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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
8/59

第七話   カタストロフ

もう少しであらすじに追い付きそうです!!

「ルビエラ?」


 イーシャが困惑もあらわに声をかけると、火の王は肩をすくめて見せた。


「名前かどうか分からないけど~、周りがカタストロフって呼んでたから私もカタストロフ様って呼んでるよ~」

「違和感が無いから、そう呼ばれてはいたんだろうな。名前なのかどうかは分からないが」


 青年は軽く握った左手を顎にあて、首を捻った。


 いくつかの質問を浴びせたところ、青年――カタストロフに知識は残っているが、自分自身の記憶が欠落している事が分かった。

 世間で言う記憶喪失だ。


 何故ルビエラが分かったのだと聞くと、精霊力の大きさから王と判断したのだと言う。

 見覚えはないものの、火の王の名前はルビエラだと知っていたので、そう呼び掛けた。

 起きてすぐに口走った事柄を指摘すると、エーリスという知人に嵌められた覚えがあるが、それっきり記憶どころか意識が無くなっているそうだ。

 エーリスという人物の事を尋ねると、またしても首を捻っていた。

 外見と名前以外分からないと。


 フィアセレスもルビエラも、彼が封印されていた理由は知らないという。


 この状況でイーシャが取れる道は限定されていた。

 何もなかった事にして帰るか、フィアセレスに彼の世話を頼んで帰って調査するか、彼を連れて帰って調査するかだ。

 調査するならば、知っていそうな各民族の長達に協力要請も合わせてしなければならない。


 遺跡の封印を解いてしまった事で、フィアセレスにはもう充分に迷惑をかけている。


 イーシャは溜め息をついた。

 連れて帰ったら大変だろうな。そう思ってしまったから。





 妙な所で息を継ぐイーシャの呪文を聞きながら、彼は思考を廻らせた。


 呪具のせいか、身体が重く殆ど力が入らない。

 この呪具は、一つで全体の『力』を半減させるもの。八個あるので、今扱えるのは全力の二百五十六分の一だ。

 世界に意識を溶かせば、憶えているより格段に弱くもろい。


 既に神と呼ばれる存在が確認されなくなって、かなり経つという。


 世界の強度と、大気中のマナの密度から考えて、十分に納得のいく事であった。

 世界が支えるのに耐えきれなくなる時期が迫ってきていたから、世界樹の入口を通って別世界に移住したのだろう。

 血に異常が出始めて滅びの道を歩みかけてはいたものの、滅んだにしては早過ぎる。


 瘴気しょうきが激減している理由は分からないが、どうやってか浄化したようだ。

 知っていたものより、随分と空気が柔らかい。

 たまには良い事をする。

 憶えているというより知識から、彼はそう感心した。神の認識は、強力な能力持ちだがハタ迷惑な民族というものなので。


 それにしても。

 ちらり、と彼はイーシャを横目でみやった。

 少し似ている、あの裏切り者に。

 よく見れば、姿形も『力』の質も全然別人だと分かる。髪の色と肌の色が同じせいで、ぱっと見た印象がそっくりなだけだ。


 イーシャは彼にとって、一応恩人に当たる。

 あの遺跡から解放してくれたのだから。


 エーリスをかぶらせてはいけないと思うものの、イーシャは見ているとどうにも怒りが湧いてくる。

 彼女はエーリスではない。

 この感情は八つ当たりであって、実に失礼だ。

 何かもう少し思い出せれば、イーシャに苛立つ事もなくなるだろう。


 始まりの終わり。終わりの始まり。


 どちらの意味にせよ、カタストロフとはいやな呼び名だ。

 厄を封じる意味での名前や称号ならいいのだが、もしも役割であったとしたら不吉すぎる。

 とにかく、思い出す時間はあるのだ。

 焦る必要はない。

 そう考え、彼は身体にまとわりつく脆弱ぜいじゃくな魔力に身を委ねた。





 台車から手を離すと、イーシャはゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 僅かな躊躇ためらいの後、華やかな意匠を凝らした両扉のノッカーを音高く鳴らす。

 応答を待たずに扉の片側を開け、台車を後ろ手に引きながら室内に足を踏み入れる。


「おはよう。よく眠れた?」

「それなりには」


 淡々とした声でこたえ、カタストロフは頷いた。


 窓から差し込む爽やかな朝陽の光に照らされた彼は、常にそうだが絵に留めたいほど麗しい。

 どんな天才画家でもそう思い、その美の片鱗へんりんすら写し取れない事に絶望して、首を吊りかねないが。


 直視は駄目。絶対。

 心の中で唱えながら、イーシャは円卓テーブルの傍に台車を停めた。

 覆いを外し、せっせと二人前の朝食を並べていく。


「服のサイズはどう?」

「長さは問題ないが、幅があまるな」

「それなら、針子に調整させるわ。午後に来るよう手配するから」

「いい。どうせ役に立つとは思えん」


 ごもっとも。

 声に出さずに、イーシャは同意した。


 イーシャは昨日の時点で、カタストロフの服を作らせようと手配を行ったのだ。

 しかし、その結果――意気揚々と現れた針子達は、彼に見惚れて生ける石像化してしまったのである。


 こっそりと深く息を吐き、気を取り直すとイーシャは茶器の蓋をとった。

 前もって温めてあるから、熱湯を注ぐだけでいい。

 簡単なれ方は母に習ったので、彼女にも出来る。


「じゃあ、自分で調整できるものと飾り布なんかで誤魔化せるものを用意させるから」


 かおり高い茶葉の香りが広がる。

 充分蒸らす必要があるので、蓋をして布を被せると砂時計を逆さにし、イーシャは食器を並べ始めた。


「昨夜はちゃんと完食してたみたいだけど、苦手なものはあった? その前に、食器は使えたかしら?」


 イーシャは、別に彼を馬鹿にして言っているのではない。

 過ごしていた時代が違うのだ。

 今使われている食器が無かったり、地域独自のものを使っていた可能性はある。


「今のところ苦手に感じるものはないな。食器についても問題ない――ところで、一つ聞いていいか?」

「何を聞きたいの?」

「何故、お前が来る」


 ぴたり。

 イーシャは、茶器に伸ばそうとしていた手を止めた。


「お前が下働きのような事をする必要はないだろう。そんな身分でも地位でもない。なのに何故、わざわざ俺の朝飯の準備などする?」


 カタストロフは別段皮肉を言っているのではない。

 彼女を馬鹿にしている様子が、一切見受けられなかった。


 イーシャは蒸し終わった薬草茶をカップに注いだ。

 この薬草茶はクセが強く目を覚ますのに最適だが、舌が合わないものにはつらい。用意していた牛乳と蜂蜜の小瓶を添えて渡す。


「それはね。他の人に任せると、何もしないからよ」


 カタストロフはそのまま飲んで、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。


 帰城すると、イーシャの予測通りの事態が引き起こされた。


 カタストロフを見るなり固まって動かなくなったシウスを、移動の邪魔だったので気絶させて転移し、そのまま医務室送りにした後。

 イーシャは帰還報告と、謁見要請をした。


 要請が即受理され。


 謁見に居合わせた人々は全員カタストロフの美に敗北した。

 レスクを含め、武官・文官、民族・性別問わずに魅了されて。近くに居る者達は気絶し、その他大勢は呼吸する石像化したのである。

 イーシャが報告し始めると反応を表わす者達が出たが、位置が遠く特に精神力が強靭きょうじんな数人だけだった。


「遺跡で封印されていたこの方を、偶然解放する事になりました。

 この方に以前の記憶は無く、封印理由は不明。

 ですので、私が責任を持って城内の一画に住まわせ、理由が分かるまで様子を見るのが妥当と判断し、こうしてお連れしました」

「……そ、それは確かに必要な処置ですが、姫さ――いえ、将軍。事実ですか?」


 頬を染め、明後日の方向に目を向ける宰相オースガルド。

 妻である降嫁した第一王女セーマゲルタ以外の前では鉄壁の無表情という彼の噂は、見る影もない。


「はい。事実に相違ありません」


 とんでもない事態だった。

 対象が何でも、封印されるにはそれなりの理由がある。


 記憶が飛んでしまっている影響のせいなのか、地がそうであるのか。

 カタストロフは基本、無表情で淡白な性分らしいものの、極めて理知的で冷静だ。

 彼自体に関しては今のところ危険は無いと訴えかけ――袖を引かれ、イーシャは振り返った。


 背後にはカタストロフが居る。

 それは分かっていたので、イーシャの視界は床に固定。足枷の鎖は腕の物と同じく彼の身の丈近くあり、邪魔ではないのかと不意に思う。


「何語だ? 前は人型の種族全部と一部なら魔獣の言語も話せたはずだが、さっぱり分からん」

「現代大陸共通語よ。貴方がここで住めるよう手続きしてるだけ。分からないのが気に食わないなら、これが終わってからでも勉強すればいい事でしょう?」

「それもそうだな」


 カタストロフは大人しく引き下がった。彼の低く響くうたうような調子の古エルフ語の影響で。

 バタリ。

 また一人、床と仲良しなった。


 視線をオースガルドに戻すと、目の焦点が合わずにぼんやりしている。

 ごほん、ごほん。

 数回大きく咳払いして注目を集めてから、イーシャは発言した。


「今のところ、この方が暴れ出すような危険はありません。事態を悲観するだけでは時間の無駄になります。

 来月、各族長達との定例議会が予定されていましたね?

 各地に連絡を入れ、彼、カタストロフについての調査を願い出てはいただけないでしょうか?

 詳細は明日書類で提出いたしますので、それを参考にして下されば結構――陛下、許可して下さいますか?」


 レスクは、ぎこちない動きで頷いた。

 かろうじて、話は王の耳に入っていたようだ。

 形としてはちゃんと承諾が取れたので、これ以上ここに留まっている理由もない。

 さっさと居なくなった方が、正気に返る時間も早いだろう。


 イーシャはカタストロフを連れて、彼女の居住区間の空いた客室に移動したのだが――それからが問題だった。


 身の回りの物を整えるべく、身長から見繕った数日分の衣装を運び込ませるのと一緒に、服を作らせようと呼んだ針子達は役に立たず。


 城内の案内をさせようと人を呼んだものの、やはり前例にならい――結局イーシャが案内人となった。そんな散歩中に通りすがりのカタストロフを見て、王城内の機構が次々と機能停止。途中で切り上げる事になった。

 気疲れしたイーシャは彼を部屋まで送り届け、他の手配をし。

 レスクに提出する書類を作成すると、ゆっくり風呂に入って寝た。


 一夜明けて、気力と平静を取り戻した彼女は不安になって厨房へ向かった。

 その結果を聞いて、朝食を届けに来たのである。


 話を聞いたところによると、案の定、夕食を運んだ給仕はカタストロフを見るなり失神。

 給仕が意識を取り戻すと、廊下で休憩用の長椅子に座らされ、すぐ傍の壁際に空になった皿と使用済みの食器が載った台車が停めてあった、という報告を受けた。


 世話をするという目的が、全く果たされていない。

 王城の者が対処(直視しない)を覚えるまで、私がやるしかない。

 イーシャはそんな結論に至った。


「昨日、今の言葉を覚えたいような事を言っていたけど、どうする? 覚えたいなら教えるわ」

「助かるな。色々ありがとう」

「別に感謝されるような事じゃないわよ。か――」


 簡単な事しか出来ないし。

 そう言いかけ、イーシャは固まった。

 うっかり、カタストロフを直視してしまったのである。

 会話中に動かなくなったせいか、微かに不審げな金の眼差しがジッと注がれた。

 ややあって、カタストロフが呟く。


「もしかして、俺の名前が言いにくくて舌でも噛んだか? そうなら、言い易いよう勝手に呼んでくれ」


 遠くにある皿を取ろうとしたのだろう。

 カタストロフは腕を伸ばしたが、その拍子に袖にナイフを引っ掛けて、床に落とした。

 ナイフを拾おうとしてか、屈み込む。


 視界から彼の姿が消え、イーシャはようやく我に返った。


 何を話していたかをしばし考え込み、反芻はんすうする。

 また同じ目に遭わないとも限らない。

 イーシャは、手元の薬草茶へ蜂蜜を混ぜる事に集中した。


「じゃあクーって呼ぶから。文句は受け付けないわよ」


 確かに長いので、彼の名は呼びにくい。

 正確な綴りが分からないので、呼びやすさ重視。

 ぱっと思い浮かんだからという適当さで、イーシャは呼び名を決めた。


 イーシャはカタストロフではなく、グルグル回る薬草茶の中に目を向け続けているので、どんな反応が返ってきたのか分からない。

 声に出しての反対は無かったので、承諾されたと判断する事にした。




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