第十五話 現状の把握
今回また長いです。
だいたい、四千字以内を心掛けているんですが。
人心地ついて、イーシャは考えた。
考えるくらいしかやれる事が無かったとも言う。
ドラクロは起きているが、見るからに不機嫌。
瞳孔は元の状態に戻っているが、気軽に話しかけられる雰囲気ではない。
猿轡を自力で外した点について、スアウに何か言われたりする事はなかった。
そもそも、イーシャは術を使うための導石や魔道具を所持していないので、声を封じる必要性はないのだ。
現在イーシャの状態は、縄でミノムシぐるぐる巻き状態からも解放されていた。
皮膚を傷つけないようにか肌にピッタリしていて、感触は柔らかくとも強度の高い大亀型魔獣の腹の革で出来た手錠で、背中の後ろに両手を回されて拘束されている。
どれくらいの強度かというと、鋼鉄製の剣では斬れずに刃が欠けるほどだ。
加工するのに、専用の鋏が必要になるほど硬いのである。
自力で引き千切るなど、もしかするとドラクロは可能かもしれないが、イーシャに出来る芸当ではない。
足枷も同様の物で、長さは肩幅ぎりぎり。
走るのには不向きだ。
あまり重さを感じないので、大人しくしていれば同じ姿勢で身体が凝る程度だろう。
手洗いと食事をしに外へ連れて行かれた際、スアウに猿轡についての疑問を口にすると、ドラクロの拘束準備が整うまで起こしたくなかったからだという。
「準備が間に合わなくて、ドラクロに翼や尻尾の大部分破損覚悟で暴れられたら、拘束取れる可能性あった」
スアウは疲れたように溜め息をついた。
「見ての通り、ドラゴニア、再生力が高くて回復がとっても速い。血の量も多いから、他の民族なら貧血で動けないくらい出血してても元気で暴れる。
それぐらいの無茶、ドラゴニアは平気でやる。多分、少し我慢すれば傷塞がって元通りだから、無茶だと思ってない。
勿論、現状の拘束はより強化してある。ドラクロの中の精霊弱化してるから自力解除不可能」
水の民ニンフの街は、有名どころが三つ。
永久凍土に包まれたレノン。
巨大な球状の海底潜水都市で、海底大真珠とも称されるクティント。
唯一、ディアマスの正式認可の取れた商人だけに民族問わず門を開く、海上都市ツクフ。
本拠地とされているその三つの内、何処に居るのだろうか。
そうイーシャは考えていた。
人質を有効利用するには、無事を匂わせて何処に居るか分からなくさせるのが手だ。
しかし、ニンフは――精霊を宿す六の民族はヒトほど人口が多くない。
六の民族全て合わせても、ヒトの半数より少し多い程度だ。
ある程度の大人数で固まっていられる場所でなければ、奪回を防ぐのに困る事になる。
ドラクロを攫った事で、より一層周囲に武力が必要だ。
十中八、九。族長が帰ってこない火の民の戦意は高いだろうから。
戦争開始前から、ニンフ達の状況はどう考えても詰んでいる。
人数にしても、戦闘能力にしても、敵対勢力の方が桁違いに上回っているのだ。
仮に、水の民の現状を知ってドラゴニア以外の民族が参戦を拒否し中立に回ったとしても、やはり数の差はいかんしがたいものがある。
きっと、勝つ気はないのだ。
積もりに積もった積年の怒りを表明する。
スアウの言っていたように、それが宣戦理由だろう。
現在地については海竜王の世話をしているようだから、クティントが有力だ。
海中戦で、水の民に勝てる者はいない。
それこそ、海に強烈な毒を投げ込んで海中資源ごと葬り去る覚悟が必要だ。
戦いに関係ない一般市民も巻き添えを受け、経済的にも大打撃を受ける愚策中の愚策を決行するような上層部では無いから、時間稼ぎの面では持ってこいである。
問題が一つ。
相手が攻めて来ない限り、対関係が悪くなっただけで、宣戦布告じみた行動をした意味がなくなる事だ。
戦況が全く進まないのでは、玉砕覚悟で戦争を吹っ掛けた意味が無い。
怒りを表明するための本拠地として、最も相応しいのはツクフだ。
上陸出来る場所が一か所しかなく、集中砲火を浴びる事請け合いなので、まず都市内で直接戦闘にはならないだろう。
海軍力では水の民が上だが、やはり数は力である。
補給を断たれて、籠城戦となって終了だ。
未だ戦闘が始まってないのは、イーシャも分かっていた。
スアウ以外のニンフにも会ったが、戦闘中の空気では無かったからだ。
ちらり。
イーシャはドラクロに目を向けた。
視線を感じ取ったのだろう。
ドラクロは相変わらず機嫌最悪といった様子だったが、彼女に目を向けてきた。
「何だ? 聞きたい事でもあんの?」
無い。そう答えれば、ますます機嫌を損ねてしまうだろう。
イーシャは素早く判断すると、口を開いた。
「ドラクロ様。現在地が何処か分かりますか?」
「多分、レノンだ」
あっさり。迷いのない様子でドラクロは答えた。
「海竜王の治療もしてるんだ。わざわざ領域から出さないだろ。他の場所だと、そこを縄張りにしてる魔獣が寄って来て余計に危険に遭わせる事になるし。海竜王の領域内にある拠点なんざ、俺はレノンくらいしか知らねー」
レノンに限らず、水の民の拠点は王城から直通になってはいない。
正確に言うとクティントのみ繋がっているが、重量制限がある上に座標を特定するための『鍵』になる言語の発音が、ヒトには出来ない音域――ほぼ超音波に近いものなので、風の民と一部の獣の民くらいしか唱えられないのだ。
征服王ミルドが各地に造らせた軍時用の転移門を作動させ、大規模儀式呪文を併用して転移しても、レノンの方向にある大陸北部まで五日はかかる。
そこから船で移動して、氷大陸の方が近いレノンに到着するとなると、更に二十日近い時間が必要だ。
レノンを本拠地にしているのならば、まだまだ戦線を開くのにも日数が必要である。
「ここに来て、どれぐらい経ったか分かりますか?」
ドラクロは一瞬黙り込んだ後、額に青筋を浮かべた。
「気ぃ使うんじゃねぇよ、余計に腹立つ。あんたは、自分が気絶してからの時間が聞きたいんだろ?」
彼に瞳が炎色に煌めいた。
その怒りにドラクロの中の精霊が応じたのか、ひんやりとしていた室温がそうと分かるほど上がる。
スアウの施した精霊封じの効果が出ているのだろう。
熱気は感じ取れるほど発生しても、炎は具現化しない。
機嫌を損ねないようにしたつもりが怒らせてしまう事態となり、イーシャは溜め息をついた。
陽気で短気で単純そうに見えて、頭の回転が速くて勘が良い。
強さが全ての火の民には珍しいくらい、扱いにくい人物である。
「はい。ドラクロ様のおっしゃる通りです。あれから、どれぐらい経ったんでしょう?」
イーシャは非を認め、聞きたかった事を尋ねた。
遠慮はむしろ、その怒りに火と油を注ぐだけだ。
「それと、あと二つ。スアウ様が戦闘態勢に入った事が何時理解出来たのか、どうしてこんな状況になったのか教えて下さい」
そう。
イーシャが気になっていたのは、それらの事だった。
ニンフは直接の戦闘に向いた民族ではない。
水中の捜索、海底資源の供給などの支援や財政面でディアマスに貢献していたのだ。
戦闘に入ると姿に変化があるなんて、彼女は聞いた事が無かった。
「精霊を介して、氷を水に変えた時点で理解出来たぞ。
自分の属性を含むモノが傍にあると、少しだけ使える力が増す。直接身体に触れさせて取り込んだら余計に力になるな。ニンフが喧嘩売ってくるなんて初めてだったから、あの髪には驚いたけどよ」
ドラクロは苛立ってはいたが、イーシャの言わなかった『何故』と『以前から知ってたのか』も含めて説明してくれた。
「自分でも薄々は分かってんだろ? イーシャちゃん。
スアウは色々小細工をしてきたが、戦闘面で俺を圧倒するほどじゃなかった。
あの大鉾のおかげで互角より上程度。いくら魔道具で底上げしようと肉体の強度は変わんねーから、一発殴れたら多分倒せた。
時間的な余裕も無かったしな。あれで相当焦ってたはずだ。いつ氷魔王が帰ってくるか、分かったもんじゃなかったし」
「……だから、最初に私を戦闘不能に追い込んで、盾にしたんですか?」
「やっぱ分かってんじゃねーか」
イーシャは予測していた事態が当たって、へこんだ。
ドラクロは攻め続ければ、勝てた。
スアウが体力不足か、ドラクロが殴り飛ばして骨折及び内臓破裂で床に沈めるか、部屋の主であるカタストロフの帰宅という時間切れかで。
食事前とはいえ燃料も口にしていたので、絶好調に近かっただろう。
ぼさっと緊張感なく観戦していたイーシャという、邪魔なお荷物がいたせいでドラクロは気を散らされ、不本意な負けを飾った。
「で、隙を突かれて気絶させられたんだが、あいつ格闘面向いてねーな。
移動中四、五回目が覚めて、そのたびに気絶するまで殴られたぜ。あんまり痛くなかったし、薬使わなかった理由は分かったが、もうちょっと拘束緩かったら反撃できたっつーのがマジで悔しい。口も手も足も尻尾も動かせなかったんだぜ。
その回数と、俺の腹具合から考えるに一日経ってねぇな。せいぜい半日、外じゃ太陽が昇ってしばらくって辺りか」
ドラゴニアの平均消化時間など、イーシャには分からない。
部隊の管轄が違うため、身近にいないのだ。
ただ、ドラクロが大食漢なのは理解していた。
胡桃のパイを瞬く間に片づけ、スアウの差し入れたどう見ても五人前以上の弁当を、動けないので嫌そうな顔をしながら食べさせてもらって完食した点から分かる。
カタストロフより筋肉質でがっしりしているが、ドラクロの方が数セト低いぐらいで体格差はあまりない。
氷魔王の食事量が平均値だとすると、あれだけの食材がどうやって数時間で消化され、燃料化されていくのだろうか。
再生能力を考えたとしても、大いに謎だ。
「……半日、ですか。では、まだ会議の段階ですね」
イーシャの脳裏に、会議を長引かせそうな面々の姿が数人現れて消えた。
その数人は、彼女の苦手とする女性と友人付き合いがあった連中で。
その連中からしてみると、イーシャは気に食わない存在なのだ。
正妃になる事を断固として断り続けたのは忠義と認めるが、以前仕えていた主の夫であるレスクの寵愛を受けた裏切り者と言えるセリシェレ=イムハールの娘だから。
ちょっとくらい編成が遅れても、ちょっとくらい救出が遅れても、王位継承権を認められたのだからそう簡単には死んだりしないし平気だろう。
そんな考えで邪魔をしているのが、まるで実際見ているかのようにイーシャには分かった。
彼女達はイーシャに嫌がらせをしたいのであって、排除したがってるわけではない。
イーシャの排除に動きだしたら、逆に自分達が他ならぬ友人の息子に消されると分かっているフシがある。
それだからより厄介なのだ。
これといって間違っていると言い切れるような言動をしないから、邪魔だと処罰したらしたで旗色が悪くなるのはイーシャの方である。
今回は邪魔してくれた方がありがたい。
ぜひ、張り切って会議を長引かせてほしいくらいだ。
開戦してしまったら、もう取り返しがつかない。
水の民が負けて、少なからぬ犠牲を出したヒトとの溝がより深さを増すだろう。
拘束から抜け出してイーシャとドラクロの手で制圧、ないし族長であるスアウを説得出来れば、まだ少しましな結果へと変わってくるだろう。
ただ、現状はそんなに甘くない。
イーシャもドラクロも、自力での脱出は不可能だ。
スアウはドラクロの拘束にはことさら慎重で、イーシャの拘束を食事時も手洗い時も完全解除はしないし、一部解除する間でも数人がかりで周りを固めている。
ルビエラがいれば。
イーシャは無い物強請りをした。
火の王は今頃きっと、暢気にイーシャの窮地を眺めているだろう。
同調に距離は関係ないのだ。
あれ。そういえば。
目覚める前に、イーシャは変な夢を見た。
その時、夢の中の女性にいろいろ問題発言されたのは、後で考える事にする。
重要なのは、イーシャが生きている限り、カタストロフと同調ラインが繋がり続けているらしき事だ。
動けないルビエラではなく、彼に声が届けば。
水の民の現状が、レスクに伝えられる。
イーシャは即座に実行した。
目を閉じて、周囲の音や気配すら感じなくなるほどに、深い深い集中状態に己を導く。
そうして、ただひたすらカタストロフの名を呼んだ。
聞こえているのなら応えて、と
読んで下さり、ありがとうございます。
そろそろ、イーシャの設定も載せていく予定です。