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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
7/59

第六話   ご機嫌なルビエラ

アクセス解析をして総合PVに驚いた作者です。


呼んで下さってありがとうございます。

また少し長くなりました。

「あ~!! やっぱり、カタストロフ様~!」


 甲高い声と同時に、イーシャの目の前に巨大な炎が発生する。

 瞬時に炎は晴れるが、代わりと言うように一人の女性が出現していた。


 鮮やかな紅玉ルビー色の腰まで届く豪奢ごうしゃな巻き毛、大粒の柘榴石ガーネットを思わす双眸をキラキラ輝かせている妙齢の長身美女だ。

 ふっくらとした紅い唇、ヒラヒラした薄手の朱いドレス。褐色の肌以外が全てが色彩の異なる赤で構成されている。

 彼女は一点を見つめると、床から三十セトほど浮いたまま、滑るように移動していった。


「カタストロフ様~!」


 心話ではなく、直接耳に響いたルビエラの声に。

 イーシャは茫然自失ぼうぜんじしつから立ち直った。


 何か肩が重い。

 イーシャが目を向けると、フィアセレスの姿があった。

 ここまで移動してきて、担いだまま下ろすのを忘れていたようだ。

 当のフィアセレスはイーシャの首に手を回した状態で、まだ茫然と中心地に目を向けている。


 とりあえず、イーシャは彼女をそっと下ろした。

 フィアセレスが自分で立っているのを確認し、手を離す。

 

 イーシャは中心部、というより何やら楽しそうな赤い人物に目を向けた。


「ルビエラの知り合い?」


 心話は『紅の刃』に直接触れてないと出来ないが、常にルビエラと同調しているので彼女もイーシャと同じものを見る事が出来るのだ。

 勝手に具現化されたのはさすがに初めてだが、その気になればルビエラは今のように実体をあらわせる。ただし、『紅の刃』からあまり遠くまで行けない。


「あら~? カタストロフ様、眠ってるの~?」


 イーシャの声が聞こえていないわけがないのに、質問の返答はない。

 ルビエラは実に楽しそうな笑顔で床に沈んでいる人物を、ちょん、ちょん、と指先で突いている。しっかりと力を制御しているのか、炎は出ていなかった。


「や、やめてルビエラ! 起こさないで!」


 厳重に封じられていた、火の王ルビエラの知り合い。

 単なる人間である可能性は、まるでない。


「分かったわ~。確か、人間って必要があるから眠るんでしょ~?」

「そ、そう。だから自然に起きるのを待ってちょうだい」


 新情報。

 どうやら、一応かの存在は人間の括りに入っているようだ。


 イーシャは溜め息をつくと、混乱の極致といった様子のフィアセレスに振り向いた。


「とりあえず、場所を移しましょう。私が言うのもなんですが、ここにいても何も出来ません」

「……そうですね。火の王が、何か知っているようですから」


 イーシャは疲れていた。

 あの『力』を受け入れていた肉体的なものと、予測外の事態が起こってしまった衝撃という精神的なものの両方だ。

 これ以上無駄に気力や体力を削られるのは真っ平である。

 とりあえず、この遺跡から出れば肉体疲労はどうにか回復可能だ。


「ルビエラ。その人をここまで抱えて持ってきてくれる?」

「は~い」

「着いたら教えてね」


 ぎょっとするフィアセレスを視界の端にとらえながら、イーシャはスッと目を閉じた。

 シリスの街にある転移の方陣を脳裏に思い浮かべながら、呪を唱える。

 転移するならば、あの悪路を歩かなくて済むし、一瞬だ。


「イーシャちゃん、来たよ~」

「<――開け、空間の道標――>」


 合図と共に、イーシャは術を起動させて周囲三メート内の対象ごとその場から転移した。




「あの遺跡は、神々が創り上げたもの。何千年も前から、あの地にありました」


 長椅子に深く腰かけ、フィアセレスはそう語った。

 手もたれを握りしめた拳が白い。

 相当な力を入れて握っているようだ。ついつい長椅子から身体を起こして、る方向を見ないようにするために、必死なのだろう。


 そうイーシャは推察する。

 全く同じようにして彼女も在る方向を見ないようにしているから、その自己攻防を指摘出来ない。


「やはりそうでしたか……今回の件で樹海に影響が出たら、報告を御願いします。私の名と命に代えても補償させて頂きます。元は私の我儘が原因で引き起こされた事態――それくらいしなければ、私の気が収まりません」


 遺跡は気の遠くなるほどの時間、樹海の一部となっていた。

 その遺跡から、ごそっと魔力とその他の力がなくなったのである。周辺に何も影響が起こらないという事は考えにくかった。


「謝罪は受け取りました……今は先の事よりも、彼の事をどうすべきか考えましょう」


 フィアセレスは左に目線を動かしかけ、慌てて右を向いた。


 彼女から見て左、イーシャから見て右に一人用の寝台ベットがある。

 今その寝台には、一人の青年が横たわっていた。

 寝台の傍には椅子があり、そこにルビエラが座って今にも歌い出しそうに機嫌良く、青年をじっと眺めている。


 実はルビエラが羨ましい。

 同じ行動を取りたいが、イーシャがそんな事をしたら遺跡の時のように意識が飛んでしまうのがオチだ。


「ねえ、ルビエラ。彼はどういう人なの?」

「カタストロフ様はカタストロフ様だよ~」


 ルビエラは青年から視線を外さない。


「でもびっくり~! エストキリアが凍土化したな~って思ってたら、姿を見なくなっておかしいと思ってたけど。あ~んな所に封印されてたなんて~!」

「エストキリアって?」

「えっと、確か氷大陸って今は呼んでるとこ~」

「……具体的にはどれくらい前なの?」

 

 むむ。

 ルビエラの眉間に皺が寄った。


「三千年から四千年くらい前じゃないかしら~」


 範囲が広過ぎる。

 精霊にとって時間の感覚は薄いようだ。


 ルビエラから得られた新たな情報からして、彼を封じたのは神で決定である。

 その時代ならば、まだ神が世界で存在を確認されていた頃だ。


「どうして、この人の事を知ってるの?」

「綺麗だから~」


 おそらく精霊ルビエラの言う『綺麗』はイーシャが使っている容姿を誉める意味とは違う。

 ルビエラの姿形は多くの人間達の想像した火の王を写しているものであって、実は性別すらない。

 性別の無い精霊にとって、美醜感覚は極めて必要ないものだからだ。

 とにかく、青年は精霊であるルビエラが気を止めるほど何かが綺麗なのだろう。


 容姿の意味でも間違っていない。


 青年の存在感は圧倒的の一言だ。

 空気に混じって彼の身体から放射される、恐ろしく強大で凄まじく純粋に透き通った力波は重量が感じられるほど。

 形の良い丸い耳に、それぞれ意匠の異なる耳飾りピアスが左右に二つずつ。

 複雑な文様を刻んだ赤銅色の首環トルク

 長い手足にはどっしりとした頑丈そうな錠が填められ、細く長い鎖で左右が繋がっている。

 そして、右の中指と左の親指に聖銀ミスリルの指環。

 どれも、強烈極まりない封印具であった。


 彼がまとっている衣装は材質が分からないものの、無地で細工らしきものはない。格好から分かるような、身分を証明する物はなかった。


「目を覚ますまでどれぐらいか、分かる?」


 額から汗を流し、青年を見ないように努力を続けるフィアセレス。

 その努力をあざ笑うかのように、平然と青年を見つめて、ルビエラはわずかに首を傾げた。


「ん~……なんかまぶたがぴくぴくしてるし、身体も動いてるからもう起きそうよ~」


 無情な答えに。

 イーシャは思わず、ルビエラに固定していた視線を動かして青年の方を見てしまった。

 その瞬間、その超絶美形っぷりに意識が白く染まり――ゆっくりと開かれた焦点の合わない眼と、視線が交わった。

 かすかに潤んだ形の良い眼の瞳の色は、透明感のある赤の強い金。いわゆる、『皇帝』インペリアルトパーズのような美しい色彩だ。


焦点が定まり、イーシャを認識したその眼に浮かんだのは――はげしい怒り。


「エーリス! お前、よくも嵌めやがったな!!」


 早口の古代魔法語で、青年は怒鳴った。

 老若男女の区別なく腰が砕けそうな低く深い美声だが、声音にひそむ怒りは尋常ではない。殺気すらはらんでいる。


 状況が分からず魅了状態のイーシャに何を思ったか、青年は上体の力だけで立ち上がった。

 手足の長さから身長が高いのは分かっていたが、男性として見ても、かなり大きい方だろう。二メートありそうだ。


 ルビエラが立ち上がり、青年の前に立ってイーシャを後ろに庇うとブンブン両手を振った。


「違うよ~。よ~く見て。ちょっとは似てるけど人違いで~す」

「……エーリスじゃない?」


 鋭い眼差しが、イーシャの顔を中心に上下する。

 やや経って、青年の顔から怒りがスッと消え失せた。

 イーシャから完全に興味の失せた様子で、訂正したルビエラに青年の眼差しが移る。


「こんなに植物の力に満ちた場に、何故お前がいるんだ? ルビエラ」


 精霊語に切り替えて、青年は尋ねた。

 詩を吟ずるような滑らかな言葉に、ルビエラが嬉しそうに微笑む。


「この子が持ってる剣が私の寝床なの~。一応、契約もしてるから仮の主とも言えるかしら~」


 精霊はあらゆる言語を理解するが、話せるのは精霊語のみ。

 イーシャのように契約した相手には、契約対象の最も耳慣れた言語に聞こえるだけで、実際は違う。

 イーシャは契約しているから、なんとか精霊語が分かるというレベルで話せない。


 そもそも精霊語を話すには先天的な適性がいる。

 そして精霊に対し、精霊語で接するという事は相手を尊重して対等以上の扱いをしているという意味合いだ。ルビエラが嬉しそうにするわけである。


「そうか……ここは何処だ?」

「え~と、昔で言う、マナの聖域の中よ~。今はバテユイ樹海って呼ばれてるけど~」


 青年の眉が思い切りしかめられた。眉間の皺が、悩ましい。

 次に、フィアセレスに青年の目が向いた。

 ひぅ。

 咽喉のどに詰まったような短い悲鳴が、エルフ族長の口から漏れる。

 

「そこの森の民。答えろ。俺はどうやって解放された? アレはお前達が神と呼んでる連中が、数年かけて完成させたものだぞ」


 今度は古エルフ語が低く響く。

 異なる難解な言語を苦も無くさらっと使っている事から、青年がずば抜けて明晰めいせきである事も確定した。


「…………ご説明、させていただく前に、その……私を見ないで下さいませんか?」


 数分の沈黙の後、そうフィアセレスが訴えた。

 彼女の翡翠色の瞳が潤んで艶めき、顔は上気している。

 気長に返答を待ってた事から推察するに、慣れているのだろう。

 青年はあっさり頷くと、誰もいない窓の方向へ顔を向けた。


「これは私見ですが……封印は、同調現象により解かれたようです。貴方と、私の正面に居るイスフェリア。魂の波長か気の波動か脳波のいずれかが、あるいはその全てが酷似こくじしているのでしょう」


 フィアセレスはイーシャが硬直しているのに、ようやく気付いたらしい。

 長椅子から立ち上がって、彼女の肩を揺さぶりながら説明した。


「貴方の力が外に、イスフェリアを介して生じた衝撃で、封印の一部が破損しました。全てで一つの封印法だったようで、そのまま自壊していったように私には思えたのです」

「ほー」


 感心したように青年は呟くと、おもむろに目を閉じた。


 瞬間。

 イーシャの内側に圧倒的な『力』が満ち溢れていく。

 覚えのある凄まじい激痛が、頭を貫き、全身の毛穴から汗が噴き出す。

 あまりの刺激に硬直が解けて、イーシャは土気色に顔を染めて必死に椅子に齧りついた。

 そうしなかったら椅子から転げ落ちていただろう。

 驚いたフィアセレスの支える手が、ありがたい。


「……確かに。同調してるな」


 素晴らしい美声と共に、イーシャの内にあった『力』と痛みが消え失せる。


 実験された。

 そう思い至ってイーシャは憤りを覚えた。

 怒りで気力が湧き上がってくる。


 激痛にかすれた声で小さくフィアレスに礼を述べると、イーシャは勢い良く立ち上がった。

 震える己の手足を心の中で罵りながら、乱れた息を整える。

 直接視界に入れないよう念じながら、青年のいる方角をきつく睨みつけた。


「私はイスフェリア=キュオ=イムハール=ディアマス。イーシャと呼んで。種族は夢の民よ。貴方は誰?」


 古代魔法語は話せるが、呪文以外実用した事が無いので発音に自信はない。そのため、イーシャは古エルフ語で尋ねた。

 怒りにまかせて敬語はやめた。


 青年は数秒の沈黙を挟んで、ゆるゆると首を振る。


「名前……分からないな――俺は、誰だ?」



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