入学
どうも、緋絽と申します。
思い付いてしまったので、新作いきます!
1話、どうぞっ!
手を振れば、その対象が燃え上がる。物であれ、木であれ、…………人であれ。
だから、もう、力を感情的に振るうことはしないと、誓った。
「新入生、起立!」
掛け声に、会場にいた新入生が一斉に立ち上がる。千人近い人が立ち上がるのは壮観だ。
「これより、国立ガナリス魔法学園入学式を始めます。校歌斉唱───」
つまらないな、とアルニラムは思った。
欠伸をしているこの少年の名はアルニラム・ヴォルグ。空色の瞳は、いつもならもっと好奇心に溢れたようにキラキラと光っている。赤い髪がアルニラムの活発さを表していた。
『くぁぁあああ』
その足元には、同じように欠伸をしている使い魔のルノがいる。見た目は犬に近い。
全寮制のこの魔法学園に入るのは楽しみだった。朝、昼、夕、夜寮という4つの寮に分けられ、それぞれの振り分けは魔力量で決まる。魔力量が一番多いのが朝寮、逆に一番少ないのが夜寮である。
アルニラムは環境が変わるのが嫌いじゃない。でも、いつでもどこでも、入学式はつまらないものだと知った。
「あ、アルニラム、そんな口開けたらばれちゃいますよっ、せめて手を当ててくださいぃっ」
隣に座るシェルティ・ムルメルティーアが慌てたようにアルニラムの口を塞ぎにかかる。水色の瞳は優しく、深緑の髪を二つにわけて括っている。
彼女の使い魔のラニャはのんびりと膝の上に寝転がっている。モルモットのような見た目と大きさは、シェルティにいろんな意味で似合っていた。
『シェールティー。大丈夫だよ、こんなに人間がいるんだもん』
「ラニャ……そういうことじゃなくてですねぇ」
シェルティは溜め息をついた。
入学してすぐに目をつけられたら、どうするつもりなのだろう。
ただでさえ、シェルティは幼馴染みであるアルニラムに付き合っていたために、ガナリスに入学する以前から問題児扱いを受けていたのだ。
そう、アルニラムが、厄介事を引き連れてくるために。厄介事ホイホイか! と何度思ったことだろう。
そして恐らくその情報は、ここにも伝わっているに違いない。
「んんんーダメだ、眠い」
「もー! 声が大きい! ちゃんと聞いてあげてくださいよ!」
お前もな、とアルニラムは思った。
本人はアルニラムのせいで問題児扱いされていると思っているだろうが、シェルティもシェルティで、攻撃魔法をなかなか使わないために単体で問題児として扱われているのだ。
面白いので本人には言っていないが。
「…………だよなぁ。今年は、例のやつも入学してきてるんだろ?」
「うわマジかよ……」
アルニラムは隣の男子達がこそこそ話しているのを耳にした。
盗み聞きではない。たまたま聞こえてしまっただけだ。
「なあなあ! 例のやつって?」
「うわ、な、なんだよ突然」
割って入ってきたアルニラムに、男子生徒が慌てる。
「まあまあいいじゃん! 教えてくれよ!」
アルニラムの勢いに負けた男子生徒はしぶしぶといったように口を開いた。
「悪魔の子だよ」
『悪魔の子?』
ルノが体を伸ばしながら首をかしげる。
なんだその、不吉極まりない名前は。
シェルティとラニャもそんな名前は聞いたことがなかった。
「俺らと同年代で炎の魔法使いなんだけどよ、なんでも人を殺したことがあるって噂だぜ。そんなやつと同じ学校とか最悪だよな。知ってたら来なかったっつーの」
嫌悪感を滲ませた言葉は、かなりのとげを含んでいた。
アルニラムは頭をぽりぽりかく。
「んーと、そいつの名前ってわかるか?」
「えーと、なんだったかな……オーウェン…とか、なんとか……」
男子生徒もきっちりとした名前を知らないらしい。もしかしたら、人伝に教えてもらったものをそのまま信じて、あれほどの嫌悪を滲ませていたのかもしれない。
「オーウェンねぇ……」
入学してから1ヶ月ほど経ったころ。
二人は昼寮に振り分けられた。これは他の人よりも若干魔力が多かったためである。昼か夕に割り振られるのが一般的なため、まずまずの域と言える。
そして、これまでと同じように、シェルティとアルニラムは立派に問題児として扱われるようになっていた。
昼寮のあの二人と言えば、ちょっとした有名人である。
アルニラムは厄介事ホイホイとして、シェルティは授業にも関わらず攻撃魔法を「相手が可哀想です」といって、頑として使わないためである。
周りの人間は思った。
お前、どんだけやられない自信があるんだよと。自分の方が押さえ込めると思っているのか。
「こらー! アルニラム・ヴォルグ!! 帰ってこい!」
教員の一人が顔を険しくして走って逃げるアルニラムを追いかけている。その様子はまさに地獄の鬼のようであった。
「い、いや、違うんすよ! たまたま! たまたま、投げた消しゴムが学園長に当たっちゃったっていうか!」
「アルニラム! わざと当てるなんて、なんてことするんですかー!」
「やっぱりわざとかヴォルグーーー!」
「ちょっと黙ってろシェルティー!」
混乱の一言である。
必死で逃げた二階で追い詰められたアルニラムは覚悟した。
これは、あれだ。もう飛び降りるしかない。
ここで大人しく捕まることを考えない辺りにアルニラムの性格が出ている。
「じゃなっ先生! また明日!」
手摺に手をかけ、その外側に飛び降りたアルニラムに、教員は慌てた。手摺まで走って捕まえようとしたが、僅かな差でアルニラムは落ちていった。
いくら魔法が使えても、二階から飛び降りるのは自殺行為なのである。
絶対に死んだ。もう子供を教えていけない。自分の教師生命は、たった今、終わってしまった……!
そう絶望しかけた教員の目に、華麗に一回転して着地するアルニラムが映った。
「な、なんだあの身のこなし……」
人外過ぎる。
そう呟いた教員の視界から、アルニラムはとっくの昔に消え去っていた。
鈍い音が響いた。
アルニラムはハッとして影に隠れる。まさに曲がろうとしていた角の先から聞こえたのである。
人を殴ったような、そんな音。
こっそり顔を出して見てみると、男子生徒数人が、一人の男子生徒を囲っていた。
一人の男子生徒は青みがかった黒髪を一つに束ねており、瞳は空色であった。
壁際に追い詰められているにも関わらず、怯えた様子もない。赤くなった頬だけが、彼の態度に合わず異様だった。
なんだ?
「お前、調子に乗んなよ。夜寮のくせに、毎日知らん顔で朝寮である俺らの縄張り侵しやがって」
どうやら、複数の男子生徒は朝寮の生徒らしい。
魔力量で割り振られるため、表立ってではないものの、暗黙の身分差のようなものがあるのである。それで勝手に作った縄張りに一人の男子生徒が入ってきていることが気に入らないと言っているらしい。
一人の男子生徒は、チラリと目線をやったあとに興味無さそうに逸らした。
どうでもいいと思っているのがありありと伝わる。
「なんだよ、その態度は!」
それに苛ついたらしい男子生徒が再び一人の男子生徒を殴る。それを皮切りに集団での暴行が始まった。一人の男子生徒は避けるそぶりすら見せない。
アルニラムは決意した。
よし、こいつら、ぶん殴ろう。そうだその権利があるはず、見てイラついたし。
「待てお前ら!」
飛び込んでいったアルニラムは、まさに一人の男子生徒を殴ろうとしていた奴を蹴っ飛ばした。そのまま前にたつ。
「朝寮だからってでけえ顔してんじゃねえ!」
「なんだお前!」
唐突に出てきたアルニラムに複数の男子生徒がざわめいた。
「そんなことどうでもいい! いざっ尋常に勝負!!」
そしてアルニラムは襲いかかった。
───ところが、アルニラムは特に喧嘩が強いというわけではなかった。身のこなしは軽いものの、複数の敵を相手取るほど喧嘩慣れしていないのである。
腹を殴られ、顔を殴られた。それでもかじりついたが、やはりきついものはきつい。
「おい」
初めアルニラムは誰の声かと思った。
落ち着いた、少し低めの声。後ろにいる男子生徒の声だった。
「なんだよ! 今忙しいんだけど!」
「もういいって。逃げろよ」
「うるさい俺は戦うこれは仁義なき戦いだ!!」
呆れたような溜め息が聞こえる。
「……痛くねえのか」
「いてえよ! でも、───俺が退いたら、お前もまた痛くなるだろ!」
やり返さねえしな!
そう内心思っているアルニラムの後ろの呼吸が、一瞬とまった。
「この……っ!」
男子生徒の一人が手のひらをアルニラムに向けた。
魔法を使おうとしている。
それがわかったが、アルニラムはどかなかった。
自分が避けたら、この後ろの男子生徒がもろに攻撃を受けてしまうとわかったからだ。
みぞおちの辺りに空気が渦巻くのがわかった。どうやら風属性の魔法を使われそうになっているらしい。
アルニラムが強く目を閉じて、腹に力を込めた、その瞬間。
周囲にいた男子生徒達のズボンの裾が突然燃え始めた。
アルニラムに放たれるはずの魔法が霧散する。
「うわっ!?」
「────散れ」
自分の後ろから、チリチリした熱さを感じる。低めの声に、ゾクッとしたものを感じた。
アルニラムは後ろを振り向いた。
立ち上がった男子生徒は、アルニラムよりも背が高かった。少し見上げた顔は、声ほど冷酷じゃなかった。
アルニラムに気付いて、何かを思ったように目を眇る。
「なっ、なんだよっ消せよ!」
どうやらこの発火は後ろの奴が魔法でやらかしたものらしい。
殴りかかった男子生徒の一人を、後ろの奴は無駄のない動きでアルニラムの前に移動して、いなした。
さっきまで殴られていたのは、避けられなかったからではなく、放っていたからだったのだ。
それにアルニラムは気付いた。もちろんそれに、他のやつらが気づかないわけがない。
「ひ……っ」
先程までとは打って変わって青ざめて震え始めた。
後ろの奴が一歩前に出て、手のひらを全員に向ける。
「うわぁぁああああ!」
途端に全速力で逃げていった。
アルニラムにしては、ポカンと口を開けるしかない。
この男は、ズボンの裾をちょっと燃やし、殴り返すでもなくいなしただけである。それだけで、あんなに怯えられるものだろうか。
スッと手を下ろした男子生徒が、アルニラムを振り返った。
「……あんた、アホかよ」
「はぁん!?」
仮にも助けに入った奴に言うことがそれか!?
怒鳴り返そうとしたアルニラムに、男子生徒が何かを差し出す。
とっさに受け取ったものは、キャンディーだった。
なぜ、キャンディー。
「一応、助かった。じゃ」
そう言うとさっさと歩き始めてしまった。
ちょっと待て。俺は、お前を知らない。
「あっ、お、おい!」
毒気を抜かれたアルニラムが呼び止めると、男子生徒はそのまま行かずに立ち止まった。
「俺はアルニラム! アルニラム・ヴォルグ! お前は?」
男子生徒がゆっくりと振り返る。
「俺は、オーウェン・スナイザー」
その名が、アルニラムの記憶に引っ掛かった。
次は夕さん!