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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
9/59

第八話   平穏な日々

今回、少し短いです。

「それより、ああも皆に行動不能になられるの、困るわね。貴方の顔、どうにかならないかしら?」


 イーシャの口から、ポロっと本音がこぼれ出た。

 言葉に出してしまってから、酷い事を言ってしまったと気付いて蒼褪める。

 イーシャは恐る恐る、ほんの少しだけ目線を上げて、カタストロフの様子をうかがった。


「俺に仮面でもつけろと言うのか? 儀式するのでもないのに」

「仮面なんてあったかしら?」


 全く気にしてないようだ。

 そして彼にとって顔を隠すと言えば仮面、仮面と言ったら儀式を連想するらしい。


 残念な事に、ディアマス王都では仮面をつける儀式・祭典は存在しない。

 他の街出身者なら祭用とかで自分の仮面を持っている可能性は十分あるのだが、王城に仕官する際にわざわざ持参する者はいないだろう。

 神聖な儀式用では無い、どちらかと言うと嗜好品に当たるような仮面ならば有力者は持っているかもしれない。

 しかし、王城の宝物庫には確実に無いだろう。

 夜会なんて年に数えるほどしかないうえ、代々のディアマス王家の人間は武人肌の人間が殆どであるから。


 仮面をつけて歩き回られても、別の意味で通りすがる者を硬直させそうだ。

 ただ、カタストロフの美貌による衝撃より、立ち直るのは何十倍も速そうである。

 良い案だと言うのに、現物が無い。


 イーシャにしても、面倒をみる関係上ずっと直視しないというのは難しいのだ。

 この顔は隠してくれた方が、正直助かる。


「……あるかどうか調べさせとく。ところでク―。いつから勉強始めたい?」

「早い方がいい」

「分かった。昼食後辺りまでに用意するわね」


 それまでに将軍としての書類仕事を終わらせないと。

 今日付けで本来の職務に復帰しているが、幸いと言っていいものか。

 イーシャには、休暇を取るために進めて置いた分がある。

 結局一日しか休んでいないから、一週間は余裕だ。


 ピタ。

 カタストロフの動きが止まった。フォークが皿の少し上でゆらゆら動く。


「? 今の時代は昼も食事するのか?」

「あぁ。この辺りでは一日三食よ。地方によっては違うわ」


 どのぐらい必要なのか分からず、多めに出した夕食を全て一人で片づけたので健啖家だと判断し、二人分持ってきたが違ったようだ。

 一日三食口にする人間と、二食の者では一回に食べる量が異なる。

 今も円卓テーブルの上のモノは半分以上、既に彼の胃袋に収まっているから、イーシャは言われるまで誤解に気付かなかった。


「どうする? 昼は食べる?」

「食べる。しばらく世話になるんだ。風習には従うさ」


 ふと。

 イーシャは今更ながらある事に気付いた。


 引きずるほど長い鎖が付いた、カタストロフの手枷と足枷。

 見た目は錠部分以外むしろ装身具のように優美であるし、妙に似合っているので拘束具と感じないが、どうしても途中で引っかかるだろうに。

 どうやって服を着替えたのか?


「その服、切れ込みなんてあったの?」

「無いぞ」


 唐突な質問の意図を素早く読み取ったのか、カタストロフはあっさり答えた。


「この八の呪具は見た目と違って、全て同じ材質で出来ている。命素マナを視覚と触覚に反応するまで高密度に凝縮させてたものだ。こうやって見せれば分かりやすいか?」


 カタストロフは食器を置くと、鎖を握って振り回して見せた。

 無音。

 見た目通りに金属ならばするであろう音が、全く聞こえない。


「見えて、触る事は出来るが、物質化までには至っていないから重量が無い。水蒸気や冷気なんかと同じ状態だ。だから物は引っかからないし、着替えに支障は無いな」


 イーシャは絶句した。

 やっぱりクーはただものじゃない。

 そう再認識すると、湯気の出なくなった蜂蜜入りの薬草茶をグイっと飲み干した。





 カタストロフは頭の回転がずば抜けて速く、記憶力が良かった。

 天才肌の異母兄を連想してしまい、イーシャはわずか嫌な気分になったが、気を取り直して教えたところ。

素人教師イーシャの慣れない不器用なやり方でも、あっさりと五日で一つの言語を習得した。


 今使われている言語の元となっている古代語を網羅もうらしており、多少変化した発音の仕方や新しく作られた言葉などに引っかかったりはするものの、現代語訳された本と古代語の辞書を一緒に渡してみれば半日立たずに読破してくる。


 知的好奇心が強いのか、はたまた何か考えがあるのか。

 他の多くの現代言語に興味を示し、一月の間にどんどん習得していった。

 はたからその様子を眺めていたイーシャにとっては、空恐ろしいまでの早さで。


「おい、イーシャ。これ、もしかしたら俺の事かも知れんぞ」


 教え始めて五日目の昼。

 カタストロフは分厚い聖典をイーシャに寄越よこした。


 この大陸では一般的に主流ではないが、世界三大宗教の一つアース神教の聖典だ。

 どの客室にも、三大宗教の聖典が一冊ずつ置いてある。

 カタストロフはそれを見つけて、言語読解力の上昇のために一人で読んでみたのだろう。


 発生が古いため、現代の感覚で言うといささか読みにくい聖典は、信者や学者で無い限り敬遠されがちだ。

 おまけに長い。

 これを一人で読破した事の方に、イーシャは驚いた。


「ここだ、読んでみろ」


 カタストロフは聖典を開き、金属製の栞が挟んであるページを示した。


「これ、終末の章? クー、これがどうかしたの?」


 一瞥してから、イーシャはカタストロフを見上げた。

 見事な金色の眼は、濡れたように艶めく長い前髪で覆い隠され、彼女からは見えない。

 その下の、鍛冶師が使うようなレンズ部分が黒い幅広の眼鏡ゴーグルで見てとれなくなっている。


 顔の半分が見えなくなった事で、カタストロフの迫力の美は数段抑えられていた。

 それでも絶世の美貌である事には変わりなく、気を抜くと見惚れてしまうのは変わらない。

 ただ、意識を奪われるといった付属効果がなくなったので、すぐ我に返れるようになった。


 仮面は結局城内には無く、誰かに買いに行かせるというイーシャの報告に、何やら考え込んでいたカタストロフは一夜明けたらこうなっていた。


 髪質が真っ直ぐに見えるくせ毛で、実は長かった前髪を利用し、仮面代わりにしたのだ。

 やり方は簡単で、大判の頭布を巻きつけてフワリとしていた前髪を押しつぶし、飾り紐で固定。これだけで、カタストロフの鼻先まで隠れた。

 仮面をつけるより、見た目にも怪しくない。

 眼鏡ゴーグルはイーシャの発案だ。髪だけでは薄く目元が見えるので。


「いいから早く読め」

 

 イーシャ自身は精霊信仰だ。

 アース神教について、大まかな事は知っている。聖典も、参考のために読んだ事はあった。それが由来の魔道具が、それなりの数であるからだ。


 読みにくくて好きじゃないんだけどなー。

 しぶしぶと、イーシャは再び書面に目を向けた。


「<……世界が悪徳で満たされ、世界樹が枯れ果てる時、最後の審判があらわるる。

  終わりの神が、終末の幕を引き――>

 んんー? 終末の幕引きカタストロフって、これ?」


 この聖典の神の名は、古代魔道文字ルーンの読み方を引き継いでいる。

 終わりの神の名はアルウェスとなっているが、カタストロフという単語も同程度に出ていた。


 『カタストロフ』の音を、古代魔道文字ルーンでそのまま当てはめると、意味は『幕』だ。

 単語にすると解釈が広がり、開幕で始まりとか、終幕で終わりとか区切りの際使用するので、わりと呪や術式で使われている事が多い。


 古代魔法語にすると綴りの違いで意味が微妙に分かれる。

 始まりの終わり。終わりの始まり。

 名前としてつけるなら、かなり不穏な印象を受け取るものであった。


「貴方は神かもしれないというの?」


 そういえば。

 イーシャはある事を思い出した。


 目が覚めてすぐの時、カタストロフは「お前達が神と呼んでいる連中」と言ったのだ。

 イーシャもフィアセレスも彼に見惚れていて流したが、あの言い方からすると神ではなく、強力な力のある民族の一つと受け取れる。

 そうだとすると、精霊ルビエラが人間呼ばわりしたからと外していた『神』という種族候補がひどく有力になってくるのだ。


<この存在こそ咎なり>


 不意に、イーシャの脳裏にあの遺跡で吐いたきいたコトノハがよぎった。

 もしかするとアレは、終末を示唆する言葉だったのかもしれない。

 イーシャは小さく震えた。


「単なる可能性の話だ。終末などバカバカしい。瘴気も減ってるし、世界樹が枯れて壊れるほど世界の強度は脆くなってないしな」


 そんな風に、一見穏やかな日々は流れて行った。

 カタストロフに関するような事が載った古代書は見つからず。

 一ヶ月経って、ようやく城内の者が彼の存在と対応に慣れた頃、その日はやってきた。


 各民族長を集めた、定例議会の日が。




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