第四話 遺跡探索
前回ちょっと短かったのを気にしていたら、少し長くなってしまいました。
「どうぞ、イスフェリア。直接触れても大丈夫ですよ」
「では、お言葉に甘えて」
イーシャは嬉々として進み――フィアセレスが足を止めた理由を、身をもって理解した。
急激な空気の変化。
圧迫感どころか重量まで感じるほど、超過密で高純度の凄まじい力が漂っている。
万力で頭を締め付けられるような酷い痛みを覚えたが、此処まで来て行かないというのはだいなしであろう。
イーシャは頭痛を耐えながら、遺跡へと向かった。
遺跡は小さな家程度の大きさで、形状が墓のようにも見える。
材質は手触りからして金属のようだが、イーシャの知識に無い種類だ。
うっすら光を発するのは遺跡にかかった呪のせいだろうか?
表面は磨いたようにつるつるしていて、繋ぎ目のようなものはない。
あっさり一周して、入口が無い事を確認すると、イーシャは切り株の所まで足早に戻った。
体にかかっていた負荷が消え、頭痛も治まる。
どっと噴き出した汗を手巾で拭いながら、イーシャはフィアセレスの方へ体を向けた。
「それで……入口は何処に?」
「なかったのですか!?」
目を大きく見開いて、フィアセレスは驚きもあらわに言った。
どうやら彼女は遺跡に直接入った事がないらしい。
彼女より数倍魔力に対して鈍感なイーシャでさえ、あれほどの圧迫感を受けたのだ。
無理もない事である。
「困りましたね。入口に関しての記述はなかったんですよ」
此処まで足を運んで目的のものが見つけられないなんて。
他言しないという約束なので、目的を達したとしてもどうだったか内容を報告しないが、発見ならずとなるとレスクに説教の話題を与える事になってしまう。
それは出来るなら避けたい。
イーシャは遺跡の周辺を探る事にした。
草原が広過ぎる。
そう感じたのだ。
「あれは……」
「……何か気にかかる事でもおありで?」
同じように遺跡の方向に目を向けていたフィアセレスの呟きに、イーシャは彼女に目を向けた。
フィアセレスは相変わらず顔色が悪い。
しかし、先程までは今のように首を小さく傾げ、眉間に皺を作ってなかった。
何故、此処にあるんだろう。
そう言いたげな表情をしている。
「ええ。遺跡を囲んでいる木が少し」
イーシャの方に目も向けずに、じっと彼女は観察している。
イーシャはフィアセレスに倣って、その巨木を観察する事にした。
全身の意識を視覚に集中させ、自分自身の魔力を流し込んで強化し、研ぎ澄ます。
イーシャの視界に、金と青銀に光る粒子が加わった。
光る粒子は魔力の素――あらゆる源たる命の素だ。
通常は、ふよふよとそこら辺を漂っているものである。
それが異常に密度が高い。
あまりのマナの濃度に風景の神秘性が一気に増大する。
そこまでは聖域内である事と、フィアセレスが先刻主張していた事から驚きはしても理解出来た。
問題は、そのマナが巨木から大量に放出されているように見える事だろう。
イーシャの記憶が確かなら、マナを創り出す木は世界樹周辺に生えていると言われているのだ。
名称は、そのまま『マナの木』である。
フィアセレスの反応を見るに、マナの木を見るのが初めてといった感じは見受けられない。
バテユイ樹海内に世界樹があるのは間違いなさそうだ。
むしろ世界樹があるからこそ、マナの木も沢山あり、聖域と呼ばれるにふさわしい超高密度の魔力と精霊力で満ち溢れているのだろう。
あらゆる世界を構成し、場として繋ぎとめるものが世界樹だとされている。
書には場所が記されておらず、はっきりいって世紀の大発見になるのだが、森の民にとっては常識のようで。
その上、フィアセレスの様子から、この近辺には無いようだ。
「分かりました」
「は? 何が、ですか?」
唐突にフィアセレスが呟いた。
わかったって何が?
世界樹の件でグルグル考え込んでいたため、イーシャは話しかけられて驚いた。
その反応は予測してなかったようで、フィアセレスはパチパチと目を瞬かせている。
「入口が何処か、ですよ」
「あぁ!!」
イーシャは、ぽんっと右の掌を握った左手で叩いた。
そもそもの目的は遺跡に入れる場所を、探す事である。
世界樹に関する想像に意識がいき過ぎて、すっかり忘れていた。
貴女、それ以外に何をするために来たの。
そう言いたげに、胡乱な眼差しを向けてくるフィアセレス。
その無言の問いかけには答えず、イーシャは彼女と向かい合う形に体を動かした。
「何故分かったんですか?」
「マナの動きがおかしいからです。一定の動きで循環するはずのマナが、一部妙な方向へ流れているのが貴女には見えませんか?」
イーシャは素直に頷いた。
マナの動きには規則性がある。
しかし、この場所のマナは莫大な量かつ高密度過ぎて、イーシャには観測が難しいのだ。
フィアセレスは一言そう、とだけ呟くと、マナの木を指差した。
「あの木を境に、遺跡へと向かう流れ。これはそのまま遺跡の動力として吸収されているのでしょう。これは問題ありません。古い遺跡周辺ではままある現象です」
フィアセレスは空間を指で示し、流れていくマナの動きを再現して見せた。
イーシャが自分の指の動きを見ているのを確認し、説明を続ける。
「おかしいのは八方位へ向かって伸びる流れの半分ほどです。草原の半ばの辺りで屈折して、此処に向かってきています」
フィアセレスは、傍らにある切り株を指差した。
じいぃー。
イーシャは真剣に、切り株周辺のマナを注視した。
ややあって、ぽん、っと握った拳で手のひらを叩く。
「マナは遺跡に向かって流れ吸収される。つまり、この下が入口なんですね」
イーシャはフィアセレスに礼を述べると、慎重に切り株を調べ始めた。
切り株そのものが偽装だった。
植物の精霊を宿したエルフにも不自然さを感知されない、実に巧妙な切り株に見える跳ね上げ式の扉だったのである。
鍵はかかっておらず、扉は簡単に開き、明らかに人工物と分かる階段が覗く。
「地上の遺跡も偽装なんでしょうか?」
通路の壁は地の部分と同じ、白くぼんやり光る金属で、視界は良好だ。
ただ、歩みを進めるごとに空気が冷たく澄んでいく。
冷気は遺跡の呪からきているようだ。
地上との温度差のせいか、イーシャは頭痛を感じた。
フィアセレスはゆっくりと首を振る。
「私はそう思いません。おそらく、あの部分が動力としての中心。この道は、通路である前に封印術式の一部だろうと考えられます」
封印術式。
さらっと物騒な単語が出てきた事からして、フィアセレスはこの遺跡の目的が何であるのかを知っているようだ。
強く先導を望んだのも、イーシャを見張る意味合いがあるという事であろう。
余計な事をさせないように。重要と思わしき場所を避けるために。
「それにしても寒いですね。結界を張っても大丈夫でしょうか?」
「かまわないでしょう。これだけの魔力が零れ出ているのですから」
通路は氷室のような寒さになっていた。
イーシャは樹海を歩くのに動きやすいよう、長袖の厚い上着に長スボン、歩きやすく頑丈な軍用ブーツ姿だ。
階段を下り始めた時点で寒いと思っていたのだが、彼女より華奢で、ブーツにワンピースという軽装なフィアセレスが平然と歩いているので、言い出しにくかったのだ。
しかし、イーシャのやせ我慢も限界に近い。このままでは風邪をひく。
イーシャは立ち止まって、背負っていた『紅の刃』を鞘から引き抜くと刀身の腹を額に当てた。
『紅の刃』は刀身が1M、全長がイーシャの身の丈近くある大剣だが、軽量化の呪が掛かっているため見た目ほど重量はない。
柄飾りの拳ほどある紅いダイア以外、見た目はいたって一般的な造りの大剣だ。
意識を剣に集中し、イーシャは目を閉じて心の中で語りかける。
――ルビエラ。寒い。燃える事無い、ゆっくり温度を上げる熱で暖めて。
お願い、力を貸して――
――はいは~い。イーシャちゃんを暖めれば良いのね?――
のんびりした精霊の思念と共に、周囲を取り巻く冷気が柔らかい熱気に変化して、イーシャの身体を包み込む。
冷え切った手足に、じわじわと熱が染み込んでいった。
ふうー。
イーシャは満足げな吐息をこぼすと、剣を鞘に納めた。
精霊であるルビエラは当然のことながら、ヒトであるイーシャと意識が違う。
同調は出来るが、共感は難しいのだ。
例えば、本性が炎であるルビエラは寒いという感覚が無い。
契約している関係で、イーシャの思考は常時ルビエラにダダ漏れ状態なのだが、寒さを理解出来ないので傍観しているだけだ。
極端な話、イーシャが凍死してたとしても原因が分からぬままでいるだろう。
基本的に分かりやすい生命の危険が迫らない限り、ルビエラが自発的な行動する事はまず無い。
こうしてイーシャから具体的に頼まないと、力を振るわないのだ。
兵器としては強力極まりないが、日常的な補佐を求めるには逐一指示が必要となる。
イーシャが目を開けると、フィアセレスが両目を見開いた驚愕の面持ちで彼女を注視していた。
「い、今の魔剣。もしや『紅の刃』ですか?」
フィアセレスの体内に宿る精霊と反発しているのかもしれない。
植物と炎じゃあ相性悪いか。
そう思いながら、イーシャは頷いた。
「そうです。貴女の中の精霊が何かの支障をきたすようなら、これ以上の使用を控えますが?」
「いいえ、その点は問題ありません」
フィアセレスは、ふるふると黒髪と長い耳先を揺らしながら懸念を否定した。
ただ。
そう付け加えると、歩きだす。
「伝承の通りなら『紅の刃』には火の王が宿っているとの事でしたので。先程力を振るうまで、精霊の気配さえ感じられなかった事に驚いただけです」
「え!?」
火の王――すなわち、火の精霊王のことだ。
精霊は上級中級下級の三つの階級に別れ、遥か上に王が一柱在る。
どの属性であっても、精霊王は神に等しいか、それ以上の力を持つと言われている。
そのうえ、神の居た時代以後、存在を確認されていない。
イーシャは思わず、その場で足を止めた。
心の中で、絶叫する。
――ルビエラ!
貴女、本当は火の王なの!?――
――アレ~? 知らなかったの~?――
烈猛の性質を持つ火の精霊である事さえ、疑わしい和やかな思念が返ってきた。
イーシャが、ルビエラを上位精霊と認識していたのは、何も彼女の気性からだけではない。
『紅の刃』から引き出せる炎の力からだ。
ルビエラは契約時に、一日どれぐらい力を行使可能か宣言してきた。
火の王は要素そのものに等しい。
制限など無く、ほぼ無限に力を引き出せるはずだ。
――私じゃなくて、イーシャちゃんの精神が耐えられる分よ~。ヴィルも似たようなものだったから、ヒトが火の王から使える限界に近いんじゃな~い?――
ルビエラから、珍しく論理的な答えが返ってきた。
存在の次元が遥かに違うから、その力を思いのままに扱う事など不可能なのだろう。
そう考えて、イーシャは身震いした。
寒いのではない。
精霊王を今現在の状態にした存在がいる事に気付いたからだ。
ルビエラは『紅の刃』の内部に力の殆どを封じ込んでいる。
そもそも、人間にそんな芸当が出来るはずがない。
『紅の刃』は約百三十年前まで、出入り口の塞がれた洞窟内のマグマの上に突き立てられていた状態で発見されたのである。
神の御技だろうか。
――イーシャちゃん。また考えが飛んでるよ~――
イーシャはハッと我に返ると、現状把握に努めた。
先導するフィアセレスとは、あまり離れてはいない。早足で後を追う。
通路自体、さほど広くは無い。
三人並んで歩くと相当狭苦しく感じるだろう。
しばらく、樹海の時と同じように黙々と歩く。
通路は緩やかな下り坂のようになっているので、どんどん深く地の底へ潜っている事くらいしか分かる変化はない。
気にかかる事は、頭痛が続いている事だろうか?
もうイーシャは寒くないから、きっと遺跡内の魔力に当てられているせいだ。
彼女でさえ、こうなのだ。
もっとマナや魔力に敏感なフィアセレスは、更に重症だろう。
大丈夫なのか、とイーシャが尋ねようとした時だった。
黙々と一定速度で進んでいたフィアセレスが、唐突に足を止めた。
彼女はしばらくの間、無言で立ち尽くしていたが、糸が切れた人形のように力無く膝をつく。
「フィアセレス様!?」
イーシャは慌てて臨闘体勢をとった。
『紅の刃』を鞘から抜き出し、即座に行動出来るよう意識を切り替えると、フィアセレスに追い付き、注意深く周囲の様子を窺う。
「どうしました!? 一体っ……!!」
イーシャは思わず、絶句した。
フィアセレスは床に座り込んで前方を凝視ししている。
まるで、術をかけられて固まっているかのように、ピクリとも動かなかった。
ただポロポロと、その翡翠色の目から涙をこぼして。
次、ようやくあらすじに載ってた彼が出ます。