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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
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第三話   遺跡への道

読んで下さった皆さん。

お気に入り登録なさってくださった方、ありがとうございます。

面白いと感じて下さるよう、頑張ります。


 ディアマス王国中央部ラザール地方、バテユイ樹海。


 ブルートゥス大陸の十分の一を占める広大な樹海は、迷いの森と一般には呼ばれている。

 その広さもさることながら、精霊力の密度と磁場が異様なまでに高く、自然に迷いメイズの呪が樹海全域にかかってしまっている事が由来だ。

 磁石は役に立たず、生来の住人以外は必ず迷子になれるというありがたくない保証付き。


 精霊力の密度が高いせいか、癒しの力の濃度も高く、聖獣と称される存在も数多く生きている。

 いわば巨大な聖域なのだ。

 それ故に開発が出来ない。

 古来より此処に住んでいるのは、そういった聖獣や魔獣、環境に適応した動物達。そして、その身に植物の精霊を宿す事で加護を得た森の民エルフ。



「<最も美しい存在>ですか……」


 エルフ族長フィアセレスは、白い繊手でパラパラと古代書をめくった。


「<バテユイ樹海のシリスの街を通り過ぎ、なお森の奥まった地に在る>

 ――そう記されているのですが、それらしい遺跡の心当たりは御有りでしょうか?」

「……確かに、そう記されてありますね」


 ため息混じりに同意すると、フィアセレスは古代書を静かに閉じた。


 イーシャの目の前に居る、外側に向けて跳ねる癖の強い長い黒髪の美女は、二十歳前後にしか見えないが、実年齢七百歳を超えている長だ。

 フィアセレスのエルフ特有の長く尖った耳が、へにょっと下がって見えた。

 その中性的な美貌が曇っている。


 古代遺跡に案内して下さい。

 そう言われれば、その顔が曇るのも当然だ。


 樹海内にある四つの街の中、転移門から飛べる方陣が設置されているのはシリスのみ。


 レスクから許可をもぎ取ったイーシャは正規の手続きを済ませ、目的地への通過点であるシリスの街にやってきた。

 王への譲歩として、御目付け役のシウスも連れて。


 エルフの街はヒト以外の他の民族同様、自治である。

 王の権威は大してないが、無碍にされる事もない。


 族長との会見も事前に手続きしてあったのだが、フィアセレスの反応は良いと言えるものではなかった。


「……心当たりはあります」

「本当ですか!」


 フィアセレスは頷き、古代書を卓の上に置いた。

 翡翠色の瞳が憂うように陰る。


「この書は、本来長以外に秘されているものの一つですね。ルーフィアが図書館の蔵書を集めていた時に紛れてしまったようです……

 貴女は其処に行く事を望んでいるようですが……貴女に限らず夢の民は、本来未知であるべき存在を何故放っておかないのでしょう?」


 夢の民というのはヒトの事だ。

 精霊を宿す六の民族は、そう呼ぶ。

 

 フィアセレスの言う事は真理の一つだ。

 世界にとって余計な事をするのは、体内に宿る精霊に少なからぬ影響を受ける六の民族でも、本能が強い獣の民でもない。

 常に、ヒトである。


「そもそも何故、遺跡などに行きたいのです?」

「最初は、研究の為に魔道具の記述を探していたのです。その途中で、この書を見つけて踏破済みの古代遺跡という事で、興味を覚えました」

「魔道具を研究しようと考えた理由は?」


 イーシャは一瞬迷ったが、正直に答える事にした。


「以前から、強力な魔道具を探しているのです。ある人に捧げたくて」

「……レスク、ではありませんね。今や戦場に立つ事は久しく無く、王国を支える為に欠く事の出来ない存在。そんな道具を捧げるほどの危険はない。

 アルフェルクは一時しか興味を持たないから、意味がないでしょう。調べつくしたら、飽きて見向きもしないのが分かり切ってる」


 フィアセレスは可能性のある人物名を挙げていった。


「ラムザアースは……必要ですね。暗殺される可能性は王太子アルフェルクより高い」


 正解が出たので、イーシャは頷いた。


「母が死んだ時、真っ先に手を差し伸べてくれたのは彼です。この『紅の刃』の封印を、半分解いたのも。だからせめて、同じくらい強力な魔道具を見つけて、少しでも恩返ししたい。それが始めた理由です」


 ハッキリ言って、イーシャの自己満足の為だ。

 彼は見返りを求めていない。

 そうだからといって、イーシャは暢気のんきに甘えていられなかった。


 高い目標だ。

 名前付きの精霊は高位である。そんな存在が宿るこの剣並みに強力な魔道具は、今のところ見つかる気配すらない。しかし、劣るものを渡したくなかった。


 この様子では案内してくれそうもない。

 そんな風にイーシャが判断していると、フィアセレスは古代書を火の入っていない暖炉に投げ入れた。


「他言無用で新たに書へ記す事もなく、私にこれの処分を任す。それが案内の条件です。どうしますか?」


 なるほど。

 イーシャは心の中でそう呟いた。


 フィアセレスは遺跡の存在を隠匿いんとくしたい。

 けれど、義兄に恩返しをしたい一心で、この書を発見するに至ったイーシャを無碍むげにするのは躊躇ためらわれる。

 古代書を処分すれば、イーシャを通す以外世間には遺跡の真偽が広まる事は無い。

 お目付け役シウスは文官で体力不足であるため、置いていく予定だとイーシャは最初に告げているのだから。


 古代書の価値は一財産どころではないものの、間違って流出した部外秘のものだと教えられたので、本来イーシャには口を挟む権利が無い。

 そして、彼女は好機を台無しにするような間抜けではなかった。


「遺跡の感想は胸に秘める事にします。その書はフィアセレス様の思う通りになさって下さい」





 細く険しい獣道を、フィアセレスは平地を進んでいるかのように歩く。

 さすが森の民。

 優美ともいえる様子に感心しながら、イーシャは彼女のあとに続いた。


 将軍位にあって、戦地を渡り続ける事も多いイーシャは、ほっそりとした外見に似合わない並外れた体力の持ち主だ。

 そんな猛者が苦心するような悪路を、華奢なエルフ族長は散歩しているような気軽さで進む。


 まともな平地はシリスの街周辺だけ。


 シウスを置いてきて正解だった。

 イーシャは、しみじみそう思った。

 足手まといを気遣う余裕は持てそうにない。

 シウスは外交官としての本来の職務をまっとうして、森の民との友好的な交流を頑張って貰えばいいだけだ。


 初めて歩く樹海の空気はヒンヤリ心地よく、澄み切っている。

 イーシャが見た事の無い植物も多くみられ、歩くだけでも十分価値はあった。


 森の民は樹海の散策でさえ、めったに許可を出さない。

 樹海の中で生きる、あらゆる生物を守るためだ。

 事実イーシャは出発時に、余計な動作はするなとフィアセレスから警告された。


「もう少しですが、休憩しますか?」

「もう少し、という事は近くまで来ているのですね?」


 イーシャの視界には、遺跡らしき建造物は全く入っていない。

 遺跡ごと森に飲み込まれ、遠目で確認できないという可能性は十分ある。

 

 フィアセレスは青白い顔で頷いた。


「ええ。マナの濃度が飛躍的に増大してきていますから。貴女は感じませんか?」


 イーシャは少し考えてから、首を振った。

 樹海に入ってから、通常の数千倍もの精霊力と魔力を感じていた。

 彼女の魔力は、ヒトにしては高い方だが、その細かな差分が分かる敏感さは無い。


 フィアセレスの顔色が悪くなってきたのは数分前からだ。

 急に蒼褪あおざめたので、イーシャとしても気にかかってはいたものの、空気の変化はまるで感じなかった。


「それほど魔力の強い遺跡なのですか?」

「遺跡自体、確かに強力です」


 歯切れの悪い言い方で認めると、フィアセレスは再び歩き出した。

 他にもハッキリとした要因はあるようだが、イーシャに教える気が無いのだろう。


 更に数分歩くと、急に森が開けた。

 一歩踏み出すまでは、確かに変わらぬ風景が見えていたというのに。

 イーシャは思わず、両目を擦った。

 擦っても変化はなく、視界は広々とした草原を認識している。


 樹海の魔力のせいなのか。


 フィアセレスは平然としている。

 シリスの街から出た時に、全く同じ現象に遭遇した。それを考えると、自然のものというより人工的な呪の可能性が高い。


 余所者の目を欺くための、五感さえ惑わせる強力で巨大な幻影。


 遺跡が近い。

 そうイーシャは考えると、胸を弾ませて足を進めた。


 しばらく進むと、何もない草原に変化が起きる。

 草原のちょうど真ん中。

 数本の巨木に囲まれた、白いほこらのようなものが見えた。

 そちらに近づくごとに、フィアセレスの顔から血の気が更に引いていき、もう真っ青と言い切れるぐらいだ。


 遺跡まであと二十メートほど。


 手前にある切り株の所で、フィアセレスの歩みが止まった。



フィアセレスの話し方が丁寧なのは、覚えた共通語が丁寧なものであっただけで、立場的に彼女の方がイーシャより上位です。


ちなみに単位は単純ですが、

    1メート=1メートル

    1セト =1センチ

    1ミル =1ミリ

    1キーロ=1キロ    です。


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