無能勇者との出会い
地球上で、人の生きられる世界ってのは割と少ない。海の上だったら基本的に死ぬし、陸地でもそこが北極とか、火山の近くだったら死ぬ。
そう考えると今回俺が異世界に飛ばされた場所は割と生きていられる場所だった。木々が生い茂り、食べられそうな木の実もある。そして…
「うおおおおおおーーーーーーー死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ」
俺をおいしいご飯だと思って襲いかかってくるゴブリンの大群もいる。
「ふざけんなあの神!異世界に送り届けるならせめてお城のとか最低限人のいる場所に送ってくれよ!なんでゴブリンの群れの中に送り届けるんだよ!」
まあ急に群れの中に現れた俺を見つけたゴブリン達の反応はなかなか面白かった。
最初はポカンとしてて、思考が停止してたんだろう。
もちろん俺も思考は停止してた。誰だってゴブリンのど真ん中に送り届けられたら思考が停止するだろう。だけどそこはまあ異世界転移にも順応したこの頭のおかげで奴らよりも先に逃げることが出来た。
それが功を奏して今も生きてられるんだけど…
「なんで!なんで!なんでだよ!お前ら最初は5〜6匹しかいなかったじゃん!なんで30匹以上に増えてんだよ、ゴキブリかよ!!」
そう、こいつらと追いかけっこをすること早30分。最初は5〜6匹だったのが今では30匹にまで増殖してやがる。
「いや、まだ助かる神様からもらった力にここを乗り切れるのがあるはず…あれ、その力ってどうやって使うんだろう?」
くそっお約束ならステイタスオープンとかか?恥ずかい正直絶対言いたくないけど死ぬくらいならやってやる!
「行くぜ、ステイタスオープン!」
………シーーーン
「え?」
大学生にもなって言った厨二病の言葉。その言葉にはなんの効果もなく、ただ虚しさだけがあった。
「ギギッギギッー」
「ギギッギギッ」
「ギギッー」
あ、囲まれた。死んだ…嘘だろ、異世界に来てやったのなんてゴブリン達との鬼ごっこと恥ずかいセリフを言っただけだぞ…こんなので、俺の異世界生活は終わりなのかよ…俺は…まだ、、、
「伏せなさい!」
その言葉が聞こえた瞬間、目に映ったのは俺と追いかけっこをしていたゴブリン達の首と胴体が分かれた所だった。
何があったのか、どうしてゴブリン達が死んだのか、そもそも俺が伏せる必要はあったのか?
そんないくつもの疑問は目の前に現れた女の子を見た瞬間に吹き飛んだ。
今までの20年間の人生で見たことのない美女が、そこにいた。
黄金を溶かしたような金色の髪に海を思い出させる綺麗な碧い瞳。胸がないところには目を瞑るとして、顔の造形なんかは神様が一つずつ手作りした精巧な人形のようだ。
あ、俺?俺は大量生産物だと思う。
「あなた、大丈夫?」
ああ、とても綺麗な声だ。その声を聞くだけで癒される…
ああ、ここに胸さえあれば…
「神様は、、、酷い事をしましたね」
つい、そんな本音が溢れてしまう…そんな事彼女が一番わかってるはずなのに…
「あの、初対面で助けた人にバカにされてる気がするんですが?」
「ん、ああすいませんつい本音が出てしまっただけです。気にしないでください、助けてくださりありがとうございます。私は山本悠人と言います、少し聞きたいことがあるんですけど。」
せっかく会えた貴重な人間だし、ここで出来るだけ情報を集めたいかな。欲を言えば人里まで送って貰いたいんだけど…さて。
「ヤマモト ユウト?珍しい名ですね。ヤマモトが家名ですか?」
「え、ああそうですね。ヤマモトが家名でユウトが親からもらった名前です。」
「いい名ですね、名乗り損ねてすいません。私はテール ミデンです。とは言っても私のことは知ってると思いますが…」
いや、知らないんですけど…何この人アイドルか何?いやでも異世界でアイドルとかはないだろうし。有名な冒険者あたりか?もしかしたら自分が有名だと思い込んでる痛い人って可能性もあるか…
いや、でも知らないって言って怪しまれてここに置いてきぼりにされたら今度こそ死にそうだし、、、話を合わせとくか
「あ、ああ、はいもちろん知ってますよ!」
「やっぱり私の事を知ってます…よね…」
何こいつ!話合わせてやったじゃん!え?有名人気取ってる痛い人とかじゃなかったの?
この反応を見るに悪評とかがある人なのかな?パッと見この人について周りそうな悪評っていったら…
「は、はい知ってますよ!貧乳のテールさんですよね?でも気にしなくていいと思います!貧乳はステータスって言葉もありますし。そんな悪評に挫けちゃダメです」
「そんな悪評はありません!テール、無能勇者のテールです!貧乳のテールじゃありません!後胸のことは別に気にしてませんから!」
無能勇者…明らかに面倒事に巻き込まれそうな単語だなー
「あ、そうでしたか。すいません最近の情報には疎くて…それで貧乳勇者さんに聞きたいんですけど」
「だから貧乳勇者じゃなくて無能勇者です!いえ、無能勇者って呼ばれるのも嫌なんですけど…」
「無乳勇者?」
「貧乳です!って違います!無能です!えっと無能っていうのもやめて欲しくって…えっとえっと…あうぅぅ…」
あ、今わかった。この子凄く可愛いけど多分…
「と、とにかく私のことは最強勇者テールって呼んでください!じゃないと質問にも答えません!」
「じゃあ最強勇者さん、質問があるんですけど…」
「はい、お聞きします!」
「スリーサイズってどんな感じです?」
「えっと私のは上から75の…って何聞いてるんですか!」
多分…この子バカだ。
「もういいです、あなたに合わせてるといつまでたっても話が進まないと思うので私から聞かせてもらいます、ここで何をしているんですか?
「いや、それがわからなくて俺はそもそもここがどこかすらわからなくて…」
「え?んー記憶喪失っていうやつですか?」
「記憶喪失…記憶喪失か…それいいね!今から俺記憶喪失です!」
「いや、あの記憶喪失ってそんななろうと思ってなるやつじゃあ…。はあ、まあいいです。それよりもここがどこかわからないでしたっけ?」
「そうですそうです、出来ればここがどこなのかって情報と出来れば街まで送って貰いたいってのと出来ればご飯ご馳走して欲しいんですけど。」
「普通に図々しいんですけど…出来ればってつければなんでも言っていいとか思ってません?」
え、違うの?出来ればってつければなんでも許されると思ってたんだけど…
なるほどさすがは異世界。昔の常識が通用しないってことか…
「はあ、まあいいです街まで送る間の食事くらいはサポートしてあげます…それよりもここがどこか、でしたっけ?ここは3大陸のうちの1つ、ルバーナ大陸の端っこにある、エール森林です。ってこのくらいはわかりますか…」
「いや、ごめん何もわからないんだけど…そもそも3大陸って何?」
「それは…冗談ですか?だって今あなたが話している言語はルバーナ大陸の共用言語のルバーナ語ですよ?」
「え、ルバーナ語?これ日本語じゃないの?」
「ニホンゴ、が何かはわかりませんが私の頭がおかしくなってないならそれは多分ルバーナ語ですよ?」
「なら多分頭がおかしくなったんだと思う。」
「失礼ですねホントに!見捨てましょうか⁉︎」
「いや、ごめん冗談、冗談だから」
んー神様のサポートで異世界言語つけてもらったって感じかな?まあそこはいいか。素直に喜んどいて
「このエール森林って場所について教えて欲しいんだけど、曲がりなりにも勇者って名前がついてる人が来るからにはもしかしてかなり危険な場所?ゴブリンもいっぱいいたし。」
「いえ…あの一応ここエール森林は安全な場所に分類されますよ?ゴブリンしか出ませんから別名ゴブリン森林とも呼ばれてますし。ゴブリンはなんの加護ももらってない子供程度の力しかありませんし。」
ここが安全ってこの世界割とハードモードな可能性が…
「へーそれじゃあその安全なエール森林に最近勇者様はなんの用があったの?」
これは一応純粋な興味だった、曲がりなりにも勇者って名前がついてるならそんな安全な場所にこないと思うんだけど…大陸の端っこにあるなら通り道ってわけでもないだろうし…
「うっ…それは、、その、、、加護の強化に来たのよ…」
「ごめん、そこからわからない加護って何?さっきのゴブリンの時にも言ってたけど。」
「さすがに冗談でしょ?神様からもらう加護のことよ才能、センスとも言われてるけど。それすら知らないのは少しおかしいわよ?」
そんな厨二病全開の単語を知ってますなんて言えるのはそれこそ本物の厨二病患者かこの世界の人間くらいだよ!そして俺はどちらでもないよ!
「あ、ごめんそういう情報は知らなくて。よかったら教えてほしい。」
「んーまあいいわ。加護っていうのは神様からもらう才能みたいなもの。あくまで才能だからもちろんピンからキリまであるし、同じ加護でも天と地ほどの差があることも普通にあるわ。有名なところだと私の持ってる[勇者の加護]なんてのがあるわよ!」
凄いここまで自然にドヤァをしてくる人もなかなかいないだろう…まあだからこそからかいたくなるんだけど…
「へー凄いなー最強勇者だけあってその加護のレベルは過去最高とかなの?」
「…………低よ…」
「え?」
「過去最低よー!私なんか剣しか使えなくて魔法も使えないしその唯一使える剣でも他の2人の勇者にもあっさり負けるわよー!何よ!笑いたいの⁉︎笑いなさいよ!無能な私を笑いなさいよーー!」
やばい、からかい過ぎた…ここでこの子にヘソ曲げられると俺も巻き込まれて死ぬしそろそろやめとくか…
「ごめんごめん、それでも俺はテールのおかげで今生きてるわけだから俺にとってテールは最強で最高の勇者だよ。」
「…うぅ、ホント?」
やばい頭がアレでも見た目は過去最高級の美女に上目遣いでそんなこと言われたらさすがにからかえない…
「ほんとほんと、テールのおかげで助かったテールは命の恩人だよー」
「そう…よね!私は最強の勇者だもんね!うん、うん!あなたはよくわかってる!えっと悠人だっけ?せっかくだから私の従者にしてあげるわよ⁉︎」
「いや、あの…」
まずいまずいまずい、明らかに面倒事に巻き込まれる未来しか見えねー出来るなら絶対になりたくない
「遠慮しなくていいわよ!可愛いくて美人で最強な私の従者になるならすっごい加護を持ってなきゃ行けないと思うかも知れないけど私は寛大だから!もしユウトがなんの加護もない、加護無しでもちゃんと従者にしてご飯に困ることが無いようにしてあげる!」
そう言われてよくよく考えてみる、確かにこの女テールは見た目は可愛いし生きていけるだけの収入も稼げるならこの子の側で紐みたいに生きていくのもまあありなんじゃ…
いや、でも明らかに面倒事に巻き込まれそうな単語のオンパレードだし…さすがにここは…
「ごめんちょっと従者は…」
「イヤ…なの……?」
その上目遣いだけは反則だと思う…
「喜んで…なります」
「ホント?ホントに?ユウトホントに私の従者になってくれるの⁉︎」
「まあ、うん。なんの加護もなくて使えなかったらごめんだけど…」
「いい!いいよ!私がユウトを守るから!私の側にいてくれればいいよ!」
何この子…紐製造機か何かか?神様からもらったサポーターの才能があるから多少は大丈夫だと思うけど…
もしなかったら多分紐になってた…かな?
「じゃあ、ユウトが私の従者になってくれたお祝いにご馳走を用意するね!私のテントがすぐ近くにあるからそこまでついてこれる?無理ならおんぶしていこうか?」
「いや、さすがに歩くよ。すぐ近くなら大丈夫だと思う、そのくらいの体力はあるよ。」
「そう、わかったじゃあ行くね?」
「おう!」
それから5時間の時が経過した…
その間ただひたすらに歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて
たまにゴブリンの大群に出会って、テールのテントがあるという場所に着く頃には
「死ぬ、死ぬ、死ぬまじで死ぬ。どこが近くなんだよ!5時間以上歩き続けてゴブリンの大群とも出会って!」
「そう?割と近くだと思うんだけど…まあそれはそれとしてお祝いの料理作ってくるからテントの中で待っててね!」
はあ、何回死ぬと思ったことか、襲ってくるゴブリンの顔、テールに切られた時の驚いたゴブリンの顔。仲間を殺されて怒るゴブリンの顔や、泣くゴブリンの顔。ホントに色々なゴブリンの顔を見た…ある意味ゴブリンに親近感を覚えたかもしれない。あいつらも感情があったことを知った。
俺は異世界に来て少し成長したのかもしれない…
「ユウトーご飯出来たよー」
「ん、今行くー」
勇者が作ったご飯かーもしかしたらドラゴンのお肉とかそういうのもあるかなー
「はいユウト!これゴブリンの腕の肉の丸焼きに腹の肉の削ぎ落とし。メインディッシュはゴブリンの丸焼きだよ!頑張って作って見た!」
俺の記憶に残る最後のゴブリンの顔は料理されぐちゃぐちゃなゴブリンの顔になった。