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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
3/59

第二話   古代書

ルビに成功。

ホッとしました。


王家の事情は複雑という偏見でもって、設定してあります。


「心配しなくても、当面の余暇はここで過ごす予定よ。この間の暴徒鎮圧の原因の領主、沢山魔道具溜め込んでたでしょう。あれの中に、ちょっと研究してみたいものがあってね」


 シウスは笑顔のまま固まった。

 数瞬経って、ざぁっとその顔から血の気が引く。


「それは宮廷魔導師の職務です! お止めください!」


 静寂で満たされていた書庫の中、勢いよく立ち上がったシウスの声は、ことのほか良く響いた。

 本当に珍しい事に、いつも細めていた目を見開いているので、今までよく分からなかった瞳の色が濃い青だと分かる。

 ぽつぽつと周囲に居た利用者達が、何事かと目を向けてきた。


 しぃー!

 静かに。

 口元に手を当て、イーシャは吐息で促した。


 この場所が何処であるか、思い出したのだろう。

 シウスはぐるりと周囲を見回すと、何事も無かったように椅子に座り直した。


「確かに魔道具の研究は危険よ、でもね。慎重に、手順さえ間違わなければ問題ない事でもあるの」


 正しい扱い方さえ知っていれば、魔道具は一般人でも所有できる。

 イーシャが古代書を読んでいるのは研究に入る事前準備だ。何があっても対応出来るよう、さまざまな古の知識を頭の中に入れて増やしておく。

 炎の精霊ルビエラが宿る『紅の刃』もそうやって手に入れた。


 二代目ディアマス王ヴィルリドが所持し、その死後扱える者がおらず、専用の宝物庫に封印された『紅の刃』は非常に強力な魔道具だ。

 適性がないと精霊ルビエラに判断されれば、火達磨になる。


 イーシャはその当時、母親が死んだばかりで色々と切羽詰まってた。

 やけになっていたともいう。


 イーシャにとって幸いだったのは、様子のおかしい彼女に気付いた義兄が、『紅の刃』の封印を解くのを手伝ってくれた事であろう。

 そうでなければ、ルビエラに認められる前に宝物庫の侵入者除けの時点で、イーシャは挫折していた。


 やけになってはいたが、元々イーシャは宮廷魔導師志望者である。

 しっかりと過去の失敗記録を調べたりして、事前準備自体は怠っていない。

 その成果あって正しく解呪し、ルビエラと契約を交わして所有者として認められたのだ。


「知っているでしょう? 私は、名前持ちの炎の精霊と契約しているのよ。だから、彼女より下位の精霊や魔力が及ばない呪は、自動的に弾かれて守ってもらえる。私が研究したいと思っている魔道具、『紅の刃』に比べればオモチャ程度の魔力しかなかったしね」


 魔道具は、古いものほど扱い方によって兵器になりえるものが多い。

 非常に危険である。故に研究には多大な労力と時間が必要となるのだ。携わったものが死亡するのも、決して珍しい事ではない。

 シウスの反応は大袈裟というものではなかった。

 むしろ多数派だ。


 しかし、イーシャは反対されると余計に張り切る性分だった。

 義妹イーシャの性格を把握していた兄は、知らぬ間に一人で突撃して行きかねないからこそ、止めずに目の届く手伝う事を選択したのである。


「し、しかし、ですね――」

「くどい。テオ=シウス、陛下には問題ないと報告して」


 きっぱり。

 背筋が竦むほどの鋭い声をかけると、イーシャは机に目を向けた。

 正確には、シウスが偽装に使った古代書に。

 手元の魔物事典は興味深いが、魔道具に関する記述はまるで無いので、違う古代書が必要なのである。


 まだ何事か言っているシウスを無視し、イーシャは一番近い古代書を引き寄せた。




「イーシャ。魔道具の研究をする予定と聞いたぞ」


 翌日の早朝。

 レスクは疲れた様子で彼女に尋ねた。

 執務が忙しいのか、それとも他に原因があるのか。

 こころなし、先日に比べると髪や肌の艶が減って見える。


「その予定を立てておりましたが、他にしたい事が出来ましたので改めます」

「違う事、とな?」


 シウスの報告を深刻に受け止めたのであろう。

 イーシャが呼び出されたのは、王の私室だ。

 レスクが彼女を愛称で呼んでいる事は、王としての招きではないと示している。


 目の前に置かれた薬草茶から立ち上る香気が、半日休みだからと今まで起きていたイーシャの目に染みる。


「はい陛下。下準備中に面白い書を発見しまして」

「お前が、面白いと感じる書?」


 イーシャの言い回しが気にかかったようだ。

 レスクは怪訝そうに眉をひそめた。


 さすが御父様、勘が良い。

 そう思いながら、イーシャは大きく頷いた。


「はい。厚さは大したことが無かったのですが、少々難解で。先ほどようやく解読が終わったところです」

「少し? イーシャ、お前は古代語は殆ど解読できるようになったと言ってなかったか?」

「はい。それは虚偽ではありませんよ。ただ私は古代魔法語の方が得意なのです。古エルフ語で書かれていたので手間取りました」


 その身に精霊を宿して生まれる六の民族。


 その一つ、植物の精霊を体内に宿し、それによって植物に関する能力を有する森の民エルフ。

 彼等の寿命はヒトのおよそ十倍。

 成人したのちはその姿のまま、千の時を生きる。

 その多くが森と共に生き、暮らすエルフだが、長寿な民族だけあって残される歴史も文書も信憑性が高い。


今のエルフ語になったのは三百年ほど前の事で、それ以前とはまるで異なる。

 今のエルフ語はヒトとの交流で生まれていったもので、以前のものは精霊語が元になったものであるから当然だ。

 難易度は桁違い。

 古代魔道語は難解だが文字数が少ないので、その倍の字数を用いる古エルフ語より取得は容易かったりする。


「古エルフ語か……イーシャ、お前の知識を一割ほどアルフにくれてやる気はないか?」

「王太子殿下は、私などより何倍も聡明な方です……やる気にさえなれば」

「そうだな……アルフは単に怠けておるだけだ。せっかくの才を無駄にしおって」


 レスクは苦笑すると、薬草茶を一口飲んだ。


「話がそれたな。結局、その書の内容はどんなものなのだ?」

「バテユイ樹海の遺跡について」


 レスクの顔が、あからさまに引き攣った。

 予測通りの反応に、イーシャは微笑み返す。


「題は『最も美しき存在』で、書にはこう綴られています。

<最も美しい存在をあえて挙げるならば、私は命を賭けて宣言する。

 これ以上のものは他に存在しえない。

 最も美しい存在という意味を、正しく十全に理解した上で求めるのであれば、探すと良い>」


 筆者の意図は明らかだ。

 決してやってはいけないと拒絶を強調されると、むしろ逆にやってみたくなるというのが人情である。

 つまり逆。

 本当は探すべきではないという意味合いだ。場所については三重に呪で隠してあったのだから。


 だからこそ、イーシャは余計に興味を持った。


 美は万人に共通するものではない。

 個人どころか、同じ時代でも地方によっては美醜が逆転している事もある。

 それなのに、ここまで断定しているのも興味深かった。


「バテユイ樹海に行く手続きさえ済めば、そう時間のかかるものではないようです。次回の我が軍の定期出動までは書類作業ですし、五日ほど休暇申請しても充分手は足ります。バテユイ樹海に通じる転移門の使用許可と族長への謁見手続きの申請、御許し頂けますね?」

「許さん!!」


 レスクは雷鳴を思わす声で、即断した。


「遺跡だと!? まだ魔道具の方が私の目に届くだけ何十倍もましだ!!」

「すでに調査は終了した遺跡なのですよ。陛下。著者自身が最深部まで到達しているようですから。危険度は極めて低いと考えられるのですが」


 わざわざ古エルフ語で書かれているのだ。

 ヒトが書いたとは思えない。仮にヒトが書いたとしても、癖がつくまで使用し慣れた人種が偽りを書くとは思えなかった。


 エルフを含め、精霊を宿す民族は揃って長寿だ。

 その分、己のしでかした結果を目の当たりにする確率も高い。故に、適当な事は書いて残さないし、残せない。


「駄目だ。許可は出さん」

「嫌です。許可して下さい」

「嫌でも駄目だ。私が駄目と言ったら駄目だ」


 そう言って、統一王はそっぽを向いた。

 大仰な二つ名持ちのレスクは、基本的にイーシャにとても甘い父親である。

 唯一愛した女性の子であるイーシャを、誰に憚ることなく可愛がっているのだ。憚るべき存在である后が彼には存在しない。


 既に年頃である末娘に、孫が見たいと口にはしても。イーシャが断れる縁談しか振らない。

 幾らでも政策に利用出来るのにも関わらずだ。この点からも、自分の傍に残す気満々だというのが透けてみえよう。


 ちなみに、レスクにもナイショだが、大陸の状況によっては政略結婚の必要がある事態になりかねないので、イーシャは保険を掛けてある。

 結婚の約束をしている者がいるから破棄したい、と答え、相手はラムザアースの名を挙げるのだ。

 当人の許可は取ってある。


 先王ルーフィアと共に白昼堂々殺害された先王弟の第一子であり、レスクにとっては従弟で養子にあたる第二王子は、ディアマス一の結婚相手だ。

 複数いる後見の財力・権力・権威・勢力が随一と言ってよく――当時、幼い彼を旗頭に独立されかねなかったからレスクは養子にとった――彼自身が、非常に有能な歴戦の知将である。

 義理とはいえ兄妹。

 倫理的に眉を寄せる者はいるだろうが、ラムザアースを超えれらる結婚相手など、現時点のブルートゥスにはいないのだ。簡単に破談へ持ち込める。


「どうあっても許可を出さないとおっしゃるのですか?」

「出さぬ!」


 仕方がない。

 イーシャは奥の手を使う事にした。


「御父様。許可を下さい」


 レスクが反対して、何かを望むイーシャを押し留められた事は一度もない。

 魔導師を目指した時も、母親が死んだ翌日に騎士として無理やり王に誓いを捧げた時も。初陣に出た時も、結局レスクは許した。


 四年振りにレスクを称号ではなく父と呼んで。

 無理を通す時の決まり文句を、イーシャは口にした。


「許可はあった方が色々都合が良いというだけのものよ、御父様。貴方が許して下さらなくたって、本当はかまわないの。他の人に頼んで、知らないうちに勝手に手続きを通して、やりたいようにやるから」




王は最高権力者ですが、他の宰相とか大臣とかで通せてしまう書類はそれなりに在るので、イーシャは強気です。


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