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ある日の夜、陣痛らしき兆候が出てきた彼女。出産予定日の2日後の出来事だった。翌朝彼女は陣痛だと確信したらしく、テキパキと入院の準備を整え病院に二人で向かった。
初産にしては準備も早かったし、彼女の性格も影響してるのだろう。何の戸惑いやトラブルもなく良い流れで病院まで辿り着けた。
徐々に陣痛が強くなっていく彼女。何も出来ない俺はひたすら彼女が少しでも楽になるようにと尾てい骨付近を押し続けた。
どうやらその付近を押すと少しは痛みに耐えるのが楽になるみたいだった。
後日、指が炎症を起こしたくらい何時間も押し続けて、ギブアップ寸前だったのだが彼女はこんなの比べ物にならないくらいの痛みと戦っているのかと思うと目を背けたくなった。
必死に陣痛に耐える彼女を見て、自分がこんなにも心配出来る女性に出逢えた事に感謝一杯だった。
同時に辛くて辛くて仕方なかった。
苦しむ彼女を助けたくても助けられない。何も出来ない自分。
ただ見守る事しか出来なかった。
途中で何度か一息までついてしまった。指と腕の感覚がなくなってきてしまうのだ。
そんな時、助産師さんからこんな事を言われた。
「旦那さんも少し休み休みやってくださいね。」
『あ、はい。でも俺にはこんな事くらいしか出来ないので。黙って見てるのも辛くて。』
「そんな事ないですよ。色々な人がいますけど、ここまで付きっきりで見守る旦那さんほとんどいませんよ。奥さんも安心して出産出来ると思います。心強い旦那さんがいてくれてますから。」
『そうなんですか。他の人はどうしてるのかわからないですけど。妻に少しでも楽になってもらいたくて。』
男性はみんなこんな風に手伝いながら出来る事をやっているものだと思っていた。
でも中には出産にすら立ち会えない人もいるのだろうし、見てるのは辛いけれどある意味で運がいいのかも知れない。
人生でそうは経験出来ない時間に立ち会っているのだから。
時刻が午前0時を回った頃…。いよいよ分娩室に入る事になった。
ついに待ちに待った瞬間に立ち会える。
看護師さんの声と共にイキミ始めた彼女。最初はコツが掴めないみたいで難しそうだった。赤ちゃんの頭は見えるのだが、イキミ終わると引っ込んでしまう。またイキミ始めると少し頭が出てくるの繰り返し。
医者も仕方なく吸引する器械を用意し始めたのだが、タイミングが良かったのかその直後にコツを掴めた彼女。
さっきまでとは違い、もう出てきそうな状態まで来ていた。
そして…もう一度イキんだ時、頭がスポッと出てきたのだ。
「はい。頭出ましたよー。力抜いて楽にしてくださいね。」
看護師さんはそう言うと、慣れた手つきで上手に赤ちゃんの肩から先を引っ張り出した。
唖然とした。一気に力が抜けたのは彼女よりも俺だった!
(ふぅ…良かった…。沙織も赤ちゃんも無事で。本当に良かった。)
そう思いながら無意識のうちに視線はまず第一に彼女の顔にいっていた。
少し安堵の表情に見えた。
大仕事を無事に乗りきったのだから当然なのだろう。
次に赤ちゃんに視線を向けると「オギャーオギャー」と泣いていた。
小さくて小さくてすごく可愛らしい。俺の希望通りの女の子だった。
赤ちゃんと同時に目線がいったのがへその緒。
(すご…へその緒ってこんなに太いんだ…それに綺麗な色。)
へその緒も胎盤もマジマジと見れたのだが、想像以上に綺麗だった。
もっとグロテスクなものを想像していたのだけれど、そんな事は全然なかったのだ。
普通の産院ではどうかわからないが、ここの産院ではその場で3人で写真も捕ってくれた。写真は嫌いなのだが、不思議とこの時は平然と撮影してもらっていたのだ。心が幸せだったのだろう。
「旦那さん。赤ちゃんの足に名字書いてください。」
そう言ってマジックペンを渡された。
必死に書こうとしたのだが上手くいかない。赤ちゃんが足を動かすのと、ちょっと力を入れたらケガでもさせてしまいそうで怖かった。
しかも腕の感覚がほとんどなかったから余計に難しかったのだ。
でもそれも幸せ。
その怖さも幸せ。
世の中で一番大切な沙織とその赤ちゃん。
最高の幸せだった。
これ以上はないくらいに…。
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そんなこんなで無事に出産も終わった。
真っ先に駆け付けたのは彼女の母親。すごく嬉しそうで、失礼な話なのだが年甲斐もなくはしゃぎ気味なくらいだった。
しかしこの後。
さらに彼女の親への不信感が高まる事となる。
彼女の父親と兄。
なんと来たのは出産の二日後。隣街に住んでいて車なら15分やそこらの距離。
彼女の母親のように夜中でも駆け付けるのが普通だと思う俺は間違っているのだろうか。
新幹線や飛行機を使う距離でも次の日に飛んでくる親もいるだろう。
(そんなに俺が嫌いか……。)
そう思ってしまうのは必然的だった。
この出来事があったから今現在でも「孫」とか「可愛い」という発言があると不信に思う。
(その可愛い孫には、大嫌いな俺の血が流れてるのですが…。)
もう崩壊は止められない所まで来ていた。
彼女の実家の隣街に引っ越してきたのを本気で後悔し始めたのはこの頃からだった…。




