第三十話 賠償
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「水の民ニンフ族長スアウ=ティカティ様が参られました」
イーシャが帰還して五日後。
ひとまず戦闘動員の説得が終わり、情勢が落ち着いたとの連絡がスアウからディアマスに入った。
今回の騒動の終了宣言と詫びの品を届けに行こうと考えているが、何時なら都合が良いかという確認の水の民上層部からの連絡に、レスクは即座に返事を返した。
その翌日の昼過ぎ。
イーシャは謁見の間に呼び出されていた。
玉座にレスク、その一段下の右側にアルフェルク、左側に宰相オースガルド。
王太子から一段下がったところで、玉座から見て右側にラムザアース、左側にイーシャが直立して控える形になっており、他にも重臣達が各々の待機場所で控えている。
その光景は壮観の一言につきた。
スアウはそんな重厚な雰囲気漂う謁見の間の空気をモノともせず、何も持たずに静かに歩いてくると所定の位置で膝を着いた。
首を前斜め十五度傾けて目を伏せ、胸の前で握り拳を作った両手を関節部分が噛み合うように当てて、そのままゆっくりと咽喉元まで上げる。
その仕草は水の民の、正式な謝罪を示す礼だった。
イーシャを含め、この場に居合わせたもの全てが、知ってはいても初めて目にする礼である。
「――よくぞ参った、スアウ=ティカティ。面を上げよ」
レスクの重々しい声に、スアウはゆっくり顔を上げた。
オースガルドが書状を広げ、読み上げる。
「今回、長年に渡って続けられていた一部の夢の民ヒトによる、水の民ニンフ連続拉致暴行殺害事件――通称『人魚狩り』における我々ディアマスに対する確執、海竜王の重体によって爆発したヒトに対する憤りの結果、盟約に定められていた期限を超過していた事も合わさり、メイザス王との間に認められた離反・反乱を起こした。
――ここまでに相違は?」
「無い。全て合っている」
スアウの口調は相変わらずだった。
元々、ディアマスで使っているブルートゥス大陸語は、夢の民ヒトの間で使われていた言葉であって、他の民族が生来話している言語ではない。
敬語でなくとも、ブルートゥス大陸語を話している事そのものが、既にヒトに対する譲歩であるのだ。
よって、この場に居合わせている重臣の中でも、動揺を見せたのはディアマス王家に対し忠誠心が強い者のみであって、その者も注意する馬鹿馬鹿しさには気付いており、指摘はしない。
オースガルドの罪状の読み上げは続く。
「ディアマスに対する人質として、第三王位継承権保持者であるイスフェリア=キュオ=イムハール=ディアマス王女殿下を。海竜王の治療薬剤材料の供給者として、火の民族長ドラクロ殿を戦闘ののち拉致。レノンにて二人を監禁。
……メイザス王との盟約内容に明記され、権利として認められているとはいえ、ディアマス王国に対し反旗を翻し、要人二人を誘拐。混乱を起こした事を認めますか?」
「認める」
「こたび水の民ニンフ族が犯したディアマス離反・国家反逆罪に対し、再び盟約を結ぶニンフ族長として貴女が差し出すものは?」
スアウは礼を崩して真っ直ぐ立ち上がると、パン! と、大きな音が鳴るほど強く両手を合わせた。
合わせた両手をゆっくりと左右に広げる。
バチバチと青い光が弾け――小柄なスアウの身の丈以上ある大鉾が、唐突に現れた。
一目で分かる。見事な業物だ。
刃先から柄の端まで、感嘆の吐息がこぼれるほどの素晴らしい美術品のようでありながら、紛うことなき実用品である。
刃の部分は全て輝く青いダイアモンド。
柄部分にある大きな丸い宝珠が、ひときわ目に眩しい。
スアウの持っている部分だけが呪符が巻かれているから、全く封印は解けていないのだろう。
持ち運びを楽にすると同時に、ディアマスに対して見た目の豪奢さを重視させるための処置のようだ。
もしかすると水の王は起きていて、少しの間だけという説得で呪符なしで持つという事を可能にしているのかもしれない。
「これはわたし達、ニンフの秘宝。銘は『蒼の閃』と言う。『紅の刃』の対。今回、わたし達の犯した罪の謝罪としてディアマスに与える、相応しい強力な戦略兵器」
スアウは『蒼の閃』を手に持ったまま、前進した。
何人かは抜刀し、レスクの壁になりに行ったが、手で制されてピタリと止まる。
周囲の複雑な視線を浴びながら、スアウはレスクの前で膝をついた。
「海竜王の容体、おかげさまで持ち直した。
この場に居ない、氷魔王カタストロフ殿。そして、彼の方の力を貸してくれるよう頼んだイスフェリア殿下に、水の民ニンフの誇りと血脈において、感謝の意を」
スアウはくるりと柄側を、レスクに向けて差し出した。
「この中に封じられた水の王アクエリオスは、深い眠りにつかれている。でも、素養無きものが持つ事を赦されてない。わたし達でも、長年この封印から水の王を解き放つ事、出来なかった。水の王の眠りが覚めて、契約を交わすまでは保管に厳重な注意を。そうでなければ、無用な死人が出る」
レスクは反射的に受け取りかけて、手を止めた。
「それでは、私には持てぬな。私は大地の属性だ。アルフェルク、お前は?」
いきなり話を振られて僅かに身じろぎしたが、それ以外の動揺を見せずに王太子はゆっくり首を振った。
「残念ながら。私の属性は風ですので」
「ラムザアース、お前はどうだ?」
ラムザアースは首を振った。
じっと『蒼の閃』に観察の眼差しを向けたまま、答える。
「私は複数の属性持ちですから、水の王のお気に召さないかと。
この『蒼の閃』の周辺に漂う魔力の波長からして、純粋で強い水属性の持ち主でなければ反発が起こって攻撃されますよ。本当に、見事な迎撃態勢になってますね。宝物庫に入っていた時の『紅の刃』と、そっくり同じです」
ラムザアースは『天眼』持ちだ。
命素の動き、魔力の強弱が常時はっきり見て取れ、精霊も視える。
他にも違ったものが見えるらしいが、どういうものか本人にも説明出来ないと言う。
過酷な暮らしをしていたディアマスの家系に時折現れる、先天性の体質である。
イーシャのように魔導師を目指していた者、現職魔導師であるもの垂涎の能力で、視るだけで複雑怪奇な魔道の術式をも容易に見破る。
その眼があるからこそ、イーシャと一緒に『紅の刃』の封印を解く事が出来たのだ。
そのラムザアースが言い切るのならば、水の王のお気に召すような強い水属性の持ち主でないと運ぶ事すら出来ないと言う事であろう。
ルビエラは火達磨にしていたから、アクエリオスは超高密度で超高速な水圧で潰されるのか、はたまたスッパリ切断されるのか。
「……おそれながら、申し上げます。陛下。この場で持てる者がスアウ様を除き一名もいないようですので、直接宝物庫まで運んでいただくのが良いかと愚考いたします」
イーシャは、そう提案した。
彼女は当然無理だ。
火の王と契約しているから、むしろ他の人間よりもキツイめに遭いかねない。
スアウ――と、いうより反乱騒動を引き起こした水の民に対して懐疑的な者は居るだろう。
だからといって、降伏の証でもある秘宝を運ばないで放置するわけにもいかない。
「そうだな。そうする事にしよう。スアウに対し、不安を抱く者がいるやも知れぬ。イスフェリア、ラムザアースと共に宝物庫へ案内せよ」
言いだしっぺが責任取れ。
口に出してはないが、レスクの発言は暗にそう語っていた。
ラムザアースは『蒼の閃』の危険を明言したから、完全なとばっちりでもないし、もう済んだ事とはいえ誘拐犯とその被害者を二人きりで連れ立たせてるのはマズイ――という判断あってだろう。
「ちょうどいい。氷魔王にも改めて礼をしなければ行けなかった。直接会いたい。出来る? イスフェリア殿下」
スアウの提案に、イーシャは頷いて見せた。
彼女が帰還した日は、レスクとの謁見の後すぐ、借り受けた魔導師打ち合わせが入り、ラムザアースへカタストロフの紹介をするどころではなく。
今日までは、アルウェス対策と溜まっていた通常書類業務に忙殺され、時間が取れてなかったのだ。
ちょうどいい。
イーシャとしても、同感である。
「……その他に、ディアマス側に対して譲渡するものはありますか?」
ひと段落した。
そう判断したらしく、オースガルドが冷静極まりない様子で、先刻の罪状判決に話題を戻した。
何処か緩んでいた空気が、その言葉にぴしりと引き締まる。
「水の民ニンフ族は、所持していた秘の一部を公開し、提供し、知識を渡す」
スアウの言葉に、予め内容を伝えられてなかった、王族+宰相以外が瞠目した。
海底に他の民族でも生活可能な都市を造り出すほど、水の民の独自技術は優れている。
それを一部とはいえ、差し出すと言うのだ。
驚くのも無理はない。
これで、余計なちょっかいを出そうとする者も出ないだろう。
水の民は、罪状を覆すに相応な対価を差し出したのだから。