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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
43/59

第三十九話 アクエリオス

新年明けましておめでとうございます。

今年も、拙作を宜しくお願いします。


休止中も読んで下さった方、

お気に入り登録なさって下さった方、本当にありがとうございます!!


では、連載の続きをどうそ。



「クー、ちょっと下がってて」


 イーシャはカタストロフが下がるのを確認すると、宝物庫の鍵を取り出した。

 鍵を錠前に差し込んで回すと、二重の紅い魔法陣が浮かび上がる。


 片方はイーシャの身体を取り巻くように霧散して消え失せるが、もう一つは残ったままだ。

 ラムザアースの張った血の呪は、やはり父親の異母姉の孫では対象外のようである。


 イーシャは予想通りの事態に、背中の『紅の刃』を抜き放った。

 大剣の刀身に己の魔力を流して、血色の魔法陣を切り裂き、強制的に崩壊させる。

 ぱちっ!!

 僅かな反発だけを残し、魔法陣は跡かたもなく消えた。

 障害となる術式はもう無い。

 

「……これで、問題無く開くわ。私とルビエラは水の王を刺激する可能性が高いから、先に貴方が入って。扉を開けた途端、大量の水が襲って来るような事があったら巻き添え喰らっちゃうわよ」

「……それもそうか」


 カタストロフは頷くと、ノブを捻った。

 そのままガチャガチャと二、三度扉を開けようと引いて、くるりとイーシャを振り返る。


「イーシャ。開かねぇぞ。ノブは回るんだが、扉がへばりついてるみたいに動かねぇな。これはもう壊した方が良くないか」

「ええ!? そんなはず……」


 イーシャとラムザアースが仕掛けた呪は、対象が居れば解ける物であってそれはもう解除している。

 宝物庫そのものにかかった結界魔法は、正規の鍵さえあれば無効化出来るのだ。

 そもそも、扉その物に干渉する術式ではない。


 ふと、ニコニコと笑み崩れていたルビエラが、すぃーっと扉に向かって行った。


 ぺたり、ぺたり。

 動かぬ扉に触れて、ますますルビエラは笑みを深くする。


「うふふふ~。アクエリオスったら神経質ぅ~。自分の周り一帯を、全てを氷で覆わないと安心出来ないなんて~」

「……扉が開かないのは、水の王のせいだって言うの?」


 ルビエラに反論しながらも、イーシャは思い出していた。

 スアウが安置して呪符を解くなり、『蒼の閃』から見る間に冷気が発生し、氷がつたのように宝物庫の中を覆っていったのを。


 宝物庫内に安置して、扉を封鎖して早四日。

 あの現象がいまだに続いたままであれば、出入り口が完全に塞がれていたとしてもなんら不思議はないだろう。


「そうよ~。扉の内側が凍りついているから開けれなくなってるの~。それでぇ? どうするの~? イーシャちゃん。燃やすのかしら~?」

 

 宝物庫の扉が特殊技法で作られているとはいえ、火の王の放つ一撃に耐えれるかと言えば否だ。

 彼女の手にかかれば容易たやすく、扉としての機能を失うだろう。


 かといって、現在デイアマスにおける彼女の立場からしてみれば、無駄な破壊を推奨するわけにはいかない。

 王城は、主たるレスクとその血族の持ち物である。

 騎士として、器物破損を簡単に許可出来ない。


「合図を出すから、扉の内側を覆う氷だけ溶かしてちょうだい。また凍りつく前に、入口を開けるわ」


 開けた瞬間、鉄砲水でミンチになりたくないので、イーシャは逃げる気満々だった。

 じっと、カタストロフの方に目を向ける。


「頼んだわよ。クー」

「……まあ確かに、俺が開けた方が安全ではあるな。ルビエラ、離れてろ」


 カタストロフは肩をすくめて見せると、ルビエラを押しやった。

 ルビエラは全く抵抗する事無く後退し、扉から数メート離れた地点まで移動する。


 イーシャは扉を開けた瞬間、何かが飛び出してきてもカタストロフが即座に逃げれる位置かどうかを想像し、大丈夫と判断すると、火の王を見やった。


「ルビエラ。お願い、氷を溶かして」

「りょうか~い」


 扉が逆巻く炎に包まれ、しゅうしゅうと大量の水蒸気が上がる。

 カタストロフは炎が消えた直後に、扉を躊躇なく長い足で蹴り開けた。

 扉と蝶番ちょうつがいが軋む音が上がり、固く閉ざされた出入り口が開く。


 覚悟していた鉄砲水も、氷の塊も飛来してくるような事は無く。


 退避する事無く、片足を上げて蹴り開けた体勢で静止していたカタストロフは、つかつかと宝物庫内へと侵入していった。

 その背中に警戒というものは微塵みじんも感じられない。


 イーシャはそそくさと開け放たれた入口の横まで移動し、ひょっこりと中を覗き込んだ。


 カタストロフは、既に氷に包まれた『蒼の閃』の前まで到着していた。

 一向に後を追ってこない一人と一柱を待っているのか、大鉾ではなく出入り口の方へ身体を向けている。


「……ルビエラ。行くわよ」

「はいは~い。何時いつでもいいわよ~」


 イーシャは隣にルビエラを従え、宝物庫内へと足を踏み入れた。

 油断なく『紅の刃』を構え、いつでも炎化出来るように魔力を流し続ける。


 水の王を起こすのが、そもそもの目的である。

 反属性の力を大きく感じ取ってもらわなければ行けない。


 イーシャとルビエラが中心に近づいて行くと、カタストロフが『蒼の閃』へと身体を向き直り、凍りついた柄を手で握った。

 厚い氷が、呪符の役目を図らずも果たしているのだろう。

 力の反発が発生しているようには見えない。


 それとも、カタストロフが受け入れられているのだろうか。

 彼は出生からして強烈な闇属性であるはずだ。

 適性に水の属性があったとしても、純粋な単一属性で無いから水の王のお気に召さないと思うのだが。

 『様』付けするルビエラという前例があるため、ありえないとは言い切れない。


「……アクエリオス。俺が分かるか? 起きているなら、話しやすいよう具現化してほしいんだが」


 ――これは久しい。カタストロフか。

   すまんが、具現化は断る。忌々しいあいつの気配がする――


 イーシャの頭の中に、唐突に『声』が響いた。

 音の無い声。


 対象を限定していない、聞き覚えの無い思念波だ。

 水の王のものと考えて間違いないだろう。

 ルビエラが声も無く、とろけきった締まりのない顔で、ぷるぷる身もだえて喜びを大仰に全身で表現しているのが良い証拠だ。


「あいつ?」

 

 ――ルビエラだ。そこなヒトの娘よ。

   お前の身体に、周囲に気配が染みついている。

   われよりも先に覚醒めざめていたとは、相変わらず運の良い奴よ――


 なるほど。

 イーシャは声に出さずに呟いた。

 アクエリオスは、ルビエラが居る事自体に気付いていないようだ。


 水の王には現状で契約者が存在せず、ルビエラのようにイーシャと共有している感覚が一つもない。

 具現化して実体を持つこともしていない事から、実体化する事で得られるはずだった情報が入って来る事も無く。

 『蒼の閃』に封じられている事で、周囲の気配を察知する能力も、封印以前より格段に衰えているのだろう。


 ルビエラ自体が封じられる事で、一部しか力を扱えない状態なのだ。

 以前の気配とは比較にならないほど薄いので、アクエリオスは彼女が居ると考えなかったのかもしれない。


「アクエリオス。幾つか聞きたい事があるんだが、まず初めに。お前は何故自分が封じられたか、理由を知っているか?」


 ――知っている。驕慢きょうまんなアルヴの考案である事は気に食わないが。

   カタストロフ。

   柱の中心であるお前が、予測外の事体で覚醒めざめた場合、

   より強くアルウェスを縛る、世界を保つ主柱の一部になるためだ――


 アクエリオスはキッパリとした様子で、迷い無く答えた。


 ――そのために、より大きな力を集めるべく石に封じられている。

   封じられる事で扱えなくなった分の力は、そのまま石へと貯蔵。

   貯蔵された要素エレメントそのものの力が、ざっと数千年分だ。

   例え、お前という浄化の檻が朽ちて世界に還り無くなろうとも、

   弱体したアルウェスごときに、監視つきの結界を到底脱出など出来はすまい――


 理論的には、イーシャにも納得出来た。


 貯まりに貯まった世界その物の正の力で、瘴気という滅びを司る負の力を完全に取り囲んで隔離してしまおう――と言うのだろう。

 増幅されたカタストロフの力で始終浄化され、全盛期の瘴気量を保てていないアルウェスは、その新しい檻から抜け出す事は不可能。


 先程カタストロフを迎えに行った際、イーシャが気合を入れて真面目に読んでみた魔物事典にも、似たような意味合いの記述があった。

 おそらく、増幅は魔法陣が担うのだろう。

 再封印法は、精霊王達が関係しているのがこれで確定だ。


 それにしても。

 イーシャは眉根を寄せ、未だに無言で身もだえているルビエラを、ジッと見つめた。

 アクエリオスは封じられた際の記憶もしっかり備えているのに、何故ルビエラはスッパリ忘れさせられているのだろうか。


 同じ疑問を抱いたのだろう。

 カタストロフが、小さく首を傾げた。


「アクエリオス。同じ事をルビエラにも聞いたが、不自然なくらい覚えていなかった。これは何を意味する?」


 ――アルヴ達がやったのではないかと思うぞ。

   アルウェスの封印の主軸にお前を置いた事を知って、大暴れしたのでな。

   そのままでは協力を得られないとでも考えたんではないかの――


「え? 俺が原因?」


 ――吾々われわれは、お前をとても好いている。

   お前ほど綺麗な存在などいないからな。

   知らぬ間にアルウェスのにえになどにしたと聞かされて、怒らぬ者はいなかった。

   沸点の低い火の王ルビエラと、闇の王オルガロットは特に怒り狂ってな。

   風の王エメロード大地の王デメテルをさんざん恫喝して協力させ、

   火山という火山を次々休みなく噴火させるわ、

   太陽を闇で覆い隠して一月近く光を遮ってしまうわ、大騒ぎだった。

   あの時のアルヴ達の慌てようなど、ホンに面白かったぞ――


 くくくく、はぁーはっはっは、と。

 実体化していたら邪悪な笑顔を浮かべ、高笑いを付け足していそうなアクエリオスの爆弾発言に。


 イーシャとカタストロフは、思わず同時にルビエラを見やった。


 契約者とお気に入りに同時に注視され、身もだえていたルビエラはふと正気に返ったようで、きょとんと首を大きく傾げて見せる。

そんな彼女からは、世界を大混乱に導いた激しさなど欠片も見受けられなかった。




読んで下さってありがとうございます。

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