第三話 リア・ノインの知らせ(前)
またしても間が……Orz
ラススから届いた親書をレスクに渡した翌日の昼過ぎ。
リア・ノインが彼女との会談を希望している事を知らされ、イーシャは政務をキリのよいところで中断する事にした。
イーシャには風の民族長であるリア・ノインと、直接接するような必要がある職務はない。
よって、今回のリア・ノイン訪問はアルウェスに関連する事だと彼女は早々に検討をつけた。
「分かったわ。それで、リア・ノイン殿は今、何処におられるの?」
「は。『三角形』の方でお過ごしです」
『三角形』とは、民族長達に用意された元迎賓館の宿泊施設の呼び名の事である。
「そう。なら……今から一時間後に、カタストロフ殿を連れて私から尋ねると、リア・ノイン殿にお伝えして」
イーシャは書類の進行状況と、リア・ノインの側の準備の事を考慮してそう伝えた。
カタストロフの現在地は不明だが、ここ数カ月の生活で、普段彼が居る場所などはだいたい見当がつく。そもそも、カタストロフ自身が非常に目立つ存在なのだから、彼の居所を探し当てるのに、そこまで時間はかからないだろう。
約束の時間に間に合わなくなるギリギリまで見つかりそうになかったら、念話で『三角形』にすぐ向かうよう伝えればいいだけだ。
イーシャはそう判断した。
「御意。そのようにお伝えします。では――」
礼をして立ち去る兎耳をしたバーンの男――『三角形』職員を見送ると、イーシャは紙面に目線を戻した。
そのまま、ぽつりと呟くように、傍で彼女の補佐作業をしているサラに向けて告げる。
「――サラ。聞いていたわね」
「はい、イスフェリア殿下。会談後、本日はお戻りになられないと判断してもよろしいですか?」
「そうしてくれる?」
リア・ノインとの会談に時間がどれだけかかるかは未知数だ。
内容によっては、いろいろと調査や段取りが必要になる可能性だってある。
「では、イスフェリア殿下が直接処理する書類以外は私どもの方で進めておきます」
「お願いね」
「はい。お任せを」
サラから返った力強い了承の言葉に、イーシャは満足げに一度頷くと、中断していた手元の書類の処理を再開した。
書類作業を早々に切り上げると、イーシャは後をサラに任せて、カタストロフを探しに向かった。
カタストロフは、役職自体は彼女の特殊な補佐官ではあるが、イーシャが王城から出ない限りは普段明確な仕事はない。
故に、普段自分が好きなように過ごしている。
この時間帯なら、彼に与えた部屋で過ごしているよりも中庭でぼんやりしている可能性の方が高い。
そう考えたイーシャが向かった先――中庭で、庭師達の目撃証言を募るまでもなく、入口にほど近い場所であっさりと目標の姿を発見した。
目的のカタストロフはベンチに腰かけ、ウトウトとまどろんでいる真っ最中だった。脱力しており、今にもカクンと頭の位置が落ちていきそうだ。
雲一つ無く晴れ渡る青空。
過ごしやすく、天気の良い昼下がり。
昼寝には持ってこいの陽気だとはイーシャも認めるところだが、本格的に寝られたら困る。
「――クー! リア・ノイン殿が来られたわ! (私に)話があるそうよ!」
別に間違っていないと考え、イーシャが主語をあえて抜いたせいか。
カタストロフの丸くなっていた背筋がシャンと伸びて、だらりと力なく投げ出されていた長い四肢にすぐさま活力が戻った。
カタストロフにとっても、リア・ノインからわざわざ呼び出される心当たりは一つだけだ。
進展があったものと瞬時に判断して、夢の世界に旅立ちかけていた意識が現に戻ったのだろう。
整った口元から漏れた低温の美声には、眠気の欠片も見当たらなかった。
「分かった。イーシャ、何処に行けばいい?」
「『三角形』よ。約束の時間まで少し早いから、ゆっくり歩いていきましょう」
カタストロフは頷くと、変な姿勢で居たため凝ったのか、ぐるりと首を回すと立ち上がった。
ディアマス王家に所属するイーシャは、どの道を通って歩いていけばどれくらいかかるのか、息をするように自然と思い至る。
約束の時間には少しだけ早い――と、いった時間帯になるように心掛けたイーシャ主導で、2人は『三角形』に辿り着いた。
職員の先導のもと、最上階に滞在しているリア・ノインの下に移動する。
応接室で待っていたリア・ノインは、相変わらず踊り子を彷彿とさせる様子の、際どい位置までスリットの入った目に鮮やかな原色のドレス姿だった。
髪と同じ金色の羽毛質の翼が、ドレスの色にとてもよく映える。
両手にキラキラと輝く幾つもの細い腕環が、彼女が少し身動ぎしただけでも擦れ合って、しゃらしゃらと楽器のような美しい音を奏でた。
そんな腕環と比べて、リア・ノインのほっそりとした右足首にある護符らしき複雑な飾りのついた艶消しの金の足環は、ただ1点のみである。
それ故、逆にイーシャの目についた。
「――お久しぶりですね。リア・ノイン殿」
「久しぶり。イスフェリア、それに氷魔王」
リア・ノインは、ふんわりと微笑んで朗らかにイーシャへ挨拶を返した。
特に焦りや暗さの見て取れない彼女の様子からして、格別深刻な状況の話というわけではなさそうである。
「風の精霊が不自然な動きをしている場所が分かったの」
イーシャとカタストロフが長椅子に座るなり、対面の背もたれの無い椅子に浅く腰かけたリア・ノインはそう切り出した。
椅子に背もたれがないのは、畳んでいる翼をぶつけないためだ。
風の民の象徴ともいえる翼は、火の民と同様に血も通っているし、しっかりと痛覚がある。
「その場所は、この大陸内でしょうか?」
つい昨日、別大陸の親書が来たこともあって、イーシャはそう尋ねた。
ブルートゥスなら何とかなるが、違う大陸にあるのなら場所が把握出来ていても、そこまで辿り着くまでの手続
きが桁違いに面倒になる。
「違う。でも、何処の大陸でもないの」
リア・ノインが言うには、元々風の民の間で不思議がられていた場所であるそうだ。
厳密に言うならば、不思議に思っていても、ちょうどマナの通り道であったこともあって、詳しい原因究明をしようとしていなかったと言う。
カタストロフの件があってから初めて、その現象に風の精霊が関わっていると判明したらしい。
「その場所はアーリと言う。スノーンとブルートゥスの中間にある、百年くらい前に廃棄された私達の祖先が作った街よ」
「……なるほど。廃棄された空中都市か」
カタストロフの呟きに。
リア・ノインは大きく頷いた。
風の民の街は、基本的に上空にある。
ほとんどの街の土台に『浮遊石』という、魔力を込めれば込めるほどと高く長時間浮き上がる性質のある魔石を大量に使用しているせいだ。
何故、そんな魔石を土台に使っているかと言えば、他の民に気兼ねする事なく、自由に唄うため――これに尽きる。
毎日唄わずには居られないハーピィ達は、自分達の唄う歌が撒き散らす濃密な魔力が、他の民族にとって迷惑であると自覚はしている。
最初から他の民が生息していない空中に住めばいい――そんな風に、浮遊石が発見された数千年前から決断し、自分達の住居を上空に構えているのだ。
とはいえ、好奇心が赴くままの旅も大好きな民族なので、放浪中の風の民が引き起こす狂乱の歌声被害は無くなることはないと思われているが。
動力源たる風の民が住んでいないのに、百年以上空中浮遊を続ける街――マナの通り道であったとしても、怪し過ぎる場所だ。
「私がアーリまで導くから、移動については心配しないで」
そう続けたリア・ノインの言葉に。
イーシャは小さく首を傾げた。
空中にあるだけあって、転移の陣が形成されていないハーピィの街は、空を飛べる彼等以外の民にとって侵入不可能である。
魔物や魔獣の侵入避けに、土台の浮遊石に魔法陣を描き、特殊な結界を張っているせいだ。
当然の事ながら、イーシャもカタストロフも正確な位置すら知らないので、風の民の導き手が必要となる。
とはいえ、廃棄された街であるので、何らかの機密があったりするわけはない。
そういったものがあれば、とっくの昔に運び出すか、処分してあるはずだ。
風の王が封じられているかもしれないという可能性はあるが、カタストロフが封じられていたような光の民の遺跡というわけではない。
風の民族長が自ら案内するほどの重要な場所とは言えなかった。
何か、リア・ノインが案内人でなければいけない他の理由があるのだろうか?
「リア・ノイン殿。何か問題が?」
そう判断して尋ねたイーシャに、リア・ノインは苦笑して頷いた。
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