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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
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第三十六話 紅の刃(注! 残酷表現あり)

大掃除、疲れました。


作者の部屋は暖房器具がコタツしかないので、キーボードをちょっと叩きにくい状態なのです。

寒い空気で手が動かしにくい……


今回、微妙に残酷表現ありです。

苦手な方、気をつけて下さい。


 呼びかけてすぐに了承の返事があり、イーシャの目の前に巨大な炎が出現して、瞬時に消える。

 現れたルビエラは首を傾げながら、己より低い位置にある契約者イーシャの顔を見下ろした。


「どうしたの~? イーシャちゃん」

「――これを見て」


 イーシャはルビエラに向け、『紅の刃』を掲げて見せた。

 大剣型魔道具は、高く低く強く弱く、音色を奏でながら振動と発熱を繰り返している。

 ルビエラは、自分の宿処の常ならぬ状態に、ますます怪訝そうな表情で首を傾げていた。


「あら~? 変ね~? どうしてそんな風になってるのかしら~?」

「貴方でも理由が分からないの? ずっと長い間、この中に封じ込められているのに?」


 ルビエラは、とぼけて言っているようではない。

 本当に、不思議そうな様子である。

 基本的に精霊が物事に対して興味を持たず、あっさり忘却する性質とはいえ、随分とおかしな反応だった。


「ずっと……? そんなに前のような気はしないんだけど~、そういえば何時から此処に閉じ込められてんだったかしら~?」

「!……それも分からないの? 誰に封じ込められたかも?」

「う~ん……そういわれても~、気付いたらこの中にいたのよね~」

 

 もしかして。

 覚えていないのではなく、意図的に誰かの手によって忘れさせられているのか。

 イーシャはそう考えた。


 ルビエラを封じたのは、光の民アルヴに間違いない。


 体内に精霊を宿す火の民ドラゴニア水の民ニンフ風の民ハーピィ大地の民ドワーフ森の民エルフ闇の民サレは力を借りる事はあれど、精霊を利用するといった考え方はしない。むしろ精霊=気難しい友人扱いであるので、そういう考え方は嫌悪の対象となっている。

 獣の民バーンは一様に魔力が低い民族なので作成出来ず、夢の民ヒトは光の民の残した魔道具を参考にしたより簡易な物しか作り出せない。

 仮に魔道具へ封じ込める事が出来たとしても、対象は低位の精霊だろうし技術が低いため、もっと封じる物が大型になるだろう。


 火の王ルビエラが暴れ、何十年何百年と災害を起こし続けていて仕方なく――という可能性も無いわけではない。

 しかし、精霊は世界の意思を受けて動く事が殆どであるのだから、一民族が関与していい理由にはならないのである。

 だいたい、水の王アクエリオスも同様に封じているのだ。

 火の要素エレメントが弱化したから、自然界の均衡バランスを取るために封印したかもしれないが、それなら最初からルビエラを封じなければいいだけの事。


 特に理由なく精霊王達を封じるだなんて、ありえない。


 何のために封じたのか。

 神ならぬ、イーシャには分からない事だ。


「……火の王。この木に、何か感じないか?」


 ラムザアースが、マナの木を指で示す。

 『紅の刃』はこの木に近づいた途端、異変を起こしたから、彼の質問は最もだった。


 ルビエラは、スィーっと滑るように空中を移動した。

 しげしげと興味深そうな様子で、周囲をくるくると回って眺める。


 ぺたり。

 おもむろに水晶の表面に手のひらを当てると、驚いたように彼女が目を丸くした。


 ボッボッボ。

 ルビエラの周囲に握り拳ほどの金色に光る炎が八つ、とり囲むように浮かんだ。

 金色の炎から光線が伸びて繋がり、作られた八角形の結界の中に火の王を閉じ込める。


「――な!? ルビエラ!」


 当然の事態に驚くイーシャと、息をのむラムザアース。

 外野とは違い、ルビエラはきょとんと困惑の表情のまま、己の周囲を囲む光をつんつんと指で突いていた。

 

 リィィイイ……ィィン。


 水晶に包まれたマナの木が、共鳴するかのように音を立てる。

 イーシャの手から抜き身の『紅の刃』がするりと抜け出て、勝手に空中に浮かんだと思うと、真っ直ぐにルビエラへ向かって飛んだ。


「――え!?」

 

 音も無く。

 『紅の刃』は、八角形の中に居るルビエラの胸の中心を貫いた。


「……かはっ!!」


 その衝撃に、火の王の口から苦しげな呻き声がこぼれ出る。

 『紅の刃』はルビエラを貫いたまま、背後の水晶に突き刺さり、ピキピキとひびを生じさせて止まった。

 その様子は、まるで串刺しにされたかのようで。


「いやあああ! ルビエラー!?」


 一瞬で起こった惨劇に、イーシャは悲鳴を上げた。


 かくりと力無く頭を、両手足を垂れ、大剣の柄頭までをもその胸に深々と埋めたルビエラの反応は無い。

 実体を持っている間は、精霊であっても物理的なダメージを受ける。

 つまり、幾ら強大な力を持った精霊であろうと、実体化中に相応のダメージを受ければ死ぬのだ。


「落ち着け! イーシャ。よく見ろ、火の王から血が出てない」

「うそっ!? あんなに深く刺さってって、無事なハズ――」


 ラムザアースに叱咤され、イーシャは恐る恐るルビエラの胸に目をやった。


 ちょうど彼女の胸の深い谷間に埋まった形で、『紅の刃』の柄だけ飛び出て見えるが、確かに血液がちっとも流れ出ているようには見えない。

 ルビエラが纏っている衣装が、微妙に色彩が異なる紅い布地を重ねた物であるとはいえ、刺し貫かれたからには多少の血が内側から滲み出るはずだ。


 そして、精霊は死ぬと消滅する。

 人間ならば心臓がある急所部分を貫かれても、ルビエラは実体を保ったままだ。

 いっこうに、何処にも解けて消えていく傾向が見えなかった。


「もしかして……気絶してるだけ?」

「……多分、そうだな。先程からずっと見てるが、火の王の力は一部も衰える気配がない。反応が無いのは意識を失ってるせいだろう」


 生きてる。

 イーシャは安堵のあまり、へなへなと床に座り込んだ。

 

 彼女にとってルビエラは一番の戦友で、相棒だ。

 傍に居ない時であっても、常に彼女が見ていてくれているという意識がハッキリとあった。

 失ったと思って、浮かんできた絶望感と喪失感は大きく、身体が震える。


 ルビエラの瞼が震えてゆっくりと上がり、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「んぅ?……アレぇ~? あー!! びっくりした~!」


 緊張感の欠片もない暢気な声を出し、ルビエラは顔を上げた。

 イーシャはじっと観察してみたが、彼女に苦痛の色は全く見えない。

 本当に大丈夫そうだ。

 

 安堵の溜め息を吐くと、イーシャは目の前に差し出されたラムザアースの手を取って、立ち上がった。

 腰が抜けた状態だったので、非常に助かる。


「ルビエラ。元気そうで良かったわ。何処にも異常はない?」

「ん~。変な感じはするけどぉ、消滅するような危険はこれといって感じないわ~」

「? 変な感じって?」


 ルビエラは、自身に突き刺さったままの『紅の刃』を握った。

 一瞬、彼女の姿がかき消えたかと思うと、イーシャの隣に再び具現する。

 ルビエラを閉じ込めるように発生していた金色の八角形は、どこにもない。


 『紅の刃』は、ルビエラが消えると同時に水晶が光り、その光に押し出されでもしたような形でそのまま落下した。


 からん。

 その全長にしては随分と軽い音を立て、床に転がって止まる。

 ヒビが入っていたはずの水晶は、傷一つない滑らかな表面を見せていた。


「え~っとぉ……どうしてなのか分かんないんだけど、このまま此処の中にいなきゃいけない気がするの~」


 そう言って、ルビエラはびしりとマナの木を指差した。


「何かね~。あの傍に居るとほっとしたわ~。もっと傍に寄らなきゃって思ったの~」


 『紅の刃』はこの遺跡の機能の一部に、明らかな反応をした。

 冷静に考えてみれば、再封印に関係があるのだろう。

 だが、外にこぼれ出ていたとはいえ、封じ込めている本体の核部分を串刺しにしてまで近づけようとするなんて。

 胸に刺さったのは核があるからであろうが、見ていて心臓に悪い。


 精霊を封印に利用するなんて、光の民は己達の下に見ているのだろうか。


 いかに世界のためだろうが、そういう考えがなければ先程の光景は無かっただろう。

 ルビエラが『紅の刃』に戻ってから、マナの木に向かって行くように術式を組み込めばいい話だ。


「……ルビエラが再封印に関係があるのなら、スアウ様から『蒼の閃』を献上してもらった事は正解だったと言う事ね」


 対たる魔道具が、対たる精霊王が無関係だなんて、とても思えない。

 

 イーシャは『紅の刃』を拾い上げると鞘に収め、剣帯に固定した。

 未だに振動を繰り返し、小さく鳴っているが、とりあえず今は無視だ。


 ルビエラが離れた事で、水晶のひび割れが修復された。

 何も術式が新たに作動して無かった事から、再封印に関係があっても、現状では何か足りないのだろう。

 足りない『何か』を探し出す必要がある。


 ここまでの成果も報告しなければ。

 そう考えて、ふとイーシャはルビエラに目を向けた。


「そういえば、クーは?」

「カタストロフ様? さっきの場所に居ると思うよ~」


 カタストロフなら、同調すれば簡単に此処へ来れるはずだ。

 イーシャとしたら痛いし苦しいので、止めてもらいたいものの、手掛かりを一番欲しているのは彼である。

 来ないはずがない。

 それなのに、何故居ないのだろうか。


 イーシャは首を傾げながらも、目を閉じ、集中して意識を彼とのラインに沿わせた。


 ――クー。手掛かりを見つけたけど、現状じゃどうにもならないわ。

   だからこのまま遺跡の外に転移しようと思ってるんだけど、どうする?――


 ――分かった。それならそのまま外に出ろ。

   俺はフィアセレスとすれ違いにならないよう、歩いて戻る――


 カタストロフの思念は深い安堵に満ちていた。

 手掛かりが見つかっただけにしては、随分大袈裟な反応だ。

 それとも、それだけ不安が大きかったのだろうか。


 イーシャは怪訝に思いながら目を開けると、ラムザアースに転移で外に出ると告げた。



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