エピローグ
とりあえず、エンドマークです。
予告通り、第一部完的な終わり方。
「ルビエラの『紅の刃』は火山のマグマの上に浮いていたと伝えられているわ。水の王の『蒼の閃』の方は、スアウ様に聞いた話だと海底に突き刺さっていたそうよ」
「――という事は。他の精霊王達も、それぞれ己の属性の力が濃い場所にいる可能性が高いという訳だな」
麗らかな昼下がり。
お菓子と茶器の乗った台車の前に控えたシイルを視界の端に。
イーシャは長方形の卓に世界地図を広げ、だらりと長椅子に座るカタストロフと真面目に話し合いをしていた。
「クー。これが今の世界地図よ。
貴方が言っていたように、精霊王達の宿る石がこの大陸のみに隠されているだなんて、楽観視は出来ないわ。マナが異常発生している所、精霊の力が強い所とか、知っている所があったら教えてちょうだい」
カタストロフは身を乗り出した。
その両の手を繋いでいた鎖は無く、手首に嵌まっていた手枷も今は無い。
カタストロフが言うには、アクエリオス用の水晶の中に、『蒼の閃』を安置した時点で砕け散ったという。
「……俺が封じられる前には存在していた大陸が一つ、海に沈んだのか無くなってるな」
地図を見ていたカタストロフはそう呟いた。
嘘を言っているとは思わない。
彼が光の民に封じられてから、実に三千年以上の年月が過ぎ去っているのだ。
その間に地殻変動を受け、世界の形が変化していたとしても不思議ではない。
ただ、イーシャとしては沈んだらしい大陸の何処かに、精霊王の封じられた石が無い事を祈るのみだ。
さすがに、深海にある大陸などへ探しに行くのは困難である。
「スノーン大陸のラスス皇国には個人的な伝手があるから、該当しそうな石を調べてもらえなくもないわ。ただ、あちらの国で国宝扱いされている可能性もあるから、入手が難しい事に変わりは無いけど」
「別に場所さえ分かれば問題無い。俺が奪いに行けばいいだろう。どうせ、再封印に使うものだ。関与を疑われたとしても、現物はディアマス王城には無い」
イーシャは頭を抱えたくなった。
カタストロフの言っているのは正論である。
暴論であるが、世界の明日が懸かっていて、どこぞの宝物庫で後生大事に安置されているより、本来定められた役目を果たしてもらうべきだ。
しかし。やろうとしている事は文明社会にあるまじき、野蛮な窃盗である。
カタストロフが素顔さらして侵入すれば、どんなに堅固な場所にあろうとも奪取は容易い。
下手すれば、彼が居なくなった後、神が降臨したとかいう騒ぎになりそうだった。
宝物庫が荒らされていても、神が自分の所持品を取りに来たという事で済みそうな予測が出来て、イーシャとしては降臨に慄く人々の想像だけで、胸が罪悪感に締め付けられる。
「クー。それは最終手段だから。まだ何処からも情報は入って来てない状況なの。魔大陸の国や南大陸の国の宝物庫破りに行かないでよ。お願いだから」
「? 別に今すぐ行く気は無いぞ」
カタストロフは顔をシイルの方へと向けた。
さっとシイルは素早く優雅に移動し、カップの受け皿を彼の前に置くと、そのまま高い位置でカップに茶を注いだ。
中身はニン茶だ。
シイルから聞いたところによると、口の中がさっぱりする点がカタストロフのお気に入りらしい。
コトリ。シイルの手で本日のオヤツ、カカオを生地に練ったケーキが二人の前に置かれる。
「それに、どこぞの宝物庫にあったとしても、気にする事は無い。その場合、お前が世界に還った後に盗りに行ってやろう」
カタストロフは宝物庫破りを諦めてはいないようだ。
エーリスが言うには百年以上、現段階でもアルウェスの結界は無事に維持出来るとの事である。
当ての無い状態が続いてイーシャが死んだら、その方法も検討するのだろう。
アルウェスの封印で、一番切羽詰まった問題を抱えているのはカタストロフである。
最終手段としてなら仕方が無いのかもしれない。
諦めと共に、イーシャはそう考えた。
「ところで、お前の部隊の定期駐屯を断ったと聞いたが?」
「……誰に聞いたの?」
「アルフェルクといったか? 昨日、中庭に寝に行ったらお前の兄と言う男に出くわしてな。妹がいつも世話になってるって言う挨拶と一緒に聞かされたぞ。あまり将軍としての正規職務を断るとお前の立場が危険になる、と心配していた」
イーシャはギリギリと手の中のフォークを握りしめた。
偶然ではない。
アルフェルクはカタストロフの昼寝場所である中庭など、普段出没しないのである。
おそらく王太子は水の民関係の仕事の処理で忙しく、イーシャの居住区に来る余裕が無いから、彼の執務室近くの中庭へ頻繁に訪れるカタストロフに伝えたのだろう。
「次は断らなくて良い。情報が数カ月程度遅れた所で、封印はびくともしない」
そう。
イーシャが断ったのは、カタストロフが公的に彼女の部下になったためであった。
役職名は特別補佐官といい、イーシャ以外の命令を受けつけない。
彼女以外の命令を聞く事にすると、闇の民を筆頭に精霊を宿す民族が猛反発をしかねず、ただでさえ意欲が高くない本人が職務放棄しかねないため、殆ど名ばかりの専任職だ。
基本、イーシャの王城以外の場所に向かう際に着く護衛と言っていい。
彼女がディアマス王城から長期間移動すると、一緒についてくる立場になっているのである。
各民族長達に精霊王の宿る石、精霊力のおかしな場所の捜索を頼んでおり、少しでも情報が入り次第ディアマス王城を訪ねてもらう事になっているのだ。
情報を必要としているカタストロフが不在などという事態は避けたい。
そう考えたからこそイーシャは断ったのだが、内情が分かっていても王太子は不満だったらしい。
「例え、百年以上の余裕があったとしても、私は貴方を解き放った一人。出来るだけ早く、貴方を封印から解放してあげたいと考えるのは悪い事かしら?」
「悪くは無い。気持ちはありがたいくらいだ」
カタストロフはサクッと、ケーキにフォークを突き刺した。
もぐもぐと芸術的に整い過ぎた口元が動き、胃袋にケーキが消える。
「――でも、まだ当分エーリスに会いたくないのも事実。あいつから逃げる準備もしたいから、焦らなくて良い」
イーシャはその発言に、かくっと右肩を落とした。
真剣な表情で言う事ではない。
気を取り直すようにニン茶をぐっと飲み干し、カタストロフを見つめる。
「ねぇ。どうして逃げる必要があるの? 彼女は封印の中枢なのに」
「――甘い。甘すぎるぞ、イーシャ。あの女は、最終的に自分の我を通す奴だといったはずだ」
バン! と、珍しく感情の高ぶりもあらわに長方形の卓を叩き、カタストロフは言い切った。
近寄ってきたシイルに空の皿を差し出し、ケーキのお代わりを貰う。
ぐさり。
カタストロフが逆手に握りしめたフォークが、ケーキに深々と突き刺さった。
「最終的に再封印が完了したら、あいつも外に解き放たれるに決まっている。そうじゃなかったら役目を引き受けないだろう。光の民の中でも、エーリスは上位実力者だったからな。
アクエリオスにはその場合足止めを頼んでおいたが、念には念を重ねてこの世界からの逃亡準備をしておくべきだろう。先手は既にエーリスの方が取っているんだ。あの女に付きまとわれながら余生を生きるなんざ、冗談じゃない」
そういえば。
イーシャは思い出した。
再封印の第一段階が終わった後、カタストロフはまだ王城に滞在中だったオーウェンを訪ねていたのである。
どうやら、闇の民の見つけた新天地という名の異界に逃げるつもりであるらしい。
彼の言うとおりならば、エーリスの愛はただでさえ利己的で重い上に、随分と執念深いようだ。
知人の誰もいなくなった世界に二人きり――小説ならば、異母姉弟でも愛が生まれかねない状況だろう。
しかし、カタストロフは過去の経験からくる頑固なひきこもり体質。
押せば押すほど自分の中に引き籠って出てこなさそうなのは、付き合いの長さで分かりそうなものなのに。
もしかすると、エーリスは全て分かっていて強引に振る舞っているのかもしれない――その方が落とし甲斐があるから、と。
「……異世界まで追いかけてきたりして」
「おぞましい事を言うな! イーシャ。
とにかく、別段情報収集に時間がかかろうとも俺は気にしないからな」
多分、エーリスはカタストロフの逃亡計画も視野に入れているのだろう。彼が彼女の計画を察知出来るのなら、その逆も然り。
そう思ったが、イーシャは特別補佐官の精神安定のため、口を閉じる代わりにケーキを頬張った。
拙作をここまで長々読んで下さり、本当にありがとうございます。
読んで下さった全ての方に感謝を。
張った伏線はほぼ回収できた――と、思います。
回収していない+続きはエクストラとして、章管理を行い、この話の下に書く予定です。
続きは、構成がやたら甘い+思いつき状態で書きなぐってある状態。
文章として起こすのに時間がかかる+リアルが非常に忙しいために、お待たせする事になりそうです。 朔夜