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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
39/59

第三十五話 隠し儀式場

ここ数日寒いですね。

皆様も風邪には気をつけて。


作者は、今週の土曜日曜と、実家の大掃除に駆り出されそうになってます。

明日更新出来なかったら、大掃除でバテたんだとお考え下さい。


今回長めです。

 天井に、四方の壁にびっしりと刻み込まれた古代魔道文字ルーンと増幅の魔法陣と様々な幾何学模様。

 床一杯に描かれた、頂点に水晶に入ったマナの木を備えた巨大な八芒星。

 広大とも言える空間に満ち溢れている、高純度で高密度な魔力。

 凍えるような冷気こそ無いものの、かつて、カタストロフが封印されていた様を彷彿ほうふつとさせる光景。


 大きく異なるのは、天井には封印されたモノが吊るされておらず、床に描かれた八芒星の中心地に在る事であろうか。

 部屋の中心地に安置された、巨大な氷塊の中に居るのは目を閉じた女性だった。


 ヒトならば年の頃は、十代後半辺り。

 まさに、光輝くような美貌の持ち主だった。


 銀を紡いで糸にしたようなキラキラ光って輝く髪は、膝まで伸びて緩く波立っている。

 真珠色パールホワイトの肌。

 紅珊瑚色コーラルピンクの小さな唇。

 すんなりと伸びた四肢と、均整の取れた体を法衣のような白い衣装で包みこんでいた。


 イーシャが見る限りでは、装身具を一切身につけていないようである。

 カタストロフのような封印具らしき物は、見当たらない。


 目も眩みそうな女神のごとき美女は、突然の訪問者にも何ら反応を返す事なく、氷の中で佇んでいる。


 その他にカタストロフと違う点は、非常に美しいと思うものの、目を離す事の出来ない――ただ彼を見る事だけしか考えられない、といった強烈極まりない吸引力がないという事か。

 実に助かる違いだ。


 周囲の細かい差異を確認すべく、中心地に近寄ろうとしていたイーシャは、しっかり握られままの左手を引っ張られて歩くのを止めさせられた。

 まるで走りだそうとしたところを、飼い主に紐で引っ張られた犬のように。


 進めない。

 少しの非難を眼差しに込めて振り返ると、無表情のラムザアースと目が合う。

 四年前の母親の葬儀の後、『紅の刃』の封印を単身解こうと宝物庫に突進しようとして、直前で彼に止められた時とそっくり同じ表情であった。


 義兄は興味の無い人間に対し、愛想笑いを向けはしないが、無表情にはならない。

 傍目はためには、うっすら口元だけ微笑んで見えるような顔を向ける。

 なまじ美形であるために、穏やかな微笑みと判断される事も多々あるが、ラムザアースの目を見ればそうでない事は一目瞭然だ。

 その紫水晶アメジスト色の双眸が、その辺の木や石よりつまらないものを眺めていると、はっきり語っていた。


 イーシャが『それ』を理解したのは、彼との接触が増えた十歳の頃。


 初めて気付いたのは、特に理由もなくアルフェルクが顔を出した時で、長兄に向ける笑顔とのあまりに激しい較差ギャップに震え上がったものだ。

 その代わり、初めてラムザアースに笑顔で接されるようになった時、周囲に対してもの凄い優越感を覚えたものだった。

 彼が特別みうち扱いの人間だけに向ける、綺麗な笑顔と麗らかな春の陽だまりを連想する暖かく柔らかい眼差し。

 絶対零度より酷い、無関心極まる路傍ろぼうの石以下からの変化。

 イーシャの場合は強烈な優越感だったが、普通の神経の人間だったらうっかり恋に落ちるか、絶対の忠誠を誓いそうな較差ギャップだ。

 この拒絶の微笑アルカイックスマイルを見抜けるかどうかで、ディアマス上層部は無能診断を下しているという、まことしやかな噂があったりする。


 ラムザアースが完全な無表情になる時。

 それは、彼が心底呆れ果てている時である。

 呆れ過ぎて表情を作るほどの気力も起きない――と、無言で教えてくれているのと同じだ。


「……うん。分かった、ラズ。一体どんな仕掛けがあるかも分からない、危険な場所へ無防備に行くなって言いたいの分かったから、その無表情かお止めてちょうだい」

「そうか。分かってくれて何よりだ」


 ラムザアースは苦笑を浮かべた。

 イーシャが進もうとしていた中心部を眺め、ふうっと溜め息をこぼす。


「わざわざ術式が作動している方に近づくんじゃない」

「やっぱり作動中なんだ。あの女性の封印だけじゃないよね?」


 彼女の問いに頷くと、彼は目を細めて中心部に観察の視線をやった。


「……ここから見てとっただけでも、五種類は同時に作動してる。供給、誘導、結界、拡大化……あと一つは、増幅か?」


 近くで観察すれば、もっと違う術式がある。


 ラムザアースはそう考えているからこそ、勝手に移動しないように彼女の手を離さないのだろう。

 カタストロフの時は突っ切っても何も起きなかったと言っても、理論的にさとされそうだ。

 問答になっても言い負かされるだけ。


 中心部を調べるのは諦め、イーシャは別方面に目を向けた。


 二人が立っている場所は、魔法陣の外側。

 この空間内で満ち溢れる魔力が何も影響を及ぼしていない、ほんの僅かしかない場所だ。

 そこを通って、魔法陣を踏まないように進んで行けば、頂点部分にあるマナの木なら、二本か三本はすぐ傍で観察出来そうである。


「ラズ、あの木の辺りなら見に行ってもいいでしょう?」

「……そうだな。今は作動してないようだから、問題無いだろう」


 同意も得たので、イーシャは意気揚々と最も近いマナの木(巨大水晶入り)へ向かった。

 特に障害もなく、マナの木の傍へと到着する。


リィィ……ィン。


 不意に。

 イーシャの背負う『紅の刃』が、かすかな音を立てた。

 驚きに、目を丸くして背中の剣帯から鞘ごと外す。

 『紅の刃』の紅い宝珠が内側から小さく光を放ち、小刻みに振動している。


「ラズ、ちょっと調べるから手を離して」

「……仕方ない、か。私では触れない事だし」


 ラムザアースは頷いて、パッと握った手を離した。


 『紅の刃』に限った事ではなく、所有者が限定される特殊な魔道具は、正式な持ち主以外が触れないようになっている。

 封印を解いた後、一度ラムザアースに協力を願って調べてみたところ、接触した瞬間に火柱が発生。義兄は危うく火達磨になりかけた。

 慌ててイーシャがルビエラに注意したので、彼には火傷も無く、どうにか事無きを得たが非常に危なかったのである。


 それ以来、イーシャは直属の部下や女官に通達を出している。

 私がいない時、絶対に触ろうとするな。触ったら火達磨になって焼け死ぬ――と。


「ラズ、何か異常な流れは視える?」

「特に無いと思うな……ここは大気中の魔力密度が異常だから、見つけられないだけかもしれないが」

「――そう」


 イーシャは大剣の異変を調べるべく、自由になった手で『紅の刃』を丹念に探った。


 柄部分はじんわり暖かい程度に発熱していたが、鞘の部分は何ら常時と変化を見せていない。

 抜刀して、刀身部分を確認してみると、柄同様に発熱していた。


 宝珠の光は、ちかちかと小刻みに点滅を繰り返している。

 宝珠事体、指で触ってみて、熱いと感じる前に痛みを覚え、イーシャはすぐさま触るのを止めた。

 ふうー。

 ひりひりする指先に息を吹きつけ見てみると、火傷はしていないようだ。


 宝珠部分は触らないよう、気をつけよう。

 そう決意を固め、イーシャは耳をすませ、音を探った。


 鈴のように高い時もあれば、低く鈍くぶつ切れる時もある、何とも言えない音色だ。

 慎重に、根源を探してみたものの、よく分からない。

 一人で調べるには、この辺りで限界だった。


 ――ルビエラ――


 イーシャは大剣に意識を集中させ、目を閉じて呼びかけた。 

 分からないのなら、知っていそうな精霊ひとに聞けばいい。

 興味の無い事は、重要でも覚えない存在であっても、さすがに長年封じられていた宿床について無知ではないだろう。


 ――教えてほしい事があるの。

   私の目の前に具現してちょうだい――





 浄化の力場で広々とした空間を満たす。

 条件に該当する力を浴びて、床が光り輝いた。


 床に浮かんだ魔法陣。

 その力が、イーシャに向かって収束していくきざしを見てとって、彼は慌てた。


「――イーシャ!!」


 彼と同じものを視てとったのか、ラムザアースが咄嗟とっさに彼女に抱きつく。


「へ? なに」


 一人だけ事態を分かっていないイーシャが、間の抜けた声を上げた。


 ハッキリと目視出来る濃度になった金と銀の魔力の粒子が二人を包み込み、身体から色彩いろが消え、輪郭りんかくが歪んでぶれる。

 ブレが瞬時に広がって、二人の姿が彼の視界から完全に消え失せた。

 間違いない。

 空間転移魔法における現象だ。

 

「……なんでイーシャだけ作動したんだ?」


 ポツリと彼は呟いた。


 該当していたのは、彼の浄化と、破魔――伝承で月の女神と呼ばれるだけあって、月の魔力を持っていたエーリスの仕掛けた同調術式から漏れる、僅かな名残だけのはず。

 読み取れずに分からなかった鍵を、イーシャだけが持っていたとでも言うのだろうか。


 聞かれたと思ったのだろう。

 こてん、とすぐ傍に居たルビエラが首を傾げる。


「さぁ? でも私が此処に入れるって事は~、イーシャちゃん達あんまり遠くに行ったんじゃないって事よね~」

「そうだな」


 彼はイーシャに繋がっているラインに意識を沿わせ、先を手繰たぐった。

 距離は五十メート前後。

 先は、予測通り更に地の底だ。


「ん~? あれ? あれれ~?」


 彼はさっさと現場に移動すべく、イーシャへ転移分の魔力を送ろうとしていたが、ルビエラのおかしな様子に取り止めた。

 ルビエラはいつもの笑顔を消し、珍しく真面目な顔で首を捻って、豊かな胸の下で腕を組んでいる。

 ややあって、ぽん! と火の王は手を打った。


「あー。思い出した~! 見た事あるな~って思ったら」

「どうした?」


 精霊がするには、妙に人間くさい仕草の数々だ。

 これもイーシャとの契約の影響だろう。


 彼が問いかけると、ルビエラは途端に眉間へ皺を寄せた。

 再び首を傾げ、顎の下に軽く握った右手を当てる。


「……怒らないでねぇ、カタストロフ様」

「は? 俺が怒る?」

「ちょっと前は怒ってたもの~」

 

 精霊の言う『ちょっと前』は、なかなか理解しにくい。

 その精霊にもよるのだが、年単位である事もザラだ。

 

 良いから教えろ。

 彼がそう促すと、ルビエラは素直に口を割った。


「イーシャちゃんの視界にね。氷水晶に入ったエーリスちゃんが見えるの」


 それを聞いて、彼は目を丸くした。


 エーリスの魔力は月の性質――すなわち、破魔と増幅だ。

 アルウェスの消滅封印の強化に、これほど最適な人材はない。

 時期的には、彼よりも後に軸としてこの遺跡に取り込まれたのだろう。

 今までの足跡からして、エーリスは再封印に関係しているのは明らかだった。

 彼のように騙されて――と、いうのは考えられない。


 ふと、嫌な想像が彼の脳裏に浮かんだ。

 呪具の鎖が関係するのは、アルウェスだけではないのかもしれない。

 今は大丈夫だが、エーリスが砕けた後に来るよう言っていた事からして、何らかの伝言メッセージを仕込んでいる可能性が高いだろう。


「あ!……ごめんなさい、カタストロフ様~。ちょっと呼ばれたから、あっちに行くね~」


 その言葉を残して、ルビエラの姿がかき消える。


 彼自身も行くべきだろうか。

 そう一瞬思ったが、エーリスがいるのだ。

 動いていない状態でも、あの義母姉に近寄るのは精神的に気が進まない。


「……ああ。なるほど。イーシャだけが、精霊ルビエラと契約してたな。それが該当条件か」


 現実逃避を始めた彼は、不意にそう思い至った。



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