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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
26/59

第二十三話 交渉(後) (注!!流血描写あり)

海竜→東洋の竜

(例、ドラゴンボールのシェンロン。遥かシリーズの白龍・黒龍)

その他→西洋の竜

(例、テイルズ、FFなどで出るドラゴン)


↑この作品で作者の中にある竜のイメージです。


今回、少し流血描写があります。


苦手な方、ご注意ください。


 海竜王リヴァイアサンは、その名に相応ふさわしく巨大だった。

 全長は数百、いや海水に沈んでいる分を加えると千メートを超えているのではないだろうか。

 胴体と同じくらい、細く――全体に比べてそうに見えるが、幅は数十メートあるだろう――首が長い。 


 元々は、白銀と青のうろこに覆われた美しい身体をしていたのだろう。

 大きな岩山にでもぶつかって裂けたような巨大な傷が腹の近くにあり、どす黒い血を流す傷の周りにあるところどころ禿げたうろこから、ありし日の姿がかろうじて想像出来る。

 開いた口の牙が数本欠け、髭が毒のせいで抜け落ちたのか、妙に短い。

 一つの角が半分から不自然に折れ、前の両足の爪が半分以上剥がれて、脇腹に深々と小さなものが幾つも刺さっている。

 小さい、といっても周囲で世話をしているニンフと同じくらいか、もっと大きいくらいだ。

 海竜王リヴァイアサンが巨体過ぎて、遠近感がおかしくなっている。


 じっとイーシャが目を凝らして見ると、その小さなものは大量のもりだった。

 抜かずに刺さったままなのは、おそらく出血を抑えるため。


 これだけの巨体に、これほど多くの傷を負わせたとなると、相当大規模な船団が動いているのは間違いなかった。

 レノンの近海まで来れるとなると、資産規模も相当あるとみていい。


 問題は、どうやってディアマスの巡回船と水の民の網を潜り抜けたかだ。


 おそらく、水の民の方は遭遇と同時に捕えられてしまったのだろう。人魚狩り被害者か行方不明者のリストに入ってしまっている。

 巡回船の方はルートと時間を知っていて見つからないよう一隻一隻くぐり抜けたか、協力者が海軍内に居て素通りさせたかだ。

 帰ったら海軍上層部を含め、末端の友人・その家族に至るまで洗わないとならない。


 イーシャは管轄外なので、直接の手立ては取れない。

 命令範囲が広く、管轄外でも手を出せるのはレスクか王太子だ。

 まだ闇の民の方の離反問題も残っているから、総司令であるレスクは忙し過ぎて手が回らない。

 アルフェルクも当然忙しいものの、長兄はヤル気にさせればもの凄く仕事が早いのだ。

 頼んでみる価値がある。


「……これはまた……手酷くやられたな」


 カタストロフは、イーシャと同じようにじっと海竜王リヴァイアサンの姿を観察していたが、思わずと言った様子で呟いた。

 彼があった事のある海竜王リヴァイアサンは、ずっとそう呼ばれるに相応ふさしい威容と美しさを兼ね備えたものであったことだろう。

 なまじ知っているからこそ、余計に痛々しさが増すのかもしれない。


「傷が塞がる速度が、毒のせいですごく遅い。数百種類の毒が混ざって、効き目が強くなってる。水の精霊に頼んで少しづつ解毒を試みてるけど、効果薄い」

「ドラクロ様の血は、もう?」

「うん。今日取った分まで、薬草と混ぜて飲ませた。それで細かい裂傷が全部塞がってくれたから、そろそろ銛も抜きたいと考えていたところ」


 スアウは悲しみと怒りの混じる複雑な表情で、イーシャを見た。


「あの腹の傷、多分、毒のせい。毒でフラフラしたところに海底の洞窟か火山にぶつかって、裂けた。毒の元はあの銛だと思う」

「毒を完全に消すか、完全に腹の傷を消すか。どちらかが出来れば?」


 スアウの言わんとする事に気付き、イーシャは尋ねた。

 想像は当たっていたようで、スアウは大きく頷いて見せる。


「……そこまでやって見せたら、皆は反対出来なくなる。今のまま、きっと、十年近くかかると思う」

「そうですか……クー?」


 振り返って肩の辺りに視線を固定し、イーシャは呼びかけた。

 ふう。

 カタストロフは大きな溜め息を吐き、肩をすくめて見せる。


「分かった。しばらくかかるだろうが、治療に行っててくる。ティカティ一族いちぞくのスアウ。ついでにこの辺一帯、浄化もしとくぞ」

「? 浄化って……この辺り、そんなに魔素があるの?」


 恨み骨髄に達し、神以上に崇拝する海竜王リヴァイアサンがヒトの悪意ある攻撃を受けた上での重傷だ。

 確かに、水の民の発する怒りや悲しみや憎しみが強烈に渦巻いて、魔素化してもおかしくない。


「魔素は瘴気に転じる。残していくとロクな事にならない」

「瘴気と魔素は別のものじゃないの?!」


 瘴気は魔物の放つ生体エネルギー。

 イーシャはそう習った。

 浄化の申し出を受けたスアウも訝しげに首を傾げているから、彼女もそう教えられたのだろう。

 二人の反応に、カタストロフも首を傾げていた。


「おかしい……知識が曲げられて伝えられてるのか? 時が経って曲がった可能性があるか」


 何やら一人で納得すると、カタストロフは瘴気について説明した。


 魔素は引き合う性質を持っており、放っておくとどんどん周囲から集まってくる。

 瘴気は集まった魔素が凝固し、半物質化状態になったもの。

 瘴気も同様の性質を持ち、放っておくと物質化――魔物に変わる。

 魔物化する際、特に瘴気の量が多く濃度が強いと邪竜と呼ばれる化身となる。邪竜は物理攻撃が通用しないので、倒すのが大変という事だ。


「今ある瘴気の半分は元々、世界が作られた時発した余剰分の力だ。生じたモノはどんなものであれ消える。世界も例外じゃなく、滅びる為の因子として定着した。だから、瘴気は魔物化しなくても、在るだけで世界を緩やかに腐らせ、壊す」


 知性のある魔物でも、話が通じないのはそういう理由だったらしい。

 辿っていけば、負の感情の塊と言っていい存在なのだ。

 世界を破壊する役目を担うのならば、魔物は世界全てが敵であって、壊すべき相手と分かり合う必要がないのだろう。


「魔素の状態であっても、厄介な性質がある。引きずられやすいのは闇の民に限っているわけじゃない。濃度によっては、あらゆる動植物の意識を染める……覚えがないとは言わせないぞ。

 強い悪意を向けられて恐れ、恐れを恥じて怒り、怒りを超えて憎み、憎しみが長じて絶望へと変わる」


 カタストロフの声は淡々としていたが、まるで詩をそらんじているように聞こえる。


「つまり、魔素や瘴気は治安面でも放っておけないのね?」

「……昔に比べ、桁違いに瘴気の量が減って、邪竜もいないようなのに随分といくさが多い。人口が増えただけでは説明がつかん」


 戦火を増すごとに、悪意や悲哀も増す。それだけ魔素が増えて、意識を染められるものが増える。染められた者が発する悪意に、さらにまた誰かが毒される。

 負の循環だ。

 連鎖を止める事は容易ではない。

 染められずに浄化出来る『魔王』を除いて。


「……分かった。最大範囲で浄化もお願いする……人体内の魔素は無理?」

「個人のものは一人ひとり、直接接触する必要がある。この場に居るニンフ達全員を希望するのか?」

「……あの御方の治療が最優先。目に余るような人間だけ、お願いするかもしれない」


 スアウに頷くと、カタストロフは海竜王リヴァイアサンへ向かって歩き出した。

 治療中で忙しく作業をしているせいか、彼に気付かないニンフ達が多いらしく、数人しか倒れるものは出ない。


 その後ろ姿から目を離すと、イーシャはスアウに顔を向けた。

 スアウはまるで祈るように目を伏せ、両手を握り合わせている。


「スアウ様。今のうちに聞いておきたい事があります」

「? 何?」

「ディアマスに何を引き渡すつもりですか?」


 すっと、スアウは目を開けた。

 首を傾げ、じっとイーシャを見つめてくる。

 なんだか不思議な事を言われた。そう言いたげな様子だ。


「引き渡すのはわたしの身柄。わたしは長。責任を取る、当然の事」


 やっぱり。

 イーシャが考えたように、スアウは自分一人の犠牲で、この局面を乗り越える事にしたようだ。

 だが、それでは困った派生事態が生じてしまう。


「……ディアマスが欲しがりそうな秘宝のたぐいに心当たり、全くありませんか?」

「わたしの身で済むのに、差し出す必要ない」


 スアウの言い回しからして、秘宝はあるようだ。

 ただ、スアウは己と引き換える必要性が無いと考えている。

 説得しなければ、水の民達が暴動騒ぎ一直線だ。


 イーシャはしばらく考え、言葉を選ぶかどうか考えた。

 上手い言葉が思い浮かばなかったので、諦めて率直に伝える。


「秘宝を差し出して下さい。貴方と引き換えでは、水の民が暴動を起こすとドラクロ様が言っていました。私も、そう考えます」

「? わたし、本当は長に成れるほど能力ない。ディアマスに脅しかけるに有効だと選ばれた。今回の事で、耐えられなくなったら本気で離反する前例作った。脅しは間にあってる。わたし、子供も産めないし、貢献出来る事もうないから、大丈夫」


 スアウは本気でそう思って言っているようだ。


 二人の会話が聞こえていたのだろう。

 すぐ傍で薬品を運んでいた水の民の青年が、酷く驚いたように族長を見つめている。

 信じられない。何言ってんだコイツ、と言いたげだ。

 この反応からして、ドラクロの懸念の方が正解だろう。


「貴女はご自身を過小評価なさっているようですね。それとも、それだけ秘宝は渡す事の出来ない、大切ものなのですか?」

「渡しても、ディアマスにはどうにも出来ない。封印が強過ぎて、わたし達も助けてさし上げられないから、渡すの問題ない」


 またしても、気になる言い方だった。

 スアウの言い方は、秘宝が意思を持っているかのように聞こえた。

 しかも、封印ときて、上位者に対するような言葉遣いである。

 もしかすると、もしかするのかもしれない。

 イーシャは以前抱いた予想を口に出した。


「その秘宝、上位精霊でも宿っているんですか?」

「……すごい。よく分かった」

「『紅の刃』も同じですからね。秘宝は私達を連れ去る時に使った、あの青い大鉾ですよね?」


 こくり。

 大きくスアウは頷いた。

 やはりあの鉾型魔道具は、イーシャの考えた通りの逸品だったらしい。


「渡してもかまわないなら、大鉾の方を引き渡して下さい。暴動は嫌です」

「……を巻かないと封印結界が作動してる。たまにしか水の王、起きてないから危ない。誰にも持てない。符を巻いたまま、使う人間、属性ないと扱えないの」


 封印を解いてない時の『紅の刃』と同じような状態らしい。

 そんな状態でも、ドラクロに互角以上の戦闘を成立出来たのは親和性が高い水の民であったためだろう。


 それにしても火の王ルビエラだけでなく、水の王も封じられているとは。

 何の目的があって、封印処置が取られたのだろうか。


「その状態でも構いませんから、大鉾の方を渡して下さい。スアウ様が納得出来ないようでしたら、とりあえず此処に居る方全員に聞いて回ってみて、どちらをディアマスにやるか決を」

「……分かった。そこまでいうなら、聞いてみる」


 渋々と、気の進まない様子だったが、スアウは了承してくれた。

 ホッとして、イーシャは海竜王リヴァイアサンの方へと目を向ける。

 

 ちょうど、カタストロフがその頭の傍まで近づいたところで。

 遠過ぎてイーシャには何をしているか分からなかったが、話しかけたのだろう。

 閉ざされていた海竜王リヴァイアサンの瞼があがり、黒い眼があらわになった。



 


ストックが溜まらないため、作者はドキドキが止まりません。

連続更新記録が止まらないよう、頑張ります。


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