第7話 ミルキーちゃんの力
「ここが聖堂か〜、結構人多いな」
「そうですね、旅装の人が多く見えますね」
俺達は、ミルムの聖堂の前で、クリフトスさんを待っていた。
なかなか立派な建物である、聖堂と聞いてヨーロッパの教会みたいなのを想像していたが、屋根が丸くてどちらかというとモスクに近い感じだ。
クリフトスさんの話によると、ミルム聖堂は楽士や吟遊詩人などの音楽関係者の信仰の対象としてだけでなく、その逸話から旅人の旅の安全祈願でも有名で参拝者が絶えないらしい。
「皆さんお待たせしました、中へどうぞ」
クリフトスさんが聖堂から出てきた、どうやら案内してくれるみたいだ。
「す、すごい……、なんなんだこれ?」
中へ入ると聖堂の内側はホールのような大きな広間になっていたのだが、圧巻なのは広間の壁一面に沢山の楽器が並べられているのだ。
「あはは、驚きましたか? これは楽器が上手くなりたいと願う人たちや上手くなれた感謝を抱いた人達が愛用品を奉納したものなんです。結構な値打ち物もあるんですよ」
「へー、盗まれたりしないものなんですかね?」
サンキチくんがボソッと呟くと、
「ここだけの話ですが、値打ち物の楽器は偽物を飾ってあるんですよ。かなり昔に盗賊に狙われたことがあるのですが、偽物にはこっそり刻印と魔法が仕込んであって、楽器売ろうとした盗賊は全員一網打尽にされたんですよ」
「そりゃそれくらいの防御策は準備するよな、やっぱり」
「ええ。しかも、盗賊が全員捕まった事も神の力の奇跡とされたので、さらにミルム聖堂は有名になったらしいですよ」
ふーん、自作自演じゃねぇのそれ? いやいや、バチがあたりそうだからそういうのは自分の心に沈めておこう、俺は結構信心深いのだ。
「ようこそ、おいで下さいました。話はクリフトスから聞いております。私、当聖堂の守り人クラウドと申します。昨日は美味しい魚を頂きましてありがとうございました。魚を扱う旅のお方は珍しいですので是非、定期的にこのミルムに来て頂ければうれしいのですが」
ん? 俺達魚の行商人になったのか?
そういや、魚食って酒飲んで騒いでたけど俺達の素性の話はしなかったかな。まぁ、なんでも良いんだけどね。
「聖クラウド様に、お喜び頂けるとは恐縮です。定期的にとはお約束できませんが、またお届けさせて頂きますのでよしなに願います」
と、とりあえず権力に逆らわないおっさんの俺は言っておいた。
「そうですか、それでは楽しみにして待っておりますかな。ちなみに、私はクラウドで聖はつきませんよ。聖クラウドは我が祖先、ミルム聖堂開祖ただ一人です」
「そうなんですか、これは失礼いたしました」
「いえいえ、別に気にしないで下さい」
にっこりとクラウドさんが優しく微笑む、好好爺って感じである。
「クラウド様、魚の話はそのくらいにしてそろそろそちらのミルキーさんの力を見てくださいますか?」
「そうでした、魚に夢中で忘れてしまってました。それではミルキーさんこの聖堂の中央の舞台に立って下さりますか」
広間の中央は円形に一段高くなっている。
周りには拳程の大きさの丸い宝石か魔石だかわからない物がいくつか置かれている。
ミルキーちゃんが舞台にたつと、クリフトスさんが昨日の笛をミルキーちゃんに渡した。
「さあ、ミルキーさん好きなように笛を吹いてみてください」
「あ、はい」
俺とサンキチくんが興味津々で眺めているとミルキーちゃんが緊張した様子で笛を吹き始めた。
すると周りに並べられている魔石が光を放ちはじめた。よくみると曲に併せて明滅しながら回転し始めている。
「なんか、ネオンサインみたいできれいですね」
「んだね、パチンコ屋みたいだ」
「フミタロウさん、芸術的な感性ゼロですね」
「んだよその、やれやれみたいなジェスチャーは! わざと冗談言ってんだよ、わ・ざ・と!」
「ちょっと、静かに。なんか動き出しましたよ」
「ん? おお、ホントだミルキーちゃんを中心に回りだしたぞ!」
クリフトスさんとクラウドさんも真剣な顔で見ている。
クリフトスさんの説明では曲に含まれる魔力が多いほど円運動が広がっていくのだそうだ。
ミルキーちゃんを中心にした太陽系のように見えてくる光景である、俺とサンキチくんが呆気にとられて見ていた。
「ほぉ、これはなかなか」
クラウドさんが呟いている、なんか結構すごいかんじだ、これはミルキーちゃんの音感の加護の力が覚醒したんだろうか? と思わせる。
広がり続ける円が徐々に安定した軌道を描き出し落ち着きをみせる。
「ふむ、大きさはそれほどではないが美しい軌道を描いていますね。名のある吟遊詩人や魔楽士になれる資質がありますね」
「昨日聞いた時も、美しい音色だと思いましたがやはり美しい軌道を描きましたね」
なかなかの高評価をいただいたみたいで、なんだか俺もうれしい。
その時ミルキーちゃんの曲が変わった、今度はクラシックではなく俺達にもわかる日本の最近の歌を曲にして吹き始めた。小さな恋心を歌って大ヒットした曲だ。
俺とサンキチくんは自然に口ずさみだしていた、クリフトスさんとクラウドさんは初めて聞く曲に興味深そうにミルキーちゃんを見ている。
俺達が歌っている事に気付いたミルキーちゃんが楽しそうに演奏を続けると、魔石が円運動しながら空中に浮かびだした。曲にあわせて光りながら高く低く。
「こ、こんな動きは初めて見ました。クラウド様、これは一体どういう?」
「私にも、わかりません……。こんな事は、私の記憶にも文献にもなかったと思います」
「まさか、ミルキーさんが、聖なる力の?」
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「そうですか、ミルキーさんは音感の加護をお持ちの召喚者だったのですね。それで納得がいきました」
演奏が終わって、応接室のような部屋に案内された俺達は自分たちの素性をクラウドさん達に説明した。
クラウドさんがミルキーちゃんに向き合うと真剣な顔で、
「ミルキー様、聖クラウドより続くわが一族が守りし天使の笛をお持ち下さい。魔王討伐の為に必ずやあなたの力になることでしょう」
「いいんですか、そんな大切な物を私なんかに」
「もちろん、その為に我が一族は天使様より預かっていたのですから」
ミルキーちゃんも決意を決めたらしく、
「わかりました。私に魔王を倒せるか自信はありませんが頑張ります。魔王を倒せたなら、必ず笛をお返ししますね」
「その時は、町をあげての歓迎でおまちしておりますので、無事に戻ってきてください」
クラウドさんが孫を見るような優しい目でミルキーちゃんを見ていた。
「ミルキー様、クリフトスをお連れ下さい。ミルム聖堂一番の魔楽士ですので何かのお役に立つと思います。よいなクリフトス?」
クリフトスさんが跪き、「この命にかえましても」とミルキーちゃんに頭をさげる。忠誠を誓う騎士のような感じだ。
急な展開に困ったミルキーちゃんが俺達の方を見る。
「いいんじゃね。俺達はこの世界に疎いし、逆に有難い」
「僕も異存はないです」
こうして、いつも通り成り行きに流される俺達は四人パーティーになったのであった。
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「いやぁ、ミルキーさんの力凄かったですねフミタロウさん」
「だなぁ〜。一躍この世界の重要人物っぽいもんな。俺とサンキチくんも頑張らないとな」
「ですね〜。やっぱり加護の力ってすごいんですね。ところでフミタロウさんの加護って何でしたっけ?」
「ん? たしか漏洩の加護だ」
「漏洩の加護………それ、何に使うんですか? 全然おもいつきませんけど」
「俺にもわからん。まぁそのうち世界を動かすくらいの活躍してくれんじゃね?」
「へー」
「多分………、全然想像つかないけど………」
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