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感覚  作者: 朱雪藍
5/9

其の五

男目線に戻ります。

「ため息をついちゃいけない。幸せが逃げちゃうからね。でも、自分のしたいことを制限するのも良くない。泣きたかったら、泣いていいんだ。」


小さいころ、親に何度もそう言われた。幼いころはよく理解できていなかったと思うけど、今となっては昔話の一つに過ぎない。


僕が生まれたのは、とある市だった。人が多いわけでもなく、かといって少ないわけでもない、普通の町。小さい子からお年寄りまでいる、普通の町だった。都会ではないけれど、田舎でもない、そんな感じだ。


その頃はまだ毎日を幸せに暮らしていた、と思う。もうだいぶ前だから、記憶が少し曖昧ではあるけれど。優しくて、少し抜けているところもあるけれどしっかりとしたお父さん。しっかり者で、何をやらせてもこなしてしまうようなお母さん。そんな二人の間にできた、一人の、普通の子供だった。


赤ん坊から幼稚園児に。そして小学生、中学生、高校生……


そうして普通に育っていくはずだった。ただの幸せな家庭に生まれた一人の子供として。


小学生の時、お母さんが倒れた。病気で。病名は覚えていないけど、何回も手術をしなくてはならないような。日に日にやせ細っていくお母さんを見るのは、つらかった。


お父さんもたくさん仕事を抱えていて、どんどん不健康そうな見た目になっていった。でも、「俺が頑張らなくちゃ、今はだれが頑張るんだ」って言って、休もうとしなかった。ため息もついていなかった。


僕に言っていたことを自分でも実行しようとしていたのか、ため息をつく暇すらなかったのかはわからない。


そして、お母さんが死んだ。痩せて痩せてもう骨と皮だけしかないようなお母さんのことは、今でも覚えている。最後に言った言葉が、「ため息をついちゃいけない。幸せが逃げちゃうからね。でも、自分のしたいことを制限するのも良くない。泣きたかったら、泣いていいんだ。」だった。


僕は泣いた。まるでこの世界を僕の涙で沈めようとでもするかのように。


泣いて泣いて泣いて、泣いた。目が赤くなろうと、のどがガラガラになろうと、僕の涙は止まらなかった。


そして後を追うようにお父さんも死んだ。交通事故だった。疲労のせいで判断がつかなくなっていたとか何とかで、道路に飛び出したらしい。


もうその頃の僕には、泣く気力も残っていなかった。ただ人のもろさを、世界の残酷さを嘆くことしかできなかった。


幼くして、両親を亡くした。それからの生活は何もうまくいかず、ただ辛かった。



僕は「生きている」のか、自分でもわからなかった。このころからだろう。生きている「感覚」を他人に求めるようになったのは。


驚くほどに冷たい自分と、怒りに燃える自分とが、僕の中に混在していた。


自分の求めるものを手に入れるためには、手段は選ばない。たとえそれが、人を殺めるものだったとしても。


それでも僕は、ため息をつくことはしなかった。



フフフ……ハハハハハ……

自分で妄想しても笑いがこみあげてくるよ。こんな幼少期を過ごしていたら、さぞ面白い人生を歩んでいただろうに。僕の両親が小さいころに他界しただって?そんなこと、あるはずないじゃないか。


全部僕の、妄想だ。君も、そう思うだろう?


話しかけた先に、人はいない。

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