第四話:眠れないので魔法で眠らされてコボルト退治をする俺
オーガ退治の帰り。
もう、夕方だ。
宿屋に帰る途中の馬車で、俺は何とか兄貴に頼んだ。
「も、もう殴って気絶させるのはやめてくれ。み、身が持たない」
「そうだよなあ、いちいち殴ってたら、俺の拳が壊れちまう」とボリスがスヴェトラーナに笑いながら言っている。
お前の拳じゃねーよ!
俺の体の事を心配しろよ!
スヴェトラーナもケタケタと笑ってやがる。
「そうよね~、あなたの大事な手が使えなくなっちゃあ、あたし困っちゃう」とボリスにしなだれかかってやがる。
仕事中にイチャイチャすんな! この淫乱女。
「だけど、今後はどうすんの?」とスヴェトラーナがボリスに聞く。
「ちょいと、冒険者ギルドに相談してみるよ。眠らせないと、こいつはただの役立たずだからな」
役立たずって言いやがって、けど、お前らほとんど何の役もしてねーじゃん。
宿屋のベッドで俺は横になっている。
全身が痛い。
相当、重傷だ。
しばらくすると、ボリスが部屋に入ってきて、
「冒険者ギルドで求人票を出してきたぞ」と俺に言った。
求人票とは何だろうという表情を俺が見せると、
「人をすぐ眠らせたり、また都合のいい時に起こせる魔法を使える奴を募集しておいた。まあ、そんな奴がいるかどうかわからんがな」と言いながら、またボリスの奴が俺の顔に金が入った袋を投げつける。
また顔面に受けてしまった。
「痛!」と俺がうめくと、
「お前、本当に鈍くさい奴だなあ。いつも顔面に向かって投げつけてるのに。たまには手で受け取れよ。じゃあな」とボリスは部屋に戻ってしまった。
怪我で体が動かないんだよ!
ああ、つらい。
おまけに、隣の部屋では、またボリスとスヴェトラーナが夜の格闘を始めやがった。
うるさくてしょうがない。
ますます体調が悪くなりそうだ。
翌日、ベッドで横になったまま、ボーッとしていると、部屋に兄貴たちが入ってきた。
ボリスとスヴェトラーナ以外にもう一人いる。
「おい、アントン。喜べ、さっそく例の魔法を使える人が見つかったぞ。名前はマリアだ」
マリアと紹介された女性が俺に軽く会釈する。
お、美人だ。
それも、スヴェトラーナのような性悪っぽくなく、清楚系美人。
俺の好みにぴったりだ。
ベッドから立ち上がろうとしたが、体がまだ痛いので、思わずうめくと、
「あら、大変。お怪我をされているんですか」とマリアが、ベッドに近づいて、手かざしをする。
すると、体の痛みがスーッと消えていく。
「どうだ、マリアは回復魔法も使えるんだ。と言うか、そっちが本業か」
「そうですね。クレリックですから」とボリスに振り返って言った後、マリアが顔を戻して俺に向かって微笑む。
俺はつい目をそらしてしまう。
素敵だなあ。
恋人いるのかなあ。
「さて、回復したところで、早速仕事に行くか」
もう、俺をこき使う気かよ、こいつは。
と思ったが、マリアと一緒に行けると思うと嬉しい。
一応、馬車で向かう。
ボリスとスヴェトラーナは御者台。
俺は荷台にマリアと一緒に乗る。
目的地に向かうまで、マリアがそこらの風景を見ている。
ああ本当に美人だなあ。
お、胸も大きいぞ。
着ているローブの上からも胸の部分が盛り上がっている。
何とか話しかけたいが、結局、何も話しかけられずに目的地に着いてしまった。
宿屋から少し離れた果樹園に到着。
今日の仕事は、果樹園を襲って来る犬の顔した獣人コボルト退治。
「じゃあ、マリア、早速頼む」
「わかりました。では、アントンさん。立ったままじっとしててくれますか」
マリアがにっこり微笑んで近づいてくる。
俺はドキドキしている。
マリアが俺の体に両手を回してくる。
力をいれて抱きついてくる。
冒険服を着たうえからも、マリアの胸が俺の体に刺激をあたえる。
このまま魔法をかけられなくても、気絶しそうだ。
マリアが静かに呪文を俺の左耳に近づけて吐息のように囁く。
気持ちがいい。
俺は意識を失った。
気が付くと、目の前にマリアの綺麗な顔があった。
横たわっている俺の額に手をあてている。
どうやら仕事は終わったようだ。
魔法を解くときには額に手をあてるだけようだ。
どうせなら魔法をかける時のように、抱きついてほしいのだが。
俺はマリアに手を取ってもらい、立ち上がる。
コボルトの血まみれの死体がたくさん転がっていた。
首やら腕やら脚が転がっている。
「ヒルアンドン、今日は凄いじゃない」と珍しくスヴェトラーナが褒めてくれた。
どうやら、今回は張り切ったようだな。
しかし、マリアから怖がられるかと思うと、ちょっと心配になった。
マリアの方をちらりと見る。
平然としている。
それとも、内心は怖いかもしれない。
まあ、冒険者なんだから多少は慣れているだろうけど。
俺の事を、怖く思われたら嫌だなあ。
「やあやあ、ご苦労さん。コボルト二十匹。あっという間に倒したな」とボリスがにやついている。
そう言えば、どれくらい時間が経ったのだろう。
いつもは、夕方くらいに起きることが多かったのだが。
俺の表情を読み取ったのか、ボリスがベラベラと喋り始めた。
「お前が眠ってから、まだ、三十分くらいしか経ってないぞ。すぐにコボルトの集団がやってきた。あっと言う間にお前が二十匹倒して、残りは逃げて行った。今まではお前がモンスターを倒したら、起きるまで待っていたけど、その間、退屈でなあ。すぐに起きる時もあれば、ずーっと眠っている時もあった。これからは、マリアのおかげで労働時間の短縮が出来る。時短だ。どうだ、おれの優秀なマネジメントは」と偉そうな態度をとりやがる。
お前、ほとんど労働してないじゃん!