第十七話 囚われた人達
迷った末、カタストロフの不幸の一部は会話でさらっと流す事にしました。
これで年齢制限は大丈夫なハズ……!
最初に会った時も、最後に会った時も、エーリスは何時だって身勝手だった。
「あの場所の調査?」
「――そうよ」
彼が不服さを前面に出したせいだろう。
エーリスは眉を寄せた。
「なぁに、その情けない顔。確かに、貴方『あれ』のせいで死にかけたから、仕方ないとは思うけどね。『あれ』は今いないの。全然平気よ」
にっこり。
綺麗に笑って、エーリスは堂々と言ってのけた。
「瘴気が物質化するぐらい強烈に残ってる場所よ? 私が一人で向かっても全く無意味ね。まず貴方に空気を浄化してもらわなきゃ、まともに調査なんて出来っこないわ……って、その顔。本気で嫌そうね」
目の前が見えないほど溢れ、今にも邪竜化しそうなくらい濃厚な瘴気を浄化して。
彼が疲れから座り込んでいると、エーリスに水袋を差し出された。
警戒も無く、受け取ったそれを飲み――気がつくと、彼は拘束されていて。
エーリスは傍で彼を眺めていた。
「お馬鹿さんねぇ。カーフィ。
私が連れ出して、サレ達に預けるまではしょっちゅうだったんじゃなかったっけ?
口にする物に眠り薬とか媚薬とか盛られて、相手が男でも女でも気付いたら無理やり犯されてるのは。疑いも無く、あっさり飲んでくれるなんて予想外だったから、薬じゃなく酒を混ぜたのに。そこまで信頼してくれてたなんて。私、ホントに嬉しかったわ」
いつも以上に綺麗に笑って、エーリスはそうのたまった。
「もうじき、父様が説明に来るけど少し教えてあげる。貴方を封じるのは一族の総意よ。
モチロン、私もね。全面的な同意じゃないから、幾つかこっそり仕掛ける事があるけど、貴方を封じる事で私の望みも叶うから」
不意に、泡が爆ぜるようにエーリスの姿が消えた。
過去の断片が終わる。
『あれ』がいた『何処か』の場所。
どちらも酷く大切な事だったはずだ――忘れてはいけないもの。
エーリスの事などより、彼はそちらが激しく気になっていた。
夢の中で。
過去の自分は『あれ』をとても恐れている。
意識が緩やかに覚醒して、自然に彼の瞼が上がった。
視界に入ったのは、見慣れない白い天井。
天井掃除を定期的に行っていないのか、それとも薄暗いせいか、うっすら汚れて見える。
自室と認識しつつある与えられた客室の寝台は天蓋付きで、その色は落ち着いた青だ。この白ではない。
一瞬、何処に居るのか分からなくなり、彼は上体を起こした。
鉄格子越しに、番をしていた兵士と目が合う。直後、兵士は無言で床に沈んだ。
「あ~……そういや、鬱陶しくなって頭布外したな……」
牢番の兵士はもう一人いるが、同僚の二の舞を演じる気はないようだ。
頑なに彼に背を向けて気絶した兵士を介抱し、気付かないと判断するや、引きずって通路の奥へ消えていく。
牢の外側にある天窓から差し込む光は、眩しいほど明るい。
どうやら昼過ぎのようである。
困った事だ。
何故ここで寝ていたか思い出して、彼は溜め息をついた。
どうやって暇を潰そう。
スアウがイーシャとドラクロを拉致した翌々日。
彼が朝食を終え、まったりしていた時。
来訪した数人の質問に、彼は迷わず全てに『否』と答えた。
その結果が、兵舎の地下にある牢獄行き一名様である。
彼は抵抗する事も無く、あっさり自分から牢に入って行ったので、連れてきた連中の方が驚いていた。
『説得』を試みる面々との相対が面倒になり鬱陶しかったのもあって、彼は頭布と黒眼鏡を外し、素顔になった。
予想通りバタバタ気絶者続出。
彼が昼寝に入る前、五、六人ほど牢の前に倒れていたはずだが、運ばれたか自力で意識を取り戻して帰ったようである。
彼のいる牢は一般向けより上等だった。
中は清潔で、一人用の低くて小さい卓と布製の椅子があり、手洗いも独立し備えられている。
貴人向けの牢だ。
下級兵の部屋よりも広く、質が良い。
食事もきちんとしたものが届けられる。
彼にとってただ過ごすだけなら、暇だという他は問題なかった。
またゾロゾロ現れるだろう『説得』者達は、ハーピィかサレでない限り固まるから五月蠅い事も無い。
緊急時に使えそうな人間は、どんな者だろうと利用する。
ディアマスの上層部にとっては当然の理屈だ。
あくまで物事の中心部に居るのではなく、傍観者の立場でいたい彼にとっては実に迷惑な話だった。
巻き込まれないためならば、考えるか寝る事くらいしか出来そうにない囚人生活でも全くかまわない。
ゴロリ。
再び寝台に横になると、彼は眉間に皺を寄せた。
現在、彼にはもう一つ問題がある。
昨日の朝食が終わった頃からなので、しつこいを通り越して執拗だ。
軽くこめかみが痛む。
深く溜め息を吐くと、彼は目を閉じた。
極力気にしないよう努めながら、他の事に思考を逸らそうとする。
頭の中で響く、音としてではない『声』
細く、途切れ途切れ響く、縋るような泣いているような小さな『声』は決して消えていかない。
聴こえてこなくなって安心しても、しばらくするとまた繰り返し聴こえてくるのだ。
この『声』がなんであるか、彼は理解していた。
名前を呼んで、応答を求めているから。
問題なのは、彼の第六感が絶対厄介事になるとしきりに囁いてくることだろう。
――クー。応えて、お願い。
クー。聴こえてるなら返事を――
昨日からそうしているように彼はあっさり無視し、他事で気をまぎわらそうとした。
今朝見た過去は、かなり重要な情報があった気がするのだ。
彼はしばし、記憶の断片に意識を集中させようとした。
――クー。クーってば! 応えてよ!――
三時間後、思考の邪魔でしかない『声』に対し、彼の忍耐が切れた。
牢生活は思っていたよりも、彼の中の余裕と忍耐力を削っていたようである。
――黙れ、五月蠅い――
短いながらも鋭い思念を、受け取る『声』の位置を辿って送る。
苛々しながら、彼は目を開けた。
イーシャはゆっくり瞼を上げると、大きく息を吐いた。
ドラクロから、可哀想なものを見るような生温かい眼差しを注がれ続けているせいではない。
それには、とっくに慣れたのだ。
既に四回目を数えた食事と採血目的のスアウ訪問から、しばらく経っていた。
スアウが来るたび中断していたが、イーシャはカタストロフに向けてひたすら呼びかけ続けている。
ルビエラと心話する要領で、見えない線が繋がっている事を想像しながら念じ続けていたものの、正直届いているかどうか分からなかった。
返ってきた返事は短かったが、明らかにルビエラの思念とは違う。
ルビエラよりも大きく鋭く、総毛立つほど透き通った『声』で。
凶悪なまでに澄んだ力波をかすかに帯びている。
ようやく、繋がった。
安堵しながら、イーシャはひたすら思念を送った。
――良かった。繋がって。クー、話があるの――
――黙れと言ったはずだ――
今までの苦労を嘲笑うように、あっさり応えが返ってきた。
――昨日の朝っぱらから俺の頭の中でブツブツぶつぶつ言いやがって!!
人質は大人しく助けが来るのを待ってろ!!――
どうやらイーシャの呼びかけは、殆ど最初の時点で相手に届いていたようだ。
呼びかけの内容まではっきり聴こえてなくて、ずっと何か言ってる程度であったのか。
それとも、最初から何を言ってるか聴き取っていて無視していたのか。
後者だったら、カタストロフとは一度しっかり話し合う必要があるだろう。
返事の内容的にイーシャであると認識をしているようだが、カタストロフは何故繋がっているのか疑問に思わないのだろうか。
しばらく考え、イーシャは思い出した。
封印されていた彼の目が覚めた時に、フィアセレスが推察といった形で同調出来るほど魂の波調その他が酷似しているのでは、と言っていた。
カタストロフは本当に同調出来るかその場で確かめ、イーシャは床に沈んだ憶えがある。
実際はエーリス? の仕掛けた術式で、二人の間に無理やりラインが繋がっている状態だ。
それを教えるべきか一瞬迷ったが、夢の中で口止めされた事も思い出し、後回しにすることにした。
――ねぇ、クー。そっち、今どうなってるの?――
今度は返事が無い。
単に知らないのか、応える気が無いのか。
非常にご機嫌麗しくない様子のカタストロフであるから、後者の可能性が高い。
彼は割と律儀な所があり、知らないならそう言う+話を聞いている場合ちゃんと相槌を打つ人間と知っていたので、ひたすら同じ質問を繰り返す。
イーシャは貴重な情報源を逃す気などなかった。
――本当にしつこいな、お前――
うんざりしたような『声』が応じる。
元々無表情で、顔の半分が見えないせいもあって分かりにくさを増し、常に淡々としているカタストロフも心話では感情豊かだった。
――昨日はずっと会議だった。どの道、開戦はまだまだ先だろう。
賭けてもいいが、今日もきっと会議してるぞ――
予想通りの状況に、イーシャは安堵すると同時に呆れた。
微妙にカタストロフの言い方が引っかかったが、何が気になるかよく分からない。
――そうなんだ。じゃあ、他に何かいつもと違う変化はある?――
とりあえず、イーシャは情報収集を優先させた。
――変化ね。
サレ達が離反表明してきたな――
さらりと、頭の中に入ってきた情報。
よく考えぬまま消化しかけ――その重大さを理解し、イーシャは愕然とした。
ギリシャ神話の神様は美少年が大好き=無駄に美形だし、幼少期はありだね!
――と、いう作者の考えにより、カタストロフは外見14歳くらいまでR20なめにあってた事にしました。