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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
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第四十四話 エーリス

……今回なぜか、喧嘩になりました。

「あらら、つれないわね。カーフィ、久しぶりだっていうのに」


 彼女の身体で『エーリス』が口を尖らせる。


 相対するカタストロフの纏う雰囲気は、かつてないほど冷ややかで、突きつけられた『蒼の閃』の刃よりも鋭い。

 イーシャや『エーリス』の視界からは隠されて見えないが、その黒い幅広眼鏡(ゴーグル)の下の眼は睨みつけているのではないかと思わせるほど、激しい拒絶をはっきりと感じ取れた。

 

「……俺はお前になど、会いたくもなかった。さっさと用件を言って、イーシャの身体の中から出ていけ。自分の身体がすぐ傍にあるだろう」

「――酷い言いぐさね!! 相変わらず、自分より弱い者には甘いこと」


 吐き捨てるように、『エーリス』が呟く。

 同時に、イーシャの思考に彼女のものと思(おぼ)しき感情が流れてきた。

 焦り、怒り、悲しみ――そして、ひときわ大きな喜びと愛おしさ。


「……私を怒らせる事無く情報を聞き出すべきなのに。本当に、ダメな子ね。自分の命が懸かっているのに、弱い他人の身を案じるなんて」


 それはどういう事だろうか。

 再封印が叶わず、アルウェスが封印から解き放たれるという事は、世界の滅びの始まりを意味する。

 しかし、『エーリス』の言っているのは、それによる死とは違うようだ。


 カタストロフは『エーリス』に向ける警戒を解かぬまま、黙っている。

 意味が分からなくて黙っている雰囲気ではない。

 彼は分からなくて聞くべき事だと判断すれば、口に出す人間なのだ。


「ああ、聞かないって事はやっぱり、自分でも気付いていたのね。

 再封印ではなく従来の封印のままだった場合、邪竜王(ティアマト)アルウェスの消失が晴れてが叶った瞬間、浄化吸収によって巨大化し過ぎた魔力を手にする貴方自身が新たなる世界の害とならぬように――って余計な心配をした奴等が施した、心臓の真上に埋め込んである封印具の破裂によって死んでしまうって」


 ひたり。『エーリス』は、カタストロフの胸の中心を指差した。

 胸の中央にある、彼の心臓を。

 驚愕の告白に、カタストロフが驚いたような反応は全く無い。

 『エーリス』の言うように、封印具の位置からして予測していたのだろう。


 酷い。

 イーシャは心の中で深く憤った。

 身体は完全に『エーリス』の支配に置かれていて、自分の意思では動かす事が出来ないので、それしか出来ない。

 見えない最後の一つの封印具は、問答無用で彼の殺害機能も備えていただなんて――あまりに酷い話だ。


 光の民アルヴはカタストロフの命を何だと思っているのだろう。

 利用するために、生贄にするために生まれさせた生命なのだから、どう処分しようが自分達の自由だと考えていたのだろうか。

 

 ふと、何故か指先に痛みを感じ、イーシャは訝(いぶか)った。

 ぷつっと、唐突にイーシャの指先に裂傷が生まれて、ぱたぽたと血が流れ落ちる。


「……悪かったな、イーシャ」


 流れ出す血を見て、カタストロフが『蒼の閃』の向きを変え、『エーリス』に突きつけるのを止めた。

 『エーリス』に身体の所有権を奪われたイーシャに向けて、彼は告げる。


「こんな女に似てるだなんて言って。無礼極まりなかったな。心から深く謝罪する」


 カタストロフの声は冗談の欠片も無い、真剣なものだった。

 故意に『エーリス』を陥(おとしい)れようとしているような様子は微塵(みじん)も無い。


「エーリス。くだらない事を言ってないで、さっさと言うべき事を言ってイーシャから出ていけ。内側から皮膚が切れるなんて、目に見える負荷が出てる」


 いきなり彼女の指先が切れて血が出たのは、『エーリス』が体内に居るせいらしい。

 『エーリス』の怒りが膨れ上がったのが、彼女から直接流れてくる感情の強さで、イーシャにもはっきりと分かった。


「私に向かってそんな口を利くなんて!! カーフィのくせに!!」

「いいから、早く言うべき事を言え。イーシャが壊れる」


 カタストロフの声が、ずしりと重く低く響いた。

 ぴしぴしと、イーシャの身体の何処かに亀裂が入って新たに裂ける音が、妙にはっきりと耳に響く。


「エーリス。そんなに俺から軽蔑されたいのか」

「――違うわ! そんなわけあるはずがないでしょう!!

 だって、私は何よりも貴方を、貴方だけを愛しているもの!!」

「愛さえ理由にすれば、勝手に他人の身体を乗っ取り、その肉体と精神を壊しても――何をしようとも全てが赦されるだなんて、誰が決めたんだ!!」


 がつり!

 カタストロフが怒りを表すように、『蒼の閃』の柄で床を叩いた。

 苛立っているのか、彼の雰囲気がどんどん険悪なものになってきている。


 ビクッと、初めて『エーリス』が彼の怒りを受け、怯えを見せた。

 しゅんっと傷心したように肩を落とし、彼女は呟く。


「……愛しているのよ。カーフィ。真実(ほんとう)よ、信じて。

 愛してるから、死んでほしくなかったから、邪竜王(ティアマト)アルウェスの封印術式に干渉して一部を書き換えて、条件が揃(そろ)えば貴方が封印から解放されるようにした。

 再封印は、世界の力を直接借りて行うもので、貴方の力は補助的なものにしか過ぎない。再封印(そっち)なら、貴方が死ぬ事はまず無いんだもの。封印具が貴方を殺す魔力数値は、邪竜王(ティアマト)アルウェスが完全浄化し終わった時の予測魔力値。それ以下であれば、封印具が用をなさなくなって砕けて消えても、貴方は死なない」

「……それで?」


 ぽたぽたと、イーシャの切れた右頬から血が流れ落ちる。

 その様子を見て、カタストロフの声が苛立ちを増し、鋭さを増した。


「……八芒星の頂点にあるマナの木の結晶は、それぞれ対応する属性が定まっているの。異なる属性の場所でも反応するけど、術式に弾かれるわ。

 簡単にいえば、正しい属性のところに精霊王が宿る石を突き刺せばいいだけ。ただし、一つだけでは作動しないから、最低二つ必要となるの。

 所定の場所に二つ座すれば、二属性の封印が新たに構築・固定されて、邪竜王(テイアマト)アルウェスを消失結界内で完全に縛り付けるのに軽く百年は持つ計算よ。対する石が反属性同士であれば、よりいっそう強く効果が出るようになっているわ……現時点で、火の王と水の王の石を持っているようだけど、カーフィってやっぱり悪運が良いわね」


 『エーリス』はそう言って、微笑んだ。

 カタストロフの顔に右手を伸ばし、パン! と、音高く叩かれ、触れる前に払い落される。


「あーあ。残念。この夢の民の身体なら拒絶されないかなって思ったんだけど、駄目なのね。カーフィ。まだ、接触恐怖症治って無いの?」


 やっぱり。

 以前からそうじゃないかと考えていたので、イーシャは納得した。

 午前中は彼女もフィアセレスも弾かれなかったが、カタストロフは気力で意識を保っていた状態(レベル)だったので、単に払い落すような余力が無かったのだろう。


「良い事と悪い事を教えてあげるわ。

 まずは先に良い事からね。あのね、カーフィ。

 ――貴方を長いこと面白半分に犯していた連中の大半、ずっと昔に死んだわよ。必要以上に貴方の精神を痛めつけて、壊れかねない状態にしたっていう咎でね」


 イーシャは衝撃の事実に、硬直した。

 性的虐待まで受けていたのかと、光の民アルヴの冷酷さに慄(おのの)く。

 ぷつっと、また身体の何処かが切れる音がして、鉄くさい己自身の血の味を口の中に感じた。


 カタストロフの放っていた険悪な空気がふっと消えた。

 何処か戸惑うような、そんな雰囲気へと変わる。


「私が貴方を地下から連れ出したのは、意見して許しが出たから。

 ――襲われる事が無くなっても同じ環境に置いておけば、これ以上に壊れるかもしれない。慕われ崇められるだろう闇の民の元に連れていった方が精神的に良い、と言ったら通ったの。感謝してくれてもよくってよ?」


 『エーリス』は、ぴっと一本指を立て、くるくると回した。


「次は悪い事ね。死ななかった連中はみんな女よ。

 そいつらはこう抗弁したわ――カタストロフのように浄化出来る存在を増やすために、能力のある子を成すために襲ったのであって、自分の快楽のために行動したのではない――とね。

 精通もまだ来てなかった頃から貴方を襲っといて、下手な言い訳だと私は思ったけど、一理あるって事で意見が通ってしまったわ。貴方を種馬扱いにしようという目論見は元々あったし……実際、そのうち二人は貴方の子供を妊娠してたから」


 がしゃん。

 カタストロフは蒼褪めて、手に持っていた『蒼の閃』を取り落とした。

 関係無いイーシャだって衝撃的だった話だ。

 当人の衝撃(ショック)は如何(いか)ほどだろう。


「安心して。実際育ったのは一人だけよ。片方は、無事生まれなかった。そして、生まれた方は、顔はともかく貴方の能力は持ち合わせてない平均的な光の民(アルヴ)よ。貴方のように育っていないから」

「……何故、今更そんな事を俺に伝える?」


 腹の底から絞り出したように、低くかすれた唸るような声でカタストロフは尋ねた。

 『エーリス』は微笑みを深くし、慈(いつく)しむような眼差しを彼に向ける。


「だぁいすきよ。カーフィ。自分よりも世界よりも、愛してるわ。

 でもね――ムカつく事はムカつくのよ。貴方が死なないように尽力した私よりも、この夢の民を優先させて。腹が立ったから、とっておきを教えてやったわ。

 これに懲りたら、今度は私を怒らせないように少しは取り繕う事ね」

「……まるで次があるかのような言い方だな」

「あるから言っているのよ。じゃあね、カーフィ」


 すうっと、イーシャの身体を圧迫し続けていた『エーリス』らしき、冷たいモノが消え失せる。

 イーシャは唐突に支配権を取り戻した身体の調節(バランス)を崩し、がくりと膝をつき、ぺたりと床に座り込んだ。


 そろそろと、身体を動かし様子を確認する。

 左手の指先全てと、右の頬、口の端がざっくりと深く抉(えぐ)れるように切れており、ダラダラと血が景気よく流れていた。

 乗っ取られていた間、痛みは弱まっていたらしく、正直痛い。


 とりあえずは止血をせねば。

 そう考えた途端、何事か唱えたカタストロフの人差し指がイーシャの額に触れ――数秒も経たずに、彼女の負った傷は癒えて消えた。



ヤンデレっぽくなってたらいいな、と思っています。

少なくとも、身勝手な点は出せたかなと。


人物紹介に出てたカタストロフの色々可哀想な点はこれで終了。

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