第三十一話 宝物庫
何か話が進まない……(汗
今日は寒いですね。
またしてもギリギリな仕上がりなので(現在23:55)、編集が甘いです。
タイトルが残念すぎる(TwT
アルウェスという世界の危機が迫っていると分かっても、カタストロフの生活に大した変化はなかった。
本人は古代書探しを手伝いたがったが、貴方がいるだけで集中出来なくなる者が多いから来ないでほしい――そう宮廷魔導師長にキッパリ言われてしまったので、手伝いを諦めたと言った方が良い。
それでも、何もしていないと焦燥感に駆られるのか、王城に滞在したままのリア・ノインに毎日何らかの情報を聞きにいっている。
そうイーシャは、シイルからの報告で聞いていた。
どおりで、闇の民に向けた再盟約勧告の手紙を二つ返事で引き受けるはずだ。
カタストロフはアルウェスへの恐怖のあまり色々考え過ぎて、何かしてないと不安であるらしい。
今回の訪問で、少しは気分が上向けばいいけど。
イーシャはそんな事を思いながら、宝物庫の一室の扉を開けた。
何も無い、頑丈で広いだけの部屋だ。
遠征王の時代は、あと数室ある空の宝物庫の天井まで埋めるほどに金銀財宝が入っていたが、後を継いだルーフィアの手によって売り飛ばされ、公共事業を始めとした内政改革の資金源となったのである。
一応、ちゃんと国宝に指定されている財宝の類は、役目をはたしている宝物庫にある。
しかし、全盛期たる遠征王の時と比較すると、三分の一もない。
スアウは空の宝物庫の中心に『蒼の閃』を安置すると、柄に貼られた呪符を千切った。
呪符が剥がれ落ちた瞬間、『蒼の閃』の周辺を冷気が取り巻き、あっという間にぶ厚い氷が大鉾の全体を覆いつくす。
それだけでは『蒼の閃』に宿っているアクエリオスの気が済まなかったのか、もともと封印がそういう術式だったのか。
冷気は壁、床、天井まで広がっていき、見る間に氷が宝物庫の中に張り巡らされた。
中心である大鉾は脈打つように、強烈な魔力を撒き散らして光っている。
イーシャは漂う冷気に後ずさると、廊下へと逃れた。
ラムザアースは元々扉から部屋の内部へ入っておらず、一面の氷の世界をじっと観察している。
スアウは氷に両足をとられたようだが、何事か彼女が呟くと、氷はスアウの周囲から退いていった。
「これで良し。イスフェリア、氷魔王のところ、案内ヨロシク」
動揺の欠片もない様子でスアウは宝物庫を出ると、そう言った。
イーシャは頷き、扉を閉める。
ガチャリ。
専用の鍵をかけると、扉に光る魔法陣が浮かび上がった。
すっと、ラムザアースが流れるような仕草で手袋を外し、魔法陣に右手を触れさせる。
バチバチと音を立て、障壁に割り込んだ彼の指先が裂け、こぼれた血が光に触れた。
「〈――この扉を開くもの、この血に連なる存在であれ――〉」
血の呪。
賊などの関係の無い者を、重要な場所に容易に近づけさせないために施す簡易術式だ。
これで、ラムザアースの血縁しか、鍵を持っていても障害なしでこの扉を開ける事が出来なくなる。
このままでは、イーシャやアルフェルクは開けられない。
血の呪は、術者の兄弟などの近縁や子孫が対象なのだ。
彼の父親の異母姉の孫では、近縁の対象とするにはやや遠い。
扱えなくとも、何かの理由で必要になる事はある。
イーシャは慌てて、義兄と同じように手袋を外した右手を魔法陣に伸ばし、己の血を光に触れさせた。
同様に唱えると、すぐさまラムザアースに腕をとられ、引っ込めさせられる。
「イーシャ。魔力を纏いもせず利き腕を突っ込んだな。私のように脆い部分が見えてないのに、無茶をする」
しげしげとラムザアースは、イーシャの裂けた右手を眺め、不快そうに眉を寄せた。
彼の右手は中指の先端が少しばかり裂けただけで、彼女のように右手全体に裂傷を負っているわけではない。
『天眼』の視界から拾った情報を活かして、普通の剣で飛んできた魔法をぶった斬って無効化出来るラムザアースである。
今回も、見切って最小限の傷で済んだらしい。
ラムザアースはイーシャの右手を持ったまま、絹の手巾を片手で取り出した。
布地の端を咥え、片手で引っ張って引き裂く。
彼は、慣れた手つきで簡易包帯をイーシャの右手に巻きつけた。
「あとできちんとした手当てを受けろ」
「うん。分かってる。ありがとう、ラズ」
軽く右手を握ったりして様子を確認してみる。
イーシャが障壁に触れていた時間が短かったせいか、見た目ほど深い傷は無く、チクチク軽い痛みがある程度。
数日で完治する程度の軽傷だ。
しっかり包帯を巻いて手袋をしていれば、今の時点で剣を握っても平気だろう。
宝物庫の鍵を安置所に返すと、イーシャはゆっくりとした速度で歩く事に腐心した。
スアウに合わせたのである。
今回はディアマス側の反感を最小限にするためか、スアウは杖またはその代わりになる物を所持していないからだ。
宝物庫までと同じようにラムザアースが杖代わりを申し出て、エスコートしているとはいえ、普段のイーシャの歩く速度は一般女性に比べてかなり早い。
ゆっくり歩くと念じていなければ、スアウに負担がかかっただろう。
王城の中心地から、イーシャの居住区間までは結構な距離があるのだ。
宝物庫のあった地下から一階に上がってしばらく歩いていると、シイルの姿が見えた。
そのおかしさに、イーシャは眉を寄せる。
政治の中枢地であるこの近辺を、イーシャ付き女官であるシイルが歩くのは、何らかの用事がある時くらいだ。
イーシャは特に何も命じていないから、用事も何もないだろう。
「――シイル? どうして此処に?」
「あ。イスフェリア様」
イーシャが声をかけると、ほっとしたように安堵の溜め息を吐き――彼女の背後に居る水の民族長と第二王子というディアマスの重要人物を目にして、シイルはぶわっと尻尾を膨らませた。
ぴんっと犬耳が立ち、くるんと尻尾の先端が丸まっていく。
「……二人の事は気にしないで」
「分かりました」
単にカタストロフに会いに行く途中なので、別段隠す必要はない。
しかし、そう告げたらカタストロフ付きでもあるシイルの立場から話が脱線しかねないので、イーシャは曖昧な言い方をした。
仕えている者に対して忠実で、主が白と言ったら黒でも白になるのが王宮付き女官というものである。
シイルは、何を考えたのか分かりにくい笑顔で頷いた。
「それで? 何故こちらに来ているの?」
「それが……カタストロフ様が、イスフェリア様に話したい事があるから部屋に来るよう伝えてほしい、とおっしゃいまして」
「……そう。分かったわ」
珍しい事もあったものである。
むしろ、彼から呼びつけるなど初めての事ではないだろうか。
だからこそ、シイルも大事と判断してイーシャを探しに来たのであろう。
「ちょうど私も、この二人もカタストロフ殿に用があって、ここまで案内して来たの。長引くかもしれないから、四人分の御茶と軽食の用意を」
「はい。かしこまりました」
この場の全員に向けて一礼すると、シイルは流れるように優雅でありながら、競歩と言っても過言ではない早さで一行の視界から去っていった。
イーシャはその後ろ姿をなんとなく見送ってしまったが、ハッと我に返り、再び歩き出す。
カタストロフは、また何かアルウェス並みに重要事態でも思い出したのだろうか。
イーシャはそう考え、違うと心の中で否定した。
重要事態だったら、もっとシイルを急かしているか、イーシャに同調して転移してくるだろう。
ただ単に、闇の民への書状が完成したから受け取りに来い――と、いうのも充分あり得る。
ここ数日忙し過ぎたイーシャは、書状の依頼を出したその一度しか、カタストロフの所に顔を出していないのだ。
水の民の件がある前は、毎日昼過ぎ、遅くともお茶の時間までには訪れていた。
イーシャと頻繁にあっていたから、カタストロフはわざわざ人を遣って呼び出す必要が無かったのである。
彼女が何時来るか分からなくなったから、来るまで待っているのを止めた可能性が高い。
思考を巡らせている間に、足は目的地へ黙々と進んでいたらしい。
イーシャが気付いた時には、カタストロフの部屋の前に辿りついていた。
ちらっと背後に目を向ける。
イーシャが感じ取っていた気配の通り、少し離れてスアウとラムザアースが立っていた。
スアウの呼吸は平常通りである。
どうやら、ゆっくり歩く事を無意識でも彼女は行っていたようだ。
こっそりと安堵の吐息をこぼし、イーシャは両開きの扉のノッカーを叩くと、返事を待たずに開けた。
義妹の不作法と言っていい行動に、ラムザアースが何か言いたそうな顔をしていた事に気付いたが、気付かなかったフリで無視して、室内に踏み入る。
ノックの習慣が無かったカタストロフ相手では、作法を守って返事を待っても無駄だ。
しっかりノックの意味を教えたのだが、室内に居ようと返事が返って来ない。
当然、カタストロフが扉を開けて迎え入れる事もないのである。
彼に付けた女官達も最初は戸惑っていたが、今は慣れたもので、ノック+入室の挨拶のみで待たずに扉を開けるくらいだ。
居間にはカタストロフの姿があり、だらりと新しい長椅子に腹ばいで寝そべっていた。
重大な用事があるような人間がする態度ではない。
「こんにちわ、クー。今日はお客様を連れてきたの。シイルから用事があると言付けは受けたけど、それは急ぎの話?」
「別に。それより、俺に客?」
カタストロフは来客と聞いて、姿勢を若干正した。
具体的に言うなら、うつ伏せ状態の身体を起こしてイーシャの後ろに目を向けただけで、姿勢自体は未だグテっと垂れている。
スアウとラムザアースは、予想外の垂れっぷりにやや戸惑ったようだが、部屋の主たるカタストロフに向け、軽く目礼をすると居間に入ってきた。
ラムザアースは割とチートです。
というか、出てきた若いディアマス王族の三名は全員チート。
イーシャも、はたから見ると十分チートな部類ですね。