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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
37/59

第三十三話 闇の民の事情

ちょっと遅れました。



 書状を見たイーシャは、思わず目を擦った。

 改めて見ても、結果は同じ。


 新品の上質紙に、古代魔道文字ルーンが書き連ねてある様は、酷く違和感溢れる光景だ。


 正しい書き方、正しい文字並びがこうあるべきだという、良い手本になりそうではあるが、大抵の者では容易く読み取れないどころか、文字である事すら判別不能な文章。

 幾語か、イーシャにも未知である単語と文字がある。

 失われた文字すらある事、超高等魔法を写した巻き物スクロール並みの魔力がめてある事から、書き手がカタストロフであるという点は決して疑われないだろう。

 闇の民は魔導師も多いから、古代魔道文字ルーンの解読も可能であるので内容が伝わらないという、根本的な問題も大丈夫だ。


 問題はその内容だった。


 読み解けない部分は想像で補うが、要約するとこうだ。

 勝手に自分の名前を使った事によって感じた怒りと文句、今後同行者付きでしばらくの間なら街に浄化しに行っても良いという事、不自然でなく自分が滞在出来るように夢の民とそれなりに友好を保っておけ――と、いう命令書と言った方が相応しい文章である。


 確かに闇の民サレはカタストロフを上位者と扱ってるものの、こんなに上から目線でいいのかとイーシャは悩んだ。


「……カタストロフ殿。貴方からという点は疑われないと思うのですが、どうしても貴方を迎え入れたい理由が、今回の闇の民離反に関係してあるのでしょうか?」


 同じように文章を読んでいたラムザアースが、そんな事を聞いた。

 カタストロフは、大皿に載った小麦粉を練って焼いた塩菓子をつまみながら頷く。


「オーウェンが言うには、あいつ等の本拠地の近くに、十年くらい前に起きた地震の影響で出来た洞窟が、年に数日の割合で異界に繋がるらしい。当然、危険な動物・魔獣・魔物が出てきても良いように厳重に監視体制を作って、有志を募って探索に向かわせた」


 後回しにしていた、非公式の方の離反理由に関係がある。

 イーシャはそう悟った。


 これほどダルそうに軽く言うような内容ではない。

 異界に続く洞窟など、世紀の大発見である。


「異界から戻ってきた連中の話を聞く限りでは、そちらの世界の一つの大陸で、今のところ意思疎通が出来る存在は魔獣しか確認できていないらしい」

 

 幾つか摘んでしょっぱかったのか、カタストロフが一気にカップの中の茶を飲み干す。

 流れるような動きで、移動したシイルがすかさず空のカップに茶を注いだ。


 本日のお茶は、綺麗な緑色が特徴のエウドリ諸島産のニン茶というもので、ほんのり渋いが後味が残らず口の中がさっぱりとして飲みやすい。

 ラムザアースの亡き母親はエウドリ諸島の首長の娘であるので、良く飲んでいるからシイルはこの茶を選択したのだろう。


 部屋の主が食べ始めたのを見てか、スアウが隣の皿に載っていた蒸し菓子を口にする。


「その世界全てを調べつくしたわけじゃない。が、洞窟から繋がっている先の大陸はスノーンの半分ほどの面積であっても、住んでいる人種がいない……サレにとっては理想の楽園ユートピアに近い土地だ。俺が封印された後、危機感を感じていた連中が、どうすると思う?」

「移住しようとするわね」


 闇の民はヒトに対して良い感情を持っていない。

 先程イーシャにも理由が分かった事だが、始終おぞましい魔素を撒き散らす者達とは極力近づきたくないと考えているはずだ。

 王国に仕官していない理由は、これに尽きるのではないかと思う。

 ディアマスと盟約を結んだのは、まだ他より政策がマシという判断からだったらしいと聞いている。


 そんな状態で、未開であっても理想の土地を見つけたら間違いなく、住みやすいように準備をして移住を敢行するだろう。

 離反=戦争ではなく、離反=異界への引っ越し宣言だったようだ。


「移住のための離反ですか……悪意からの離反宣告でないのは良い点ですが、人口の面からみても経済の面からみても、ディアマスとしては諸手を振って歓迎出来ない理由ですね」


 ラムザアースは難しい顔をした。

 おそらく、イーシャ自身も全く同じような表情を浮かべているだろう。

 

「当初は、先ず百人ほどの若い世代が移住して、村を作り生活基盤を完全に整えてから徐々に規模を拡大していって、数十年から数百年かけて全員異界に移動する予定を建てていたようだな」

「当初、と言う事は今は違うと?」

「ああ。俺が封印から出てきたから、意見が割れた」


 カタストロフはもりもりと塩菓子を食べている。

 公式文書に触れるのに塩まみれ油まみれの手ではいけないので、イーシャは一口も口にしていないが、そんなに美味しいのだろうか。 


「移住するのは、『魔王』が生まれなくなった事が一番大きな理由だ。保守的で、生まれた地を離れたくない奴等も多い。今よりも魔素に染まらずすむ未開の地に惹かれる気持ちもあるが、住み慣れた土地から離れないでもいいなら、それに越した事はない」

「――ちょっと待って。クー、『魔素を制す王たる器』って闇の民随一ずいいちの魔力保持者って以外に何か重要な役目があるの?」


 カタストロフは無造作にニン茶をすすり、小さく首を傾げた。

 怪訝そうなイーシャとラムザアースを見て、蒸し菓子を頬張ほおばるスアウに顔を向ける。

 彼女が食べ終わるのを待って、カタストロフが問いかけた。


「『魔王』に求められる役目、知ってるよな?」

「知ってる。大気中とそれ以外の魔素の定期的な浄化」


 スアウの答えに、正解とばかりに頷くカタストロフ。

 なるほど。

 小さくラムザアースが呟いた。


「闇の民は常時魔素を吸収している。自分の意思でなく。個人の許容量を超えた場合に何かマズイ点があるから、『魔王』が存在している場合、体内の過剰魔素を引き出す――と、いうことでしょうか?」


「そういうことだな。俺が封じられる事で随分瘴気が減ったとはいえ、『魔王』はサレに必要だ。三千年以上いなかったから、望む気持ちが蓄積した分熱狂的に氷魔王オレの身柄を望んでいる。異界移住を強行しなくて良くなる分、余計にな」


 おもむろに、カタストロフはおしぼりで手を拭くと、蒸し菓子に手を伸ばした。

 塩菓子に飽きたか、スアウが黙々と食べているので気になったのだろう。


「だからオーウェンは俺を連れ出したかったが、俺にキッパリ断られた。あの頃は封印された理由もろくに分からなかったし、情報を集めるには此処に居た方が良いと判断したからな。

 重症な奴を連れてくれば良いと言ったら引き下がったが、ちょうどニンフが離反した。それで、移住強硬派のサレが良い離反理由が出来たから便乗した、ってのが今回の顛末てんまつだろ。意見が二つに割れたままだから、氷魔王カタストロフに大陸の覇権を委ねる――なんて文章になったんだと思うぞ」


 だから、この文章で良い。

 そうカタストロフは言いたいようだ。


 闇の民の困っている問題を解消する事に、異論はない。

 浄化しに行ってやるから、代わりにこちらの指示に従え――と、闇の民側は受け取る事だろう。


 これはどれだけ、あちらがカタストロフを望んでいるかにもよるが、三千年以上待ちに待っていた人物の言葉なのだ。おそらく、全面的に呑む。

 もともと異界への移住の計画もゆっくりと進めるつもりだったのだから、多少遅れるくらい何でもないと判断を下す可能性が高い。

 千を生きる民族だ。本来、気は長い。


 ブルートゥスは戦乱の大陸。


 離反の機会はこの先も在るだろうし、東大陸ハッシュガルドのリーン女王国や南大陸スノーンのラスス皇国のように、ディアマスが千年以上続く保証など何処にもないのだから。


 ついでに実績も無い。

 ブルートゥスでの最高記録は二百年ほど前に滅んだエリシエイル王国の、三百十七年だ。

 一月持たなかった国だってある。


「……色々な情報を聞かせて頂き、感謝します。カタストロフ殿。書状はこのまま変更せず、送る事にしましょう」


 ラムザアースはそう言うと、慎重な手つきで書状をくるくる巻いて、リボンで固定した。

 カップの中の茶を一気に飲み干すと、注ごうとするシイルを手振りで制止する。


「ラズ、もう行くの?」

「ああ。闇の民の離反解決は早ければ早いほど、ディアマスも安定する」

「――ちょっと待て」


 立ち上がりかけたラムザアースを、何故かカタストロフが止めた。


 思わぬところからの制止に、イーシャは目を見開いた。

 カタストロフも人見知りする方なのだ。

 用も無いのに自発的に呼びとめるなんて事は、まずしない。


「何か御用でしょうか?」

「お前、丸一日予定を空けれるか?」


 質問に質問で返され、ラムザアースは僅かに眉間へ皺を寄せた。

 怪訝そうな表情だったが、ややあって頷く。

 そうかと呟いて、カタストロフはイーシャに顔を向ける。


「イーシャ、お前はどうだ? 丸一日休めるか?」

「え? 私も? 二、三日待ってくれれば緊急でなくとも休めるけど……もしかして、クーの用事に関係があるの?」


 カタストロフは大きく頷いた。


「エーリスが鎖が砕けたら来いと言っただろう。つまり、あの遺跡に何か手掛かりがあると言う事だ。調べに行きたいから、一緒に来い」


 数日間、自分の問題なのに殆ど何も出来なかったから、行動したいようだ。

 言っている事は、理屈としても間違ってはいない。

 封印具が一つ、二つ砕けてからでないと機能しないかもしれないと言う不安はあるが、再封印に対する情報になりそうなものは集めるだけ集めたいのだろう。


「……私は構わないけど、なんでラズも?」

「目は多い方が良い。ラズの方は俺の見てる視界に近いから、イーシャや俺が見過ごしていたモノに気付く可能性もある」


 イーシャはラムザアースを見やった。


 現時点で彼は、対闇の民の副将である。

 そうそう簡単に王城を離れるわけにはいかない。

 しかし、アルウェスの再封印に関する情報は全てにおいて、優先されるのだ。

 カタストロフの事情は全て、ディアマス上層部は知っており、当然ラムザアースも知っている。


「分かりました。調整して、丸一日空けます。フィアセレス様にも連絡をとる必要がありますので、明日と言うのは不可能ですが」


 イーシャの予想通り。

 ラムザアースは承諾すると、今度こそ邪魔されずに立ち上がって部屋から去っていった。



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