無彩色な僕の虚像は
※打ち間違いや文法ミスが多々含まれると思われますが、温かい目でスルーして頂けると幸いです。
僕、阿武隈川英治は、黄金の国ジパング、つまり日本列島にて生を授かった。何かにつけて平凡以上非凡未満。やりたいことはある。ただ才能の壁を越えてまで努力する気はなし。今まで本気を出して打ち込んだことはなし。別に「俺本気出したらすげえから」などと妄言を吐くつもりもなし。
「傍から見たら屑みてぇなプロフィールなんだけどね」
それがもはや浸透してきているこの世界。もう人類滅亡も間近かもしれない。
「この世は乱世だね。ぶおー」
「まあ就活という面で見ればあながち間違いでもないね」
僕の隣の少女はクリス。それ以上でも以下でもない。
出身? おとぎの国からでも来たんじゃない?
「ところでエイジは一体何をしているのかえ? 」
「世界征服を裏で目論んでいる」
「ではでは、クリスは未来の支配者の手下となるかもしれへんとですね? 」
「世界征服は止めないんだね」
「クリスはいつでも、エイジの味方なのです! 」
「……」
こいつが現れたのは、二年ほど前だ。ちょうど俺が高校の帰り。
その日は雨だった。
***
「あー…もう、どうでもいいか」
無表情で何の感慨も抱かぬまま、少年は橋の手すりに手をかける。
未来なんて不確かなものに自分をゆだねるなど愚かに感じるし。それならいっそ、というやつだ。
さあて、軽く済ませるか。
その時。
雨音が世界を覆いつくしながらも、少年にはかろうじてそれが、人間が水たまりを踏む音だと分かった。
「ヘイヘーイ、旦那」
「…は? 」
そこに立っていたのは、黄色の雨がっぱに身を包んだ長靴の少女。
「そんなところで傘も持たないで、何してらっしゃるんです? 」
これが、こいつとの最初の出会い。
僕が、死ぬはずで、死ななかった日。
***
「あああたったああああぁぁぁっ!!! 」
「昨日の鍋が? 」
「冗談言ってる場合じゃねえぜ英治! マモー十七世がでたんだーよ!! 」
「今君が大喜びしていることが僕にとって著しくどうでもいい事象だということが判明したので、帰るわ」
「ノオウ!! お前親友を見捨てる気か! 」
「君にいつのまにか親友認定されてることに驚きを隠せないんだけど」
この男、広瀬晃はいつもうるさい。成り行きで仲良くしているものの、正直なぜこいつが人に好かれやすいのかいまだにわからない。
「あ、ところでさ。また英治ん家連れてってよー。かわいい子いたじゃん、あの…マモリスちゃん? 」
「マモー十七世から離れろ。クリスだよ」
「そーうそうクリスちゃん」
「キリスト教徒みたいだな…」
「うぇ?どゆこと?」
「…なんでもない」
「あってめー今俺のことバカって思ったろ! 」
「事実だしなあ」
「むっきー! …ま、いいや。それより、な。また上がらせてくれよ」
「また今度ね。妹も連れてきたら? 」
「ああ、香奈か。そうだなー、暇そうだったらな」
「お宅はいっつも暇してるでしょうに…じゃ、そういうことで」
「よっしゃ! いやーしかしかわいいよなークリスちゃん。親戚だっけ? 」
僕が不純異性交遊のあらぬ疑いをかけられても困るので、そういうことにしてある。
もっとも僕に外国産の親戚などいるわけもなし。そんなはったりを信じるのはこのアホくらいなものだ。
「そう。親戚の親戚の親戚の親戚。訳あって僕の家にいる」
「あれ、親戚前より一つ減ってね?」
「細かいこと気にしてるやつは将来はげるらしいよ」
「マジか。気を付けよ」
ほらね。
***
今日は暇だ。やることがないというよりはやりたいことがない。
僕はこういう時、散歩に出て気分を紛らす。インドアだって、たまには外界の空気を吸いたくなるのだ。
外に出る準備をしていると、同じく暇を持て余している様子のクリスと目が合った。いつも白い服を着ているので、たまに幽霊のように見えてしまうことがある。…外国製の。
「あ、外に行くの? いってらっしゃーい 」
クリスは、何故か知らないが外に出たがらない。日光が嫌いなのかとも思ったが、曇りの日も来なかったので多分違うのだろう。
「クリスも、一緒に来る? 」
「ふ、ふえ…クリス科クリス目クリスは、外が苦手なのです」
「大丈夫だよ。ちょっと出てすぐ帰るだけだから」
ぐぬぬと悩む彼女の白い手をつかむ。ひんやりとした柔らかい手だ。
「あっ…」
「さ、行こう」
僕は、クリスを太陽のもとへ連れ出した。少し無理やりだったけど。
***
―――見渡せば、辺りは一面、深紅の炎に包まれていた。
「おかあさん、おかあさん」
そこには、黒く塗りつぶされ原型を失った肉塊を「おかあさん」とゆする少年が一人。
僕だ。
「おかあさん、おかあさん」
僕は、最早何も映っていない空虚な瞳を黒い死体に注いでいた。
何を言っても、その言葉はどこにも届かない。
何をしても、それは無意味の三文字となってその場で消える。
「おかあさん…あれ?」
「英治君、だね。よかった。君は助かったんだよ」
―――気が付いた時、その焼け焦げた母は既に、僕の前からいなくなっていた。
***
「クリスは、こういう場所は初めてなのだ」
「ん、そうなの? 現代社会に生きていれば一度は来そうなものだけれど」
僕たちが来ているのは、歩いて五分ほどの距離にある小さな喫茶店だ。僕はコーヒーを頼んだけれど、クリスはココアを注文した。苦いものは苦手らしい。
「まず、あまり外に出ないんね」
「へえ。君は―――」
「あ、阿武隈川、君…!? 」
「え? 」
振り返るとそこには、制服姿の少女が、僕を指さして立っている姿があった。
「えっと…どなた? 」
「クリスも同じく」
人の顔を覚えるのはあまり得意ではない。クリスはいつも家にいるし、白い髪に、おまけに美人と印象に残る見た目のため、覚えるのにそう時間はかからなかった。というかすぐに覚えた。別に褒めてるわけじゃないよ。
「ああえっと、ごめんなさい、そうですよね。私なんて気に留めてないですよね」
「い、いやいや! ちょっと顔を覚えるのが苦手なもんでさ」
「いいんですいいんです。気にしないでください。それよりもその…」
少女の視線が僕からクリスへと平行移動していき、何か言いたそうにもじもじと口をすぼめる。
「く、クリスの顔に何かついとーとです? 」
「あ、この子はクリス。えっと、遠い親戚なんだ」
僕がそう紹介した途端、制服少女の顔がパッと明るくなる。
「し、親戚! そ、そうですよね!私はてっきり…」
「てっきり? 」
「い、いえ! なんでもありません! 」
制服少女のよくわからないそぶりに僕が首を傾げていると、隣に座っているクリスと目が合った。
「なんでそんなニヤニヤしてるの」
「さて、なんでだろうねえ」
クリスの珍しく煮え切らない態度に、僕は一層首を傾げた。
***
「市原美羽里さんね」
「ごめんなさい、名乗りもせずに」
「謝ることないよ。それにしても驚いたな。おんなじ学校だって? 」
「はい。阿武隈川君は覚えてないかもしれないけど、前にその、助けてもらって」
ふむ。僕もたまにはいいことをするらしい。覚えてないけど。
「それはどうも。ところで、阿武隈川なんて呼びにくいでしょ。英治でいいよ」
「えぇっ!? わ、わかりました。えっと、英治、君」
「うん」
「あの、私があぶ…英治君を名前で呼ぶなら、その…」
この子はよくもじもじするな。
「なに? 」
「ミウたんがエイジを名前で呼ぶなら、エイジも名前で呼んだほういいのでは? 」
急に入ってきたクリス。しかしその言葉で美羽里が安心したような素振りを見せたので、それが彼女の言いたかったことなのだろうか。
「そんなことなら、全然いいけど」
「ほ、ほんとーですか!? 」
「うん。美羽里」
何やら女子二人がコソコソと話し始める。美羽里がクリスに嬉しそうに頭を下げていた。
女心?と言うのかはわからないけれど、難しいものだ。
***
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったよ」
「そ、それでなんですが…」
「ん?」
「れ…連絡先を、こ、交換してもらえないでしょうか!! 」
美羽里が突然、まるで一世一代の告白のように僕に頭を下げてきた。
お辞儀をして携帯を差し出す彼女の仕草がどことなくおかしくて、意地悪かもしれないけれど、クスリと笑いが口の端から漏れてしまう。
「喜んで。よろしくね、美羽里」
「ふぁっ、はい! よろしくお願いします!! 」
「はは、そんなにかしこまらなくていいって」
「クリスちゃんも、よろしくお願いしますね! 」
「りょーかいしたぜ! 」
僕等は笑顔のまま、互いに別れを告げた。
***
帰ったときにはもうすっかり日は落ち、カラスも泣き止んでいた。
「なんだか、今日は…」
「疲れたーて? 」
「…いや。楽しかったな、って」
「それは良かったのね」
クリスは僕に満面の笑みを向け大の字に寝転がる。
「…ぇ」
「え? 」
「クリスもねーえ、楽しかったのですなー」
「そうかい」
「そうなのですなー。…まだまだ話したいのなー」
「これからいくらでも話せるじゃないか」
「…うん」
満面の笑みだった彼女の笑顔が、寂しそうな横顔に変わったのを、僕は感じた。