第四十二話 休憩
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今回は、話の展開が殆ど進んでません。
前回前書きで言ったように、説明回。
無事に着地した事に安堵していたイーシャの前で、カタストロフが崩れ落ちるように膝をついた。
海竜王の時とは桁違いの、邪竜を造るほどに大量の魔素を浄化したのだ。
何ともないはずがない。
イーシャは慌ててカタストロフに駆け寄った。
肌の色が黒であるため、彼の顔色の変化は分かりにくいのだが、明らかに憔悴している。
「ちょっと、クー。大丈夫? 立てる?」
「……立てる」
カタストロフは頼りない様子でフラフラしながら立ち上がって、よろめいた。
咄嗟に彼を支えると、彼女の肩にずしりと重みがかかる。
異常な様子に、離れた位置にいたフィアセレスが駆け寄ってくると、イーシャと反対側の脇に己の身体を入れて支えた。
カタストロフは目に見えるほど汗をかいており、それがきらりと光って見える。
「……ねぇ、クー。明らかに大丈夫じゃないじゃない。あれだけの魔素を浄化するのって、『魔王』の貴方でも負荷が大きいんでしょう?」
「ああ……浄化した量が一定を超えると、正直しんどいな。ひと眠りすれば体調の悪いのもだいたい治るから、あまり問題にならねーけど」
機嫌の悪そうな、カタストロフのぼそぼそと力の無い返答に。
今更ながら、イーシャはハッと気付いた。
現在図らずも、かつてないほどの超支近距離で接触をしている事に。
カタストロフは自己保持空間が広く、他者との直接的な接触を意図して避けているような節がある。
おそらく、前に本人が言っていた光の民アルヴによる虐待に近い修行のせいだ。
他者に触られるのも、自分から触るのも不快なのだろう。
イーシャが彼と直接接触(手で触られるというか掴まれる)したのは、怯えて縋りつかれた時と、再封印の方法が分かって気が急いていた時のみで、双方明らかに正気とはいえない状態だった。
現状は体調の激悪さのせいで、フィアセレスも一緒に支えているとはいえ、殆どカタストロフに抱きついているような形である。
一人で立てないほど体調が良くないのに、彼が立ち上がったのは手を借りたくなかったからだろう。
イーシャとフィアセレスの二人がかりで支えているとはいえ、身長と体格からある程度推測できる体重が思った以上に掛かって来ないのは、彼が他者との接触を嫌がっている証拠だった。
不機嫌さを取り繕わないのも、支える二人を振り払わないのも、それだけカタストロフに余裕が無いせいだろう。
「クー、今から座るわよ。良いわね?」
「……分かった」
「フィアセレス様、よろしいですか?」
「はい。では負担をかけないように、そーっと……」
ゆっくりと、イーシャはフィアセレスの動きに合わせ、腰を落とした。
カタストロフは大人しく従い、地面に座り込む。
やや前屈みで、膝を軽く曲げ、両手を両太腿の傍の地面に置いているのは、すぐ立ち上がれるようにするためだろうか。
彼の気持ちを考えて、イーシャは身体を離すと半歩分ほど距離をとった。
同じように離れたフィアセレスが、水筒を取り出し、蓋を開けてカタストロフに差し出す。
「どうする? 一旦戻って日を改める?」
「それは駄目だ」
水筒を受け取ると、カタストロフは己の体調を伺うように、ゆっくりと一口だけ水を飲んだ。
飲むのは平気だったらしく、ややあって普通に飲み始める。
「駄目って……その様子じゃ、辿り着く前に倒れるわよ」
しっかりと時間を計った事は無いが、カタストロフの封じられていた場所まで歩いて一時間以上かかる。
通路の殆どが下り坂だ。
もし彼がよろけて転んだ場合、ひたすら転がっていきそうで実に危険である。
カタストロフは一息ついたのか、フィアセレスに片手で水筒を差し出した。
「あまり時間を置くと何が起こるか分からん。回復次第すぐ向かうべきだろ。呪具が一つ壊れた事で、俺が使える力が多少戻ったが、アルウェスを縛り付ける力がその分減ってるんだぞ。可及的速やかに行動あるのみだ」
イーシャが感じ取ったように、カタストロフの力は事実として増加したようだ。
倍近く増えたように思える。
どうやら封印具は一つにつき、彼の力を二分の一に抑えているらしい。
八個あるという事は、二の八乗。
先程までカタストロフは、二百五十六分の一の実力に押さえつけられていたようだ。
現在は百二十八分の一――これで混血なのだから、光の民は神と名乗るのに充分過ぎる能力を持っていたのだろう。
「……もしや、先程邪竜が出現したのは、封印が緩んだせいでしょうか?」
フィアセレスが震えの混じる硬い声で問う。
カタストロフは溜め息をつくと、大きく頷いた。
「俺の封じられていた場所と再封印の場所は、数十Mの距離がある。これは俺の推測だが、空洞の部分にアルウェスの本体が封じ込めてあるな。多分。
呪具が砕けた後、一度地面が揺れただろう。
お前達には視えなかっただろうが、俺には魔素が地面から湧き出てたように視えた。遺跡の地下部分は図面をおこすと、この辺まで遺跡の真上だ。
封印が緩んだ事で、漏れ出たアルウェスの力の一部が出口を求めて上昇して、その衝撃でこの辺り一帯が一度のみ大きく縦揺れを引き起こした……それがさっきの現象の理由だな。多分だが、間違ってないと思うぞ」
地震なら、たった一度で収まるのはおかしい。アレだけの揺れならば、余韻でしばらく揺れ続けるだろう。
カタストロフの説明は理にかなっていた。
「アレ以降魔素が湧き出てこない事から考えるに、アルウェス本体の封印は緩んだ分も補助する術式が組み込んで構成されているようだが、一部が不安定になっている事に変わりは無い。時間を開け過ぎるのは危険だ」
いつ、先程と同じ程度の邪竜化出来るような大量の魔素が、再び湧き出てくるか分からない。
アルウェスに対する封印は完全な状態ではないのだから。
カタストロフの封印具はまだ七つ残っているとはいえ、一つ減った事で他の七つの封印にかかる消耗が激しくなり、次が砕けるのは今回よりもずっと早い時期になるだろう。
このまま、何もしなければ。
「……分かったわ、クー。出直すのは止めましょ」
最も過ぎる説明に、イーシャはカタストロフの意見を通す事にした。
危険な賭けは可能な限り避けて、なるべくすべきではない。
「とりあえず、しばらく休憩するのは貴方も反対じゃないわよね?」
カタストロフはこくりと小さく頷いた。
フィアセレスの方を見やると、彼女も頷いている。
「ひと眠りしたら治るんでしょ? だったら、昼過ぎまで寝てなさいよ。また魔素が湧き出してきたら起こしてあげるから」
今はまだ午前中で、十時のお茶の時間にも届いていない。
予定では、午前中に再封印場所まで辿り着いて、お昼はシリスの街かディアマス王城に戻って食べる事にしていたのだが、充分許容範囲だ。
再封印に関わる作業に時間がどれくらいかかるか分からなかったので、遺跡内でも食事が取れるように軽食を持ってきている。
カタストロフは、魔素が湧き出た時点で熟睡していても自力で目覚めそうだが、イーシャは念を入れて付け加えた。
そう言わないと、彼が眠ろうとしないような気がしたから。
「……そうか。そうだな、ちょっと寝る。昼過ぎになったら起こせ」
疲れたように呟くと、カタストロフはゴロリと地面に横たわった。
意識を気力で保っていたのだろう。
すぐに彼の身体がぐったりと脱力し、お世辞にも寝心地の良いとはいえない草原であるというのに、寝息が聞こえてくるまでそう時間はかからなかった。
フィアセレスがふと地面を見て、小さく精霊語らしきものを呟くと、無数の穴が開いていた地面が静かに均されていく。
カタストロフの周囲の草が密度を増して、傍目にも寝心地は良くなっていった。
「……ルビエラ。ちょっと出てきてくれる?」
「な~に? イーシャちゃん」
具現化して実体を持った精霊王に、イーシャは眠っているカタストロフを示して小声で告げた。
「膝を貸してあげてほしいの。あれじゃあ、起きたら首が痛いわ」
ルビエラは精霊だ。
実体を持っていても、気配は人間とは違う。
カタストロフも、精霊に関しては忌避しているような点が無かったから、接触しても嫌がらないだろう。
「膝を貸す? ああ、膝枕すればいいの~?」
「そうよ。よく膝枕なんて知ってたわね」
「ヴィルは戦場でも執務室でも倒れる事があったから、時々頼まれたのよ~」
「そ、そうなの……じゃあ、お願いするわね。起こさないようにそっと動かすのよ。膝に乗せ終わったら、静かにしててね」
「は~い」
ルビエラはイーシャの指示通りに、カタストロフの頭を膝に乗せた。
高さを低くするためか、膝は曲げないで伸ばした状態だ。
ちょうどいい高さなのか、カタストロフは身動ぎもしない。
ふと、イーシャは眼の端で、しきりに手を振っているフィアセレスに気付いた。
いつの間にか、彼女から数M離れた地点に立っている。
エルフ族長が声を立てないようにしているのは、カタストロフを気遣かっての事だろう。
そろそろと、イーシャは物音を立てないようにフィアセレスの傍に移動した。
「……どうしました?」
「水の王を放置するわけにはいかないと思ったのですが、私はお気に召されなかったようで……」
指摘されて初めて、イーシャは気がついた。
そういえば、『蒼の閃』を放置したままである。
「私はもっとお気に召さないと思いますよ。ルビエラとの契約がありますから」
「ああ。そうでしたね。どうしましょう?」
――吾の事ならば、放っておけ。
カタストロフが目覚めたら、回収するだろう――
とうの精霊からの主張もあって、イーシャは『蒼の閃』放置を決定した。
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