表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

初夏の休日

作者: あやめ翔

樋口さんと江口くんの、和やかな大学生活。

1年生6月の休日。

大学生になってハムスターを飼うことにした。独り暮らしに慣れてきた6月、ふと寂しさを感じてしまった。ワンルームにお風呂、トイレ、小さなキッチン。実家とは違う私だけの空間。好きなようにできるが、話し相手がいない。よし、ペットショップにいこう。そう思い立ったのは暑い午後のことだった。

部屋着から黄色のワンピースに着替え、薄く化粧をする。化粧は苦手だ。目の周りに何かを付けるのが嫌なのだ。痒くなるのに加え、合わないと目が真っ赤になってしまう。そして、不器用なのだ。マスカラを上手く塗ることができない。練習すればいいのに、と言われるが練習するためだけに化粧を施す意味がわからない。だから、頬と口に紅を注す程度の簡単な化粧しかしないことにしていた。


エントランスに着いたとき、江口くんと会った。

「あら、江口くん。こんなところで奇遇ね」

見慣れた額には汗が浮いていた。部屋も暑かったけど、外はもっと暑そう。

「よう、どこか行くのか」

ここは学生アパートであるため、3つ上の階に江口くんも住んでいた。買い物帰りのようで、袋からは長葱が頭を出していた。

「これからペットショップに行こうと思って」

そういえば、この辺のペットショップってどこにあったっけ。

「ああ、大きなところが二つ向こうの駅前にあったな」

そうそう、流石江口くん。二つ先の駅だったわね。

「そろそろハムスターを飼おうと思いまして」

「昔から動物好きだもんな、樋口は」

中学からの同級生は何でもお見通しであった。実家には白いサモエドが2匹いる。ゴンと龍馬という。もうずいぶんとおじいちゃんだが、散歩に行くといつもはしゃいでいた可愛い子達だ。

「ちょっと待ってろ、俺も行く」

江口くんもなかなかの動物好きだ。確か、柴犬がいたような気がする。写真を見せてもらったことがあるが、あまり覚えていなかった。あの頃は私も幼くて、うちの子が一番可愛いの、とか言っていた。みんな違ってみんないい。みんな違ってみんな可愛いのだ。今ならそう言える。いや、でもやはり。ゴンと龍馬が世界一可愛いと思う。みんな可愛いけど、一番はうちの子。

そんなことを考えていたら、江口くんが戻ってきた。

「百面相してたぞ」

変な顔を見られてしまったかと思うと恥ずかしかった。

「江口くんのこと考えてた」

なんて、嘘をついておいた。


駅前のペットショップには、さまざまな種類のハムスターがいた。しかしあまり詳しくは知らない。

「どの子にしようかしら」

ケージを覗いて回った。ハムスターは夜行性であるため元気に活動している子は少なかった。大半の子は潜って寝ている。ケージの端で寝ている子は、毛が押し当てられてなんとも言えない可愛さである。一生懸命にひまわりの種をかじる姿もぐっとくる。まるっこい濡れた瞳はつやつやと輝いている。

「全部買って帰りたい」

ボソッと呟いた独り言に江口くんは目を見開いていた。

「いや、無理だろう」

分かってはいるが、どの子にするかなんて私には決めきらない。

「そういえば、なんでハムスターなんだ」

実家で飼ったことでもあるのか、と彼は言った。

「いいえ。本当はもっと大きいもふもふした子を飼いたいの」

しかし、犬猫など大型のペットは禁止なのだ。

「だから、ハムスターにするの」

優しく微笑んで、そうか、大事に飼えよと、保護者のようなことを言ってきた。言われなくても大事にするに決まっているわ。

「江口くんも飼ったらいいじゃない」

動物好き、かつ独り暮らしで私と条件は一緒だ。

「俺はやめておくよ。樋口の見に行ったらそれで充分」

それならたまになら来ても良いわよ、触らせてあげる。そう約束した。


最終的に私が選んだのは、ジャンガリアンハムスターのオスだった。この子を選ぶのに三時間もかかってしまった。あんなに沢山いたら、選べないですよ。

「とても楽しかった」

私は満足していた。ペットショップからずっと、頬が緩みっぱなしだ。

「よかったな」

江口くんはケージなどの荷物を全部持ってくれた。頼れる男ですな。

「付き合ってくれてありがとう、江口くん」

「おう。どういたしまして」

日中の暑さもどこかへいったので、歩いて帰ることにした。

「ところで、こいつの名前はどうするんだ」

「ちくわ!」

買うときに決めていた。この子は絶対ちくわだ。

「やけに美味しそうな名前だな」

「食べてしまったら駄目よ」

二人で顔を見合わせて笑った。

「江口くん、今夜はうちで食べていって。ご馳走するわ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

そういえば、と江口くんは、

「俺は化粧しなくてもいいと思ってる」

樋口は不器用だしな、と。

「苦手なことがある女子は可愛いものだ」

うんうんと、ひとりで頷いていた。

「あら、そんなこと言うの。意地悪ね」

少しだけ足取りが軽くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ