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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
38/59

第三十四話 再調査

 カタストロフの要請から三日後。

 イーシャとラムザアースの予定を調整し、フィアセレスの許可を経て、一行はバテユイ樹海のシリスの街へと移動した。

 フィアセレスを加えた四名で、更に遺跡のある草原まで転移する。


 こうして即座に移動出来たのは、封印が解け、強大な魔力が消失した遺跡の近辺を調査しやすくするために、エルフ達が遺跡直通の転移門を新たに構築してくれていたおかげだ。

 樹海の悪路を数時間も進まずに済んだ事は、正直助かる。


 今回は何も手掛かりがない可能性も否定出来ないので、色々な道具を用意し、鞄に詰めておいた。

 両手が自由に使えるように背負い鞄リュックサックか、肩掛け鞄ショルダーバックを各々装備している。


「私は外部の方を調査します。一旦終了しましたら、遺跡内部へ向かいますので皆さんはお先にどうぞ」

「分かりました。お願いします、フィアセレス様」


 以前訪れてた時と比較すると、遺跡は様変わりしていた。


 建築に使用されている材質は変わっていないと言うのに、壁も壁も受ける印象が全く違う。

 前は何処か排他的な印象を受けたものだが、今はずっと温かく、ずっと柔らかなものに変化を遂げていた。


 遺跡内の空気は、外の温度とほぼ同じか、陽の光が差し込まない地下であるせいか少し低いくらいだ。

 肌寒さは感じるものの、凍死を覚悟するほどではない。


 以前よりずっと空気が軽いのは、カタストロフを解放したせいであろう。

 圧迫感はいまだ存在していたものの、以前とは違った種類のものであった。

 これは遺跡が稼働している証拠だろう。


 細かな変化も見逃さぬように、ゆっくり歩きながら階段を下っていったが、イーシャの見つけられた変化は遺跡の印象と圧迫感だけでしかなかった。


 中心部に辿り着いたものの、はっきりと目に見えるような変化は見当たらない。


「……やっぱり、何も無いわね」


 前回訪れた時あったのは、生命の危険を感じさせ、この場から遠ざけるような圧迫感だ。

 今あるのは、まるで逆。


 こっちにおいで。

 そう語りかけられて、内部に向かうのに背中を押されているような印象を受ける。


「――ルビエラ、具現てきて」


 調査するならば、人員は多い方が良い。

 イーシャが見つけられずとも、何かを見つけるかもしれない。

 隠し部屋とか。


 イーシャの招きに応じて、赤毛の美女の姿が唐突に現れた。

 ルビエラはいつものように微妙に空に浮きながら、彼女に詰め寄ってくる。


「私、何すればいいの~?」

「天井の方を調べてくれない? 私は飛べないから、そっちの方は変化があっても見つけようがないのよ」

「はいは~い。天井付近を見てくるのね~」


 ルビエラはニコニコ笑いながら、すいーっと上昇し空中を移動して、見る間に天井付近へと辿り着いた。

 ちゃんと調査しているのか、空中移動はゆっくりだ。


 ラムザアースは壁、カタストロフは床を観察している。

 イーシャはラムザアースとは違う面の壁を調べる事にした。

 地上とは違って、地下の空間なら隠し部屋を造っても、図面がない限り他者には分からない。


 壁を叩いて音の違いを聞いてみたり、触って手のひらで受ける違いが無いか、真剣にイーシャは調査した。


 どのくらい、そうしていただろうか。

 気付くと、ルビエラがすぐ傍まで来ていた。


「イーシャちゃん。天井には特になんにも無かったわ~」

「そうなの。じゃあ、次は天井付近の壁を下りながら見てきてほしいんだけど」

「――ちょっと待て」


 唐突に、カタストロフの声が割って入った。

 随分離れた地点を調べていたはずだが、イーシャが壁を夢中で調べているうちに近づいていたらしい。

 壁際のイーシャから彼が立っている場所までは、五メートもない。


「ルビエラ。上空から床部分がどうなっているかは観察したか?」

「え~? してないよ~。イーシャちゃんは天井を調べてって言ったもの~」


 ね~。

 イーシャの同意を求めるように、にっこり笑ってルビエラは首を傾げてみせた。

 

 確かにルビエラの言う通り、彼女には天井を調べてこいとしか頼んでいない。

 イーシャは頷き、同意を示した。

 

「……じゃあ、ちょっと上空まで行って、壁を調べながらでいい。ついでに、床がどうなってるかも観察してきてくれ」

「は~い。カタストロフ様の言う事も調べてきてあげるね~」


 そう言って、再びルビエラが上空へと浮上していく。

 

イーシャはラムザアースの位置を確認すべく、周囲を見回した。

 集中し過ぎて、ラムザアースが一度調べた部分を調査するのは避けたい。


 徹底した調査をするにあたっては、違う人間が視るのは二度手間と言う事にならないものの、今日は時間制限つきなのだ。

 まず全体を見る事を優先させたい。


 ラムザアースは先程、イーシャの反対側を調査していた。

 現在地はイーシャに近づいてきている。

 このままなら、同じ所を調べるような事にはならないだろう。

 イーシャは、壁の調査を再開した。


「カタストロフ様~」


 しばしして、ルビエラの声が上方から響き渡った。

 

「ある程度高いとこに来て見たらぁ、床に模様が見えるようになったわよ~。これって多分文字かな~?」

「そうか。やっぱり、この更に地下に何かあるな」


 ぴた。

 イーシャは思わず叩く手を止め、声の聞こえてきた方向を振り返った。

 カタストロフはほぼ中心部に近い位置に立って、空に浮いているルビエラを見上げている。


「クー。何、そのやっぱりって」

「ん? ああ。光の民の作る建物は、だいたい地上部分より地下深くに重要な場所を置いてる事が多いんだよ」


 けろっと、カタストロフは重要な事を口に出した。


 先にそう言ってくれれば、イーシャも床を重点的に調べただろう。

 だいたい、と言っているので違う事もあるから伝えなかったのだろうが、微妙に苛立ちが湧く。


「ルビエラ、降りてきてくれ」

「りょうか~い」


 イーシャは壁の調査を中断して、後で調査を再開した時分かるように石灰片チョークで印を付けると、ルビエラの予測降下地点へ向かった。

 石灰片チョークをしまい、用意しておいた帳面ノートとペンを鞄から取り出す。


 ラムザアースも彼女と同じ事を考えたのか、壁の調査を止め、降りてくるルビエラに近づいて行った。


 ルビエラは床から僅かに浮き上がった位置で、ぴたりと静止する。


 一番のりはイーシャだった。

 帳面ノートを広げ、ペンをルビエラに差し出す。


「ルビエラ。分かった範囲で良いから、ここに上から見えた模様を描いてみて」

「は~い。分かったわ~」


 イーシャが両手で持ち上げてページを固定した帳面ノートに、ルビエラはニコニコと目を細めて微笑みながら、ペンを動かして描く。

 徐々に形になっていくそれは、確かに模様のようにも見えるが文字であった。


 いびつだが、古代魔道文字ルーンだ。

 人間と違って、文字など使わない精霊であるルビエラがそう判断出来たのは、イーシャの目を介して度々たびたび見ていたからだろう。


「ん~と……こんな感じ~。この辺は良く分からないわ~」


 ちょんちょんと、ペン先では無い方でルビエラは帳面ノートの紙面をつついた。

 そうやって示された部分は、かなり曖昧な形だ。


 きちんと読み解ける文字を含めると、こんな文章になる。


≪導くは破魔、示すは浄化。●○の×△をかかげよ≫


「……鍵のようなものが必要になるみたいだ」

「そうみたいね。肝心の部分が読み取れないけど」


 イーシャは二番のりのラムザアースと帳面ノートを覗き込みながら、考えた。


 浄化は分かる。カタストロフだ。

 破魔の象徴は月。おそらく、月光の魔力。


 月光が差し込む時間に、カタストロフがこの場所を浄化し、条件に当てはまるものを掲げれば入口が開くなり魔法陣が浮かぶなりするのだろう。


「上空から見て文章が出来るようなもんだと、一時的な術式だろうな。鎖が砕けてなくなってる場合は、そんなもの用意しなくても直通になるだろ。封印が欠けて危険域に入ってるって事だしな」


 ようやく辿り着いたカタストロフが、帳面ノートを覗き込んだ。


「……とりあえず、この辺全体浄化してみるか。条件が整っていないなりに、多少魔力が動くのが見えるだろ」


 そう言って、カタストロフは目を閉じた。

 普段彼が纏っている、凄まじく純粋に澄み切った高密度の力場が、風よりもはやい速度で周囲に広がっていく。

 その浄化の力に応じるごとく、床一面に光を放ち、巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「――イーシャ!!」

「へ? なに」


 焦った様子のラムザアースが、彼女を抱き締めた。


 イーシャの嗅覚が、洗髪剤らしきスッとする薬草の匂いと服に焚きしめた虫除けの香が混じった、ほのかに甘い匂いを覚えた瞬間。

 金と銀の光に輝く粒子が取り巻いて、覚えのある魔力の流れを感じ取る。


 身体から重さが消えて空中に浮き上がり、パッと光が弾け、視界が一瞬ねじれて黒に染まった。

 浮遊感が唐突に消失し、そのまま落下する。


 事態が把握出来ずに固まっているイーシャと違って、ラムザアースは冷静だった。

 転移特有の現象に慣れきっている彼は、義妹を腕の中に抱え込んだまま、軽やかに着地する。

 そうして、身体を離すとイーシャの左手と自身の右手を繋いで、周囲を見渡した。


 ラムザアースが油断なく周囲を観察する様子に、イーシャは我に返った。

 条件が該当していないはずなのに、どうして転移したのかと考えるのは後でいい。


「……ここって……」


 イーシャの目に飛び込んできた光景は、かつて見たものと非常によく似通ったものだった。

 カタストロフが封じられていた頃の、先程までいた空間に。



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