んでいるリエナの村は、レブ島に点在する集落の中でも最も北に位置していた。その集落の中の東端に建つ古い一軒家が彼らの家だった。


 見るからに相当年数の経ったその家は風雨に晒されて、壁や屋根の一部は傷んでいる。それを追うように補修された跡がつぎはぎのように残っていた。

 

 この家はエルドがとある老婆に譲ってもらったものだった。今はその老婆は亡くなっていたが、譲り受けてからというもの細々と修理しながら暮らしてきたのだ。


 古くて傷んでいても、根本的な造りはしっかりしていて、中もそれなりに広かった。一階には大きな居間に台所に風呂に客間、二階には二つの部屋がある。

 

 家が森に面しているため、エルドとレオは木々の合間を抜けると家の裏手の庭に出た。

 庭といっても森との区切りはなく、釣ってきた魚を捌いたり、小さな畑を作ったり、薪を割るのに使うための草を刈り取って造られた小さな空間である。

 

 リエナ村には三十戸程の家屋が集まっていて、約五十人の人々が暮らしていた。

 集落の誰もが二人と同じような日常を送っている。


 元々他所からやってきたエルドが生活を維持できているのは、森への入り方や薪の作り方など、ここで暮らしていくのに必要な全てを集落の住人に教わったからである。


 そのおかげでエルドは今や抜群の生活力を身につけていた。


 採ってきたサザの実から自分たちの分を少し取り分けると納屋に放り込んで、二人はすぐに村の共用の厩へと向かった。

 そこには集落の住人が協力して飼っている二頭の馬がいる。それらを借りてレブの町へと向かった。


 ここからレブまでは徒歩で一時間、馬を軽く走らせても三十分を要する。


 集落を南に抜けるとまたすぐに森が広がっていて、一本の道が木々を避けるように蛇行しながら伸びていた。道に沿って馬を走らせ続けると、正面に大きな湖が出てくる。湖畔に沿って迂回するとやがてレブの町の姿が見えた。


 この町はレブ島の名前の由来でもある島内で一番栄えた場所で、人口も二千人以上がいるのだという。

 海上の孤島であるレブ島は、西の大陸と東の大陸のちょうど中間に位置している。大陸間の中継地点として各国の人間が集まってくるため、物資が豊富に出入りする物流の拠点でもあった。


 馬の脚を緩めさせると、町を南北に貫く目抜き通りに入った。まだ朝の空気が抜けきっていない頃合いのため、人通りは少なく空いている店もまばらだった。

 

 町の中央付近まで来て、エルドが馬の脚を止めると隣のレオに聞いた。

「収穫物の交渉はよろしくね。今日はどうするの?」

 エルドはこの後、町の警護の仕事が入っていた。


「俺も商店に行く予定だよ。それで店の手伝いが終わったら発着場に行って、その後あいつと約束してるんだ。適当に帰るから」


 じゃあな、とレオは馬の首を返した。あいつとは、いつもレオとつるんでいる友人のレジッタのことだ。

 レオも町で商店の手伝いの仕事を貰っていて、今日も行く約束になっていた。簡単な仕事のため午後に入る頃に終わる事が多く、そして働き終わった後は、レジッタやその他の友人とつるむのが最近の習慣になっていた。


 町の南方に向かうレオに軽く手を上げて別れると、エルドは警護隊の詰め所へと向かった。


 詰め所には任務の交代のために二十余人の男達が集まっていた。


 警護隊に属しているのは全部で百人前後、昼と夜の二交代制で任務に就いている。町の規則で十八歳以下の者は昼間のみの任務しか就けないことに決まっていて、エルドもそれに倣っていた。


 彼らの仕事は、主に魔物と呼ばれる異形の生き物を撃退することだった。


 警護隊そのものは元々は個人が運営していた団体であり、雇われて犯罪者や暴漢などの警備に就いていた。昨今はそういったものより魔物からの被害の方が圧倒的に多く、町に運営が移ると共に警戒する対象が変わっていったのだった。


 とはいえいつも魔物が出るわけではないので、それ以外にも必要があれば奉仕活動として町の設備の修理や商人達の仮店舗の設営を手伝ったりと、警備に関係ない仕事を請け負ったりもする。


 人の起こす犯罪に対しては、新たに巡邏隊が結成されてそちらが中心となって対応するようになった。どちらも町の運営する警備団体だが、それぞれの業務内容は区別されている。  

 

 もっとも各々の範疇で手に負えないときは協力することもあり、役割としては被っている部分もあったが。


 集まった男達の中に混じって引継ぎ連絡を待つエルドに声を掛けてくる者があった。

 時折一緒に任務に就く三十代くらいの細身で長身の同僚だった。


「相変わらず魚をとって芋を掘ってるのか」

 エルドは挨拶しつつ苦笑して頷いた。今住んでいる村ではその二つが主な生活の糧で、この島でそれを知らない者はない。


「友達と一緒に住んでるんだっけ? お前の家は元々死んだ婆さんしか住んでなかったんだろ?」

 婆さんとは家を残してくれた老婆だ。エルドは頷いた。


「この町に移り住む気は無いのか?警護隊で村から通うのはきついだろ」

 これにエルドは困ったように返した。

「よく言われるけど、今はまだあの家にいたいんだ。古い家だし、手入れしないとすぐに駄目になるからさ」


 二人の会話を聞きつけて、近くにいた別の男が割り入ってきた。


「そういやお前、古いぼろ家に住んでたな。そんなに家が大事か」

 低く太い声のこの男も、よく任務の交代時に顔を合わせる。背丈は低めだが筋肉がついているため印象としては大柄な方だった。


 警護隊の者は皆、一人だけ歳若いエルドの事を良く知っている。年齢のせいもあったが、様々な国から色々な人間が出入りするレブでもこの透き通る宝石のような青い色の瞳は珍しい存在だった。

 警護隊員に限らず、職務で町を回るせいかエルドの存在は町の多くの人に知られていた。


「家のためにあそこに住んでるのか?」

 太い声の問いにエルドは当然と頷いた。

「だってあそこは俺の家だからさ」

 迷いなく即答したその様子に、二人は笑い声を上げた。


「変わった奴だな。お前の連れはこっちに住みたそうだったけどなあ」

「レオが? 本当に? ほぼ毎日レブに来てるからね。通うのが面倒くさいのかな。帰ったら聞いてみるよ」

「いつかはこっちに来るんだろう? 隊長も気にしてたぞ」

 聞かれてエルドは少し考えた。隊長とは警護隊を纏める者で、恐らく昼の隊長のサダの事を言っているのだろう。


 サダは生活のことも職務に於いても何かとよく気にかけてくれていた。だが、エルドにとって生活の拠点はあのリエナという集落にある。それをあえて投げ出す必要を感じなかった。


 それに、エルドはやはりあの家を空き家で放置したくはなかった。

 今一番こだわるものがあるとすれば、あの家に住み続ける事だけだ。それで結局いつものように先送りの答えを返すだけだった。


「いずれ考えるよ」

「村の生活が嫌だっていう若者はどこに行っても多いんだけどな。この町も嫌だって大陸に出て行っちまうのもいるしな。西大陸と東大陸の連絡路になってるし、へたな国よりよっぽど潤っているんだがな。この町は」


 そうだね、と相槌を打ちながらエルドは同居人のレオを思い返した。


 彼は大陸に出たがっている若者の一人だ。竜で空を駆る竜騎兵になりたいのだと、前々からその夢を聞かされていた。

 その足がかりとしてレブに住んで資金を貯めたいのかも知れないし、とりあえず大きな町に住みたいだけなのかもしれない。


 レオは大陸で実の親とはぐれたらしく、移動商隊についてこのレブ島にやってきたらしい。

 それは三年前の十一歳の時のことで、その商隊を離れて自分の意思でリエナ村の家に留まったのだった。


 だが彼にはいつまでも村に居続ける理由もないはずだ。

 行きたい所があるなら止めるつもりは無いが、レオは大陸に行きたいと言いつつもそれを具体的な行動に移すつもりは無いようだった。


 不意に詰め所の表が騒がしくなったかと思うと、夜間の任務を終えた男達が三十人程度、小屋に入ってきた。


 エルドは南地区の担当を言い渡され、引継ぎとして剣を手渡された。

 腰についていた自分の短剣をベルトごと外すと、代わりにその剣を留め金に留める。


 この剣は町で管理されていて、共通の赤い鞘と、鞘の金属部分に彫られた剣と果実の印章が警護隊のシンボルになっていた。


 因みに対人の事件を担当する巡邏隊は黄色い鞘の剣を持っていた。


 同地区を言い渡された同僚と詰め所を出ようとしたところで、エルドは隊長のサダに呼び止められた。


「エルド。お前はまだ今月の訓練に参加してなかったな」

「はい」

 警護隊員は月に二度は武器や投具を用いた訓練を行う事が義務付けられていた。集まり自体は数回あるのだが、エルドは勤務日に合わなくて今月に入ってからまだ一度も参加していなかった。


「今日の午後の訓練に参加しなさい。持ち場は昼の鐘まででいい。担当には伝えておく」

「分かりました」


 エルドは先に持ち場に向かった同僚を追って、すぐに町の南地区へと向かう。町の中央にある詰め所から、目的の場所までは徒歩で十分ちょっとといったところだ。


 町自体は縦に長い長方形をしており、人の丈ほどの石塀に囲まれている。その塀の所々に門があるのだが、南の持ち場はその出入り口の門のすぐ近くだった。


 町の門からはどれも一歩外に出るとすぐに森に続く未舗装の道になっている。

 元来この島は八割方が森であったため、この町を始めすべての集落は森を切り開いて造られている。 


 町の周りには集落が点在しているので、四方八方にそれら集落に続く道が伸びていた。


 警護隊は通常、一か所の待機小屋に対して二人程で任に就くが、西においては三から四人と少し多めに置くのが普通だった。


 西の森からは魔物が来る。この町はリエナ村と比べても魔物の襲撃率が非常に高かった。

 西以外の森からも来る時もあるが、やはり圧倒的に西から来るものが多かった。


 過去に何度か西の森への調査隊を組んだが、一人も戻って来なかったらしい。その理由は分かっていない。 


 森の奥に手に負えない魔物が巣食っているのかもしれないし、何か別の予想し得ない事象があったのかもしれない。

 どちらにしろ、非常に危険だという認識をこの島の誰しもが持っていた。


 エルドは持ち場に向かいながら人の往来が増えつつある通りを見渡して、穏やかな町並みを振り返った。


 最近は魔物の数も大分落ち着いている。

 道沿いに建てられた、大きな窓が開け放たれた警護隊員の待機小屋に入ると、通りかかった人々と挨拶を交した。


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