第二話:眠りたいのに隣の部屋がうるさくて眠れない俺
宿屋に行って、俺は部屋に入るなり冒険服のままベッドに横になる。
いつも寝巻には着替えない。
そのまんま眠る事にしている。
以前、夜中に眠っている時に、泥棒が侵入してきたことがある。
眠っていた俺は即座に剣を取って、泥棒をぶった斬ってやったが、寝巻が返り血で汚れてしまった。
それ以降、冒険服で寝ることにしている。
血まみれになった寝巻で寝る気がしなかった。
寝巻は捨ててしまった。
祟られそうで怖い。
冒険服だって似たようなもんだけどな。
本当に気が弱い俺。
それにしても、眠っていたとは言え、ゴブリン二十匹と殺し合いをしたのだから、肉体的には疲れている。
しばらく横になっていると、部屋の扉がゆっくりと開いた。
この宿屋の扉はなぜか、分厚く重い。
中の部屋は安っぽいんだけどな。
ボリスが顔を覗かせた。
「アントン、お前の分の報酬だ」と金の入った袋を俺の顔に思いっきり投げつけやがった。
またもや、顔面で受けてしまった。
「痛!」と俺が言うと、
「おっと、悪かったな。まあ、明日もよろしく」とボリスは言って、さっさと恋人のスヴェトラーナがいる隣の部屋に入っていった。
ボリスとスヴェトラーナは、俺をこき使うだけで楽に暮らしている。
モンスター退治の時は、ただ見物しているだけのようだ。
普段は完全に俺の事をバカにしている。
嫌な奴らだ。
何となくこの二人とは違和感がある。
兄のボリスとは少し年が離れている。
昔の記憶でぼんやりとしているが、子供のころは兄貴も俺に優しくしてくれた。
両親が早死にしたんで、俺の親代わりにもなってくれた。
しかし、今はすっかり性格が悪くなった。
とは言え、俺はコミュ障で、自分では冒険者ギルドから仕事も持ってこれないので、仕方が無い。
まあ、報酬は経費を引いて山分けしてるし、眠っている時の俺の世話もしてくれるから我慢している。
それに、眠っている時にあの性悪二人組に襲いかからないところをみると、少なくとも俺の敵ではないようだからな。
夜中、隣のボリスたちの部屋から音が響いてくる。
またかよとうんざりする。
ベッドがギシギシ鳴っている。
喘ぎ声が聞こえてくる。
嬌声が段々と大きくなる。
夜の試合ですか。
ご苦労様です。
毎晩やって、疲れないのかね。
こっちは気になって、眠れない。
いや、わざと大きな声出してんじゃねーのか。
嫌がらせかよ。
それにしても、もう少し静かに出来ないんかね。
したこと無いからわからないけど。
自分の部屋の隣のベッドを見る。
一人部屋が空いていないので、仕方が無く、二人部屋を借りている。
空のベッドを見ると、何となく空しくなる。
俺には、当然、恋人なんていないし、いたこともない。
「恋人」ってこの世に存在しているんですか?
世界の七不思議のひとつですかってくらいだ。
起きている時は気が弱いんで、女性に声をかけられない。
眠ってる時は、恋愛なんて全く関係ないぜと阿修羅のごとく剣を振るってるらしい。
眠ってるんでわからんけど。
ボリスたちのおかげで、なかなか眠れないが、そのおかげでいいことが一つある。
睡眠不足になるので、日中、睡眠薬の効果をあげやすい。
何しろ眠っている時しか役に立たないので、薬で眠らされている。
ただ、最近はちょっと困っている。
睡眠薬の効果が段々と薄れてきたようだ。
体に薬の耐性が出来てしまったらしい。
不眠症になりつつある。
起きている時の俺は、見知らぬ人に道を尋ねられただけできょどってしまう気の弱い男だ。
このままだと、まずいなあ。