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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
6/59

第五話   最も美しさ存在

完成したら0時に予約投稿する事にしました。


毎日更新を目指して描き貯め中です。

 精神攻撃。


 エルフ族長の様子に、まずイーシャはそう考えた。

 遺跡内は濃厚な魔力に満ちていて、彼女では索敵が難しいから魔物が住みついていても、おそらく気配を感じない。

 戦闘態勢に入っている今でさえ、目の前に居るフィアセレス以外に気配を感じないのだ。

 襲いかかってくるような空気の流れすら、読み取れない。


 これは問題だ。

 『紅の刃』を持っている状態のイーシャは、敵の呪による精神攻撃をくらっても通じない。

 自動的にルビエラが弾く。


 背後にフィアセレスを庇い、イーシャは前進した。


 前方は巨大な空間が広がっている。

 ようやく、通路ではない場所まで辿り着いたのだろう。

 漂う冷気が霧のように視界を妨げる。

 上方は晴れているのに不思議な事だ。

 そこまで考えて、イーシャは頭の中が真っ白になった。


 自身の意識とは関係ないところで涙がこぼれ落ち、視線が一点にのみに吸い寄せられる。


 いにしえの昔。

 かつて森の民が魅せられた<最も美しき存在>が、そこに在った。


 半円ドーム型の天井から幾百もの鎖が垂れ下がり、極大の氷塊を覆い包んで支えている。

 天井には一見模様と見紛みまごうほど、びっしりと隙間なく力ある古代魔道文字ルーンが綴られ、ライン化して魔法陣に組み込まれていた。

 魔法陣は幾つもの三角や四角を内に重ね、描かれた八芒星。


 極寒の永久凍土に在るかのように、上空にある巨岩ほどの氷塊はそのまま形状を安定化させている。

 その氷の中。

 まるで琥珀こはくに閉じ込められた虫のように、だらりと手足を伸ばし眠っているような人間が透けて見えた。

 距離も遠く、天井までの高さが少なくとも二十メートあり、氷塊を覆う鎖に紛れていて見えにくいというのにも関わらず、はっきりと見える。


 表現できないほどの美しさだ。何を言っても薄っぺらになってしまうほどの、圧倒的な美。

 涙が出るのは感動故だろう。


 夜の闇よりも深くくらく艶やかな漆黒の髪。

 最高品質の磨きぬいた黒壇に、柔らかさと瑞々しさを含ませたような肌。

 皮一枚の誤差も許されぬ、奇跡のようなバランスで形成された姿。白っぽい衣装を着ているように見える。

 氷と距離に遮られ、性別までは分からない。


 ガクガクと激しく体を揺さぶられ、イーシャはようやく思考し始めた。


「…………この人、人間、かしら?」


 更なる強烈な刺激が、イーシャを襲った。


 パシ! ごっ!

 高い音に続いて鈍い音。ほぼ同時に、イーシャの右頬と左の頬というより顎にはしる痛み。


「人間、のように見えるけど……この美しさ、不可能よね……もっと傍で見れば分かるかも――」


 そう呟いた時、イーシャの視界が突然塞がれた。

 ひんやりとした細い指が、両目を覆っている。

 抗議の怒気を隠さず撒き散らし、イーシャは邪魔な手を除けると振り返った。


「邪魔しないでよ! せっかく見てるのに!」


 そこに居たのはフィアセレスだった。

 真剣な表情で、イーシャの様子を観察するかのように見ている。


「確かに、素晴らしい光景です。私もそう思いますよ。とはいえ、死ぬまで見つめているおつもりで?」


 うっ、とイーシャは鼻白んだ。

 いつのまにか、床に座り込んでいた。『紅の刃』を床に落として。

 どれほど見入っていたのか、首の筋が酷く痛む。

 フィアセレスは手加減せずに力を入れて叩いたのか、顔の痛みも凄かった。

 触れずとも分かるくらい熱を持っているので、きっと腫れているだろう。


 フィアセレスに大きく揺さぶられて、わずかに頭が働くようになったものの、目が離せずに動けなかった。

 時間の流れも五感も思考さえ、全て消し飛ばされて魅了される。


 そうか。

 イーシャはようやく理解した。あの一文の意味。


 <最も美しい存在という意味を正しく十全に理解した上で>


 その言葉は、死の警告。


「申し訳ありませんでした、フィアセレス様。正気に戻して下さり、ありがとうございます」


 フィアセレスが止めてくれなかったら、警告の示唆しさする通りになっていただろう。

 契約したとはいえ、イーシャは『紅の刃』を触れていない限り、ルビエラと心話も出来ないので助けはない。


 己の死に気付かぬまま見惚れ続ける。

 それはそれで幸せな死に方かもしれないが、それを考えるとイーシャの頭は冷えた。


「それはお互いさまと言うものです。私も貴女で視界を遮られ、左足に『紅の刃』の柄が落ちるまで同じ状態でしたから」


 フィアセレスはそう言って、立ち上がると歩き出した。


「遺跡を観察するのでしょう? くれぐれも、上を見ないように気を配って下さい」


 イーシャは頷いて、立ち上がった。


 『紅の刃』を回収し、床を見ながら慎重に奥へと進む。

 入口を経過すると、視界を遮っていた冷気が消えた。

 侵入者除けのために呪が掛かっていたのだろう。

 前が見えなければ、自然と視線は上に行く。単純だが、性質の悪い仕掛けだ。


 中は広かった。

 王城にある儀式場よりも広い。

 ここが遺跡の中心地で、間違いなさそうである。


 中央まで来て立ち止まると、イーシャはぐるりと周囲を見回し、観察を始めた。


 広さは降りてきた通路を足して考えてみるに、地上の草原がすっぽり収まるほど。

 水晶に包まれたマナの木が八本。

 天井に描かれたものと全く同じ八芒星の魔法陣が床を覆い、マナの木はその頂点部分にそれぞれそびえ立っている。

 壁にも古代魔道文字ルーンがびっしりと浮かび上がり、一つ一つが寒気がするほどの魔力を放出していた。


「これは……どれほどの魔力総量になるの?」


 基本的に、魔法陣は複雑で強大なほど作用する力が増大する。

 角の多い八芒星で、綴られ方からすると効力は、表裏合わせて十二乗だ。


 マナの木から放出されるマナが、陣に導かれて巡回する毎に増幅されていく仕組みになっている。

 上空にある鎖や氷塊にも何らかの術式が施されている気がするので、全て合算すれば天文学的な数字になるだろう。

 マナの木を包む水晶も、魔力を高める性質を持つ。


「あ、地上部分も何か施されてそう。そうなると――」


 魔力の最低量の計算を始めたイーシャの思考に、痺れるような頭痛が割り込んだ。

 先刻から感じ続けていたモノの比ではない。

 あまりの激痛に頭を抱えるようにして、その場に座り込む。


「イスフェリア? どうしました?」


 慌てた様子で、フィアセレスが支えの手を伸ばしてきた。

 彼女の触れた部分だけ、熱を帯びて暖かい。


 ルビエラのおかげで暖かいはずなのに、全身が冷たく、イーシャの視界が暗く光る。

 まるで、低血糖か貧血を起こしているような状態だ。

 じっとりと汗が噴き出し、妙に聴覚が冴えて自身の呼吸する音すら気に障る。


「なに、これ……私の身体、どうしてこんな……?」


 イーシャの頭痛は酷くなる一方だ。

 痛みに紛れて凄まじい勢いで、何かの紋様と音としてではない『声』が脳裏を埋めていく。


 いにしえの、力ある言葉ことのは

 博識なイーシャにとっても、ただの紋様としかとらえられないほど古き文字が、ただの音の連なりでしかないはずの言葉が、どうしてか意味も発音の仕方も理解できた。

 意識しないままに、それらの言葉が、色を失った唇からこぼれ出る。


「――この存在こそとがなり。

   知ることなかれ。近寄ることなかれ。見ることなかれ。触れることなかれ――」


 フィアセレスが息を呑んだ。その美貌が強張り、土気色に近いほど血の気が引いていた。

 イーシャの両肩に手を置くと、彼女は華奢な体格に似合わぬ力で揺さぶってくる。


「口を閉じなさい! 神の言葉を世界に出してはならない!!」


 ちゃんと聞こえているのに、イーシャは反応出来なかった。唇が紡ぐ言葉を止められない。


「――解き放つことなかれ。

   時足らずして、この場から放たれたのならば。

   大いなる厄が目覚め、覆うであろう――」


 心臓の音が聴こえる。

 己の身体の中を廻る血の流れる音すらも。今のイーシャには聴こえていた。


「――我等は此処に示し、残す。

   不幸にして幸いなる者よ。我等のコトノハを唱える者よ。

   心せよ。覚悟せよ。その身に余りある力を受け止めることを――」


 イーシャはようやく気付いた。


 恐ろしく純粋で、膨大な『力』が身体の隅々まで広がり廻っている事に。

 彼女の許容量を遥か上回る『力』に身体が負荷を訴えているのだ。

 即座に内側から破裂してもおかしくない、空間すら引き裂いて歪ませるであろうほどに巨大な『力』が言葉を紡がせている。


「――理解せよ。るがいい。

   聖と邪を開放するものよ――」


 増大された聴覚が、遠く、何か薄く硬いものが割れたような、小さな音を拾う。

 同時に、イーシャの身体を蝕んでいた『力』が消失した。


「――願わくば時よ。十全に満ちていよ。

   大地よ。放たれし存在を。力を。受け入れてあれ――」


 『力』の消失と共に、頭痛が消えて感覚が元に戻る。

 その事にイーシャは安堵するよりも、ゾッとした。

 正面に居るフィアセレスと、思わず顔を見合わせる。

 エルフの族長はイーシャに負けて劣らず、今にも気絶しそうな顔色だった。


 ピキピキ。

 窓ガラスにヒビが入ったような音が響く。

 二人は同時に上空を見上げた。


 氷塊に巻きついていた数多あまたの鎖が、ピキぺキと高く澄んだ音をたてながら、ゆっくりと虚空へ消えていく。

 鎖が全て消え失せると、蜘蛛の巣のような細い亀裂を刻みながら氷塊が落下してきた。

 物理原則に逆らい、ゆっくりと。

 砕けて小さくなった氷の粒が、キラキラと降り注ぐ。


 徐々に大きさと高度を失っていく氷塊。

 落下予測地点は、ぽかんと大きく口を開け、仲良く座り込んだイーシャとフィアセレスの真上だ。


 口の中に入った氷の粒の冷たさによって、イーシャは我に返った。

 フィアセレスを担ぎ上げ、出入り口まで走って退避する。

 エルフ族長は全身鎧より軽い。


 氷塊は五メートほどの幅と厚みと高さを残し、床へと到着した。

 その刹那せつな、マナの木が水晶ごと一斉に砕け散って見る間に粉々になり、上下左右の魔法陣が光り輝く。

 光は凝縮し合って、氷塊へと注がれていった。


 あまりの光の強さにイーシャが目を閉じ、再びまぶたを上げたその時には。


 魔法陣どころか、直接刻みこまれ浮かんでいた古代魔道文字ルーンも魔力の欠片どころか、その場から何一つ無くなっていた。

 中心地に横たわる、ただ一人を残して。



イーシャは普通に力持ちです。

フル装備(全身鎧)の時でも走れます。

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