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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
2/59

第一話   姫将軍イスフェリア

何故かルビが振れない……


 世界には大陸が五つ存在する。


 一つの大陸は永久凍土、一つの大陸は灼熱砂漠。

 その二つの大陸に住まうのは、環境に適応した魔獣や動物達で。住まう人間は、実質存在しない。


 東のハッシュガルド、西のブルートゥス、南のスノーン。


 それぞれに特色と問題があった。


 ハッシュガルドは魔物の発生率が異常に高く、何らかの手段で形成された結界を常時発生しなければ、とても人間は住めない。

 元は凶悪犯の流刑地にされていた、別名魔大陸。


 スノーンは単一民族のみが住まい、他大陸とつながりのある国はたった一つ。

 閉鎖的で最も面積が狭い大陸だ。


 ブルートゥスは八民族全てが住まい、もっとも面積が広い。

 故に常に争いが発生し、百年以上続く国が少ない、別名戦乱大陸――と、言われていた。

 つい二年前まで。


 大陸統一を成し遂げたのは、ディアマスという建国から百五十年ほどの新興王国。

 現王家は元々痩せた厳しい土地に住まう一族で、生きる糧を得るために一族ごと傭兵団として大陸を渡り歩いていたという。

 ディアマスは、彼等の本拠地であったその土地の名から来ている。

 この国が大陸統一を果たした要因は、ヒトが王として君臨する国であるというのに、珍しく八民族全てにおいて平等な法を敷いていた事。さまざまな状況において最適な協力体制が取れるよう、地盤が整えてあったからだと言われている。





「また無茶をしたそうだな」

「いいえ、陛下。私にとっては無茶ではありませんでした」


 イーシャはきっぱりと即答した。


 邪魔にならないよう後頭部で一つに編み上げた長い髪は煌めく銀。ぱっちりとした大きな瞳は菫色。

 陶器を思わす白い肌。小さな頭に、整った美しい顔立ち。これらを備えた少女は、美貌に不釣り合いな薄汚れた全身鎧を纏い、臣下の礼をとっていた。


「無茶ではない?」


 イーシャが城に到着するや否や呼び出した、ディアマス最高権力者――ブルートゥス大陸初の統一王レスクは端正な顔を歪め、菫色の瞳を陰らせ、玉座から彼女を見下ろしていた。

 そのオレンジがかった見事な赤毛に今だ白髪一つないせいか、実年齢より十は若く見える。


 レスクは今にもため息を吐きそうな、疲れた様子で発言した。


「百以上残党がいると分かっている砦で、将軍自ら一騎打ちをして攻め入る事のどこが無茶ではないと?」

「情報に訂正申し上げます、陛下。攻め入ったのではありません。あくまでも降伏を促しに向かったのです。最初は相手にされず、不本意にも十七名ほど殺める結果となりましたが」


 イーシャの使うのは必殺を目的にした実用的なユーリア流剣術。細胞の一つ一つにまで染み込まされ、手加減が効かない殺人剣術だ。

 襲いかかられると、本人の意思がどうあれ体が即座に反応し、必殺の攻撃が出る。

 戦場においては生き伸びることこそが全て。下手に手加減が効いて、不意を突かれ死亡――といった点が無い事においては戦場における最適の剣だ。


 イーシャにとっては本当に不本意な結果だった。

 今回の暴徒鎮圧は、相手が一方的に悪いわけではなかったからである。


「勝てる見込みがあるからといって、進んで危地に飛び込んでいくのは止めてくれ。生きた心地がしない。将軍経験が王位継承者の条件とはいえど、自分の娘を戦場に出すのが嫌な程度に私は父親なのだから」


 ディアマスの王位継承権の条件は二つ。

 直系王族であること、そしてレスクの言うように将軍経験者であることだ。国王は軍事の最高司令官でもあることからである。


 別名通り、常に何処かで争いが起こっているブルートゥスにおいて、無能な支配者は国の滅びにに直結するため、形だけというのは許されない。


「お前も、もうすぐ十七。私にとって可愛い末娘なのだ。降るように縁談も来ているというのに――」


 いつもの愚痴が始まる。

 そう判断すると、イーシャはキリの良いところまで大人しくレスクの言葉を聞いた。

 レスクは勘が良いため、聞き流すとあっさり看破される。そして、下手な所で口を挟むとますます長く、しつこくなるからだ。


「陛下。話題は戻りますが、一つお願いがあります」

「あのね、イスフェリア。今私は大切な事を話していたのだぞ?」


 やれやれと言いたげに、レスクが大きなため息をつく。

 仕方ないな。

 そんな心の声まで、はっきりと耳に聞こえてきそうだ。

 イーシャは気にせず、言葉を紡いだ。


「降伏した方々に会って下さりませんか? 彼らは直接陛下にお目通りして伝えたがっています。イスフェリア=キュオ=イムハール=ディアマスの名にかけて、私は彼等に約束しました」

「そのような事なら頼まれずともする。不幸な民に手を差し伸べるは、私の義務であるのだから」

「ありがとうございます、陛下」


 イーシャはにっこりと微笑んで、一礼すると退室許可を求めた。





 ブルートゥス大陸統一王国ディアマスの王都は、人口・広さ・堅牢さにおいても群を抜いている。

 王都のほぼ中心にある王城も、広大の一言に尽きた。

 物のたとえでなく、王城のみで一都市並みの面積なのだ。


 造られたのは先代ディアマス女王ルーフィアの時代で、築五十年経っていない。


 城壁の高さは約十五メート、城門の厚さは三Mで幅は片側の扉さえ開いていれば馬車が一台楽に通れるほどだ。

 しかも大地の民の特殊な製法で造られ、魔封じの呪が刻まれている。その為、大魔導師級の魔力波をぶつけようとも弾き返すか、分解し無力化してしまう。

 門扉の重さも尋常ではなく、物理的な強度もある為に破壊は困難だ。同じ仕掛けは城壁全体にも施されており、異様なほど守りは強固である。


 ディアマス王城内にある王国立大図書館。

 蔵書は一千万を楽に越え、広々とした建物内は本が痛むことのないよう、一定の温度と湿度が保たれている。

 分類ごとに書庫が分かれており、第三書庫は古代書専門だ。


 その第三書庫の一画に陣取って、イーシャは黙々と古代書を読み漁っていた。

 専門家でさえ読解に一日かける難解な古代書を、慣れ親しんだ本を読むのと同じような速さで読んでいる。


 イーシャは一時期まで魔導師になるつもりで学んでいた。

 母親がレスクの近衛騎士であったので、元々剣術は厳しく教え込まれていたのだが、彼女としては王位継承権を取るつもりがなかったからだ。

 宮廷魔導師になるには魔力が足りないと気づいて、近衛騎士に方向転換したものの、その当時は将軍になるつもりは全くなかった。


 ともあれ、もともと語学に強かったのだろう。

 古代語を始めとして、二十種ある魔法語も古代魔法語、魔導師に関係ある言語や文字は全て取得済みだ。そんなイーシャだから出来る芸当である。


 いつもならば興味深い古代書の内容は、イーシャの頭の中にちっとも入ってこなかった。

 理由は分かっている。

 イーシャはこれ見よがしに大きく息を吐き、横目で集中を妨げる原因を見やった。


 ちまたで出世株と噂の若き外交官テオ=シウスが、イーシャの斜め向かい二つ離れた席に座っている。

 ちなみに、彼は大陸西部出身者であるので、名前が後だ。

 古代書を真剣に読んでいるように見えるが――耐えきれなくなって、イーシャは声をかけた。


「テオ=シウス。あなた、何故ここに居るの?」

「仕事の手が空きまして、たまには古い本を読んでみようかと考えたからです」


 細い目をさらに細め、機嫌の良い猫を思わす表情でシウスはそう答えた。

 確かに彼の手には分厚い古代書がある。

 しかし、しかしだ。

 一つ決定的に駄目な点があった。


「古代魔道文字ルーンなんて読めないのに?」

「はは。やだな、イスフェリア様。どうしてそのような事、お思いになられたのです?」


 笑顔のまま、シウスが聞き返してくる。

 その顔にも目にも、動揺の欠片も見えない。

 直接、そちらに体を向けると、イーシャはシウスの手の中にある古代書を指差した。


「上下逆になっているもの。これで読めるはずがないでしょ」


 そう。

 彼が読書に勤しむつもりで書庫に来たのではないという事は、最初から――十分以上前から丸分かりだった。

 読書をするのに、肝心の文字をさかさまにして読む者はいない。


 シウスは書庫にいる不自然さが出ないように古代書を手に持っていたのだろうが、文字が読めるイーシャとしては違和感が大き過ぎ、間違いを注意したくて、自分の読書に集中出来なかったのである。


 シウスは苦笑して、正しく古代書を持ち直した。今更だ。


「それで、本当は何しに来たの? 私の見張り?」


 図星だったらしい。

 一瞬だけ、シウスの顔が引きつった。瞬時に笑顔に戻る。

 やっぱり。

 そう思いながら、イーシャは目線を手元に戻した。


「そこまでご理解頂けてるならば、どうか非番の度に騒動を起こさないでください」

「騒動って……大袈裟な」


 イーシャはページをめくった。

 ちょうど挿絵のページだ。

 絵師は名のある者と感じさせる精密なタッチで、迫力ある竜が一体描かれていた。

 絵の上部に名前らしき文字。


<アルウェス>


 イーシャが読んでいるのは魔物事典であった。

 数千年の昔、神がまだこの世界に在った時代の。


「大袈裟ではありません。イスフェリア様。貴女自身が一番御立場を理解なさっているでしょう? 貴女はただでさえ、妃腹ではない故に舐められやすいのですよ」


<アルウェスは邪竜の中でも最強にして最狂の存在。神でさえも束になって戦わねば倒すことが不可能>


 嘘臭い。

 そう思いつつ、イーシャは解読と現代語訳を同時に行って読み進めた。


「じいやみたいな事を言うのね。連日の激務で老化速度が加速したの?」


<通常の竜並びに邪竜は自己属性のブレスのみしか吐かない。

 しかし、アルウェスは火炎、冷気、雷電、強酸、毒気、光のブレスを吐く事が確認されている。

 非常に知能も高く、言語能力もあり、我々の言葉も理解しているという事だ>


「イスフェリア様。私は二十九です!!

 まだ若いです!

 ともかく、ですね。こうやってただ読書のみで余暇を過ごされるだけでしたら、私どもも目くじらを立てたりしませんとも」


<――八大要素を何らかの方法で、それぞれ特殊な石に宿し、その力を増幅させたものを創り出して封印処置すべし。

 そんな提案が神族の一部から挙げられており、アルウェスのまき散らす脅威に震えずともすむ日が近づいているようだ。著:クライス=T=イフ>


 区切りのいい所で、イーシャはそっと古代書を閉じた。

 腐り落ちぬよう、壊れぬよう、保存の魔法が掛かっているとはいえ年代物には違いないのである。

 乱雑に扱って良いものではない。

 書かれている内容の真偽はどうあれ、この一冊で所領の年間予算に相当する価値があるのだから。




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