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第2話 金色の時間

『しっかりしてよね。私達はパートナーになるんだから!

 歴史を一緒に創るのよ!』

(はい?)


 さらりと、あたかもそれが神によって定められた事であるかのように、ヴィストレアはそう言った。

 あ、いやマジモンの女神か。


『いまさら!? まあいいわ。話を戻すけど、私は歴史を司ってるのよ』

(はあ)


 気のない返事を返すことしかできない。

 と言うか、パートナーの件についてご説明願いたい。

 

 だって聞いてないですから。

 聞いてないことを決定事項みたいに言われても、なんもできないからね。

 

『もう疲れたわ。説明もテキトーにするわね』

(ファ!? いやいやいや! そこはちゃんとして下さいよ!)


 普段テキトーな俺が、虫のいい話だとは思ってる。だが、そこはきちんと説明してもらいたい。


 こんだけリアルな夢なんだ。

 そこら辺の設定ガバカバとか、萎えちゃうぜベイベー。


『えーだってもう面倒なのよ。それに多分、言ってもアンタ納得しないでしょ?』

(いやまあ、そりゃそうでしょうけど)


 確かに、俺は今のこの状況が現実だなんて欠片も思っていない。

 精々が、良くできた夢。自由に自分をコントロールできる明晰夢程度にしか思っていない。

 

 どの道、覚めそうにない夢だ。

 そんならその分、夢の中で楽しみたい。そんな感じで、俺は女神の説明に耳を傾けている。

 割りと真剣に、だ。


 どうせ、これも死ぬ前に見る夢。

 覚めて死ぬ前に、出来るだけ楽しみたい。楽しんで死にたい。

 そう思うことは、傲慢だろうか。

 いや、違うね。今まで何も与えられなかった人生だ。

 今ぐらいは、何か与えられたって罰はあたらんだろうよ。


『どうでもいいし、知らないわよ。

 第一アンタ、与えられるだけの人生なの?』


 はい?

 これまた、かなり虫の居所の悪そうなヴィストレアの声。

 その声は、俺が嘗めてるとでも言いたげである。


『事実、アンタ嘗め腐ってんのよ。

 何があろうと無かろうと、最終的に自分を守るのは自分自身。

 与えられるのを待つだけだなんて、赤ん坊と同じだわ。

 いや、赤ん坊でも本能的に自立しようと行動するわ』


 『アンタ、赤ん坊以下ね』と、付け加えるヴィストレアの声を俺は辟易として聞いていた。


 畜生。なんだってんだよ。俺が嘗め腐ってるって?

 んなもん知らねぇよ。

 俺は一人で生きていこうとしてしてたんだよ。

 でも結局は無理だったんだよ。


(つうか、お前に何が――)


 「わかるってんだ」と言おうとして、俺は口をつぐんだ。

 勢いに任せて口を突き出ようとする言葉。それは俺が最も嫌う言葉だ。


 ――アンタに何がわかるってのよ!?


 これ程までに利己的で、世界を自分中心に回す言葉はない。

 危うく俺も、そんな利己主義者の仲間入りをするところだった。


 ヴィストレアといると、気付かされてばかりだ。

 女神と言うよりは、辛口人生相談員に似ている。


(すみません、俺調子こいてました。)

『――し』

(へ?)


 消え入りそうな声は不服気だった。

 姿形があれば、多分顔を隠しているのだろう。

 また俺は、この女神を怒らせてしまったのだろうか。

 面倒事ってのは、どっからでも沸いてくるな。


 しかし、如何せん聞こえない。

 ワンモアプリーズ、である。


『違うし!』


 叫んだヴィストレアの言葉が、空間にビリビリと響き渡る。

 耳が無いとは言え、それでもバッチリ聞こえるんだ。

 なんかグワングワンするから、静かにしてもらえないだろうか。


『アタシ女神だし! 人生相談のおばちゃんじゃないし!』

(いや誰も「おばちゃん」とは言ってないし)

「うるさい! 私はまだピッチピチよ!」


 目尻に涙を浮かべるヴィストレアは、その発言から既にオバハン臭い。

 何だよ「ピッチピチ」って。ほぼ死語だよ。

 いつの言葉だよ。ディスコでも行ってたのかお前は。


(その発言からして既に古臭ぇよ! あんた今何歳だよ!?)


 言葉の使い方的に、どうせ4、50のオバハンだろ。


『一万と十七歳よ!』


 その瞬間、なにも動くことの無い空間が、時を止めたような気がした。

 なんてのは嘘っぱちで、しっかり動いてる。

 逆に俺の脳が、必死に情報を処理しようと高速稼働する。

 何度も何度も言葉を反芻し、そして結論に至る。


(クソババアじゃねぇかぁぁぁ!!)

『ババアちゃうわぁぁぁぁ!!』


 虚無の空間に、二人の絶叫が轟いた。




 ◇◆◇




 それから俺達は、しばらくの間ギャーギャーと喚き続けた。

 内容は言わずもがな、ヴィストレアがババアであるか「ピッチピチ」であるか。


 俺が十七であることを考えると、ヴィストレアは俺より一万年も生きていることになる。

 一万と言う時は、並の生物が生きる年月じゃない。

 どう考えても、ババアだ。


 かの有名な検索エンジン先生で「一万十七歳」と検索してみろ。

 真っ先に「もしかして:ババア」って出てくるわ。

 今先生と連絡とれないから知らないけどさ。


(第一、「ピッチピチ」って言葉自体古いんだよ! バブルか!)

『古くないわよ! ナウいわよ!』


 ナウい。ナウいとな。これまた古すぎだろ。


(古ぃよ! 「ナウい」とか今日日使わねーよ!!)

『うるさい! イジワル!』

(うるせー! ボキャ貧アホ女神!)

『うぅ~ッッ! バカぁ~~~!!』


 と、こんな感じで、最後はアホな女神がマジ号泣してして終わった。

 極めて不毛な戦いだった。

 持論を述べることもしない。単なる汚い罵り合いだ。


 そして、おわかりいただけただろうか?

 この話、俺が意識を取り戻してから殆ど進んでいない。

 これは、「この虚無の空間を彷徨う頭の弱い女神の呪い」とでも、言うのだろうか……?

 キャアアアアアア!


『誰が「頭の弱い女神」よ!』

(お前以外に誰がいんだよ!)


 とまあこんな感じで、1話が進めば9関係ない話が混じる。

 俺も悪いとは言え、グダグダもここに極まれりと言った現状だ。

 伝えようとせずとも、この女神はアホの癖に心を読む。


《勝手に心を読む》

 ↓

《勝手に傷付く》

 ↓

《俺メンドくさい》


 と言ったサイクルだ。

 傷付くなら、心を読まなければいいのにと思う。

 そこはまあ、アホにしかわからない理由があるんだろう。

 俺は分かりたくないです。 


『いやよ。アンタの恥ずかしい独り話が聞けなくなるじゃない』


 は、恥ずかしくねぇよ!

 自分を客観的に見る練習してんだよ。

 冷静になろうとしてんだよ!


『なぁっはっは~! な~に怒ってんの~? はーずかし~!』

(こンのヤロ~……ん?)


 流石に「このアホ女神マジでシバきたいな」と思った所で、俺は異変に気付く。


 今まで何もなかった真っ白な虚無の世界が、金色の光を湛えて輝きだした。

 真っ白な世界が金色に光るその様は、まるで世界そのものが金に色を変えたようだった。


 幻想的な光景。虚無空間ですら見たこともないのに、今度は空間全体が金色に染まる。

 金色に染める光はしかし、目を焼く程のきらびやかさはない。

 落ち着いた、しっとりとした金色が淡く煌めいていた。


『時間ね』


 白から金色へと変わった空間に、ヴィストレアの声が響く。

 打って変わって真剣味を帯びたヴィストレアの口調。

 もはやキャラ崩壊と言っても過言じゃないほどのそれに、俺は一も二もなく疑問を抱いた。


(時間?)

『アンタの魂の引き分け準備が整ったの。これからアンタは、この世界オブスクアで私の眷属になる』


 えらいリアルな夢だ。

 自分の周りに蒼い光が渦巻く段になっても、俺はまだ漠然とそう考えていた。


 冷めているんじゃない。全く実感が持てず、混乱しているんだろう。

 俺自身でも、よくわからない。

 そんな俺に、ヴィストレアが『でもその前に』と前置く。


『アンタは、アンタの家族に会ってきなさい。その為の仮の体も、貸してあげるわ』

(ハァ!?)


 ちょっと待て、だいぶ待て。

 初耳だ、そんな嬉しくもないサービス。


『アンタのお父さんは、まだアンタを探してる。

 死ぬほど働いて、どんな泥水でも啜って、ようやく借りた、小さな家で。

 アンタが帰ってきたら、いつでもまた元通り暮らせるように。


 でもアンタは死んでるから、それはできない。それができないんなら、せめて「産んでくれてありがとう」くらい言ってやりなさい。

 それがケジメってやつよ』


 有無を言わせない語気で、ヴィストレアは畳み掛ける。

 その言葉が終わった頃には、俺の意識はずいぶんと暗くなっていた。

 気持ちも、少し落ち着いている。


 この女神は、果たしてアホなのか否か。ババアなのか、ガキなのか。

 いずれにしろ、この女神はやけに人間くさい。

 折に触れては人間について熱く語るし、嘗めた口聞くとキレる。

 加えて、以上なほど人間に肩入れする。


 意識も掠れる中では、思考は突飛な方へと飛躍する。

 いつしか俺の中には、一つの仮説が浮かんでいた。


(この女神、もしかして――)


 そこまで考えたところで、俺の意識は完全に一気にその明度を下げた。

 鉛を乗せられたように重い意識が、浜辺の波のように引いていく。


(やっべ……あれ?)


 掠れ消え行く俺の意識。

 その一世代前のテレビの砂嵐のような視界の真ん中に、一人の女性が立っている。


 金色への変わった世界の中で尚も輝くその姿。

 長い銀の髪をなびかせ、双眸は碧。

 それはそれは美しい少女……のように見えた。


 無念なるかな。

 俺の意識は、調度そこで途切れてしまった。

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