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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
31/59

第二十八話 仲良しきょうだい

今回予想外に目立ってる人の作者イメージは外見まるで違うけど、活動的な執着心ありのシュナイゼル(byコードギアス)です。

 硬直したのはイーシャだけではなかった。

 無断で乙女の主寝室に乱入してきた、二人組の片割れも同様である。


 全く動揺していない方は、柔らかい赤毛に菫色の垂れ目をした長身の美青年――アルフェルクであった。

 その異母兄は、硬直したイーシャを、じーっと眺めている。

 白いシャツを羽織はおっただけで、胸当てブラジャー、ショーツ、ガーターベルトに靴下なほぼ下着姿の異母妹に対し、実に遠慮のない観察の眼差しだ。


 問題は、動揺して硬直しているもう片方。


 陽の光に透けてキラキラ輝く金髪。

 天然の紫水晶アメジストを彷彿とさせる、角度によっては色が変化してみえる瞳の切れ長の目。

 繊細に整った顔立ちに、薄い象牙色の滑らかな肌。

 鍛えられ引き締まった長身痩躯を、白と藍を基調とした飾り気の少ない武官服に包んだ美青年だ。

 見た目だけなら、夢見る乙女が想像に描く正統派王子様然とした彼は――王城に居ないはずの義兄ラムザアースであった。


 おそらく彼は、予想より早く帰還出来たので、まずアルフェルクへ挨拶に行ったのだろう。

 レスクに謁見要請しても、すぐ呼び出されるとは限らないので、時間潰しも兼ねてだ。

 イーシャの帰還を伝えられ、レスクとの父娘おやこ再会が終了したのを見計らって彼女の顔を見に来た王太子に引っ張られる形で、イーシャの自室へ先触れも無しに突撃をかますハメになった。


 本当に相変わらず、巻き込まれ体質だ。

 着替え中の義妹兼内密の婚約者と遭遇そうぐうなんて、何処の恋愛活劇ラブコメだろう。


 そこまで判断し、イーシャは立ち上がって近くに置いてあった『紅の刃』を掴んだ。


「二人とも、さっさと出てって!!」


 イーシャはきりきりと柳眉を逆立て、眼光鋭く睨みつけながら、抜刀した。

 彼女の怒りに反応し、大剣の刀身に逆巻く炎が駆け上がる。


「すまない。イーシャ」


 ラムザアースは謝って出て行ったが、アルフェルクはニコニコしたまま無言で出て行く。

 イーシャは炎を消して納刀すると、楽しそうに状況をただ眺めていたルビエラに顔を向けた。


「ルビエラ。ちょっとお兄様に――ああ、アルフお兄様の方ね――火、着けてきて。すぐ消えるので良いから」

「は~い」


 ルビエラは楽しそうな顔のまま、クスクス笑い声を上げて寝室から出て行った。

 パタン。と、小さな音を立てて扉が閉まる。

 イーシャは寝室の扉に鍵をかけると、着替えを再開した。


「お兄様は相変わらず困った方ね。ラズも止めればよかったのに……」


 ラムザアースはどういう訳か、昔からアルフェルクに逆らわない。

 これはディアマス七不思議の一つである。


 彼は基本的に、何に対しても執着が薄い。

 必要がある、必要があるかもしれない――という考えで、様々な分野ジャンルの知識を集めて覚えはするが、興味があるのとは違うので、額面通りに受け取らないしこだらない。

 それが柔軟な発想に繋がっている。

 自分自身に対しても関心が薄く、軍に入るまでは傍仕えが用意していた物をなんら注文付けずに着て、伸ばすと邪魔だという理由で短髪にしていたぐらいだ。

 彼が軍に入ってから、イーシャは武官服以外着てるのを見た覚えがない。

 

 そんな彼だからこそ、王族随一の視野の広さを持つ。

 万物に関心が薄いが故に、ほぼどんな時も平静であるため、重要な判断を誤る事が無いのだ。

 歴戦の知将の様々な知略のみなもとは、彼の無関心から成り立っている。

 関心が薄いと言えど、己の身分・地位・権力による責任感・義務感・自覚は持っており、彼は非常に有能であった。


 多くの人々にとって残念な事は、彼の数少ない関心を寄せる人物の筆頭がアルフェルクだという点であろう。

 二人は仲の良い兄弟――というより、主人と忠実な下僕しもべに近しい。

 これが今まで、ラムザアースが王位継承権二位に甘んじている理由だ。

 当人にその気がないどころではない。

 無理に対抗馬としてもっていくと自殺するか、順位を上げようと目論もくろんだ関係者全員を速やかに処分して回りかねないのだ。


 人々は噂する。

 王太子はラムザアースに催眠術か、服従の呪いか、薬物で精神操作でもしたのではないのか――と。

 ただの噂と笑い飛ばせないのは、アルフェルクがやろうと思えば実行に移す人物で、精神操作が可能なほどに天才だからだ。


「んん。よし、あとは髪だけね」


 イーシャは着替えも身支度も、身分と不釣り合いだが自分一人で出来る。

 これはセリシェレの教育の成果だ。

 ドレスの際はさすがに手伝ってもらっているが、基本一人で簡単な身の回りの事は出来るよう、きちんと教育された。

 軍に入って戦場に出る王位継承権保持者達も同様で、この数年毎日側仕えの手を借りて身支度しているのは、王太子妃のみである。


 慣れた手つきで髪を纏め、ピンと髪留めで高い位置に固定すると、イーシャは立ち上がった。

 睨むように寝室の扉を見てから、足早に歩み寄り、鍵を開けて外に出る。


 主寝室は居間と繋がっており、すぐさま他人の家でくつろぐ二人の姿が、イーシャの視界に飛び込んできた。

 来る途中に手配していたのだろう。

 王子二人は二脚の長椅子ソファーにそれぞれ座り、実に優雅にお茶をしていた。

 ルビエラはふわふわ浮きあがって、二人の様子を眺めている。


 アルフェルクの座る長椅子ソファーの後ろに、イーシャ付きの女官である獣の民バーンのシイルが直立不動で控えていた。

 着任時に触らせてもらったモフモフした長い尻尾が、ぶわりと膨らんで先がクルンと丸まり、犬耳がピンと立っている。


 可哀想に。緊張しているらしい。

 シイルは有能かつ度胸があるので、最近はカタストロフの世話役の一人に任命していたが、ここには王太子と第二王子と、ついでに火の王まで揃っているのだ。

 この面子相手に緊張するなと言うのは、どだい無理な話である。


「シイル、下がっていいわ」

「承知いたしました、イスフェリア殿下。それでは王太子殿下、ラムザアース殿下。御前、失礼いたします」


 シイルは一礼し、優美かつ足早に去っていった。


 イーシャはそれを確認すると、二人に近づいた。

 長椅子ソファーは居間に二脚しかないので、一瞬迷ったが、義兄の少し離れた隣に座る。

 彼女からしてみると、話があるのはラムザアースなので、彼と向き合った方が遣りやすい。だが、少しの空間は取れるとはいえアルフェルクの隣に座るなど御免であった。

 イーシャが座るのを見て、何を考えたのかルビエラが長兄の隣に座る。


「お帰りなさい、ラズ。ただいま帰還しました、アルフお兄様。それで? 一体、何をしにいらしたの?」


 イーシャは前者には笑顔を、後者には冷え切った眼差しを向けた。

 分かりやすい差別に、アルフェルクはフルフルと首を振り、肩をすくめて見せる。


「悲しいね、イーシャ。お前が無事なのは聞いていたけど、可愛い妹の様子を案じて此処ここまで足を運んできたこの兄を、押しかけたタイミングが悪かったとはいえ、邪険にするなんて……

 ラズだってしっかり見てたのに、僕だけ燃やすなんて酷い!!」


 ルビエラはちゃんと頼みを聞いてくれたらしい。

 よく見ると、アルフェルクの上着が一部焦げている。


「ラズは謝ってくれました。それに、お兄様には前科があるの、お忘れになったのですか?」

「んー? ああ、そういえばそうだったね」


 アルフェルクは真顔になり、ややあって頷いた。


 長兄は気が向けば、イーシャの都合などお構いなしにやってくる。

 イーシャが居るかどうかは、先に人をやって確認させているのか、彼女の知る限りすれ違った事はない。

 前科――三年前、背丈が随分伸びたので新調するため、下着姿で採寸している最中に、彼は堂々部屋に入って来た。


「身長はあの時から止まったようだけど、随分胸と腰回り成長したんだね。イーシャ。胴周りウェストは絞れているし、実に良い感じに育ってる」


 イーシャは、ひきつった顔をルビエラに向けた。


「ルビエラ、お兄様をアフロにしてやって」

「えー?! この綺麗な赤い髪、燃やしちゃうの~?」

「あー……じゃ、他の部分で良いから」

「は~い」


 ぼっ!!

 火柱が一瞬、アルフェルクを中心に上がって消える。

 王太子は髪以外、綺麗に軽く焦げて煤けていた。

 さすが火の王。長椅子ソファーに一切被害はない。


「……ごほっ!! けほん! なんで止めないんだい、ラズ」

「明らかに義兄上が悪いですから」


 のんびりと、ラムザアースは優雅にお茶を啜った。

 むっとした様子で、アルフェルクはシイルが用意していったおしぼりで、煤けた顔を拭く。


「……まあいい、イーシャ。ラズになんか話したい事があったんだろう?

 お前達の婚約解消は生命の危険があるから薦めないし、婚前交渉も避けさせたいから同席するけど、僕は居ないものとして遠慮なく話していいからね」


 がふっ! 

 ラムザアースが、長兄のあまりの言葉にむせた。

 飲んでた茶が気管に入ったのだろう、苦しそうにむせ続けるラムザアースの広い背中をイーシャはさすってやった。


「アルフお兄様、いつから知ってました?」


 婚約は内密だった。

 内密も何も、当事者二人しか知らない事だ。

 恐ろしい事に、アルフェルクは以前から知っていたとしても違和感がまるで無い。


「お前達が相手に対して呼び方を変えたからね。お前が将軍になる前は、ラズお義兄様、イスフェリアだったのに。別に気付かれても構わないからそうしたんだろう? 

 お前達の立場だったら、僕だって婚約するさ。王太子ぼくが無事国王になったとしても、お前達が王位継承権持ちだという立場は変わらない。お互いにお互いの身を保証するなら、それが一番安全だ。生まれた子を僕の子供と結婚させると言えば、ひとまず周りも落ち着く」


 その鋭さを、政務の方に全て回してほしいものだ。

 王太子として政務を片付けるようになった頃からそうしていれば、水の民ニンフも闇の民サレも、離反する時期を遅らせるか、取り止めたかもしれない。


「……王太子殿下。陛下には申し上げましたが、今回の水の民の宣戦布告は組織だった密漁者が海竜王リヴァイアサンを重体に追い詰めた事が原因です。大変遺憾いかんながら巡回船所属だけでなく、最悪の場合海軍そのものに協力者がいると考えられます。今回の事が二度と起こらぬよう、家族の友人に至るまで徹底した捜査が必要でしょう」


 イーシャはラムザアースの背中から手を離し、姿勢を正して真っ直ぐアルフェルクを見た。

 異母兄としてでなく、王太子に対する話だからだ。


わたくしの権限では、残念ながら捜査の手を回す事が出来ません。それ故、お願い申しあげます」

「いーよ」


 アルフェルクは真面目な様子の異母妹に、煤けた手を拭きながら、あっさり了承した。

 

業突ごうつく張りで無神経なそいつらのせいで、可愛いお前が本来、わなくてもよかったメにあった事だしね。念入りに掃除してあげよう」


 柔らかに微笑むアルフェルクの双眸は。

 四年前と同じように、深淵のようなくらい光を湛えていた。

 

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