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メンヘラ彼女

かなり下品な話ですがよろしければ読んでください。

「私たちの間に言葉はいらないよね」


 どっかの歌詞のようなセリフを、嬉しそうに囁いてほしくはなかった。僕にはそのセリフさえ必要なかったはずなのに。

 端的に今の状況を言えたらどれだけいいか。僕はメンヘラな彼女に拘束されペティナイフで舌を切り落とされた。つまりもう喋れないから端的に言うことは出来ないんだ。

 なにも言えなくなったのは、確かに舌を切り落とされたからだけど、喋られないのは舌がなくなったからじゃない。それが原因で死んじゃったからだ。

 いつ死んだって、何が原因で死んだっておかしくなかった。

 その前に歯の数本はペンチで引き抜かれてなかったし、右目はスプーンでくりぬかれて何も見えなくて、げんのうで叩かれた鼻は食道を通って胃に血を流してたし、囁かれた左耳はノミで耳たぶはがされてたし。

 あの華奢な体のどこにそんな力があったのだろうと思うほど彼女は強かった。


 今は幽霊なのか。これが臨死体験でもう一度あの体に戻ったら、生き返ることが出来るのか。出来るとしてももう戻る気はない。

 これ以上あんな痛みに耐えられるわけがないのだ。


 彼女は僕の死体を弄りだした。次は何をするんだろうか。

 僕がこうやって彼女の後ろにいることには気づいてないみたいだ。

 ずっと薄暗いと感じていた部屋が死ねば明るく見えた。眼が潰されたこともあるが、気持ちの問題もあるだろう。


 肩をポンと叩かれた気がした。

 振り向くとなんとも冴えない眼鏡をかけた壮年がいた。

 少しハゲ気味で、腹だって出ているし、腕を曲げても力こぶができないような小太りの男性。


「やあ、こんにちは。大変だったね。ひとまずお疲れ様」

「誰ですか。あなたは」

「君の兄弟みたいなもんさ」

「いや、一人っ子なんですけど」

「やだなあ。穴兄弟って奴さ」

「あ、あな……」

「因みに、結構な兄弟がいるぞ。穴と行きずりの女王ってな。君はまあ若造のほうだよ」


 馬鹿らしい下ネタに無視を決め込むことにした。


 彼女は常になんらかの薬を飲んでいた。オーバードースをする様を生前二度ほど見かけた。過呼吸に付き添った数は七度ほど。

 リストカットの痕があった、今は僕の血がその痕から流れるように滴っている。ああ、この血で彼女から流れる血が一度でも減ってくれるのならそれでいい。

 でも本当に、寄り添って読書をしたり、音楽を聞いたり、それだけでよかったのに。


「一週間で毒され、二ヶ月で殺されたってわけだ。よく持った方だよ。彼女の要求に何でも答えたからあんな人形のように扱われるんだ」


 ずっと見られていたのか。なら、僕と彼女の愛の深さを理解しているはずだ。


「因みに俺は、一晩で毒され、二週間後に毒を盛られた」


 兄弟で同類か。なんとも馬鹿らしい。


「二年前の話だ。まあ、殺され方なんて君にはどうでもいいだろう?」

「……ちょっと気になります」

「こんな世の中から去りたい。一緒にいたいから、一緒に死のう。知らぬ間に心中を決意され、俺を殺した後で自分は死ななかったんだ。勝手に殺してきて、苦しみながら死ぬ俺を見てこの死に方は嫌だってやめてきたんだ」

「……それはご愁傷様です」

「いえいえ、そちらこそ」


 上手く彼に乗せられた。こんなやつと喋ってられるかと思っていたが、簡単にその思いを溶かされて雑談にふける仲に。

 僕の死に方は至ってシンプル。殺させてと言われたから了承した。真実の愛だ。

 そうだ。今、この状態こそ言葉がいらないってことなんだな。


「そういえば、霊感あるとか言ってたんだけど、僕に気づかないみたいですね」

「あれは嘘だね。正確に言えば精神疾患からくる幻覚だよ。俺の存在に気づかないし、君に対して霊がいると言って指差してたのはあさっての方向だった」

「……くそう! 信じたばっかりに!」

「その後で、エロいことすると霊が寄り付かなくなるって言われて」

「まさかのお流れで……」

「まさかそれで童貞を捨てるはめになるとはね」

「言うな! 恥ずかしい!」

「メンヘラ信者が一人いたから、ますます霊感があると勘違いしたんだよ……」

「あなたのことですか!」

「お前だよ……」

「僕やブラザーのようにあいつに殺された男はいたんですか?」

「君で二人目だと思うよ。前にいたかは知らないけど多分いない。いたらさっきみたいに肩を叩いてくれただろうね。ただ性行の経験が二人という訳じゃない。何十人にもヤリ逃げされ、何人かを精神的にか肉体的に半殺しにしてきた。社会復帰が出来ない人も複数人いるだろうが、殺されたのは二人目と言う訳だ。でも、これから増えていくかもしれない」


 僕が経験したことを、ほとんどそのまま傍観者として眺めることが出来る。たまにむかついて、たまに恥ずかしくなるのだ。

 ターゲットはいつも僕のような存在を狙っていた。顔に騙されそうになっても第六感が優れたやつはすぐに距離を置く。そうじゃないやつは餌食になるのだ。

 ブラザーのおかげですぐに目が覚めた気がする。彼女の一番の理解者だとずっと思ってきた。ロマンチックな自分に酔っていた。いかにも中坊臭い、いや童貞の思考だった。

 きっとあのメンヘラもそうなのだろう。メンヘラであることに酔っているのだ。男なんで誰でもいいんだ。

 二週間もすれば、僕の処理(死体遺棄)を済ませ、新しい男と付き合ってる。あの惨状があった部屋で性行に及んでる。

 マイケルジャクソンばりの嬌声に熱が入ったのだろう。童貞を捨てた男も満足気の表情。うん、きっと僕も同じ顔をしていたな。

 ピロートークはまさかのハメ撮り写真を眺めるところから始まるようだ。二人して寄り添いながら笑顔で鑑賞していたが、男の顔が一気に冷めていった。


「これ心霊写真じゃないですか?」


 どうやら写真に僕が写ってるようだ。


「あまりの苛立ちに写ってしまったのかな」

「しゃあないしゃあない。あんなことがあった後だもん」


「うわ、怖いな……」

「こんなの嫌……怖い……あとでお祓いに行こう」

「えー……この写真を?」


 写真を覗いてみると、確かに恐ろしい。色んなものが崩れた姿で写る女も凄いが、恐ろしいのはもちろん僕の顔だった。

 耳が破れ鼻がつぶれ、口から血を出し眼の片方は穴が開いている。


「え、今こんな顔なの?」

「そうだよ」

「ブラザー普通じゃん」

「変なものを食わされて死んだんだ。喰わされた料理がフライパンの上にある時から既におかしな匂いがしていたさ。体に異変が出るのは死ぬ直前だった。死に際の顔になるんじゃないのかな?」

「えー……なんかありがとう。こんな僕に仲良くしてくれて」

「いいってことよ」


 写真は消された。まっとうな判断だ。


「何かの怨念かな?」

「気持ち悪い……知らない」


「ちょっと待ってくれ! こいつのせいでこんな顔になったのに!」

「まあ、運が悪かったと思うべきだね」


 周りをキョロキョロし出す男。僕の存在には気づかない。


「なにこれ」


 だが、隠しきれてなかった血痕を見つけ出す。クッションの裏に乱暴に隠れていたのが、ズッコンバッコンにより顔を出していた。

 女が慌てて取り繕う。


「もしかして……霊のしわざ?」


 お前の仕業だよ。


「え、まじで……」


 一気に冷めた男。この後そそくさと帰り、現れることは二度となかった。


「ふう。今回もなかなか面白かったな」


 ブラザーはニヤニヤ顔でよく見てられるものだ。


「もっと気を抜いていた方が精神上楽だぞ。言わなくたってそうなるだろうけど」

「うーん……確かにそうかもね。そうします」



 僕が死んでから半年ほど経った。その間に関係を持った男は二桁にのぼる。

 トイレにまで付き添うが、別に興奮することは一切ない。

 この女から離れられないのである。

 僕とブラザーはメンヘラの行動を楽しむようにして眺めるようになっていた。

 取り出したのは妊娠検査薬。数分後には、線が二つ表れている。

 これが陽性であることをブラザーから教えられる。


「今月と先月生理なかったからねー。薬使わなくたってわかるよね」

「今何週目ですかね」

「当時やった男には逃げられてるし、それにこの子のパパが誰だかもわからないね」

「誰なのかわからないうえ、全員に逃げられてるってのもどうなんだろう」


 電話をかけるメンヘラ。相手は、今付き合ってる男のようだ。

 この男、メンヘラが何時にかけても電話に出る優れた相手。確か出会って三ヶ月。付き合って一ヶ月だろうか。突いて一ヶ月とも言う。

 馬鹿のようにこの女を処女と勘違いしており、一度は距離を置いたくせに、なんの心残りか自らまい戻ってきた勇者だ。上手くいけば三人目になってくれるかもしれないと心温かくして見守っていた。


「ねえ、ダーリン! とってもいい話があるの!」


 ちょっと待て。いい話ってどういうことだ?


「このメンヘラ! 種付けされた時にまだやってない男に向かったぞ!」

「まさか! ちょっとは考えろ馬鹿!」

「……いや、これは托卵だ!」

「托卵?」

「別の男の子供をこいつに育てさせる気だ。こいつとの間に出来た子としてな、周期を誤魔化して早産と言えばなんとかなる」

「なるほど。どこまでもあくどいな……」


 数十分後。メンヘラによって痩せ細った男の家にたどり着く。


「話ってなに? もったいぶらずに教えてよ」

「実は、ダーリンとの子供が出来たの」

「……本当に? そっかー」

「私とダーリンとの子」

「ちょっと順番が逆になるけど、しょうがないか……いずれはこうなる運命だったんだろうし……」


「この男、やはり逃げる様子はなさそうだな」

「これなら責任を感じて、生気を吸われていきそうですね。果たして出産まで生きていられるかどうか」

「性器はもう吸われてるけどな」

「もー、おやじギャグはやめてくださいよー」

「兄弟がふえるよ!」

「やったねブラザー!」


「今月先月と生理なかったから調べてみたら、やっぱりいるみたいなの」

「そうか……ん? は?」

「出会って三ヶ月だから多分だから十二週目だね!」


「おいおいおいおい」

「まさかの展開ですね」

「初めてやったの一ヶ月前だよな」

「出会ったのは確かに三か月前ですけどね」

「うわ、事実確認始めた」

「この女、気づいてない」

「やっと気づいた」

「でももう遅い!」

「泣き落としにかかった」

「精神論ばかり!」

「これは……」

「無理か……残念」


 さらに十分後。


「なんでなおおおおおおおお!」


 あっさりと振られた。当たり前だよ馬鹿野郎。


「その考えが何でだよ……」


 リズミカルにドアを叩いてる。さっさと檻に入れろよ。動物園に送りだせ。サーカスもいいぞ。


「でも、彼との子。きっと産んでみせるわ」


「記憶を改ざんしてあいつと出来た子供にしやがった。すげえぞこいつ」

「……そうだ胎児に乗り移ってみるのどうでしょう! なんだか出来そうな気がします!」

「それは止めておいた方がいいよ……」

「いいや。もうそうするしかない。それが一番ベストだ!」


 憑りつき方を知ってるかのように簡単に胎児に憑りついた。


『私のかわいいかわいい赤ちゃん赤ちゃん……あの愛しい人との恋の結果よ』


 見てみろ。今度こそうまく乗り切ってやる。生まれたと同時にあのペティナイフでやつの喉元を掻っ切ってやるのさ!


「なあ、そううまくいくだろうか……」


 何も見えない。ただこのメンヘラの感情と、ブラザーの呟きだけが聞こえる。

 ああ、あと三度ほど男のあれがこんにちはーってしてきた。


『きっとお腹の中の子も喜んでるわ』


 しかし、どんな脳をしてるんだこいつ。

 そんな中、ずっと殺すイメトレをしていた。

 僕の顔と部屋中を血痕で真っ赤に染めてまた死んでやるのだ。

 そして、乗り移ってから二週間が経過して。


『……墜ろすか。今の男との子供が欲しいし』


 何……だと……


「恥ずかしながら帰って参りました」

「ね。当たり前のように堕胎したでしょ? 実は今回で三回目らしいよ」

「めっちゃ痛かった……人に非ずって感じの容赦のなさだ……」

「人じゃないからね」

「中絶とか絶対駄目。もう本当無理、世界に広めよう。中絶の恐ろしさ」

「姿が胎児になっちゃったね」

「そうなんだ。うーん、見えてるものに変わりはないし、思考も前のままだけど何か嫌だなあ……」

「いや、あのグロテスクな顔に比べれば、確実にいい姿だよ」

「腕と脚をちょん切られて下腹部を切り落とされた当たりで死んだけど今どんな状況になってる?」

「今回は四肢がちゃんとついてるよ。おめでとう」

「喋れてるってのも変な気分」

「舌と歯がなくたって喋ってたぞ。まあ一方通行な会話ばかりじゃなくなって俺はよかったよ。これからもよろしく」

「……ああ、ブラザー」


 こうしてまたブラザーとのメンヘラ観察の日々が続く。


「なら、死んでやる!」

「ああ! 死ね! 今すぐ死ね!」


 我々は日にちを数えない。やった男を数える。あの中絶から六人目の男だ。

 中絶の時にやっていた男は、中絶を聞いて逃げた。妥当な判断だ。メンヘラはどこぞの警部のように執拗に追いかけ回してたが、本物の警察が介入すれば一気に大人しくなった。グッジョブ警察。でも僕の死体まだ見つけてないよね。この税金ドロボーめ。

 メンヘラが未だに性病にかからないのは、つまり、ブラザーとか僕とかそういう人間を相手にしてるからだ。そういうの察知するレーダーみたいなのあるんだろうね。DTレーダーって言えばまだ体裁あるな。

 因みに六人目のあとの七人目もいるが、今回死ぬ死ぬ詐欺を行うのは、七人目との二股がばれたから。七人目は既に逃げた。

 やれやれ。また薬か。だけど、手につける薬の数は今までと同じく死なない程度。うん。このパターンは逃げられたな。まず、引き止めるような状況でもない。戻ってこないだろう。

 しかし、なかなか死まで追いやられる男が来てくれないものだ。


「あれ? なんか浮いて出てきてるぞ」


 メンヘラの体からひょっこり霊体のようなものが飛びだしている。

 もうやることは決まってる。怒りのままに引っ張り上げるのみ! ブラザーは既に引っ張り上げようとしている。

 すかさず僕も加勢する。霊の胎児にどれほどの力があるのかは知らないが恨みは強い。うんとこしょ! どっこいしょ!


 メンヘラは引き抜けた。

 メンヘラは周りに目をやって現状をすぐ理解した。

 メンヘラは逃げようとした。しかし、まわりこまれた。


「ごめんなさい。けどこれにはわけがあるの」


 その言葉に今まで騙されてきたわけだ。


「何も言わなくていい。わかってるから……なんてレディコミックみたいな台詞を吐くと思ってるのか!」

「おい、こいつはとっくに目が醒めてる。どんな戯言を言おうが聞く耳をもたないぞ」


「いや、これはちゃんと聞いてもらわないと困ります。実は私も彼女に乗り移ったんですよ。胎児の頃にね。乗り移る前はもてない男だったんです」

「なに?」

「なんだって?」


 このメンヘラ。生きてた時は、いつも死にそうな感じだったのに、いざ死んでみれば活き活きし出した。何かが取り払われたかのように雄弁に話す。現に僕たちが憑りついていたのだが。


「申し訳ないと思ってたんですが、本当歯止めがつかなくなっちゃって。面白いですよー! わかってても、やめられないんです」


 そう。まず私も君たちの仲間だ。長い間モテなかった。そんな中、一人の女に思うようにして殺された。時代は違うがほぼ同じようなものだ。

 たぶらかされ殺されたた男は憤りや悲しみのあまり幽霊になる。そして、その思いを糧に他の胎児に乗り移るのだ。

 聞けば、今話題のメンヘラと言うものは全て元凶の女一人によるものだとわかる。

 その昔、あるメンヘラがモテない男に対して非道な殺し方をしたらしい。

 もはや魔女だ。男は、その恨みから幽霊となり女の子となる胎児に乗り移った。

 そして同じような男どもにこの世の地獄を見せた。それがすべての始まりだという。

 そして男はメンヘラになった。そして別の男を殺した。殺された恨みから? 始めはそうだった。でも殺すときは、楽しいからさ。嬉しいからさ。


 メンヘラになってみろ。非常に楽しい。男が全て私にやつしてくれる。全てを捧げてくれる。全てが楽しい。全てが愛おしい。

 元は男を虜にしようと考えていたが、いつの間にか本当にその相手がいないと駄目になってしまうと思い込む。依存し、依存される関係。

 でもその相手は誰だっていい。壊れてしまえば次の男、逃げてしまえば次の男。一人の男が心の中に居座ることはない、けれど相手はずっと私のことを忘れない。その感動。

 私を埋める存在、私で埋まる存在は常にいないと困る。その思いがつい噴出してあなたたちを殺してしまった。


「禍根とか怨念とかそんな煩わしいことを気にすることないんです。ただ一度でいい、メンヘラの気分になってみてください。病み付きですよ。ほら、どうです? 今からあなたたちは私と同じようなことが出来るんです。ずっと見てたんでしょう。それを体験しないなんて私からすればありえない。申し訳ないですが満足した私はもう思い残すことなく成仏します。あとはもうご自由にその場で憤りを募らせるもよし、諦めて成仏するもよし、どこかの女に憑りついても……」


 メンヘラはそうして消えていった。

 言いようのない思いが襲った。選択肢が三つ。どうするか決めかねていたが、ブラザーの思いは固まっているようだった。


「ブラザー。僕には選べません。きっとどれだけ時間を掛けても。ブラザーと同じ方向に進みたいと思います。どれを選んでも文句は言いません」

「聞いてくれ。日本人には特別な考えがある」

「はい」

「自分が不幸だと、周りの不幸も願う」

「まさか」

「そして、もったいないの精神だ」

「まさか!」

「メンヘラ王に俺はなる!」

「ブラザー!!」



 すぐさま、憑りつく女を探しにかかった。道が開けば気分晴れ晴れ。


「あの女の中には双子がいるらしいです」

「いいターゲットだ」


 双子に憑りつくと考えたのは僕の案だった。そうすればブラザーと一緒にいられるという思いもあるが、もっと合理的な考えに基づくものだ。


「どっちも女の子の一卵性です。そして母親の姿を見てください。妊婦であるのに崩れないキレイな体、整った顔立ち」

「どうするって……そりゃあねえ……あれだけの顔立ちと若さなら、相手を見ずしてイケメンだと思うな。見た目から品の良さも出ている。考えるまでもなく決まりだな」

「ブラザーと一緒になれ合えば、どんな男にも地獄を見せられそうだ! 目指すは国を揺さぶるハニートラップ! 最低でもサークルクラッシャーね!」


 そう。メンヘラ一人で男が手こずるのだ。二人揃えば適うものなし。双子ならなお一層――


「よし、これからは双子だ。今までブラザーと呼んでもらっていたが、これからはシスターと呼ぶんだ」

「分かったわ。シスター。どっちが姉になるかわからないけど、これからもずっと一緒にいられることが嬉しいよ!」


 すぐさま、あの妊婦にターゲットを定めた。胎児にとりつく二度目の経験。

 音は聞こえるが、視界は遮られる。思考は出来るが、誰とも会話出来ない孤独な日々だ。


「よう。聞こえる?」

「あれ。シスター。大丈夫です。聞こえます。双子だから通じ合えるんですね」

「生まれるまで退屈はしなさそうだ」

「ですね。よかったです」


『はあ』


「これはなんだ?」

「この母親の心の声ですね。こんな風に頭に響くんです」

「なるほど……なかなか憂いのある美しいため息だな」


『なんとかここまでこぎつけたわ。双子だって彼も喜んでたけど、でもやっぱりこの子たちを産んだら私が整形していたってことばれちゃうのかしら』


「せ、整形だって!」

「くそう! このアマ! 男を騙しやがって!」


 整形。つまりあの美貌が私たちに遺伝されないということになる。


「せめて、彼女がこの双子に死んでほしいと望めば……」

「それは中絶になる胎児の経験がないから言えることだぞブラ……シスター、僕……私は反対だよ」

「う、そうか……」

「私たちは絶世の美人になれないとわかっただけ。普通の顔だってテクによってうまく男を落とせます。そう落ち込まずに」

「世界の三大悪女の二人と称されたかったのに……」

「シスター、夢見すぎですよ……」


『いいえ! ここは一つ、夫を信じるべきよ』


 彼女の葛藤はお腹の中にいるせいか、よくわかった。胸の鼓動はいつになっても安定しなかった。

 そしてついに。


「ごめんなさい。実は私整形だったの」

「何だって!」


 大分成長している胎児だからか、外の声も聞こえてくる。

 ここで気絶でもしたら、流産することになるのだろうか。

 断られれば、きっと中絶だろうか。

 私にもシスターにも緊張が伝わってきた。


「許してくれないかな? 顔よりも大事なものだってたくさんあるって知ったわ」

「そうか……実は俺も整形なんだ……」


 女の思いが伝わってくる、それが逆に私たちを絶望に追いやった。

 整形女の心の声が聞こえてきた。


『私たちは顔に縛られない、真実の愛を知ってるのね!』


「終ったな……何が真実の愛だ……」


 シスターと全くもって同じ思いだ。真実の愛を語るならせめて死んでから言え。殺されてから言え。一言でもこの夫婦にツッコミを入れたいところだがそれは叶わない。

 二人とも整形をしたということは、完全なブサイクの遺伝子を受け継いでることになる。打開策、打開策を考えねば。


「もう私たちはずっとブサイクということになるの……いや、まだ整形と言う手が……」

「整形は駄目だ。折角の双子のメリットが消える。そして男は整形と気づくと一気に引くものだ。一番ちやほやされたい若いうちに整形しても、その噂はすぐに広まる。さらにこの夫婦は自分が整形しているくせに、私たちの整形は逆に許さなそうだ。顔なんか関係ないって言ってな」

「思えば双子で似たような顔に整形してみたとすると、自分の顔に自信があることになりますね。ナルシスト気味だし絶対気味悪いですね」

「モテない男の視点から整形は諦めるしかないんだ」

「じゃあ、私たちはこのままブサイクで過ごすしかないということ……」

「ああ。そうだ。だが、安心してほしい。その状況でもちやほやされる方法がある。もう目指すものは一つしかない」

「……大丈夫。わったよシスター!」


 皆まで言わなかった。

 そう、今度こそ何も伝えなくてよかった。きっと思いは一緒。ずっと一緒になる双子の私たちの間に言葉はいらないんだから。


 私たちが目指すものそれは……


【オタサーの姫!】

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