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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
23/59

第二十話  守りの約定

今回、短いです。

「……まさか、『クー』って、氷魔王のことだったのか……?」


 どれだけの時が経ったのか。

 イーシャとカタストロフ双方が無言なため、膠着こうちゃく状態へとおちいっていた空気をドラクロの呟きが壊した。

 その声に。

 カタストロフが立ち上がってイーシャから視線を外し、振り返ってドラクロを見上げる。

 首を絞められたような音を漏らし、火の民族長は硬直した。


 カタストロフは整った眉をしかめ、固まったドラクロと彼を拘束する数々の金属を眺めている。


 たっぷり数秒経ってから、イーシャはようやく我に返った。

 まぶたをゆっくりと閉じ、体内に残るダメージに対処する。


「イーシャが勝手にそう呼んでるだけだ」


 イーシャには見えないが、おそらくカタストロフに直視されなくなったのだろう。

 ようやくモノが考えれるように戻ったドラクロが、その問いに反論する。


「…………で、でもさ。それってあんたが許してなきゃ、呼ばねーだろ」


 イーシャの予想に反し、ドラクロはカタストロフと目が合っていた。

 精神力が並外れて強かったのだろう。

 近距離でなくとも、素顔のカタストロフと向き合って正気まともでいられるのだ。

 彼の倍以上生きたフィアセレスでも出来なかった事だ。称賛に値する。


「イーシャは一応恩人だからな。他の奴がそう呼んだら無視する」


 『クー』という呼び名は不評だったらしい。

 カタストロフは全くそんな様子を見せなかったので、イーシャは気付かなかった。

 カーフィよりは良いと思うのだが。


 ただそれは今、大した問題ではない。

 イーシャには聞きたい事があった。


「クー、どうやって此処ここに来たの?」


 転移魔法は万能ではない。

 転移する場所をよく把握しているか、場によって備わっている専用魔法陣の『鍵』となる言葉を知らなければ移動出来ないのだ。


 カタストロフが封印された後に出来たレノンの都市に詳しいわけもなく、そもそもイーシャは居所が何処かなんて告げてはいない。

 それなのに、彼はイーシャのいる座標までバッチリ把握して、近距離に転移してきた。

 恐ろしいほどの膨大な魔力を持ってしても、不可能なはずの芸当だ。


「簡単だ。同調を解かないまま思念波の位置を探知すればいい。延々と来てたから逆転させただけで、俺がいちいち探さずに済んだ。あとは俺一人通れるだけの魔力を注いで、お前に道を開かせれば完了だ」


 イーシャは、先程の苦痛の理由を正しく理解した。


「……もう一つ。どうして此処ここに来る気になったの?」


 カタストロフは行動に伴う作用を熟知している。

 面倒臭がりの中立希望だが、それ故に行動をおこす事によって己の立場がどうなるか理解しているのだ。

 それが嫌で大人しく牢に入っていたのに。


 一瞬考えた、イーシャの罵倒に怒り狂って文句を言いに来た――というのは、冷静になってみれば絶対に彼が取らないであろう行動だ。

 ご機嫌斜めになっているようだから、カタストロフに罵倒が効果無かったという事はないだろう。

 それでも、彼ならイーシャが飽きるまで、諦めるまでののしらせておく方を選択する方が彼らしい。


「嫌な事を悟ったからだ」

「は? 嫌な事?」


 カタストロフは鼻で笑うと、パチンと指を鳴らした。

 その瞬間、しっかりとイーシャの両腕と両足で拘束の役目をはたしていた魔獣の皮が、バラバラに千切ちぎれて意味をなさなくなる。

 きつくなかったとはいえ、拘束は拘束。

 軽い締め付けが消えて、とどこおっていた血が全身をめぐる。


 そのむず痒いような感覚に、イーシャは思わず目を開けた。


 そんなイーシャの目に飛び込んできたのは、ドラクロを拘束していた多くの枷が一斉に砕け散る光景で。

 支えを失ったドラクロは、驚きに目を丸くしたまま石床に落ちる。


「別に俺がここまで来なくても、お前だけ助ける手はあった。世話になってるし、一言、助けてほしいといえば王城に転移させるくらいしてた」


 あ。

 イーシャは思わず声を出し、呻いた。

 そういえば、一度もカタストロフに対して、助けを求めなかったのだ。

 最初は連絡を繋げる事に必死で、繋がったら次は情報を求め、後は罵倒の嵐。


 イーシャには最初から助けを求める気など無く、カタストロフからしてみると助けを求めていないのだから勝手に転移させるのはちょっと、な状態だったろう。


 自分を転移させるのは、他者を転移させるより容易たやすい。


 カタストロフにとっては、イーシャに自分自身を転移させるか、彼を転移させるように魔力を送るかの違いだけだ。

 最初の内に助けを求めていたら、カタストロフはレスクの所まで出向いて同調し、世話になってる礼だといってイーシャをその場に転移させただろう。

 それなら、彼が牢行きになる事もなかったはずだ。

 ディアマス側はその時点で、カタストロフに貸しがある状態になっているから。


「それなら、本当にどうして来たの? その、嫌な事に関係ある?」


 勢い良く落下した際に腰を強打したらしく、苦痛に呻くドラクロに視界を固定し、イーシャは上半身を起こした。

 久々の状況だが、素顔のカタストロフを直視しないのが、まともに会話を続けるための必須条件である。


「お前は一応、俺の恩人なんだよ。イーシャ」


 カタストロフは何とも重苦しい溜め息を吐いた。


「俺を遺跡から解放してくれた。それがきっかけで何が起ころうとも、何も起こらなくても、お前に貸しがあるというのは変わらない。不本意極まりないが、お前が生きている間はお前を介して、世界に関わらざるおえないんだよ」


 だから、わざわざ此処に来た。

 誰かから指摘される前に、自らの立ち位置を明確にするために。


 イーシャは心底驚いた。


 彼女自身、カタストロフに貸しているつもりなどなかったからだ。

 エーリスの目論見もくろみに気付かぬまま乗り、興味本位で見に行ったら解放してしまっただけ。

 むしろ、巻き込んでしまったという想いがあった。

 イーシャは今まで気付かなかったが、不評だった呼び名の事といい、彼はひそかに彼女に対する幾つかの事柄を、こっそりと譲歩していたようだ。


「故に協力する。ただし、お前の考えにだけな。どの位置に立つか問われれば、どんな状況であっても俺はお前のいる方を選ぶ。氷魔王カタストロフの名において、約定を交わそう。

 分かったらとっとと起きろ、イーシャ」


 過剰過ぎるほどに強力な味方が誕生したものである。

 カタストロフが協力してくれるならば、水の民や闇の民に対しても出来る選択肢が確実に増える。

 イーシャは、涙の跡が残る顔を手でぬぐうと立ち上がった。


 そういえば、お腹空いた。

 安堵したせいか、イーシャは不意にそんな事を思った。


 カタストロフに向けて怒っていた時、スアウが来ていたのだ。

 スアウは必ずドラクロの食事を済ませてから、イーシャを外に連れ出して食べさせる。

 話しかけると殺気立つ状態だから、放っておいた方が良いと判断されたのだろう。

 そのもっともな判断により、イーシャは自然と一食抜いた状態だ。

 空腹感を覚えていても、自業自得であって仕方ない。


「すげーな……嬉しいだろ。イーシャちゃん?

 氷魔王が一生降りかかる全ての厄介事の手助けしてくれて、傍で守ってくれるなんてさ」


 お腹すいたなあ。

 空腹に気を取られつつあったイーシャの耳に、感心しきったようなドラクロの声が響く。

 話題の主であるカタストロフは不思議そうな眼差しで、固まった身体をせっせと動かすドラゴニアを眺めた。


「夢の民なら長生きしてもせいぜい八十年前後だろ? すぐだ」


 カタストロフが何百年、何千年生きているのか、イーシャには分からない。

 彼の口調からすると、八十年は長いと感じていない様子だ。

 ずっとではなく、しばらくの間。


 イーシャはドラクロの感心した言外の意味にようやく気付き、妙に気恥しくなった。

 相手は短い間と考えていようと、彼女にとっては一生である。

 しかも、傍で守る点については否定してない。


 声の様子からして、カタストロフは己の告げた言葉が求婚に近いなどと、全く考えてすらないだろう。

 多分、愛玩動物ペットの扱いに近い。

 おそらく間違ってない自分の考えに、すっと年頃の女性らしい恥じらいが消え失せ、イーシャは冷静な思考に戻った。


「――それより、ドラクロ様」


 グルグルと両腕を大きく回し、コキパキと良い音を響かせて凝りをほぐし中のドラクロは、イーシャの冷静な声につまらなそうな顔をした。

 どうやら、考えていたものとは違う対応が返ってきて面白くなさそうだ。

 期待にこたえられなかったようだが、今は冷静さこそ必要な状況だ。


「スアウ様が来るまで、どの程度かかるか分かります?」

「あー、スアウか……」


 ドラクロは肩幅に足を開くと左右に腰から上を捻り、首をゆっくりと回す。

 柔軟に余念がない様子だ。

 ドラゴニアは角が合計四本あるために、より頭が重いのだろう。

 ごき、と少し心配になるような音が首から聞こえた。

 

「そろそろ来る頃合いだな。腹が減ってきたし」

「……そうですか」


 それなら、もっと深刻そうにしてほしい。

 そう感じたイーシャを責める者はきっといないだろう。

 軽く笑ったドラクロに流される気がしたので、口には出さないが。

 ともあれ。

 これからの事を相談する時間はあまりなさそうだ。

 イーシャはスアウにどう接すべきか、思案を始めた。




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