第十二話:メンタルクリニックで診療を受ける俺
俺は今、首都メスト市のホテルに短期滞在をしている。
結局、ボリスの俺に対する「褒めまくる作戦」は失敗した。
ゴブリンが一匹遠くに見えただけで気絶する俺。
褒めようがない。
結局、パーティの会計担当になった。
そのため、市立メスト大学の会計業務短期講習を受けている。
大学に通っている途中、「メンタルクリニック」という看板が立っているのを見つけた。
診療所か。
「あなたは変わることが出来る?」とその看板の端っこに書いてある。
俺は変わりたいぞ。
入ってみる。
若い先生が出てきた。
銀縁眼鏡、白衣を着て新進気鋭って感じ。
俺はとつとつと自分の人生を全て話した。
どうにでもなれと夜に役に立たなかったことまで話した。
笑われるかと思ったが、先生は真剣な顔で、時折メモをしながら熱心に聞いてくれる。
話終わった後、先生が言った。
「あなたに足りないのは自己肯定感ですね。自己否定感が強すぎる」
「は、はあ」
「あなたの場合、数々のモンスターを倒したわけじゃないですか。サイクロプスを倒した人なんてそういませんよ」
「い、いや、それは催眠術で倒せたんです。俺は気が弱いんです」
「いいじゃないですか。気が弱いから緻密に行動できるんです。気が強かったら自分を過信してモンスターにやられていた可能性があります」
「は、はあ」
「あと、自分は運がいいと思うことですね」
「マ、マリアに捨てられましたが」
「おかしな女性が自ら離れて行った。良い事じゃないですか」
「こ、孤独ですよ」
「いいお兄さんをお持ちじゃないですか。その恋人さんも親身になってくれるし」
「お、起きている時は、失敗ばかりですよ」
「失敗することはいいことですよ。次回にまた再チャレンジする機会が与えられたと思えばいいんです」
うーん、何だかこの先生もボリスたちと一緒で鈍感なだけじゃないのか。
俺の苦しみをわかっていない!
俺は少し興奮して、先生にちょっとだけ声を大きくして言った。
「と、とにかく眠っている時だけだったんですよ、うまくモンスターを倒せたのは。起きている時はいつも全く自信がないんですよ!」
すると、先生は少し黙った。
怒ったのかと俺がきょどっていると、先生はメガネを少し左手の人差し指であげて、レンズをキラリと光らせる。
「あなたの話を聞いて、気になったことがあるんですが。サイクロプスを倒したときです。『はっきり言って、今の俺には勝てない相手なんていないくらいだ』と思ったんですよね。起きている時に」
「は、はあ」
「起きている時も自信を持ったんですよね」
うーん、確かにそうだけど。
あの時はマリアがいたからなあ。
やっぱり女性、というか支えてくれる人がいないと俺はダメなのかなあ。
と言って、兄貴のボリスに一生面倒かけるわけにもいかんし。
自立しなくてはいかん。
「な、なんかうまく自分を変える方法はありませんか」
「私の理論では、人間の生まれつきの個性を変えることは出来ません。よく『あなたは変わることが出来る』とか言って、無茶な訓練や修行をさせる団体がありますが、それは、その人の人格を破壊する行為です。危険です。そういう団体に関わってはいけません」
「え、つまり一生このままってわけですか? あ、あのー、そ、外に置いてあった『あなたは変わることが出来る』って看板は何なんですか?」
「違います。『あなたは変わることが出来る?』ですよ。クエスチョンマークが入っているでしょう」
おいおい、この医者もサギーシィと同様に詐欺師じゃないのか。
ちょっと俺は腹立たしく思った。
俺が怒っているのを感じたのか、
「怒ってはいけません。怒りはマイナスの感情です。平常心を保つこと、それが人生でもっとも大切なことです。とにかく、あなたの個性は変えることは出来ません。変えるのではなく、強くなるのです。そしてそれを伸ばす。それが成長すると言うんです」
「は、はあ」
「自分を変えるのではなく、自分の個性を伸ばす。そして、周りを自分に合わせればいいのです。要するに自分に合った生き方や仕事をすれば良い。それは探せば必ず見つかります。そして、あなたはもう見つけています。あなたはサイクロプスを倒した。モンスター退治はまさにあなたの天職ですよ。さてと、もう時間がきました。診療代は二千エンです」
診療所を出ながら、俺は何となくまた騙されたような気がしてきた。
まあ、サギーシィに払った二百万エンに比べれば、診療代二千エンだから、かなり良心的だけど。
歩きながら考える。
サギーシィ理論『怒ってはいかん。怒りは負の感情だ。平常心を保つことがお前が生きて行くのに一番重要なことだ。さて、はっきり言って、お前の個性はダメだ。根本的に変える必要がある。そしてそれを伸ばす。それが成長すると言うのだ』
眼鏡キラリ先生理論『怒ってはいけません。怒りはマイナスの感情です。平常心を保つこと、それが人生でもっとも大切なことです。とにかく、あなたの個性は変えることは出来ません。変えるのではなく、強くなるのです。そしてそれを伸ばす。それが成長すると言うんです』
サギーシィと眼鏡キラリ先生とは言っていることが正反対のようで似ているところもある。
よくわからん。
気の弱さ、どもりは俺の個性だろうか。
俺としては、変えたい。
兄貴が子供の頃に見抜いたという、剣の強さは俺の個性だろうか。
今は休眠中だけど。
こっちは変えたくないな。
しかし、正直、俺は疲れた。
もう成長する気もないぞ。