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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
36/59

第三十二話 将来設計

一日ぶりです。

本当に師走は忙しいっ!!


新たにお気に入り登録して下さった方、

評価なさって下さった方、ありがとうございます。

高評価にうかれた作者です。

気を引き締めて、完結までひた走ります!!



「数日ぶり。氷魔王。改めて礼を言いに来た」


 ラムザアースの腕から手を離し、スアウはカタストロフの前まで来ると、ひざまずいて深く頭を下げた。


海竜王リヴァイアサンの命を救ってくれた大恩。その恩にむくいる。わたし達水の民ニンフは貴方の望むよう、ただ一度ひとたびのみ、海竜王リヴァイアサンに関する以外のどんな事でも指示に従うと誓う」


真摯しんしな眼差しで告げるスアウに、カタストロフは頷いて見せた。


「お前達の気持ちは分かった……そうだな、イーシャが死んで住む場所が無くなったら、かくまってもらうかもしれない。それでも?」

「匿う? 養うじゃなく?」

「匿うで合ってる。俺は表舞台に立つ気が無いからな」


 カタストロフの寿命は何時までか、誰にもはっきりと分からない。

 竜並みに生きる光の民アルヴと、千の年を生きる闇の民サレの混血という世界に一人だけであろう人種だからだ。

 彼の言う竜は、おそらく古代竜エンシェントドラゴンの事であろう。

 現代生きている竜の寿命もハッキリとは分かっていないのだから、見当もつけにくい。


 現時点で、彼が百年単位で生きているのは、その言動の端々から分かっている事である。

 そしてヒトであるイーシャが、カタストロフを置いて死ぬのは当然の事で、確定した未来だ。

 後見がいなくなった時点で、カタストロフが困った事になりかねないのも想像は容易たやすい。


 本来ならば、彼が頼るのは闇の民だっただろう。

 『至上』呼ばわりされているぐらいだ。

 カタストロフを崇拝する闇の民達は、歓喜でもって彼を迎え入れたに違いない。

 しかし、あらゆる物事に巻き込まれる事を嫌う彼が、現状で闇の民に身を寄せるという可能性は無いのだ。

 意思に反して担ぎ挙げられ、不満も多少ある状態。

 今回の件が穏便に収まらなかったら、余計に行きにくいだろう。


「匿って養うでも構わない。貴方一人ぐらい、扶養が増えても十分やっていける」

「……アルウェスの事は聞いているか?」

「聞いている。その件で、正式にディアマスから内密の調査要請を受けた。封印が完全に解けて貴方が死に、世界を腐らせて喰らう魔物が放たれれば、わたし達も困る」


 カタストロフはフゥ、と溜め息を吐いた。

 大理石で出来た長方形の卓テーブルに両肘を乗せ、組んだ両手の上に顎を載せて前かがみになる。跪いたままのスアウと、顔上半分を隠したカタストロフの目線が同じくらいになった。


「はっきり言うとだ。俺はアルウェスが消滅させるために、寿命が延びている可能性が高い。氷結封印されていたとはいえ、その間も完全に老化が止まってたわけじゃないからな。ごくごくゆっくりとだが、身体の時計は進んでいた。

 その証拠が、俺の髪だ。封印された時点より、五、六セト伸びてる。約三千五百年で数か月分、俺の身体は年をとっていた。解放されてからも、前に比べて代謝が緩やかになってる……下手をすれば、万単位で生きるかもしれない。

 ただ一度、海竜王リヴァイアサンを癒した程度で、そこまで負担は掛けられん」


 だから匿うだけでいい。

 そうカタストロフは考えたようだ。

 水の民は戦闘能力の面で恵まれていないが、穏和で世情に積極的に関わっていくような性質など持ち合わせていない民族である。

 利用されそうにない分、ただ飯ぐらいでいるのは気が咎めるらしい。


 スアウはしばし、考えるように伏し目がちになり黙り込んだ。

 ややあって、大きな目でカタストロフを見つめる。


「……貴方、浄化する。その代価に、わたし達生活の面倒みる。これでいい」


 魔素による治安の影響と、魔物の発生のメカニズムを語ったのは彼自身だ。


 正式に定期浄化で魔素を消すのを仕事にすることで、扶養する事を終身雇用条件に切り替えた。

 治安が良くなれば、その分ニンフ達の心の平穏に繋がる。

 魔物が出にくくなる事で、人材的経済的な被害も少なく済む。

 双方にとって、悪くない状態だ。


「そうか。そういう体制を取ってくれるなら、匿ってくれ。記憶を取り戻してから、最大範囲で浄化するのは俺の日課だ。特に負担じゃないな」


 妙にカタストロフがダラけているのは、もしかするとそれに関係があるのかもしれない。

 イーシャはそう考えたが、本題から遠ざかる可能性があったので、用事が済んだ後で聞く事にした。


 スアウが立ちあがるのを待ってから、手でラムザアースを示す。


「クー。こちら、ラムザアース殿下。私の義理の兄に当たるわ」


 静かに二人の話し合いを見守っていたラムザアースは、突然のイーシャの指名にも動揺せず、対応した。

 イーシャの隣まで移動し、軽く頭を下げ、微笑む。


「ラムザアース=アフラン=エウドリ=ディアマスです。ラズとお呼び下さい。氷魔王カタストロフ殿。周囲から、貴方の事はうかがっています」


 おや。珍しい。

 イーシャは意外に思った。


 礼儀正しいのは、カタストロフを上位者と判断したからと納得がいく。

 しかし、ラムザアースは興味がない者に対して愛称で呼ぶ事を許す事はおろか、愛想笑いなどしない人間だ。

 それが許されている身分である。


 イーシャだって、初対面の時に愛称で呼ぶ事を許されはしなかったし、彼から笑いかけられるようになったのは理由は教えられなかったものの、数か月間ラムザアースがセリシェレに弟子入りしていた関係で一緒に過ごす時期があったからだ。

 

 カタストロフの空前絶後の美貌のせいだろうか。

 そう思ってすぐに、イーシャは違うと否定した。

 確かに、ラムザアースの表情に称賛の色があるものの、そんな俗っぽい理由で他者に関心を向けるような人間だったら、もっと後見勢力は彼を王位に向けて押し出せたはずである。


 イーシャの疑問は、カタストロフが身体を起こし、じいっとラムザアースの方に注目した事で氷解した。


「……珍しいな。お前、俺の周りで何が起きてるのか視えてるだろ」

「はい。貴方の周りに、極小の黒い『何か』が吸い寄せられて虹色に弾けて消え失せるのが見えます。キラキラして実に目映まばゆい」


 カタストロフに吸い寄せられて光って消える、黒い粒。

 それに、イーシャは覚えがあった。

 魔素だ。

 それが浄化される様が、ラムザアースは普通に見えているらしい。

 ただでさえ、美の象徴のように麗しい人間の周りで常にキラキラぴかぴか光っていれば、幻想的であると同時に気になっても仕方ない。


「その黒っぽいのは魔素だ。俺は、意識せずとも常に周囲の魔素を浄化してる。生まれつき常に魔素が視えるのは、サレくらいだぞ。夢の民で、その眼を持つか。随分と生きにくいだろ」

「……魔素とは知りませんでしたが、慣れました。それに、人となりを判断する時に役に立っています」


 魔素は負と悪意。


 イーシャは、ラムザアースの他者に対する無関心っぷりの理由の一端が分かった気がした。

 常にそんなものが見えているのなら、好んで近付かないだろう。

 もしかすると、彼がアルフェルクに妙に傾倒しているのは、比較的魔素を撒き散らさない人間であるからなのかもしれない。


 海竜王リヴァイアサンの治療中に現れた可視化した魔素は、彼女から見てもおぞましいものだった。

 同じように視えるという闇の民が、ヒトに対して嫌悪感丸出しの眼を向けてくる一因は魔素にあるだろう。

 なにしろ、夢の民ほど魔素を生みやすい民族は他にない。


「そうか。それで? ラズとやら、お前は俺に何の用だ?」


 再び、長椅子ソファーの背もたれに体重を預け、だらりとしながらカタストロフが尋ねた。

 そのやる気がなさそうな様子は、実に偉そうだが、不思議と不快感はない。


「理由があってもイーシャの味方となってくれている事に、義兄あにとして感謝を。そして、今回行き違いがあったとはいえ、縁深い闇の民サレに対して文章面から説得に回って下さるとの事で、作戦本部の人間として協力者へのご挨拶に参りました」

「なるほど。ちょっと待て」


 カタストロフは呟くと、おもむろに立ち上がった。

 垂れていた無気力さが嘘のように素早く、その姿が主寝室へと消えていく。


「スアウ様、ラズ。座って待ちましょう」


 未だに誰も座っていないままだったので、イーシャはそう声を掛けた。

 先程までカタストロフが沈んでいた場所を避ける形で、対面にある長椅子ソファーにラムザアース。

 一人掛けの椅子にイーシャとスアウがそれぞれ腰かける。


 カンカンカン!!


 ノッカーを叩く音に、イーシャは入口を振り返った。

 扉は開かない。

 ノッカーを叩いても無意味だと知らないか、第三者が居ると知っているか。


「入りなさい」

「――失礼いたします」


 イーシャの返事に、扉の片側が開いた。

 予想通り、そこに居たのはシイルで、お茶一式が載った台車を押して入ってくる。


 シイルが茶菓子を並べ始めるのと、主寝室からカタストロフが戻ってきたのは、ほぼ同時だった。

 彼の手にはリボンで巻かれ、筒状になった上質な紙が握られている。


 カタストロフ登場に、ますますシイルの緊張が高まったのが分かったが、イーシャは見なかった事にした。

 可哀想であるが、これは彼女の仕事の範囲内である。

 見慣れない重要人物が二人揃って訪ねてくる事は、そうそうないが今後ありえないとは言い切れない。

 ちょっとした試練とでも思ってもらおう。


「頼まれていた物だ。確認しろ」


 すすっとシイルが本来の主人であるイーシャの後ろに控え終わった瞬間、カタストロフが口火を切った。

 依頼したイーシャではなく、ラムザアースに向けて渡したのは、そちらの方に主権があると感じ取ったからだろうか。

 受け取って義兄がイーシャを見たので、言わん事を察し、見やすいように彼の隣に移動する。

 ラムザアースは彼女が座るのを目で確認してから、リボンを解いて書状を広げた。




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