第四十六話 火の王の贈り物
遅れてすみませんでした。(TwT)
鞘がある程度の音を防いでくれていたのだろう。
イーシャが抜刀し、遮る物が無くなった『紅の刃』から響く共鳴音が強くなった。
カタストロフの手に持つ『蒼の閃』も、張り合うかのように音色を強める。
不思議と、強まった音色に不快感は無かった。
「反属性なんだから、正反対の方向にあるって事よね?」
「そうだろうな」
イーシャは同意を得られたので、前回ルビエラ殺害未遂の発生したマナの木のある方向を指差した。
「昨日来た時、あのマナの木が『紅の刃』とルビエラ、双方に反応を示したわ。多分、火の精霊王の担当場所なんでしょ。私はあっちに行く」
実体化していたルビエラが接触した瞬間に、拘束されたのだ。
彼女自身が、あの木の傍に居なくてはいけない気がする――と証言している。
十中八、九、ルビエラの安置場所だろう。
「そうか……何か仕掛けてあるかもしれない。警戒を怠るなよ」
「分かっているわ」
真剣な声音で注意を促してくるカタストロフに、神妙な顔でイーシャは頷いた。
前回と同じく、魔法陣を踏まないように足元に注意しながら、一番近い位置にある水晶入りのマナの木へ向かって歩く。
イーシャの握った『紅の刃』は水晶に近づけば近づくだけ、共鳴音を強く高く響かせ、彼女の顔まで伝わって来るほどの熱気を発した。
顕著な反応を示したのは『紅の刃』のみでは無い。
マナの木を包む水晶の色が紅く光を帯びていき、まるで脈打つように明暗を繰り返す。
あと半歩といった所で、イーシャは足を止めた。
ゆっくりと『紅の刃』を振り上げ、紅く光る水晶に剣先をそっと触れさせる。
その瞬間、ドロドロと『紅の刃』の刀身が溶け出した。
「ル、ルビエラ。これってどういう事!?」
驚いて、イーシャは知ってそうなルビエラに問いかけた。
――あ~……そういえば。
ヴィルが、本当の刀身をさらしたままだと危険だからって覆わせたのよ~――
「危険!?」
相変わらず緊張感の無い、のんびりとした思念で教えられ。
イーシャは目を瞬かせながら、ゆっくり溶けて床に落ちていく鋼の刀身を見つめた。
流れ落ちる鋼の光沢が無くなると、一回り小さな刀身があらわになる。
目映く輝く、宝珠と同じ素材――紅い金剛石で形どられた刀身だ。
刀身の長さに比べて幅が薄く、剣として振り回したらポッキリ折れてしまいそうに繊細な拵えである。
魔道具であるからには簡単に折れはしないだろうが、偽の刀身の失せた『紅の刃』は見るからに芸術品といった様子で、頑丈さは明らかになさそうだ。
炎滅王はその点と、財宝として扱われかねない事を懸念し、刀身を覆ったのだろう。
真の姿をあらわにした『紅の刃』は『蒼の閃』に負けず劣らず、絢爛豪華であった。
そして、偽の刀身が消えた事により、共鳴によって放たれる音と熱気が更に増す。
「うぅ……暑い~」
溶鉱炉の傍にいるような暑さにぐったりしながら、イーシャは『紅の刃』を更に突き出した。
さくり。
まるで熱した刀身に斬られたバターのように、あっさりと水晶が刃先を呑みこんで。今までにないほど水晶が強く光り、『紅の刃』を取り囲むように八つの金色の炎が発生する。
既視感のある光景に、イーシャは慌てて『紅の刃』の柄から手を離した。
一歩分後ずさり、熱気からも少し離れる。
それだけで随分と暑さが和らぎ、イーシャの全身からどっと汗が噴き出した。
金色に光る炎は、それぞれに光線で繋がり合い、『紅の刃』を中心に閉じ込めるような八角形の結界を形成する。
ずるり。
水晶に突き刺さったままの刀身が不可視の力で引っ張られ、水晶の内部にあるマナの木の幹に向かって飛んでいく。
幹に突き刺さった瞬間、マナの木が爆ぜて金と青銀色に光る粒子を大量に撒き散らし、空気に溶けるようにして消え失せた。
視界を灼き尽くすような紅い光が、儀式場全体に閃く。
咄嗟に閉じた瞼の裏まで到達した光が完全に消えるのを待ってから、イーシャは目を開けた。
あまりに鮮烈過ぎる光を至近距離で浴びたせいか、十分に時間を置いたというのに、未だ視界がおかしい。
ちかちかする。
上手く視えないので、イーシャは目を閉じて数秒待ってから再び瞼を押し上げ、周囲に目を向けた。
「……ルビエラ」
目の前に存在した水晶の中に、爆ぜて消え失せたマナの木に代わるように、具現化したルビエラが顕われていた。
具現化していても、実体化はしていないのだろう。
渦巻くように水晶内で踊る命素の、金と青銀の粒子に取り囲まれた彼女の肌は淡く光を放っていて、質感がまるで見受けられない。
人々が思い浮かべる精霊のそのものの様子だ。
ルビエラは目を閉じ、胸の位置で両腕を曲げ、『紅の刃』を両の手のひらに載せた体勢で沈黙している。
纏っている巫女服によく似た格好も合わさって、まるで神に供物を奉げようとしている厳粛な儀式中の神子のようだ。
イーシャは目を閉じ、集中すると目の前にいるルビエラに語りかけた。
――ルビエラ。私の声は聴こえている?――
――聴こえているよ~。イーシャちゃん――
先程より若干聞こえにくいが、ルビエラの声がイーシャの脳裏に浮かんだ。
個人契約による繋がりは、光の民による術式機能でも断ち切れなかったらしい。
――水晶の中はどういう感じなの?――
――割と快適ねぇ~。
この場に縛られている感じがするから、移動は出来そうにないわ~。
そうだ!! イーシャちゃん。
このままだと私との契約が、私に理があるだけで意味無いものになっちゃう~。
だから~、私の下僕を貸してあげるね~――
ルビエラはあっけらかんとした様子で、とんでもない事を言い出した。
確かに、結界内に『紅の刃』ごと彼女が取り込まれてしまった事で、イーシャの持っていた個人戦闘能力が激減している。
しかし、代わりといっては何だが、イーシャにはカタストロフの守護があるのだ。
現時点で封じられているエーリスを除き、この世界最強人類であると言っても過言ではない氷魔王様がついていてくれるのである。
そうそう困った事にはならない。
――ルビエラの下僕って……――
――媒体は……うん。ちょうどいい物があるわね~。
イーシャちゃん。目を開けてちょうだいな~。あ~、動いちゃだめよ~――
ルビエラは答えてくれなかった。
イーシャは思念で直接、精霊の核に語りかけているのである。聞き逃しはありえない。
イーシャは溜め息を吐くと、ルビエラにせがまれるまま目を開けた。
彼女の視覚を共有する火の王は、視界の端に入った物体に満足げな思念を放つ。
――ねぇねぇ、イーシャちゃん。
溶けてた金属、触ってくれる~?――
ルビエラの断られるとは思っても居ない様子に、イーシャは苦笑した。
このやり取りが最後かもしれないのだ。
望みの通りにしてあげよう。
そう考えて、イーシャは一歩前進して腰を落とし、水晶の傍に溶け落ちて固まりかけた鋼色の金属に、そっと指先で触れる。
金属が溶けるほどの高温だったのだから、まだまだ熱いだろうと身構えていたのにも拘らず、不思議と熱さは感じない。
――火の王たるルビエラの名において命ずる。
我が下僕、火の精霊よ。
百年余りに渡って我が力の染みついた真銀を媒体とし、
我が契約者イスフェリアに助力を与えよ――
普段聞いていたモノとは全く違う、朗々と響くルビエラの詠唱。
それに応えるように、金属(真銀?)の一部がドロリと液状化し、触れているイーシャの右手の指を這い上がって、手首を滑るように回って停止する。
一瞬、白い炎が金属から立ち上ったかと思うと、きらりと光る細身の腕輪へ変化した。
一見何の変哲もない銀製の腕輪だが、良く見ると表面に何やら文字らしきものが浮き彫りになっている。
ルゥ、ヴィー、エル。
イーシャにはそう読めた。
――私の下僕の名前よ~。私の名を分け与えた三柱の火の上位精霊。
今までと同じくらいの力を一日に扱えるわ~。
力を振るいたくなったら、名前を呼んであげてね~――
イーシャはあっさり言われた事の大きさに、片手で顔を覆った。
ルビエラに他意は無いのだ。
自分が助力出来なくなってしまったから、代わりに出来るものへ命じて力を貸しているだけなのだろう。
それにしても大盤振る舞いである。
一気に上位の精霊三柱の名前を知ってしまった事に、イーシャは頭が痛くなった。
唐突に、真っ青な光がイーシャの視界を埋め尽くす。
ルビエラとの会話に集中していたから忘れていたが、カタストロフがアクエリオスごと『蒼の閃』を水晶に突き刺したのだろう。
距離が遠過ぎて向こうの様子が全く分からないので、反対側にある水晶が蒼く光っている事しか、イーシャの目には見て取れない。
距離があったためなのか、イーシャは普通に目を開けていたのにも拘らず、先程のような被害は無かった。
火の精霊王を閉じ込めた水晶が紅い光の柱を上げ、床の魔法陣をなぞるように紅く染めていく。
水の精霊王を閉じ込めた水晶から蒼い光の柱が上がり、同様に、床の魔法陣を蒼く染める。
紅と蒼の光は、中央に鎮座するエーリスの氷塊まで伸びていき、ぶつかると互いに逆流していった。
波のように戻ってきた紅い光は、魔法陣の外周でピタリと止まり、色を失って白く輝く。
遠目でしか見えないが向こう側も同じ状態のようだ。
代わりのように、エーリスの氷塊が紫色の光を帯び、白い光の柱が立ち上った。
外見が分からないまま、アクエリオス(水の王)退場。
ちゃんと決めてありますが、あえて出しませんでした。
読んで下さり、ありがとうございました!!