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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
25/59

第二十二話 交渉(中)

またしても、終わりませんでした。

つ、次こそは……!! 

「……ディアマス王国第三王女イスフェリアどの」


 黙って考え込んでいたスアウは顔を上げ、イーシャを真っ直ぐに見つめた。


「貴女の停戦勧告を、水の民ニンフ族長スアウ=ティカティは全面的に承諾する……ただし、海竜王リヴァイアサンの治療が先。でないと、皆を説得出来ない」


 それはそうである。

 イーシャには王位継承権が取れるほどの戦歴はあっても、空手形で信用されるような交渉実績はない。


「分かっています。海竜王リヴァイアサンす場所まで、我々を案内願えますか?」

「イスフェリアと氷魔王は構わない。でも、ドラクロは駄目」


 不思議な条件だ。

 イーシャはスアウの意図する事が分からず、首を傾げた。


「あ? 何で俺は駄目なんだ?」


 真横から声。

 イーシャが目を向けると、ドラクロが立っていた。

 いつの間にか、食事を終えていたようだ。

 スアウの返事を真剣に待つあまり、周囲の気配探知がおざなりになっていたのだろう。


 ドラクロはイーシャの右手の平に、ほんのり冷たい丸型のものを押し付けて握らせた。

 見てみると、右手の中にオレンジ色の果物。

 イーシャが食べてない事を忘れてなかったようで、くれるらしい。

 空腹なのは確かだったから、彼女はありがたく頂戴する事にした。

 柔らかい果物の皮を指で剥いて食べる。

 甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。果物は水で冷やされていたようで、瑞々しく新鮮だ。


 スアウは一連の様子をじっと見ていたが、ややあってドラクロに目を向けた。


「貴方があの御方――海竜王リヴァイアサンの座す場所まで行く、命の危険多い。海の中、潜る。凍土も歩く。居るの水の精霊ばかり……ドラゴニア見たら、皆が焦る」


 火の民は別に泳げないわけではない。

 水の中に入ると体内の精霊が不機嫌になり、扱える力が減って多少戦闘能力が落ちる程度らしい。

 しかし、反属性である水の精霊の多数集う場所に行って、無事でいられる保証は無かった。


 精霊達が害するというわけではない。

 珍しがって詰め寄って来るくらいするだろうが、水の精霊自体は基本的に無害だ。


 問題は、戦闘用意万全で殺気だっているニンフ達である。

 下手すると拘束を抜け出し、スアウを脅していると受け取られ、沢山いる水の精霊の助力を呼びかけて命懸けの攻撃をしてきかねない。

 ただでさえ、火の民は族長を攫われて(おそらく)気分を害し、卑怯な手段を取った水の民に良い感情を抱いてはないだろう。

 少しでも命の危険があるなら、置いていった方が良い。 


 スアウがイーシャに対する危険な状況に気を配らないのは、単にカタストロフの存在あってのことだろう。

 おそらく、彼女に対する危機はカタストロフがどうにかすると考えている。


 その通り、どうにかなるだろう。

 イーシャの魔力属性は火であるものの、問題なく泳げる。

 憎まれている夢の民だが、素顔のカタストロフを後ろに従えて歩くだけで、ニンフ達は戦闘意欲どころか意識を失うはずだ。


 スアウ目線では、カタストロフがイーシャに心話で散々罵られ、仕方なく此処まで助けに来た事になっていそうである。

 そう考えて、イーシャは苦笑した。

 一度頭に血が上っていた際、心話をしていた事を口に出して言い切ったし、カタストロフが嫌々決めたくなかった立場を定めて此処に来たのは事実。

 あながち誤解とも言い切れない。


「なるほど。ではドラクロ様はここでお待ち下さい。下手に刺激を与えて事態を複雑化する事は、ディアマス側としても避けたいでしょうから」

「……ちっ! 仕方ねーな。分かったよ」


 説明から察したのだろう。

 ドラクロは、ふてくされた様子で床に胡坐あぐらをかいてどっかりと座り込む。

 さっさと行けと言わんばかりに、しっしと手を振ってくる。

 不機嫌そうなドラクロの仕草に、イーシャは苦笑し、スアウの方に目を向けた。

 スアウは予想通りジッとドラクロを見てるが、なんとなく満足げだ。


「ドラクロ、大人しく待ってて。あとでお菓子持ってくるから」

「……いーから、はよ行け」

「ドラクロも、そう言ってる。イスフェリア、氷魔王。着いてきて。案内する」


 スアウに頷き返すと、イーシャはカタストロフに向かって声をかけた。


「クー、私の後ろに居てね。スアウ様、私、クーの順番で行くわよ」

「りょーかい」





 イーシャは、日に三度の食事とトイレ休憩で部屋の外に出ていたが、その時とは逆方向に向かってスアウは歩き出した。

 廊下の端の扉まで真っ直ぐ進む。

 途中、二名ほどニンフに出くわしたが、彼女達はカタストロフの美の前に完敗して硬直。

 立ちつくされると危険なので、イーシャはニンフ達を通路の端に座らせておいた。


 スアウが開けた扉を通ると、剥き出しの岩肌が見えた。

 ここは天然洞窟らしく、足元がボコボコしていて少し歩きにくそうだ。

 空気により水分が多くなる。

 気温が高くないせいか、空気がしっとりとしていて潤いのある感じだ。


 レノンは平地部分が住居地区に、天然洞窟部分が通路にでもなっているのだろう。

 凍土であるから当然なのだが、洞窟部分に入るなり急激に温度が下がったため、イーシャには正直寒い。


 スアウは平然としている。

 樹海の遺跡の時も思ったが、体内の精霊が極端な寒さや暑さを和らげるか、防いでくれるのだろう。

 遺跡内は氷室のように冷え込んでいたのに、フィアセレスもケロッとしてた。


「――温もりを――」


 カタストロフも、寒暖感覚についてはイーシャと同様だ。

 簡潔な古代魔法語が響き、彼とイーシャの身体を暖かな空気が包んだ。 

 

「クー、ありがとう」

「ただのついでだ。一人だけ寒そうにしてられると、バツが悪い」


 カタストロフは素っ気なかったが、ついでだろうとありがたい事は確かだ。


 イーシャは機嫌良く、スアウの後を追った。

 そう進まないうちに、洞窟が行き止まりになる。

 正確には、水で満たされ、歩いては進めなくなった。

 匂いからして、海水だ。この洞窟は海に繋がっているのだろう。


「……聞くの忘れてた。二人とも、泳げる?」


 スアウは身体を半分海水にひたしながら、尋ねてきた。

 水中にあるためか、既に変態が終わっている。

 スカートの下から覗いていた細い脚は、うろこに覆われ、指が消えてヒレに変化済みだ。


「私は問題なく泳げますが、どれくらいの距離でしょう? 息が続く距離でしょうか?」

「……あの御方が座す場所、空気ある。だけど、貴方達の息が続くか分からない」


 息が続くとしても、海水の温度の問題がある。

 レノン周辺は流氷も多い海域だ。

 冷たい海水だと、身体にかかる負荷は大きい。


 イーシャは振り返り、カタストロフの首を飾る赤銅色の首環トルクに視線を固定した。


「クー……何とかならない?」

「問題ないな。風の精霊に頼んで、空気を固定すればいい話だろ」


 あっさりと言うカタストロフ。

 何とも頼もしい事だ。


 スアウも、何処か安堵の色を瞳に浮かべている。

 治療出来る相手が近くまで来ているのに、身動きの取れないらしい海竜王リヴァイアサンまで届けられないというのは非常に悔いの残る結果であろう。

 そうならなくて本当に良かった。


「そう。じゃあ、ちゃんと着いてきて。少しでも逸れたら、海の魔物達の縄張りに入ったりする」

「分かりました」


 真剣な眼差しで言うスアウに、大きくイーシャは頷き返した。

 ちゃぷん! と、スアウの頭が海水に沈んで見えなくなる。


「音を奏で、音を運ぶ。最も古き楽師シルフィード達。魔力を供給する。相応なる対価を受け取ったなら、指示にこたえろ」


 カタストロフの呪――でなく精霊語に、周囲の空気が蠢き、答えるように風が渦を巻いて彼を取り囲む。 


 低位の精霊は先天性の才能がないと、その姿を視認出来ない。

 ルビエラと契約していても、生まれ持った才能がないイーシャの目には精霊の姿が見えていなかった。

 だが、居るのは分かる。力を感じ取れるからだ。

 イーシャが受ける印象からして、風の精霊達は大勢集まって居た。

 姿が見えていたなら、逃げたくなるほど居るのではないかと思う。

 これだけ集まっていたら、中位の精霊よりも扱える力が大きいのではないだろうか。


 カタストロフはスッと、イーシャを指差した。


「海中を行く。その夢の民の娘ごと包め」


 ひゅうう。

 風の吹きつけるような音と共に、直径三メートほどの空気の膜が二人を取り囲んだ。


「これでいい。イーシャ、海に入れ」

「うん。助かったわ。ありがとう」


 軽く頭を下げて礼を言ってから、イーシャは海水に足を踏み入れた。

 取り囲む膜の範囲の海水が移動し、靴は濡れない。

 従来の魔導師に、こんな事は不可能だ。

 魔法や呪で水中を行く術はあるが、どうしても服は濡れる。

 直接精霊の力を借りているからこそ、出来る芸当だろう。夢の民の精霊使いエレメンタラーは非常に希少で、イーシャも己の他は見た事がない。


 スアウに置いて行かれたら困るので、イーシャはさっさと海中に潜った。

 潜るというか、落ちるに近い。


 イーシャの目に、はっきりと海の中が見えた。


 近くを泳ぎ過ぎて行く魚の群れ。

 遠くに、茶を基調とした色あいのクジラほどに大きな亀が見えた。もしかしたら、大亀型魔獣ランドタートルかもしれない。

 海の色は深さを示すように青く、光が弱くて暗く。

 海底の方は深過ぎて、イーシャの目には底が見えなかった。

 空気の膜ごしに、スアウが海中に佇むようにして待っているのが見える。

 

「変化を受け入れ、乾きを潤す、多くの存在を守りし者オンディーヌ達。魔力を供給する。望むに足る対価を受け取ったなら、指示にこたえろ」


 こぽこぽと、存在を主張するように周囲に大量の細かい泡が浮かんで消える。

 カタストロフは、スアウを指で示した。


「俺の声が聴こえているな? ティカティ一族いちぞくのスアウ。

 一番近しい処にいるニンフの後に続くよう、この膜を押せ」


 スアウが了承を示すように大きく頷いた。

 水膜のついた両手と足ビレを動かし、素晴らしい速さで先を泳ぎ出す。

 さすが、水の民と言うべきか。

 普通に泳いでいたらとても追い付けない、放たれた矢のような速度だ。


 水の精霊達は、カタストロフの指示通りの働きをした。

 同速度で二人のいる空気の膜が動き、追走する。

 見る間に周囲の景色は変わっていき――光の差さない真っ暗な海底にある洞窟の中にスアウが入っていった。

 洞窟と分かる理由は、岩肌をぐるりと取り囲むように生えている植物が青く光っており、その形が見て取れたからである。

 洞窟の中は光源があり、水中に何があるか見て取れる。

 天然のものを改造した、明らかに人間の手が加わった洞窟で、入り口が大型船の艦隊でも楽に通れるほど大きい。


 視界から、不意にスアウの姿が消えた。

 ザバッ!! 

 カタストロフに従っている水の精霊の力で、一気に水上に押し上げられる。


 そこには沢山の水の民達と、彼等に囲まれ、上体を岩場に残りを海水に沈めて、力なく横たわった巨大な海竜の姿があった。




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